きのうの朝日新聞(売れてる本)に、西山圭太の『DXの思考法 日本経済復活への最強戦略』(文芸春秋)の紹介があった。加藤出が紹介しているのだが、何を言いたいのかさっぱりわからない。仲間内のヨイショなのだろう。
売れている本というが、発行部数が2万5千部である。文芸ものだと100万部を超えると大ヒット。一般書では20万部を超えるとヒット。日本の人口は1億3千人なので、ヒットと言えば、そんなものである。したがって、本書はかなり マニアックな本、ニッチな読者層をターゲットにしたものといえる。このニッチな層とは何であるかだが、私は、日本のバカな会社の上層部を想定した本ではないかと思う。
加藤はつぎのように書く。
《日本企業にとって最大の課題はデジタル・トランスフォーメーション(DX)とよく言われる。だが、進捗は芳しくない》
このDXとの略語からしてうさん臭い。私は外資系IT会社の日本IBMにいたが、1990年に本社IBMがはじめて赤字をだし、株主の意向をうけて、会社外のコンサルタント出身者がCEOになった。それいらい、コンセプトをつくって需要を起こし、企業を顧客に抱え込むというビジネスモデルに変わった。そのこともあって、2000年代になると、世界のIT業界では、毎年、新しいコンセプトが生まれるようになった。
しかし、デジタルトランスフォーメーション(DX)はコンセプトにもなっていない。ゲームソフトからとったネーミングにすぎない。
加藤は書く。
《日本の成長を支えてきた「会社のロジック」はもはや通用しなくなり、「戸惑っている間に、世界はそしてデジタル化ははるか先まで行ってしまった」》
《著者はデジタル化のロジック(DXの思考法)を身につけることの重要性を熱く説いている。》
これでは、新宗教の折伏ではないか。デジタル化のロジックとは、技術的なことに関してしかなく、後は、自分のビジネスに対しての洞察しかないはずである。製造工程のデジタル化は現場の技術者に主導されるしかないはずである。
私が現役時代も、多くの営業マンは戦略的な思考や論理的な思考ができず、「急がないとバスに乗り遅れる」とか「インタネット時代は進化が早く、欧米ではdog yearといっている」とか言って、やたらと危機感を顧客に煽っていた。
私は、研究者として、ほとんどの日本の大企業の現場にはいって、会社の業務のデジタル化を見てきた。そこで見たオカシナ話しを1つ紹介する。
バブル崩壊に伴って20年前に金融界が再編成され、保険業界も過当競争にさらされ、保険商品の多様化複雑化が始まった。とある生命保険会社に起きたことは、これまでのデジタル化されたシステムが、新しい一連の保険商品に対応していないということである。いろいろな条件で保険料の額が複雑に変わるように設定したためである。そのとき、保険会社経営陣のとった判断は、システムを再構築するより、人手で新商品の処理をするほうが安上がりだということである。郊外の大きなビルのなかに、女の人を大量に雇い、流れ作業で、新商品の処理をこなしたのである。
必要なのはデジタル化のロジック(DX思考法)ではない。自分のところのビジネスをどのように考え、どのような体制を整えるかの、論理的戦略的思考の習慣であり、方法としたとたんに陳腐化してしまう。方法があるなんて思うのは、受験勉強に毒されている。
もっとも、勘でビジネスを行うことが悪いとは私は思わない。自分で全責任を負えるような小さなビジネスであれば、自分の感性にしたがってビジネスをするのでよい。失敗したら一からやり直すのでよい。
ところが、株主と経営陣と一般社員とが分離するほどのビジネス規模になると、予測不可能な、不確実性に満ちた現実社会を相手にするとき、無難な常識的な経営手法に落ち着かざるを得ない。みんな、ビジネスに失敗したくないからだ。しかし、それでも、必要なのはDX思考法ではない。
加藤の「DXを進めなければ国が沈む」という国民の覚悟なんて、時代錯誤も はなはだしい。
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