つぎは、昔、書いたが出さなかった手紙である。
もしかしたら、いま同じように悩んでいる人がいたら、なんらかの役にたつかもしれないと思い、公開する。
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君は「統合失調症」ではない。たとえ、「統合失調症」であっても心配することではないし、それが君と私の関係を変えるわけでもないが、とにかく「統合失調症」ではない。
「統合失調症」が疑われるには、(1)妄想、(2)幻覚、(3)混乱した発語、(4)不可思議な動作、(5)情動や意欲の喪失、などの持続的症状からである。米国精神医学会の診断マニュアルDMS-5によれば、「統合失調症」はこのうち少なくとも2つの症状があり、そのうちの1つは(1)か(2)か(3)である。
決して、一時的なもの、感情の爆発や我を失ったような怒りの表情などで判断されるものではない。
だから、私は、「統合失調症」ではないと君に言う。君に「統合失調症」と言った人も本当はそう思っていなくて、単なる無意味な軽口だと思う。
今回のことは、人に言われたことを気にする君の性格に一因があるかもしれない。これまでも「自己愛型人格障害」「アスペルガー」「心臓病」と君は色々と心配してきた。
心配するのは君の個性かも知れない。無理して治そうとする必要はない。実際、君のようなタイプの人間は世の中にいっぱいいて、とにかくみんな生きている。関心を楽しいことに向けよう。
私は、人格などはその人の記憶によるものだと思っている。「こころ」は脳の記憶と脳の活動によって生まれると思っている。
最近読んだ『つながる脳科学 「心の仕組み」に迫る脳研究の最前線』(ブルーバックス)によると、ネズミも「うつ」になるそうだ。正確に言うと、この本の著者たち(理化学研究所脳科学総合研究センター)は、「うつ」が発症する脳の仕組みを研究するため、「うつ」のマウスを人為的に作っている。脳科学は非常に興味深い分野だが、人間中心の残酷な世界でもある。
どうやって「うつ」のマウスを作るかというと、そのマウスに嫌なことをいっぱいする。しっぽを縛って吊るすとか、水責めにするとか、電気ショックを与えるとか、するわけだ。そうすると、マウスは「恐怖学習」をする。例えば、一定の場所で電気ショックを与えると、その場所に置くだけでマウスは動けなくなる。学習したのである。いやなことをいっぱいされたマウスは「うつ」になる。
「学習」とは脳に神経回路して記憶されたことである。「記憶」が「うつ」を作ったのである。
マウスが「うつ」であるかは、「食欲」「睡眠」「緩慢な動作」「疲れやすい」「集中力の低下」「興味の喪失」「子育て放棄」で定量的に判定できる、という。
もちろん、著者たちは「うつ」を治す実験もしている。「楽しい」体験をさせることである。彼らが選んだ「楽しい体験」はセックスである。少なくてもマウスは一時的には「うつ」でなくなる。
著者たちは科学者である。楽しい記憶で不快な記憶が消えたかどうかも、実験した。マウスの脳に光ファイバを突っ込み、不快な体験が記憶されている部分に光で刺激信号を送る。すると、マウスはまた動けなくなった。
嫌な体験の記憶は消去されてない。ただ、「楽しい」体験の記憶と「嫌な」体験の記憶が争っていて、どちらが想起されるかであったわけだ。
君は楽しい体験をいっぱいして、何か嫌なことがあっても、それらの楽しかった体験を思い浮かべ、早く立ち直られるようになればよい。
この科学者の発見は、9年もかけて多数のマウスに苦痛を与えて得た教訓であるから、マウスたちに感謝しながら、役立てていこう。記憶から自由になろう。