Gentiana sp. 小型リンドウの一種⑧ (雲南省香格里拉) 〔Sect. Chondrophylla小龙胆组〕
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/44/13/139c287d79bb65eba7f6b234053720a3.jpg)
雲南省香格里拉近郊 altitude 3400m付近。2010.5.15
今回の紹介種は(たぶん次回以降の大半も)、「小竜胆組」の一員で間違いないと思う。種としても(他の種のシノニムとされない限り)Gentiana chungtiensis「中甸竜胆」と特定できる
晩春~初夏のこの(中甸=香格里拉)一帯の高原草地を代表する花の一つ(同じころ同じ場所には、小さなピンクと青い花を付ける低木のツツジ属の種が咲き競っている)。
ただし“チュンチェンリンドウ/中甸竜胆”では無粋すぎる(日本人にとっては発音し難い!)ので、プライベート・ネームを「ハルカゼリンドウ/春風竜胆」と呼んでおく(開花期は5~6月だけれど標高3000m超のこの一帯ではまだ春だ)。
イメージ的には、日本のハルリンドウによく似ている。
ちなみに、前回の記事では、ハルリンドウの(国外の)分布を「フデリンドウと同じ」としたが、実際のところは、よく分かっていないようである。「中国植物志」に関して言えば、解説記述と、写真紹介されている個体の産地の整合性がもうひとつ曖昧なような気がする。解説では「広東」「広西」「湖南」「広西」「浙江」(英語版)など中国南部と、「陝西」(英語版)および東北地方の分布が記されている。標高1300~1800mとなっているので、それらの地域では最も山上部に相当する。写真(「中国植物図像庫」)紹介は3か所で、東北部と北部産の個体である(ただし、日本のハルリンドウとは大きく異なっていて、写真を見た限りにおいては、両者が同一種であるとはとても思えない)。
中国産のハルリンドウの真否詮索に関してはひとまず置く。
日本産の「小竜胆組」の種は、「ハルリンドウ」「フデリンドウ」「コケリンドウ」「ヒナリンドウ」がある(それぞれの変種も含む)。「コケリンドウ」と「ヒナリンドウ」は極めて小さな種。後者は超希少種で、4つの高山(八ヶ岳、加賀白山、南アルプス中部、日光女峰山)にだけ隔離分布している(たぶん中国にも対応種が分布するはず)。
高山帯でやや普通に見ることの出来るミヤマリンドウも小竜胆組の種と思うが、まだチェックしていない。
屋久島には、山上部にヤクシマコケリンドウが、海岸部にリュウキュウコケリンドウが分布、前者が中国大陸に姉妹種を持つとされる屋久島固有種なのに対し、後者は屋久島が分布北限域で、両種と中国産近縁各種は別経路で繋がっていることになる。ヤクシマコケリンドウは屋久島産固有種の中でもNo.1を競うほど希少な種。僕は、縦走路の黒味岳分岐付近で3か所確認したのみである。著しく小さいことと相まって、見つけるのは至難の業である。リュウキュウコケリンドウのほうは、春田浜などの隆起サンゴ礁海岸に生育している。やはり屋久島が分布北限域のリンドウ科のシマセンブリが、汀線ぎりぎり(満潮時は海水中に水没)に生育しているのに対し、やや内側の淡水が流れ込む辺りに見られる(両種については別の機会に紹介予定)。
日本の各地の人里近くの山野で見られるのが、ハルリンドウとフデリンドウ。この2つの種は、非常によく似ている。前回にも 述べたように、すぐに思いつく区別点は3つ。
「花冠裂片が平開するか斜上するか」
「ロゼット葉の有無」
「茎の花が単一か複数か」
しかし、しばしば(見かけが)曖昧で、判別し難い時もある。
最も明確な相違点は、雌蕊と雄蕊の関係。
僕はこのふた月余り、中国産のリンドウの記事を延々と書いているわけだが、発端となったのは、パソコンの画面に(ファイルに仕舞忘れて)残っていた一枚の写真(数回後に詳しく再紹介する予定)の“雄蕊の位置”の話である。
やっと、その話題、すなわち「雄性先熟」の話に戻ることになる。
最初にその話題に触れたのは、(このあと再紹介する予定の)四川省の高山に生える(プライベート・ネーム)「ベニヤクアオリンドウ/紅葯青竜胆」*と、「ノドキシロリンドウ/喉黄白竜胆」**の、正反対の雄蕊の状況についてだった。
*/**「中国植物志」でチェックした限りにおいては、それぞれ「弯葉龙胆Gentiana curviphylla」と「歯褶龙胆 Gentiana epichysantha」に相当すると思われる。
開花初期には雄蕊の葯が中央に集結、雌蕊が発達(柱頭が二分岐し露出)した後は、雄蕊は雌蕊から離れ、花柱・葯ともども花冠の内壁にくっつく。写真(2021年 1月18 日掲載回参照)右の花(=紅葯青竜胆)はこのタイプで、ちょうどその状況にある。日本のハルリンドウも、同様のタイプらしい。
一方、例えば「ナナツバリンドウ」では、雌蕊が発達した後、雄蕊は雌蕊から離れていくのではなく、そのまま(下方に後退して)消失してしまう(第10~14回の写真参照)。フデリンドウはこのタイプであるとされる。
ただしナナツバリンドウの雄蕊のように、雌蕊の成長後に明らかに急速衰退していくのではなく、雌蕊が成長して2分岐した柱頭が露出してからも、まだ近くに(葯の花粉を保持したままの状態で?)居残っていることが多い。
その後、(ベニヤクアオリンドウのように)雌蕊から完全に離れて花冠内壁にへばりつくのか、(ナナツバリンドウのように)そのまま縮小消失してしまうのか、最後まで見届けねば正確なことは分からないだろう。
いずれにしろ、前者のパターンが「雄性先熟(雌雄異熟)」(とされている*よう)である(*未検証)。でも考えてみれば、ナナツバリンドウのようなパターンだって、雄蕊が早く発達し、雌蕊が現れる頃には雄蕊は消えてしまうわけだから、「雄性先熟」ということには変わりがないのではないか? 時間的に「異熟」という点では同じで、気質的には明瞭な違いがあるとしても、機能的(自家受粉を避ける)には変わりないと思う。
更に言えば、後者の場合は、葯から花粉を解き放った後は、雄は用無しになって姿を消してしまう。でも前者の場合においては、雄蕊は雌蕊と空間的に隔離されるだけで、必ずしも機能を無くしてしまったのではないのではないか?
花冠内壁に一次避難し、原則として自家受粉を避けると同時に、その気になれば(必要があれば)自家受粉も行える、ということなのかも知れない。
第11回で示したユキノシタ属の例(大場秀章氏の指摘)のように、一応どちらにでも転ぶことが出来る(一部の雄蕊が雌蕊の近くに居座ったままでいる)“保険”のような例もある。
フデリンドウの場合はどうなのだろうか? 幾つかの写真をチェックして思うのは、雌蕊が発達したのち、雄蕊は「ベニヤクアオリンドウ」のように花冠内壁に迅速に離れる(「隔離型雌雄異熟」としておく)わけでも、「ナナツバリンドウ」のようにすぐに朽ち果てる(「単純型雌雄異熟」としておく)わけでもないようで、、、、。フデリンドウに限らず、どうやら小竜胆組の多くの種は、雌蕊発達後も、すぐに消失してしまうのでも、すぐに花冠内壁に隔離されてしまうのでもなく、しばらくの間は、どっちつかずで雌蕊の近くに未練がましくうろうろしている、言い換えれば、最初から保険に頼ろうとしている、、、、。
ウイキペディアに紹介されている写真から、雄蕊の状態が明確に確かめられる花冠を無作為に(出てきた順に500花まで)チェックしてみた。
抽出した数字は、内壁にへばり付いた(あるいはそれ近い状態で雌蕊から離れた)個体。それ以外は、雌蕊が未発達で雄蕊の葯が中央に集まっているもの、発達始めた雌蕊からさほど離れず雄蕊が残っているもの、雌蕊の発達が完了し雄蕊は下方に退化または消滅しまっているものである。
ウイキペディア図版「ハルリンドウ(同定の真非は未確認)」500花冠までカウント/「隔離雄蕊」11花冠(約2.5%)
ウイキペディア図版「フデリンドウ(同定の真非は未確認)」500花冠までカウント/「隔離雄蕊」4花冠(約0.8%)
ウイキペディア図版「コケリンドウ(同定の真非は未確認)」500花冠までカウント/「隔離雄蕊」4花冠(約0.8%)
*同定が正しいかどうかの判断については関与せず。
自分で撮影した中国産「小型リンドウ」各種の手元に収納分635花冠のうち/「隔離雄蕊」103花冠(約16%)
自分で撮影した中国産「ヤクシマリンドウ組」各種の手元に収納分124花冠のうち/「隔離雄蕊」0花冠(0%)
ハルリンドウでは、「隔離雄蕊」個体は、確かにやや多い。フデリンドウでも全く無いわけではない(同定の正否に関するチェックを行っていないので何とも言えない)が、ごく少ない。中国産の小型リンドウ類は、明らかに一定数の「隔離雄蕊」個体が存在する(残り84%のうちかなりの個体も隔離前or途上の可能性大)。
それらのことを併せ考えれば、中国産の小型リンドウの多くの種が(およびハルリンドウも)、原則として「隔離型雌雄異熟」スタイルを採っているように思われる。
フデリンドウは、基本的に「単純型雌雄異熟」(明確に離れることなくそのまま朽ちていく)ということになろうが、ただし、明確に時間差を持って雄蕊雌蕊の展開期が異なる「ナナツバリンドウ」のような例に比べれば、(ほかの多くの中国産小型リンドウの種やハルリンドウともども)、特に時間差・空間差を持って隔離されているわけではなく、けっこう同時に(曖昧な状態で)成立しているように見えなくもない。
雌蕊が発達後の雄蕊の花糸と葯は、一気に下方に後退していくことも、迅速に花冠内面に付着することもなく、緩やかに外側に離れて行く。このハルカゼリンドウの場合も、写真をチェックした限り“どっちつかず”の状態のものが多い(一個体だけ花冠内壁にへばりつくのを見つけた)。
雄と雌の存在意義。同じ株にそれぞれの性の個体を持つ(あるいは同じ花に両性の機能を有する)必要性は、どこにあるのか?(それを言えば人間の家族だって男女揃って子供があるのは当たり前なんだけれど)。
それにこの話を進めて行くと、トランスジェンダーとか、いろいろ複雑な話になってくるので、ここで打ち切り。
「ハルカゼリンドウ」の、そのほかの特徴を列記しておく。
花冠径10㎜前後、花筒長10~15㎜。
花冠裂片の先端に(大型種の「典型ナナツバリンドウ」同様に)糸状の突起物を備える。
花筒部は内面外面とも、淡いオレンジ色を帯びる。
花冠内面裂片(副片を含む)の境には細い黒条を生じる。
開花期にもロゼット葉が残り、中央から数本の花径が斜上する。
茎葉は細長く、開かずに茎に付着して対生する。
写真2
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雲南省香格里拉近郊alt.3400m付近。20105.14
(右の黄色はトウダイグサ科イワタイゲキ属)
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(以上)雲南省香格里拉近郊alt.3400m付近。2010.5.15
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/54/f6/c14d1c231d541ba3ce4dfbb9c4991de2.jpg)
雲南省香格里拉近郊alt.3400m付近。2009.6.2
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/78/f3/c5dca3bf4a715bf72c88b9cb512291ad.jpg)
雲南省香格里拉近郊alt.3500m付近。2010.6.12
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/49/36/b9da01c18698ae8e7ef1c4e015a150c3.jpg)
雲南省香格里拉近郊(碧塔海)alt.3700m付近。2005.6.18
*上2つの白花はFragariaイチゴ属、そのほかの白~薄紫花はAnemoneアネモネ属。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6a/65/e2fc4579a0202f44ef127315ff996533.jpg)
雲南省香格里拉近郊alt.3500m付近。2017.6.9 [with Iris]
*右はアヤメ属の一種(日本のタレユエソウに似た矮性種)。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/09/09/3dde98a877d59c854dca5503640dc290.jpg)
雲南省香格里拉近郊alt.3500m付近。2017.6.9
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/76/36/2fb3ac568aff1e7b488714c36819abfe.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/66/8c/8dbd39ebbae2a6643c1aba13818fa31c.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1b/f0/0816e098fda8b833eac1dd041a341e25.jpg)
雲南省白馬雪山alt.4100m付近。2005.6.14
以上3枚は白馬雪山の同一地点で撮影。下写真(左に高山タンポポの一種)の開花途上の個体は、「茎に2花」「茎葉が瓦状に重なる」ことで、典型「ハルカゼリンドウ」と異なる。雲南省西北部には、中央アジアから中国大陸にかけて広く分布し、花が「ハルカゼリンドウ」に酷似した、Gentiana squarrosaも分布している。白馬雪山の個体は、そちらに所属する可能性もあると思われるが、ここではとりあえず「ハルカゼリンドウ」に含めて置く。
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次回(奇数回31)には、既婚雌と雄の関係を、チョウの場合(キチョウの例)で考察する。そして、愛ちゃん(や相談相手の男性)が“アウトなのかどうか”という考察も(結論無し)。
次々回(偶数回32)は、雲南大理古城の蒼山山麓の畑を流れる小川の畔に生える“セセラギリンドウ”(大理竜胆Gentiana taliensis)の紹介。