関東で独り暮らしをしてる兄と、年末年始の帰省についてメールのやり取りをしました。
「親の介護」の現実について、当事者と外野とじゃこれほど温度差があるのか!と、ちょっと驚愕し、また腹も立ったので、載せてやることにしました。(具体的な地名などは伏せ字にしてあります)
まずは、兄からのメール。
「寒くなりましたね。そちらはコロナ大丈夫ですか?
お母さんの健康状態もあれから変わりないですか?
こちらはなんとか健康を保ってます。
春に緊急事態宣言が出た頃は、しばらくはテレワークしてましたが、夏頃からは自社の○○オフィスに毎日通常出勤しています。
東京の電車はコロナ前と比べればすいてるけど、それでもそこそこ混雑していて、「もう経済活動は止められない」という雰囲気です。
ところで今年の帰省についてですが、今の状況を鑑みると、やはり今回は自粛すべきかなと思ってます。両親も「超」が付く高齢者ですしね。
(ただ、「どうしても顔が見たい」とかの要望があれば帰ることも検討しますが。)
今年の帰省について、そちらはどんな雰囲気ですか?」
で、それに対する私からの返信。
「ご無沙汰してます。お元気そうで何より。僕は今ちょっと咳が出てますが、それは毎年の事なんでコロナではないと信じてます。
帰省に関してですが、現実をそのまま伝えますが、両親にはもはや、正月とか帰省とかいう意識はありません。
特に父さんの幼児化は昨年より更に激しくなっており、残酷なことを言えば兄ちゃんの存在を憶えてるかどうかも怪しいです。
母さんは忘れてるワケじゃないとは思うけど、元より僕ら息子のことには興味が無い人だから、帰省するにせよしないにせよ「あ、そうなん」で済むだろうと思います。哀しいけど、それが現実。
「どうしても顔が見たい」とか、そんなことをあの両親が言うワケないやんって、正直思っちゃいましたm(__)m
かなり長くて重いメールになってしまいますが、どうか最後まで読んでください。
プレッシャーをかけるようで申し訳ないけど、僕はいま地獄を味わってます。
父さんはもう自分で着替えも出来ず、トイレに行くたびに下半身ハダカのままボーッとしてる(自分で脱ぐことは出来るけど穿くことが出来ない)ので、僕がパンツとズボンを穿かせてやらなきゃならず、夜中もそれで何度も起きなきゃいけません。
とにかくおしっこを撒き散らすのでトイレも毎回掃除しないといけないし、廊下のあちこちに便が落ちてたこともありました。
下着も常に尿まみれなので洗濯は毎日、大量にしなくちゃいけません。母さんは全自動洗濯機すら使いこなせず、そもそも自分で動く気力が無くて、今年は病院に行った以外は一歩も外に出てません。当然ながら髪の毛も伸ばしっぱなしで外見がえらいことになってます。
そんなワケで、買い出しも食事の用意も全部僕ひとりの仕事。でも、人には順応する力というものがあり、毎日やってるとそういう事にも慣れてしまうんですよね。しんどいのはしんどいけど、実はそんなに言うほど地獄じゃない。
本当に地獄だと思うのは、ストレスがどんどん溜まって親に対してきつく当たってしまうことです。
以前にも話したけど、介護の基本として「認知症の人に怒ってはいけない」というのがあります。いくら怒ったところで当人には自分が怒られてる理由が理解できず、怖いとか哀しいとか憎いとかいう感情が残ってしまうだけだから、マイナスにしかならない。
それが分かってるにも関わらず、掃除しても洗濯してもすぐに汚されてしまい、例えば僕が四苦八苦しながら父さんにパンツを穿かせてる横で、母さんが知らん顔でミカンを食べてたりすると、どうしてもイライラしてしまう。心底イライラしたら感情のコントロールなど出来やしません。
で、父さんにつらく当たってしまう。いつも僕を信じてくれた父さんにはとても感謝してるし愛情もあるのに、母さんじゃなく父さんに怒鳴ってしまう。手間をかけさせてるのは父さんだから。
で、あとでメチャメチャ後悔するワケです。ああ、また父さんにつらく当たってしまった、本当は父さんが好きなのに、長生きして欲しいのにって。そしてその次に来るのが、俺はなんて冷たい人間なんだ!っていう自己嫌悪。
これこそが親の介護の、本当の地獄なんだって事をいま思い知らされてます。
たぶん、もう介護施設に入ってもらわなきゃいけないレベル(要介護認定は父が2、母が1と出ました)なんだけど、なんとか生活出来てるもんだから踏ん切りがつきません。環境が変わると認知症が余計に悪化するというし、今はコロナの問題もあるし……
でも、来年には決断せざるを得ない時が来ると思います。もう、そこまで来てしまってます。
そういう現実を兄ちゃんにも直に見てもらいたいし、愚痴も聞いて欲しいし、出来れば1日だけ交代して欲しい気持ちもあるんだけど、なにせ今は危険を伴うし、お互い気が重くなるだけだから帰省はやめた方がいいと、僕も思います。
ただ、脅かすつもりは無いけど、いつ、もう二度と会えなくなってもおかしくない年齢と状態なのは確かです。と言いながら10年以上生きるのかも知れないし、こればっかりは分かりません。迷わせたいワケじゃなく、その覚悟だけはしといて下さいってことで。
本当に長くて重いメールになりましたm(__)m とりあえず、施設に入ってもらうと物凄くお金がかかるので、お互いその準備だけはしておきましょう。よろしくお願いします。」
そして、それに対する兄からの返信。
「そっちはそういう現実なんですね。
たいへんそうですが、いずれにしても今年の帰省はやめておきますね。
この前も言ったとおり、今年の春にもらった退職金(まだ使い込んではいないのでw)があるので、いよいよ介護施設に、となった時は経済援助できると思うので、そっちはアテにしておいてください。
今後もお互い、コロナには気を付けましょう。」
以上。注釈すると「退職金」を先に貰える制度があるそうで、兄はまだ働いてます。仕事を辞めてまで手伝って欲しいとは思っておらず(そうすると逆にこっちのストレスが増える気もするし)、ちゃんと経済援助してくれるなら文句はありません。
ただ、このメールには「それだけかよっ?!」「冗談まで書けるその軽さは何?」と思ってしまいました。
とにかくこちらとの温度差が凄まじい。「いつ、もう二度と会えなくなるか分からない」っていう脅しもまったく効いてない。けど、私が逆の立場だったらそんなもんかも?って、同時に思ったりもしました。
兄は例年、年末年始にしか帰って来ず、帰って来ても自室に籠って食事の時ぐらいしかコミュニケーションしないので、介護の実態はまるで知らないし、年1回だけ会ってもろくに会話しない親には、そもそも思い入れが無いんでしょう。
私も実家に戻ってくる前はそんな感じでした。でも自分がやりたいことはやり尽くし、残りの人生をどうしようかと考えた時に、とにかく育ててもらった恩だけは返しておこうと思い立ち、実家に戻ってかれこれ10年以上経ちました。
だから介護はあくまで義務感、使命感でやってるワケだけど、ずっと一緒に住んでたら良くも悪くもいろんな感情が沸いて来ます。もし年に1回しか会わず、会ってもろくに会話しなければ、お金は払うから後は適当にやっといてって気持ちに、たぶん私もなってると思います。
ある意味、とっくに壊れてる家族なんですよね。それを修復しようなんて情熱は無いんだけど、すべて放り出して罪悪感を背負ったまま死にたくはない。
ちょっとカッコつけて言えば、どんなに苦労が伴おうと、親の終末期に寄り添えること、育ててもらった恩を返せることは、何もしないまま訃報を受けるよりよっぽど幸せじゃないかと思います。
その割りにちゃんと寄り添ってないし恩返しも出来てないけど、何もしないよりは絶対マシ。そう考えれば別に腹も立ちません。
ぶっちゃけ、私の介護はかなりの手抜きで、プロの人から見れば何もしてないも同然かも知れません。それでも、何も見ないで終わるよりは絶対マシ。そう思ってます。