浄心庵・長尾弘先生「垂訓」

恩師の歌集「愛」より

父母に大恩受けし我なるに
報いきれなき我が身悲しも

「御垂訓」~心の扉~

2018-12-07 08:23:28 | 浄心庵 長尾弘先生垂訓

恩師のご講演ラジオ放送より

心の扉―1

主題:人に尽くせば幸せな出会いがある。


先の続き・・・

生きていくと言うことは
自分以外の人との出会いで
展開していきます。

おぎゃーと生まれて
まず親との出会いがあります。
親はこの時、子と出会います。

子は成長していくと、
友と出会い、結婚相手と出会い、
また、子を授かれば
その子との出会いがあります。

出会いの中に人生が
展開していきます。
出会いの中で喜びや
苦しみなど様々な
体験があります。

そして喜びより
苦しむことのほうが
多いのが世の常です。

出会いによって自分を
不幸にも幸福にもします。
嫌な人に会って、

ああ、
嫌な人間だと思い込み
顔も見たくないと
思うこともあるでしょう。

そんな人が近づいてくるだけで
隠れてしまいたくなることも
あるかもしれません。

しかし嫌な人が
一人でも二人でも多いほど
自分自身が不幸なことに
気付いてください。
嫌な人を作ってしまうのは
自分の心です。



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「御垂訓」

2018-12-07 02:26:39 | 浄心庵 長尾弘先生垂訓

~ 恩師の「心行の解説」上巻より ~


      講演 八

 「この段階は神仏の心と己の心の調和度による
        光の量の区域なり」

先の続き・・・

まあ、
今迄はこういう戒めのための面白いお話を
いっぱいさせてもらったのですが、
全国に広がりますと、
「あいつはお坊さんを非難中傷した」と
言って叱られますので、
なかなか話もむつかしくなってまいりました。
このように、
私も舌だけが上に上がる可能性が大いに
ありますので、
よくよく実践しないといけないと
思っております。

私が話の中で、もし嘘を言ったり、
或いは人を非難するような、
法に背いたことを行っておりますと、
間違いなしに私の舌だけが上へ行きます。
また私が死にました時に、
もし七転八倒しまして、死後、
堅く硬直して目をむいていましたら、
「あいつは大ホラ吹きの嘘つきだ」と判断して
いただいて間違いありません。

しかし、
私が安らかに死なせてもらって、
死後硬直はおきないで、
生きている時よりも男前に
なったなあということでしたら、
これは本物です。

ですから、
私は法に命をかけております。
嘘つきだったか、
それとも本物であったか、
私がどんな顔をして死んでおったか、
その死にざまを見て下さい。
それによってはっきり分かると思います。


  ~ 感謝・合掌 ~


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