水俣では神話が力を持つ。たとえばサイクレーターの神話。
1959年12月のサイクレーター開設式のとき政府の役人やほかの来賓たちの見守るなか、チッソ社長は「直接」この最新型排水処理装置から水を飲んだ。だからそれ以来、ほとんどの人たちはチッソの排水はきれいだと信じてしまったのだ。
「結果的に言うと私はだまされとった」と熊本の前知事寺本広作は言う。彼も儀式に参列していた。「あれに最初から…アセトアルデヒドの製造工程で出た廃液を入れないことになっておった。」「それはずうっと、何年かあとに知ったわけです。」
これを知事が認めたのは法廷の宣誓のもとである。にもかかわらず、今日でさえ、裁判で明らかにされた証拠すら知るものは少ない。町のほとんどの人がいまだに、サイクレーターは排水から水銀を完全に取りのぞいた、そしてまちがいなく1959年以降水俣病の毒素は排出されていない、と信じている。
チッソ幹部はだまされていない。あたりまえである。ある日、私がサイクレーターから水を1杯とって口に持っていくと、私たちを連れて工場のなかを案内していた男は、とめようとあわてて、ころんでしまった。もう水銀を使用してはいなかったが、私が毒を飲むところだったとするなら、やはり何かが装置から漏れだしているに違いないのだ。
患者たちですらサイクレーターが効果がないのを知ってショックを受けたのである。あのサイクレーター神話は水俣ではそれほど強く、住んでいるだけでなかば信じてしまうほどである。
それでも人生はつづく…
写真集 水俣 MINAMATA W.ユージン・スミス、アイリーン・M.スミス
☆★☆歴史は繰り返す!