猫じじいのブログ

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「ばらまかない分配」で「財政規律」や「ジェンダー是正」しか言わない東大教授たち

2021-11-17 23:23:09 | 社会時評

きのうの朝日新聞『(耕論)ばらまかない分配とは』では、ライターの和田静香だけが、すべきは、「分配」ではなく、「再分配」だと言っていた。金持ちから税をとり、社会保障や福祉を充実させるのが「再分配」である。一時的な給付金でなく、持続的制度でなければならない。

この(耕論)には、3人の女性論者が参加している。和田以外は、東大の教授である。

加藤淳子の切り口は、借金をしてまで、給付金などの分配政策を推し進めるのは、いかがなものかということである。給付金は、選挙目当ての一時金である。政治家が自分のお金をだす、通常の買収よりもっとタチが悪い。国のお金をばらまくのである。和田が言うように、国の借金だから、いずれ、国は、国民からそのお金を取り立てる。通常の買収よりタチが悪い。

近所の床屋のじいさんは、新型コロナで客が来ず、家賃を払うために借金だけ増えていくと嘆いている。960万円未満の所得の家庭の子どもに一律の給付を行うことは意味があるのか、と怒っている。

ところで、加藤の問題は、《他の先進国では、公共支出は財政規律が維持されて初めて可能になる》と言っていることである。加藤は社会保障や福祉などの「再分配」をどのように考えているのだろうか。

「再分配」は、自分の労働の成果が奪われている人びとが、奪われたものを取り返すことに、もともと起因する。それに、本人がどうしようもない事情があるかもしれない。余っている人が、足りない人にあげたって良いでしょう。

国税庁の民間給与実態調査によると、新型コロナ以前の2019年に、1000万円以上の給与をもらっている被雇用者は256万人いる。いっぽう、200万円以下の給与をもらっている人は333万人いる。給与の1000万円以上の分を200万円以下の人びとに配るとすると、一人あたり、389万円配ることができる。

財政規律と言う前に、金持ちからお金をとりたてれば、社会保障や福祉のお金は出てくるのである。

私の経験から言うと、給与の額は、その人の労働量より、その人のあくどさに比例している。そうでなければ、そのような大きな格差は生じない。

白波瀬佐和子は、《コロナ禍では「分配」のひずみが社会的に弱い立場にある人たちに集中しました》と現状をみている。そして、《とりわけ女性への影響は深刻》という。

ここまでは良いが、《男女間で分断された労働市場です》となると、私は、なにか不安を覚える。たしかに、日本には《伝統的な男女の役割分担が深く絡み合い》、《ジェンダー格差の是正》が必要である。しかし、女性の経営者が増えて、彼女らが他の人から搾取すれば、よいわけでない。人を使って収入を増やすことは、女も男も、犯罪である。

2019年の非正規の給与分布をみると、男の中央値は276万円である。女の中央値は250万円である。非正規の半分の人は、この中央値より低い給与しか、もらっていないということである。

どんな仕事も必要であるから、社会にあるわけだ。給与に格差があるのはオカシイ。電気やガスの会社の社員の給与が、他の業種の人びとより、ずっと高いのはオカシイ。東大の教授の給与が高いのもおかしい。総理大臣や国会議員の給与が飛びぬけて高いのもオカシイ。

そして、株式を保有するだけで、高い所得を得るのは、もっとオカシイ。

したがって《ジェンダーの格差》の是正だけでは問題が解決せず、資本主義社会の否定までいかないといけない。なぜ、教養ある東大教授の白瀬は、そこまで言及できないのか。財政規律しか言わない東大教授よりマシだが、それでも情けない人と思ってしまう。