候補者23

2020-09-19 08:17:10 | 日記
微かに線香のにおいがする中、見えてきた景色は、着物ハンガーに掛かった、黒い着物。

線香のにおいもその着物からする。

あとは、何もない…。

暗闇に浮かぶ着物を見ていると、袖に腕が通り、前を合わせて…と、誰かが着物の中に入り込み、膨らみ…、今にも動きだしそうに見えた。

もう、これ以上ここに居るのはやめよう。

着物に背中を向けた瞬間、

ささー…と、衣擦れの音がして、線香のにおいが強くなった。

誰か居る…💦

あわてて部屋を抜け出し、部屋へ戻った。


翌日、義母が屋敷のたくさんある窓やガラス戸を拭くと言うので、手伝いをした。

部屋も多いので、さすがに大変だ。

…例の部屋の前に来た…。

「お義母さん、この部屋は…」

「あ、美枝さんがはじめて来た日に泊まった部屋?」

「そのもうひとつ奥の部屋…」

「何もない部屋でしょ。」

…着物がありしました。とは、言えなかった。こっそり入り込んだのがバレてしまう。

「その部屋は、去年まで仏間だったの。ある人に見て貰ったら、あの部屋を仏間にしておくと、子孫に恵まれない…って言われたから、私たちの寝室の隣に移したの。孫も出来たし、あなたも立派にここの嫁。後でご先祖様に挨拶してね」


美枝さんは、挨拶のため、義母と二人で、新しい仏間に入った。

ご先祖様の写真が鴨居に何枚も奉られている。

そして、ここにも着物が掛けられていた。

…そうか、はじめて泊まった部屋の隣には、ご先祖様の写真がこんな風に奉られていたんだ…。
あの日、私の布団のまわりを歩いたのは、このご先祖様たちだろうか…。

「この、着物は?」

「私の着物。先祖代々、この家の嫁になると、この家の家紋の着物をもらうの。美枝さんにも着物を用意してますよ。」

…元の仏間の着物は、ひとつ前の"嫁"お祖母さんのもの?

「ひとつ前の嫁…、私の姑の着物も飾られていたんだけどね…。前の仏間にまだあるよ。」

…心を読まれたかな?💦

「私は、ここに写真を飾らないでね」

義母はニコッと笑った。

「え?飾らないんですか?」

「もう、そんな時代じゃないよね。もうひとつ前の姑は、写真嫌いで、ここにいないの。だから着物を飾ったの。」

「…そうなんですか…」

「私の時も、飾るのは着物でいいよ。私も写真は苦手。それに、着物を飾る部屋は、前の仏間で。前の姑は、随分嫁姑で苦労したみたいだから、ご先祖様と一緒に飾らないで欲しいと言われてたの。私は、姑に可愛がられてたから、そっちがいいな。」

…いろいろあるんだ…。

「午後には、カーテンを洗うの手伝ってね」

そして、また、たくさんのカーテンを外して、洗うのを手伝った。

「本当に大変だから、手伝ってくれる美枝さんが来たときにやろうと思ってたの」

「もっと手伝いますから、言ってください」

「ありがとう。いい嫁で良かった。美枝さんが嫁に来るのを嫌がったらどうしよう…と、心配だったの」

「そんなことありませんよ」

「…あるのよ。」

義母の顔が急に緊張した顔になった。

「あなたがはじめて泊まった晩…、大変な目にあったでしょ…」

「…え?」

「だいたいあれで、破談になるの」

「………」

「そりゃそうだよね…、あんな怖い思いしてまで嫁に来る人はいないよね」

「お義母さんも…ですか?」

「そう…。私の姑もそうだった…らしい」

「そ、そうなんですか…💦💦」

「いろいろあっても、ここへ来てくれて、ありがとうね」

そして、美枝さんは、その後、二人目にも恵まれて、穏やかに暮らしてますが、写真嫌いになったそうです。