信じたのに

2009-03-28 17:59:50 | 日記風
 恋愛と限ったことではありませんが人が人に不信を抱く時ってそれぞれ決まったパターンが存在してるようにも思います。

 100%相手を信じれるってことはない。
 何処かで1度裏切られたり騙されたりすると、その時のことを引きずってしますう。

 友人の話を聞いてて思うことだけど、その方が客観的に聞けますからね。

 恋愛においての場合だと、相手に浮気されてる気がした。
 そこで何をするかと言うと、人それぞれでしょう。
 そして何をもってして浮気をしてると思うかもその人の経験によって違うと思う。
 以前あったパターンに似た言動があったから、浮気してるに直結する。するとそれに見合う自分なりの行動を相手に返す。
 相手はそれに不信感を抱く。

 不毛だね、こうなっちゃうと。
 
 以前は相手に不信を感じると言うのは相性が悪いからだと思っていた。
 要は不安にさせる行動を取る。こちらの求めている行動を返してくれないことに問題がある。イコール相性の問題かなって思った。

 でもパターンがあるんだよ。
 1度傷つけられると、同じパターンを違う人にも当てはめて、同じパターンを発見すると「あ、してるんだ」と短絡的に結びつける可能性が、それを受けとる側に多分にあるんじゃないかな。
 
 傷ついた傷がそう誘導してしまうのかもしれないけど、同じ危険にさらされないように自らを守るすべがそれしかないとそんなことにもなりかねない。
 必ずしも同じことが違う人にも当てはまるとは限らないんだけどね。
 似たような行動を取られ昔されたことを喚起されたとしてもそれはそれ、よくよく確かめてみるとまるで違う事情が背景にあったりする。

 それが考えられず、また同じことが起きると盲目的に信じると同じような結論だけ出るんだよね。
 まるで本人がそれを望んでいたように。
 違うんだけどね。

 だから同じ過ちを人は何度も起こすのかもしれない。望んでないけど再びそんな目にあいたくないと思う心が、幻を見せるんだ。
 恐怖の幻影を見せるんだ。

 ここら辺、ミステリーの過去の恐怖に脅え再び罪を犯してしまう犯人に当てはまりそうなパターンだな。

 ミステリー・・・虚構の世界はおいておいて。
 
 信じるって簡単なことじゃないよね。特に相手があって信じるって重たい。
 「信じてたのに」って責めるのは簡単なんだけど、相手を丸々信じたこっちにも非がないかといわれればそれは微妙だ。最初から信じるべき相手じゃなかったのかもしれない。相手の事情の全てを判っている訳じゃない。

 この辺が相性の問題なのかなって思ったの。良ければ相手の気持ちを待てると言うか余裕を持って見られると言うか、じゃないかって思った。
 その部分は今もあると思う。

 でもこちらのその時の精神状態で、以前なら許せたことが許せない時もあるだろうし、こっちも常に揺れてて一定じゃないんだろうし。

 そういう意味では人間関係はタイミングが全てなのかも知れない。受け入れられるタイミングに、まあ、相性のいい、自分にとって考え方や価値観の近い許容範囲の人が現れれば上手くいく・・・そういうもんかもしれない。

 違ったら、それはそういう結果しか生まないのかもしれない。その傷が重いか軽いかそれだけの問題で。

 でも、友人関係であっても恋愛関係であっても、お互い違うと思えばそれで別れられる。
 
 それが出来るのが友情であっても恋愛であっても他人同士の関係だ。

 でもこれが肉親であれば。血の繋がりがあればそんな簡単にいかない。
 多分こっちの方が、1度もつれたらやっかいなのよね。

 他人同士であれど何らかの縁が生じる。
 だって他人の方が明らかに多いもの。その多い他人の中で生きていくことを運命付けられてるんだもの。
 その中でどんな関係を築くか。それがこの世での1つの課題と言ってもいいもんね。

 運よく・・・いいえ、生き抜いていける為にその時々で必要な人が現れる。
 友情として恋愛として。
 
 それがこの世のその掟を作った天上人の優しさって奴かも知れないね。
 そう思えば例えすれ違っていくだけの縁でも笑って別れられるんじゃないかな。

春って奴だからね

2009-03-27 23:22:54 | 日記風
 3月と言うと年度末。会社であればバタバタとする時期でしょうか。

 家でテレビを観ていても番組が終了、もしくは春から放送時間のお引越しと慌しいことと言ったらありません。

 卒業、出発の重なる季節とはどこもかしこも慌しい。

 私は個人的に3月末が区切りになっておりませんので、4月のなんか判らない時期に1つの区切りを迎えます。

 そこまで辿り着けるのか、早く行きたいような、そこへ行くのが怖いようないろんな気持ちがないまぜです。

 人は変化を好まない所がありますからね。そんな心理もあるんだろうなと思います。

 そこから先のことね。とりあえずそれを考えて行かねばなと思うのですが、考え始める時期としては早すぎるんですね、今はまだ。
 考えると考える前に動くと言う性格ですから、動かなきゃいけない気がして意味の無い行動を繰り返します。

 それで必要ないときにバタバタして疲れると言う学習能力の無いことをしております。
 
 あったんですけどね。今年の予定って。2月末に見事に粉砕しましたけど。
 別に悪いことじゃないですよ。
 本人の考える力が弱まっていた時だけに後のことまで見えなくなってしまって、とりあえず目の前にあるものから片付けましょうと、とりあえず目の前の事が片付く整理を始めました。
 長い目で見ると正解かどうか判りませんが、やらなきゃならないことから考えないことには先へ進むに進めんだろう。

 と言うことで、4月の意味の判らない時期に私の1つの区切りを迎えるから・・・そこが年度末みたいになる。
 その後、頭脳が回るようになってから新たに予定を立て直そうと思います。

 って、私の去年の目標も今年の目標も『冷静』であったのではなかろうか・・・。

 忘れてるけどねー。
 どこの国の言葉だったかしら、くらい忘れてるけどね。
 思い出しただけえらかったわ。

 とりあえず周囲がいやにバタついてるなって思ったら3月末が近いんだなぁと思いました。
 みな様、頑張って年度末を越えてください。

 私はその後から行きます。

永遠のテーマ

2009-03-27 14:00:36 | 日記風
 月曜日の日、『嫌われ松子の一生』の映画をテレビ放映された。
 地上波初登場は去年の秋だったと思うけど、前首相の突然の辞任会見で途中で番組が変更された。
 だから地上波としては今回が全部ちゃんと放送したのは初めてってことだと思う。

 2007年制作なんですね。
 凄い前のような気も、まだ最近のような気もします。

 と言うより今年2009年なの?
 それにびっくりしちゃって。
 そうなんだ・・・。なんか私の頭の中はまだ2008年をさ迷っていますけど。

 私が珍しく劇場まで観に行った作品でしたので、異例です。テレビだとシーンが切られてるなぁって感じだけど。

 その分、凄い整理されてるのかなって思う。

 本来原作(山田宗樹 著)だと、松子の甥とその恋人が事件を探っていくという(現代から甥達が事件を追う。またそれとは逆に松子自身が自らの人生を語る。それが交互に出て来る部分に変りはありませんが)方向ですが映画版だと時間内にまとめる必要があってのことでしょうが、事件の真実が甥の笙へと近寄ってきます。

 しかしブームを巻き起こしたなぁ・・・。
 
 少し前の話になりますが、同じブームを巻き起こしたという意味では『白夜夜』(東野圭吾 著)の話が記憶に新しい。

 これは最初入ったのが舞台化されたものだったのね。
 『嫌われ』の方は映画が先だった。
 共にどちらもそこから入り小説に行き着いたというパターンだった。
 
 共に女性が好む話だなぁと思う。
 前者は愛を求める薄幸の女の転落人生
 後者は幼馴染の初恋の少女を守ろうとする少年と、その少女の同じ不幸を背負った2人が助け合う物語。
 という差はあります。

 しかし共に女性受けする話です。

 そして共に作者が男性だという所になんか深い意味があるような気もします。
 妙なリアルさが削除される分、ロマンテックなファンタジーの世界を築けるんでしょうか。

 そんなことを考えてしまいました。

 どの話でもそうですが、意外に根底に流れるものはシンプルだと言います。その方が共感を得やすいというのですね。
 そこにどんな肉付けがされるのかそれはそれぞれが苦悩する部分です。

 ただ人々の心に残るものは永遠に語りづがれるテーマなんだよねと改めて思うのです。

根っからの役者

2009-03-27 09:31:13 | 戯曲塾
 昔ね、声優をしてる方からちょっと聞いた話なんだけど。

 その方が自ら出る役者をしたいと思っていてその理由です。
 声優さんは画があってそれに合わせて声を入れていく。決まった尺があってそれに合わせる。それがなんか違う。もっと自分の芝居をしてみたいと思った。
 そういう話でした。

 でもね、それ、芝居も同じだと思うよ。

 演出とか監督とかいますよね。そうするとその人が全体のイメージをみてこうしてああしてって言う訳だから、要はその人次第なんですね。
 自分がこんな風にしたと思っても演出が違うと言えば違うし、一緒にやってる役者がこうしたいと思って動けば自然相手をする台詞をやり取りする役者の演技も変えざる得ない。

 だから自分のやりたいようにできる芝居ってないと思う。
 
 1人芝居だとまた違うのかもしれない。
 これも演出が別にいれば、きっといろいろ注文は出ると思う。自分の気持ち1つって訳にはいかないと思う。

 芝居ってチームプレーだからね。
 どうしてもそういうのついて回る。

 趣味でやりたいようにやるんなら話は別です。それなら誰に迷惑をかけることなく勝手にやれば良いから。
 
 でも誰かとちゃんと芝居をしようって話になると、一緒にやってる人の気持ちを汲むそれが大切になってくる。
 
 それって疲れることだ。
 でも、思わぬ副産物も生まれたりして楽しい。

 そんなもんだと思うよ。
 
 他の人の意見を入れながら相手を立てながら出来上がっていく複合物だからね。
 そこに自分のやりたいと思うことを盛り込み尚且つ全体を崩すことなく答えを見つける。難しいもんですわ。

 だから芝居が好き、ずっと役者がやりたいって凄いなって思う。
 私はなんか感覚の違いを感じる。

 根っからの役者に生まれついてないってことだろうね。

ある家族の物語

2009-03-27 00:00:00 | 日記風
 もう2年ほど前になりますがあるお芝居に関わらせていただきました。

 その話の1部に家族の物語が出てきました。
 ご覧になったお客様がお父さんの台詞にウルっと来たと言うお話を伺いましたが、あの台詞で来るんだとちょっと不思議に思ったのですが、ご覧になった方のその時の気持ちとリンクするものがあったんだろうなと思います。

 あの頃・・・過ぎた月日を振り返るとなんだけど、確実にあの頃があって今があると言えるのなら、あの頃の私と未来の今の私は地続きだったんだなと思う。

 過去と今、今と未来の私は繋がっている。

 この所、どうも風邪を引きやすくて体調を壊しやすいんですが、それも結局の所そう思いこんでる自分がいるだけなんじゃないかって気がする。

 そう思いこんでそうなっているなら、何故幸せな自分や健康な自分を考えられないのかと思う。

 そう考えればいいじゃんと遅まきながら気づいたのです。

 そんな簡単なことかもしれない。
 最近個人的に「お父さん」と思うことがあるものですから、どうも不必要に感傷的になってる気もしますが、それも一時期だけのことでしょう。
 思えるうちは思っておこう。

 と言うより既に「お父さん」と思い続けてることが負担になりつつあるのかもしれない。
 親なんてそんなものよね~。

 改めて思うと懐かしくも感謝したくなる人でも、年がら年中思ってると鬱陶しくなるのよ。
 
 そんな心理の私です。
 

春の願い

2009-03-26 20:26:34 | 日記風
 思うんだけど、少し慎重に行動すればいいと思うのね、私。

 けれど今年は恐ろしいほど何も考えてない。
 年始め、おみくじで攻めていけと出たせいもあるのかしら。
 今年は守りに回ってはいけないと思う。
 
 これは本人の実感です。

 でも少し、慎重に構える時も必要ではないかと思う。

 本来の性格が、多分考えない人なんだと思う。勘で行動するタイプだと思う。
 それが遺憾なく発揮されてるのが今年だろうかと思う。

 しかしそろそろ考えて行動なさっては如何かと思う。
 本人が疲れるからさ。
 
 けれど無理な気がする。今年は守りに回ってはいけない気がしてしょうがない。

 気がするだけだけどね。
 勘で動く人だから、それに従うと考えるなになっちゃうんだけど。

 まだ3月。やっと4月になろうと言う時に既に疲れ果ててるんだから、力抜くところは抜いていったらどうですか。自らに助言したい。

 聞くはどうかは判らないけどね。
 子供の時から人の言うことは聞かない子だった。
 だったら・・・聞かないかもね。もう1人の自分のいうことでも。
 自分の言うことくらい聞けやと思うんだけど。

 行動的を通り越して暴走を始めてる気がする・・・。
 懸念してるわ。自らを心配するわ。

 落ち着いた春を迎えられますよう、誰よりも私が願っています。

春近い・・・ね

2009-03-26 12:41:08 | 日記風
 もう3月も末だと言うのに、午前8時頃、横浜では雪が降ったとか。

 雪か~。
 逆戻りしてる寒さがありますね。

 春がいよいよ近づくとそんなこともあるのかしら。1度戻ってから凄い暖かな春のハッピーの中に飛び込んでいくっていう。

 写真はその横浜って言うか桜木町です。しかも1月頃です。まだ冬肌寒い土曜日の風景です。

舞台の下から夢を見る

2009-03-26 10:43:09 | 日記風
 昨夜は珍しく舞台の夢を見ました。
 出るらしいですよ、私が。もう起きた途端細かいことは忘れました。

 そしたら早速知り合いからお芝居の観劇のお誘いがありました。
 あー、これが夢のお告げだったのかしら~。
 
 みな様それぞれご活躍の様子でなによりです。

 自分が何かを夢見て行動するって大変なことだと思います。
 それを感じることがここしばらく起きております。
 自分より若い人であればいろいろ伝えてあげたいこともあるんだけど、上手く説明できないと言うか、それこそこちらも夢の途中ですから、中途半端な話になるのならするべきではないかなと思います。

 難しいのね、いろいろ。
 判らないわ、私も。

 難しいから判らないから面白いと思えれば楽勝かも知れないな。

合言葉

2009-03-25 17:57:49 | 日記風
 世間はいろいろ喜びごとでフィーバーしているようですが、付いていける精神的な余裕がまるでない。

 そんな時の唯一心を落ち着ける合言葉が「お父さん」であることに気づきました。

 ということで、4月の頭くらいまではその合言葉を胸に過ごして行こうと思います。
 
 個人的にはとても深い意味を秘めているなぁと思う。
 
 そう思う反面、とにかく素敵な感じがする。

 娘が顔を輝かせ「お父さん」そう呼ぶ姿はなんて美しいんだろう。
 この場合の娘は、若いお嬢さんのことだけどね。

 それでも幾つになっても唯一甘えられる相手であるそのことに変りはないんだな。
 そっと呼ぶだけでいいから。

 安上がりな気持ち安定法です。