猫じじいのブログ

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ヒトのこころはどう形成されるか、明和政子の仮説

2022-02-12 22:58:11 | こころ

私は、きょう図書館でびっくりする本を見つけ、予定を変更して借りてきた。

何をびっくりしたかと言うと、146ページの図5-1のシナプス数の変化である。ヒトが生まれて幼児期までシナプスが増え続け、それから思春期の終わりまで刈り込みが行われてシナプス数がへり、その後安定期に入るというものである。

ここまでは ありうる話と思うが、著者は、これを自閉スペクトラム症、定型発達、統合失調症と結び付けている。自閉症はシナプスが過剰で、統合失調症が不十分だとするものである。

このびっくりした本は、2019年10月出版の明和政子の『ヒトの発達の謎を解く―胎児期から人類の未来まで』(ちくま新書)である。人を「ヒト」と書くのは、人を生物の一種とみなしているからである。ヒトのこころを生物学的にとらえようという姿勢は、私の好みである。櫻井武の『「こころ」はいかにして生まれるのか』(ブルーバックス)も脳科学の知識にもとづいて問題に迫っているが、明和は「発達」という視点のもとに、心理学、比較認知科学、脳科学の知識を寄せ集め、大胆に自由奔放に「こころ」の形成に迫っていく。

図5-1に戻ると、シナプスの精確な数なんて、現代脳科学でも、わかるはずがない。生きている人間のシナプスの数はわかっていない。死んでいる人間でも数えるのが難しい。10年以上前にアカゲザルのシナプス結合をすべて明らかにしようとするプロジェクトがスタートしたが、終了したと聞いていない。シナプスは何十ナノメートルのサイズであり、プロジェクトは固化した脳を薄いシート状に切り、電子顕微鏡で切片の画像をとり、コンピューターで自動的に切片上のシナプスをつないで、神経細胞の接続関係を明らかにしようとするものである。

本書の本文を読むとシナプスの増減はネズミの実験で得られたもので、図5-1は模式図といえる。たぶんシナプスを数えたのではなく、死んだネズミの脳の容積か重量かから推定したものであろう。大ざっぱな話である。しかも、統合失調症のネズミとか自閉症スペクトラムのネズミとか、どうやって、診断したのだろうか、疑わしい。

それに、現在の精神医学はまだ現象論の段階で、いろいろな病因のものが自閉スペクトラム症や統合失調症のなかに組み込まれている。診断名は症状の分類にすぎない。

ほかの病気でいうと、「かぜ」というのは症状であって、その発熱はヒトの免疫反応のあらわれで、病因は色々な種類のウイルスで起きる。予防とか治療とかになるとウイルスを特定する必要がある。くしゃみ、鼻水や悪寒は寒い外気にふれるだけでも起きる。

あくまで、著者の大胆で自由奔放な仮説を楽しむという立場で本書を読むと、面白い書といえる。

著者は教育学で博士号をとり、霊長類研究所でチンパンジーを相手に比較認知学を研究し、子どもを早産することで幼児のこころの発達に興味をもち、脳科学の最新の成果をジグソーパズルのように はめ込み、ヒトのこころの形成に大胆な仮説を作っているのである。

遺伝子で決定されるということより、環境がいかにヒトのこころの発達に寄与するかに著者の関心がある。著者の面目は、胎児を宿す母体もこころの発達を促す環境としてとらえていることにある。子どもを早産した体験が生きている。

本書では、「理論」という言葉が多用されているが、これは「仮説」という意味であり、科学の論文としては通常の用法である。したがって、読者がそれを忘れて本書に一喜一憂されると、著者も困るだろう。すべて本当だと思われると、「理論」が「教条(ドグマ)」になる。



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