フラッグ・キャリアの座はANAに?

 フラッグ・キャリア(Flag Carrier)とは、一国を代表する航空会社のことである(National Flag Carrierと呼ぶ場合もある)。国を代表するエアラインだから、時に利益を無視してでも地球の裏側、たとえ遠距離であったとしても重要だと思われ都市には航路を開設する。そのためにボーイングやエアバスは地球裏側まで飛べる大型機を造る。

 例えば日本からなら南米にも北米東海岸にもヨーロッパにも飛ばす。アメリカからならヨーロッパにも日本にも飛ばす。ヨーロッパからなら日本にもオーストラリアにも飛ばす。利益が上がらなくても意地でも飛ばすから当然赤字となり企業全体の利益の脚を引っ張ることになる。それでも飛ばすという悪循環に陥る。

 だからフラッグ・キャリアはどこも大きな赤字を抱えることになる。その結果、アメリカのフラッグ・キャリア、いや、世界を代表するエアラインであったパンアメリカン航空(Pan American Airways、通称パンナムPan Am)は1991年12月に破産、運行停止し、それ以来アメリカ合衆国にはフラッグ・キャリアは存在しないとされている。

 スイスのラッグ・キャリア、スイス航空(Swissair)もまた経営破綻し、今はドイツのフラッグ・キャリア、ルフトハンザドイツ航空(Deutsche Lufthansa AG / Lufthansa)の傘下に入っている。イタリアのフラッグ・キャリア、アリタリア(Alitalia)もまた経営悪化により分割さらアリタリア-イタリア航空(Alitalia Linee Aeree Italiane)として経営再建中である。

 で、問題は我が日本のラッグ・キャリアたる(完全民営化以降は日本にフラッグ・キャリアではないと云う見方もあるが、JALが事実上のラッグ・キャリアであることに変わりはない)経営再建中の日本航空(JAL)の行方だが、ここに来て重荷になっている国際線を切り離して再建しようと云う案が浮上してきているようである。これに呼応する形で全日空(ANA)がその引き受けの検討を開始していると云う。

 国際線定期便への進出を制限していた「45-47体制」が崩壊し、ANAが国際線定期便に進出したのは1986年であった。最初の路線はグアム線だったと記憶しているがその年の内にアメリカLA線とワシントンDC線を開設している。ANA念願の国際線定期便進出に際して、郷秋<Gauche>は当時仕事上の関係のあったANAのCA採用担当者宛に祝電を打ったことを覚えている。

 前置きが長くなったが、郷秋<Gauche>が何を言いたいのかと云えば、盛者必衰というのか、驕れるもの久しからずと云うのか、放漫経営の成れの果てはこう云うことになるんだなぁと云うことかな。と同時に、品行方正な市民として郷秋<Gauche>が納めた税金を、こんな企業の為に使って欲しくはないなと云うことである。


 例によって記事本文とは何の関係もない今年最初の一枚は、春を待つ辛夷(こぶし)。
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