ネットの世界にないものはない、と思う。
三日坊主でなかなか続かない。
いやいや一日坊主かもしれない。
一日坊主なんて言葉あるんだろうか?疑問が浮かんだ。
早速、ネットを検索した。
情報はいくつもあった。
ネットの世界を表現するとどうなる?
手近にある無料アプリを使った。
お遊びなので、深い考えはない。
楽しそうだからいいかという感じで、当初の意図は、どうでもよくなった。
一日坊主に自己嫌悪していたが、お遊びしている間に楽しくなってしまった。
ネットの効用であろうか。
思いがけない効用であった。
思いがけない効用がネット世界の面白いところのようである。
凌ぎやすい一日だった。
本当は、何か有意義なことができたはず。
怠け者かもしれない。そうなのだろう。
何かすべきと、何もせずに一日を過ごした。
そういう一日もあってもいい、と思うことにしよう。
今日は休息日としよう。
日が暮れてバルコニーに出ると、肌寒さを感じた。
心身共に引き締まった。
怠けて、緊張感を持つ。
訳の分からないのが人生というものらしい。
相談を受けた。
法律関係ではない。仕事としてではない。
何となく頼りになる人と思われたらしい。
人間というのは、一人の人間がという意味だが、いろんな顔を持っていることを確認した。
改めて、周囲をみると、姿形をみるだけでも皆違う。
一人一人に焦点を当てると、誰一人として同じとは思えない。
怖いと言えば怖い。
普段は、気にしない。
気にしないときは、みんな同じように見える。
この落差をどうみるか、問題というのはそのあたりにあるらしい。
問題というのは、違いが原因なのである。
しかも、些細な違いが原因なのである。
一見すると、問題にもなりそうにないほど、些細で、どーってことないことに見える。
普通には気が付かない。
突破口となる些細なことを見つけること、
そこにあらゆる方向からスポットライトあてる。
そこからあらゆる方向に向けてみることである。
神は細部に宿るものである。
そして、細部から神を、事実を、真実を見つけることである。見えてくるものである。
そんな話をした。
人間性に係わるものだと分かってくる。
どこまで取り組むかは、ケースバイケースとなる。
8月は猛暑日で始まった。
東京は36℃だった。
猛暑に負けないを意識して過ごすことにした。
だけれども頑張り過ぎないことも重要だ。
その兼ね合いをどうするかだが、
一応の目安としてしないことの理由を猛暑にはしない、ことを心に決めた。