がんぼのぶらり紀行

北海道オホーツク遠軽で、昭和時代のお茶の間みたいな食堂 やってる おばちゃんです。

目標!脱・督促地獄!

2014年08月23日 13時36分07秒 | 徒然

と、いきなり 「なんじゃそりゃ!」 と突っ込まれるタイトルですが、

実は恥ずかしながらこの十年以上、督促だらけの郵便物が大量に届いておりました。

水道料や電気料、通信料など、「不払い」ではないものの「遅延」が延々続いたためです。

12年前に離婚、娘と息子と3人で生きてきましたが、仕事がもらえず収入ももちろんなく、生活費はいつもキュウキュウ。

一度、経費の支払いに「遅延」が生まれると、翌月に二か月分が支払えず、結局、遅れたまま支払いが続くこととなり、毎月 通常の使用料請求と同時に前月の遅延請求が届くという悪循環。

水道料や電気代など、遅延してしまったそれらがひとつやふたつでなかったために、以来延々、複数の郵便物に悩まされるという結果となりました。はい。自業自得です。(/_;)

遅延も、貯めなければ大きな金額にはならないのに、生活が成り立たず、お金がなく、払えずに翌月へ遅延。

わかっているのに払えない。 そんな生活がずっと続いておりました。

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働きに出ればいいのに!

家で何もせずにダラダラ(実際にはPCで仕事をしているわけですが傍目にはそう見える)遊んでいるなら働けるでしょ!

要するに、よそからみれば 「三食昼寝付きのぐうたら専業主婦」 なんですわ。

実際には一生懸命働いていたつもりですが、結果的に「身に(お金に)ならない仕事」ばかりだったんですね、要するに 「体よく使われた」仕事の実に多かったことか。人の良さもここまで来るとただのおバカです。

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仕事に出るにあたって、悩んだこと。

1.実家の食堂の手伝い仕事は続けなければならない。10時~14時までは拘束。

 つまり、朝からのフルパートには出られない。

 (そのかわりといっては何だけど、実の親なので多少の融通がきく)

2.オホー〇クファクトリーとして、本社からの依頼があればすぐに動ける態勢を残しておかなくてはならない。

 (指示があればすぐに営業に出なければならない。)

 つまり、働きに出てしまうと、仕事中に「すみません、自分の用事があるのでこれで帰ります」とは言えない。

これらを 「やめて」 パートに出ることはできなかった。

 

私の「仕事に出るための条件」は

1.実家食堂の手伝いを終えた午後2時以降の仕事であること。

2.兼業可能であること。

3.フリーペーパーの配達日である水曜日・木曜日に休みを取れること。

この3つだった。

が、これを認めてもらえる仕事がなかなか見つからなかった。

加工場や種苗作業だって早朝から午後5時なのだ。 掃除のおばちゃんは午後11時からだけど時間が短すぎて生活を賄うだけのものはもらえそうにもない。

今回見つかった仕事は、上記を見事に叶えてくれるものだった。

実際、入ってみたら作業内容はメッチャ濃密だったけど。(笑)

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パートに出だしたことで気持ちも生活も少しずつ変わり、

勤め始めて一か月に満たないため、お給料もまだもらえませんが、

気持ちだけは 「督促生活はもうイヤだ! できるところからなくしていこう!」 と決心したのです。

(当たり前のことをやっていなかっただけなのですが)

小さなところから、ゴミを片づけていく。床が見えたらもっとキレイになっていく。

生活費などのお金のことも同じです。

「支払いをしなければならないのに、払えず翌月に溜め込む」 

これはゴミを貯めこむのと同じこと。 金銭に対しての心の掃除をする段階に来たのです。

私の 「片づけ祭り」 はまだ終わっていません。

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そしてついさっき、

10数年、督促はがきが続いていた 「水道料」 を完済した*\(^o^)/*

完済とは言わないか。 今月の支払いに追いついた、というべきか。

でも、私にとってはとても大きな一歩。

今、手帳に挟まっているたくさんの督促状たちを数か月のうちに全てなくしてみせる。

身体を動かして働けば働くほど、きちんとお金になって入って来る仕事が見つかったのだから。大事にしなくちゃ、頑張らなくちゃ!

当面の目標は、「脱・督促地獄!」

そして安定した生活と家庭環境。 近いうちにきっと!! (^^)v


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