弁護士太田宏美の公式ブログ

正しい裁判を得るために

園児置き去り死事件ー弁護士の視点で

2022年09月15日 | 弁護士の仕事

事件後10日が経過した。二人の大人がいて,わずか6人の園児のバス送迎がまともにできず、1園児をバス内に取り残してしまう、あり得ない事故が、なぜ起こったのだろうか。弁護士の視点で分析して、記者会見から見えてくるのは、幼稚園の無責任体制である。

事案のあらまし

事案は、2022年9月5日静岡県牧之原市認定こども園「川崎幼稚園」で8時に出発した通園バスに園児の河本千奈ちゃん(3)が降車時(8時50分)に取り残され、午後2時の帰りの送迎準備の際、心肺停止状態で見つかるまでの約5時間にわたって車内に置き去りにされ、病院に搬送されたが、間に合わず、熱中症で死亡したというものである。

本来のバス運転手が休暇を取り、臨時の運転手3人にも代行を断られたため、増田立義理事長兼園長(73)が代わりに運転した。理事長の運転は初めてではなかった。バスには女性派遣職員(70歳代)が乗っていた。

川崎幼稚園は7日記者会見し、理事長は「安全確認ができていなかったこと」を謝罪した。記者の「今回の事案はたまたま起きたミスか、起こるべくして起きたのか?」の質問に「両方だと思います」と答えた。

当日の事実関係としては、理事長(臨時運転手)は「最初の1人を降ろした後、残りは、自分で降りるように声をかけた。」だけのようである。派遣職員は、どうも何もしなかったのではないだろうか。副理事長の「乗務員はふだん、いつもの運転手と協力して、そういうこと(確認)ができていた。任せきりにしていたところもあった。今回、臨時で園長先生が運転することになった時に(確認を)やってくれるだろうと思っていた。でもそこがコミュニケーション不足だった。『お願いします』と言うとか、確認を自分でする方法をとっていれば良かった」との発言から推測するしかない。

登園情報については、「休みや遅刻などする場合、保護者がアプリに、その旨打ち込みますが、登園する場合は何も打ち込みません。千奈ちゃんの保護者は、何も打ち込んでいませんでした。」「連絡がなく休むことが実際、千奈ちゃんの場合はなく、お母さんはいつもきちんと連絡をしていたのですが、(連絡なく休む園児もこれまでにいたので、千奈ちゃんもそうだろうと)、この日、千奈ちゃんは休みかなって思ってしまったというよことがありました。」が、副理事長の説明である。

置き去りの原因について副理事長の説明

副理事長は、バスを運転した理事長やクラス担任、クラス補助らの思い込み・確認不足のミスが重なり、置き去り死事件を招いたとし、置き去りの原因について、「1つは、バス下車時に、乗車名簿と実際に下車する園児を照合する決まりとして伝えられていなかった。2つ目に、バスが幼稚園に到着し、園児がバスに取り残されていないかのダブルチェックする決まりになっていなかった。園児が下車した後に、運転手がバス車内を確認しなかった。」「3つ目に、クラス補助が最終の登園確認をしていなかった。4つ目に、登園する予定の園児が教室にいなかったにもかかわらず、クラス担任が『職員室に確認』『保護者に問い合わせ』をしなかった」という4つのミスが重なったと説明した。

分 析 

副理事長の説明に問題はないだろうか。原因解明が正確・適切でなければ、適切な救済も適切な送迎バスの安全管理対策も期待できない。以下分析する。

1 送迎バス業務について

1つ目及び2つ目は送迎バス業務に関するものである。事実に沿うわかりやすい説明はつぎのようになると思われる。臨時運転手・園長の明らかな決まり違反が曖昧にされているようである。

1つ目については、臨時運転手には「実際に乗車名簿と照合して園児を下車させる」という降車時の決まり違反があった。理由は、決まりを伝えられなかったので、臨時運転手は決まりを知らなかった。派遣職員は「いつもの運転手と協力して、そういうこと(確認)ができていた。任せきりにしていたところもあった」というので、派遣職員は決まりを知っていたかもしれないが、派遣職員の仕事ではなかったのであろう。

2つ目については、「臨時運転手は、取り残しのダブルチェックをしていないが、ダブルチェックの決まりがなかったので、決まり違反をしたわけではない。」となる。

2 1についての副理事長の説明の問題点

送迎バスの役割は、保護者に代わって園児を幼稚園に登園させることであるから、全員の降車確認をし、全員を担当の職員に引き継いで初めて任された仕事の完了となる。決まりの有無に関わらず、手っ取り早く全員降車を確認する方法は、置き去りのチェックである。誰でも思いつく手抜きの方法である。特に相手は幼稚園児であるから、置き去りチェックの手抜きはできないが、乗車時のチェックに間違いさえなければ、乗車名簿との照合はせずとも送迎業務の完了とできる。降車時における実際の乗車名簿との照合が問題となるのは、乗車時に人まちがいをしたというような稀な場合にしか起こらないからである。送迎バス運転手は、運転するだけでなく、全員を降車させ、職員に引き継ぐまでが仕事である。運転手は、全部を自分自身でやる必要はなく、運転以外の部分、乗車・降車の確認等は、派遣職員に指示して代わってしてもらうことも可能である。

本事案の死亡は置き去りの直接の結果であること、臨時運転手(理事長・園長)及び派遣職員は、定められていた到着後の園児の降車確認(乗車名簿と照合)を行っていなかった(職務上の注意義務違反)。乗車名簿と照合しながら降車確認をしていたならば、千奈ちゃんの置き去りは回避できたはずであるから、1つ目のミスは、決まりを伝えていなかったではなく、決められた降車確認をしなかったことだと思われる。

2つ目については、決まりがあっても守らない本事案では、ダブルチェックの決まりがあったとしても守られることはなかったはずである。臨時運転手・園長には、送迎バスの業務に対する仕事意識・責任感が全くなかったということである。したがって、2つ目のミスは、ダブルチェックの決まりがなかったではなく、臨時運転手・園長の仕事に対する責任意識の欠如(ミス)になるはずと思われる。

降車させることは、運転手の職務・仕事そのものということである。副理事長にはわかっているはずである。理事長(園長)も「送迎バスの運転手の仕事内容」としては理解しているはずであるが、「私の”園長”という立場か習性かもしれないんですけれど」という本人の言葉のとおりであり、運転手代行に頭の切替ができていなかったということである。

3 登園情報業務及びこれについての副理事長の説明の問題点

3つ目及び4つ目は、幼稚園の本来業務に関するものであり、付随業務である一部の希望者を対象とする送迎バス業務とは直接関係はない。したがって、送迎バス業務に固有の置き去りとは全く無関係であるから、置き去りの原因といういうのは明らかに間違いである。

アプリは、「休みや遅刻などする場合、保護者がアプリに、その旨打ち込みますが、登園する場合は何も打ち込みません。」というのであるから、「出欠アプリ」というよりは「欠席・遅刻等通知アプリ」のようである。

3つ目について、いかなる意味でもミスではない。最終(登園時刻経過後)の登録画面を確認していたとしても,画面は同じであったはずである。保護者は送迎バスに乗車させ、その後の置き去りを知らないので、乗車と同時に登園と認識しているはずあるから、欠席や遅刻の打ち込みをすることはあり得ない。運転手は、送迎バス降車時の降車不確認による置き去りの認識がなく、登園している認識であるから、「登園」の登録画面が変更されることはない。アプリの仕組みから、登園時刻が来るまでは、「登園」は「登園予定」の意である。何の問題も発生していない。

4つ目について、臨時運転手・園長によるバスの施錠により置き去りは既に発生済であるから、置き去り後に行うクラス担任の「職員室に確認」「保護者に問い合わせ」は、置き去りの原因ではない。副理事長の説明は、事実として間違いである。
クラス担当が、出欠の確認をしていたならば、送迎バス業務担当者(運転手)の決まり違反により発生した置き去りという事実の早期発見のきっかけとなり、早期発見していたならば致死を回避できた可能性があったとしても、クラス担当の確認は、欠席や遅刻の通知忘れか否かが目的である。早期発見や致死の回避は反射的効果であり、クラス担任には、いかなる意味でも送迎バス降車時の確認義務違反による置き去りを発見すべき職務上の義務はない。要するに、クラス担任が自己の職務外の送迎バス業務についてミスを犯すことは不可能なのである。

登園情報を問題とするのであれば、後記の福岡県の指針にもあるように、降車後の園引継ぎ担当者の決定、担当者による園児の引渡し、出欠確認方法などバスから園への引継ぎ手順の明確化であるべきである。乗車名簿はあったようであるから、仮に、降車時に見落としがあったとしても、引継ぎの段階で、千奈ちゃんの不在が確認でき、置き去りは未遂になったはずである。

副理事長が、送迎バス業務と全く無関係の登園情報業務について、係る誤りをしたのは、川崎幼稚園・職員全体が自己の仕事に対する規律遵守意識を欠如していることの現れである。クラス担任はこれまでも連絡なく休む園児がいたので、千奈ちゃんもそうだろうと思ったというのも同じ現れである。同幼稚園では、ルール違反が常態だったのである。危機管理、安全管理だけでなく通常業務管理を含め、管理体制全体が杜撰だったことが見えてくる。

結論

理事長は「たまたま起きたミス」というが「ミスは日常茶飯事だったが、今回はミスがたまたま死亡という重大事故に発展したもので、起こるべきして起きた事故・事案」だったということであろう。

対象が大人の集団の場合であっても、目的地で下車するときは、忘れ物の有無のチェックをするのは社会通念・常識である。ましてや3~5歳の幼稚園児である。忘れ物チェックをしていたならば、大きな忘れ物・園児の置き去りも回避できたはずである。本事案の場合は、園長・運転手も派遣職員も、園児に係わる仕事をしているにもかかわらず、かかる最低限の常識すら見受けられない。

園の、職員全体の、仕事・職務に対する責任意識の自覚・改善がない限り、同じ事故は必ず起きる。
園長の立場・習性があるなら、「残りの5人には自分で降りるように声をかけた」ときに、続いて女性派遣職員に「みんな降りたか確認しておいてね」と一言声掛けすれば、置き去りは回避できたのである。臨時運転手が園長であったことは、責任の加重事由になることはあっても、軽減事由にはならない。

なお、令和3年7月29日の福岡県で起こった同様の死亡事案を受けて福岡県が同年9月策定した「福岡県保育施設による児童の車両送迎に係る安全管理基準の指針」ここは参考になる。

最後に、正確な分析には、正確な情報が必須であるが、上記福岡県の指針の「Ⅱ3、4」に該当する情報等は得られないまま、取り敢えずの限られた情報に基づく感想であることをお断りしておく。