TVシリーズをリアルタイムで観た時には大いにハマッたのに、劇場版を観れば観るほど大嫌いになっちゃった『踊る大捜査線』。
TVシリーズと劇場版はそんなに違うのか? それとも、私の感じ方が変わっただけの事なのか? それを確かめたくて、当時は見逃した第1話をレンタルDVDで観てみました。
結論から言えば、やっぱり全然違ってました。TVシリーズ(特に初期エピソード)には、劇場版ではすっかり失われた創り手のチャレンジ精神、パイオニア精神が目一杯詰まってます。
多くの後続番組がこぞって真似したせいで今やスタンダードだけど、これを初めて観た視聴者は大いに戸惑うと同時に衝撃を受けた筈です。『太陽にほえろ!』が最初そうであったように。
これを深夜枠ならいざ知らずゴールデンタイムに放映したのは冒険だったろうし、それが出来る土壌があったからこそ当時のフジテレビは凄かったんだと、今となっては思います。
☆第1話『サラリーマン刑事と最初の難事件』
(1997.1.7.OA/脚本=君塚良一/演出=本広克行)
冒頭は、主人公(織田裕二)が容疑者を取り調べてる(ように見える)場面でスタート。カツ丼を勧めたり、故郷のおふくろさんの話をしたりと如何にも昭和の刑事ドラマで使われた「落とし」のテクニックを使いまくる彼に、容疑者(の役を演じてた警務課長)が最後に「刑事ドラマの観すぎだ」と一言。そう、これは新任刑事の実力、適性を測るテストなのでした。
『踊る大捜査線』でよく使われたミスリードのギャグだけど、当時としても「ベタ」と言わざるを得ません。そもそも『踊る~』の笑いの取り方って、NHKの朝ドラ並みにベタなんですよねw オチの台詞が出る瞬間にBGMを止めたり等、バラエティー番組寄りの下世話な演出も多かった。
でもそれは、テレビで観てる分には良いんです。基本は「ながら見」のメディアですから、分かりやすいに越したことはない。ただ、映画で同じ事やられちゃうと、私は……
まぁ、今回はテレビ版のレビューなので、映画版の愚痴はとりあえず置いときます。
上記のシーンで、視聴者はこのドラマが喜劇であることを認識し、なおかつ昭和の刑事ドラマとはひと味違う何かが見られそうだと期待を抱きます。番組の方向性を手際よく見せた見事なファーストシーンと言えましょう。
で、主人公が湾岸署の神田署長(北村総一朗)たちの前で自らの経歴を語り、そこで我々視聴者も初めて彼の名前を知ることになります。
「青島俊作、都知事(当時)と同じ名前の青島です」
この台詞は単なる自己紹介だけじゃなく、最初に自分の名前を相手に憶えてもらう為のテクニック、すなわち元コンピューターメーカーの営業マンだったという彼のキャラクターを端的に表した秀逸なもの。満面の笑顔で自己紹介する織田裕二っていうビジュアルもまた新鮮です。
これが『太陽にほえろ!』なら「今日からお前はリーマン刑事だ」なんてボスから命名されそうな感じで、新任刑事の前歴や特技をストーリーに活かしていく手法は如何にも『太陽~』チック。
だから『踊る~』は決して昭和の刑事ドラマを否定してるワケじゃなく、むしろオマージュから生まれたドラマなんですよね。その関係はアニメで言えば『マジンガーZ』と『新世紀エヴァンゲリオン』のそれによく似てると思います。
で、そんな青島に呆れつつ、神田署長は刑事課強行犯係への配属を言い渡します。ここからいよいよ青島俊作の物語がスタートするワケです。
が、青島が意気揚々と刑事課のオフィスに足を踏み入れるも、強行犯係のメンバーは誰もいない。「なんだ、お前は?」「サラリーマンみたいな奴だな」「よし、今日からお前は……」みたいなこと言って手荒く歓迎してくれる、ゴリさんや殿下みたいな先輩は現実世界にはいないってワケです。
で、そこにいたのはコソ泥を尋問中の盗犯係刑事=恩田すみれ(深津絵里)だけ。これも初出勤のマカロニ刑事が最初に出逢う相手が少年係(当時)のシンコだった事へのオマージュ?っていうのは考え過ぎかも知れませんw
そこに署内放送で他殺死体発見のアナウンス。やむなく1人で現場へ行こうとする青島に、すみれが「湾岸署」の腕章を渡してあげます。
「それ付けとけば迷子になんないから」
そういう細かい描写は既存の刑事ドラマにも無くはなかったと思うけど、この次のシーンが画期的でした。
パトカーで出動しようとした青島は、まず警務課で使用許可を取れと言われ、せっかく降りた階段をまた駆け上がって警務課に行ったら、今度は「この貸出書類に記入して係長と課長のハンコ貰って来て下さい」なんて言われちゃう。
「え? いや、緊急の事件なんですけど」
「じゃあ緊急事態用の書類に記入して署長のハンコ貰って来て下さい」
「…………」
「規則ですから」
いくらなんでもそこまで?と思ったら、やっぱりこの部分は脚本・君塚良一さんによる創作なんだそうです。つまり大嘘。
警察組織のリアルを描くこと自体は、NHKの『新宿鮫』シリーズや『太陽にほえろ!』の後番組『ジャングル』、もっと遡れば倉本聰・監修による『大都会/闘いの日々』等でも既にやってたこと。それらの作品は、リアルさと引き換えにカタルシスを犠牲にしてました。
この『踊る大捜査線』が真にエポックなのは、警察組織をリアルに描いた事だけじゃなく、それを笑えてスカッとするエンターテイメントに昇華させたこと、に尽きると思います。「リアル=面白くない」っていう定石を、巧みに嘘を組み込むことで初めて覆したのが『踊る~』だった。これはやっぱり凄いことです。
で、けっきょく青島は徒歩で現場に赴き、初めての殺人事件捜査に張り切るんだけど、先に着いてた機動捜査隊の連中から「所轄はアッチ行ってろ。こっちは忙しいんだ」なんて言われて閉め出されちゃう。
そこに青島の師となるベテラン刑事=和久さん(いかりや長介)登場。「僕ら、見てるだけですか?」とぼやく青島に「そうだよ、飴しゃぶってな」と味のある台詞を返します。和久さんのキャラクターも、いかりや長介さんの演技もホントに味があるんだけど、いちいち味があり過ぎて胸焼けしちゃうんですよねw 大人気キャラの和久さんだけど、私は正直あまり好きじゃありません。
それはさておき、続いて室井管理官(柳葉敏郎)率いる本庁捜査一課チームが到着します。
「おっ、いよいよ本店のお出ましだ」
本庁を「本店」と呼ぶのもサラリーマン刑事を主人公にした『踊る~』ならではの嘘リアリティーで、そういうデティールの作り方が本当に巧いですよね。
本庁と所轄の格差は『太陽にほえろ!』の時代からよく描かれてはいたけど、殺人事件ともなると所轄は雑用に回され、ろくに捜査もさせてもらえないとか、そこまでの隔たりがあるとは『踊る~』を観るまで私も知りませんでした。
主役の刑事たちが捜査しないんじゃドラマにならないって事で、それまでの番組は大嘘をついて所轄を大活躍させて来たワケだけど、『踊る~』は違ってました。本当に主役の刑事たちが最後まで捜査をしないんですよね!
そんな刑事ドラマは『踊る~』が初めてだったし、幾多の後続番組もそこんとこだけは真似出来なかった。かと言ってもう大嘘はつけないから、本庁のエリートが主役の作品ばかりになっていくワケです。
かくもシビアで切ない、所轄のリアル。刑事ドラマの世界しか知らない青島は、言わば我々視聴者と全く同じレベルだったワケで、理想とのあまりのギャップに呆然となっちゃう。
そんな青島に、和久さんが追い討ちをかけます。
「これから、もっと分かる。所轄の刑事の現実がな」
これはやっぱり、凄いドラマです。
(つづく)