新聞に「寝そべり族」という言葉があふれている。新聞記事によれば、中国の強烈な競争社会についていけなくなって、もう欲しがりませんから働きません、と、立って競争することをやめて自ら横たわる人びとを 日本では いうようである。
本当かな。これでは、日本の昔の言葉で言うと、「五月病」「燃え尽き症候群」「負け組」のようなとらえ方である。
「寝そべり族」は中国語の「タンピン(躺平、tǎng píng)」の日本語訳である。英語版のWikipediaにはつぎのようにある。
Tang ping is a social protest movement in China by mostly millennials and some zoomers who reject societal pressures for hard work or even overwork.
タンピンは社会的抵抗運動と言っている。ここで、millennialsというのは1980年から2000年まで生まれた世代を指す。zoomersは1990年代後半から2010年代前半までに生まれた世代を指し、millennialsと重なっている。とにかく、若者だけでなく、鄧小平の開放改革政策の下で生まれた世代が、競争社会に社会的抵抗を行っているということだ。
1978年、権力をにぎった鄧小平は、中国共産党の独裁のまま、「ゆたかになれ者からゆたかになろう」と中国を資本制社会に放り込んだのである。
J. K. ガルブレイスは、『ゆたかな社会 決定版』(岩波現代文庫)で、アメリカの資本制社会を第7章、第8章で激しく批判している。
《競争社会――リカードの流れをくむ主流派経済学が考えた社会――においては能率のいい者が得をすることが前提されていた。有能な企業家や労働者は自動的に報酬を受けた。無能な者もやはり自動的にその無能あるいは怠惰の罰を受けた。》
《保守主義者はさまざまな方法で不平等を弁護した。どろぼう以外の方法で人が取得したものには所有権があるということが、自然法であり公平であるとして、いつも基本的な主張となってきた。》
《不平等は資本形成のためにも同様に重要だとされるようになった。所得の分配がちらばれば支出されてしまうだろうが、もし所得が金持ちに集中的に流れこむとすれば、一部分は貯蓄されて投資されるに違いないというのである。》
すなわち、彼は、第7章で、過酷な「競争社会」とは、経済的格差を正当化するために、学者が作り上げた虚構であると言う。そんなモノに騙されてはいけない。
ガルブレイスは、第8章で、人間というものは過酷な「競争社会」に耐えられないという。耐えられないから、人々は、「競争のルール」に対する不正を行う。不正を行ったものが「勝ち組」になるのである。
もちろん、ガルブレイスは、「不正」といわずに、「経済保障」と言う。資本家は自分に都合の良い法律をつくる。経営者は、失敗して競争社会から追放されないよう、企画部門や調査部門や研究開発部門や営業部門をつくり、すなわち組織を率いて、着実に競争社会に勝とうとする。そして、彼らは、自分の力でなく組織の力であるのに、自分の手柄のように偉そうにしているのだ。
それでは、働いているものは、どうするのか。ガルブレイスは「組合」を通じて対抗するのだという。会社と賃金交渉をするだけでなく、労働者の権利を守る法律の制定を要求するのだ。
ところが、中国には「組合」が機能しない。いまの中国は、中国共産党の独裁のもとの資本制社会である。習近平政権はとても強権的なのだ。「競争社会」で虐げられるもの、抑圧されるものは、サボタージュという非暴力的手法によってしか、反対の意思表示ができない。
政権はそれがわかっているから、「極めて無責任な態度で、親ばかりか何百万という納税者を失望させる」「とにかく家賃が安くて、とりあえず仕事があって、何もストレスがなければそれでいいのか」「奮闘する人生こそ幸福な人生だ」と批判する。
そういう彼らは不正でのしあがったものにすぎない。本来は殴り倒す相手だ。鄧小平は平等社会を破壊しただけで、デモクラシーを実現していない。
共産主義とは、消費のための、生産のための、すべての財を共有することである。平等を実現するための1つの手段である。競争で貧富の差があるのでは、共産主義社会ではない。そして、競争は不正を生む。
中国の問題は日本の問題である。日本の人口減少は、日本社会への否定の意思表示である。社会は徹底的に平等でなければならない。
中国のネット上では、「がんばっても得られるものはなく、むしろ失うものが多い」「もう奴隷のように搾取されるのはご免だ」「経済発展の犠牲にはなる必要はない」「社会の進歩とは、若者の苦労を少なくすることだ」「私ものんびり泳ぐ魚のように生きたい」などとタンピンに共感する声が寄せられているそうである。
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