ボン(宮内 淳)が刑事になって以来最大の試練を迎えると同時に、それを乗り越えることで「ひよっこ」からいよいよ一人前の刑事へと脱皮する、ターニングポイントとなった重要エピソード。
ボンがこれほど魅力的に描かれたのは初めてで、本作をきっかけにボンのファンになった視聴者は少なくないんじゃないでしょうか? 何しろ私自身がそうでした。
☆第251話『辞表』(1977.5.13.OA/脚本=小川 英&杉村のぼる/監督=吉高勝之)
金融会社強盗の容疑者である武井信夫(田中正彦)は、妹の洋子(麻丘めぐみ)と一緒に買い物中、ボンに任意同行を求められ、すぐさま逃走。
そしてボンに追われ、建築中のビルに逃げ込んだ武井は、足場が崩れて高所から転落、即死しちゃいます。
ボンは複数の目撃証言から武井に容疑を絞ったワケだけど、妹の洋子はそれを真っ向から否定、事件当日は風邪を引いて寝込んだ自分を兄は付きっきりで看病していた、つまり武井には確かなアリバイがあると主張します。
「何もしてない兄を犯人扱いして……あなたが殺したのよ! あなたが殺したのよっ!!」
ボンは大きなショックを受けながらも、先の目撃証言を確認するため奔走しますが、目撃者たちの記憶はいずれも曖昧で、武井のアリバイを崩す決め手にはなりません。
洋子が言う通り、武井はシロなのか?
だったらなぜ逃げたのか?という疑問も、過去に武井はあらぬ疑いで取り調べを受けた経験があり、ひどく警察を恐れていたという事実で説明がついてしまい……
任意同行を求めたボンの捜査に問題は無いとしても、無実の人間を死なせてしまったとなれば、話は別。
「ボスだって、ただじゃ済まんかも知れんぞ」
捜査一係室でゴリさん(竜 雷太)と殿下(小野寺 昭)が交わしたそんな会話を、ドアの外で聞いてしまったボンは、部屋に入れなくなっちゃいます。
「あなたが殺したのよ!」という洋子の叫びと、「ボスだってただじゃ済まない」というゴリさんの言葉が何度もリフレインし、涙を浮かべ、まるで魂が抜けたように夜の街をさまようボン。
そして深夜、誰もいない一係室に戻って来たボンは、ボス(石原裕次郎)の机に警察手帳と手錠、拳銃、そして辞表を置き、ひっそりと去って行くのでした。
翌朝、驚いたゴリさんはボンを探しに行こうとしますが、ボスに止められます。
「今のボンを助けてやる事など誰にも出来ん。ヤツがヤツ自身で乗り越える他はないんだ」
それよりも今やるべき事は、強盗の犯人を一刻も早く挙げること。藤堂チームは捜査を再開します。
すると、死んだ武井が賭け麻雀で多額の借金を背負っていた事実が判明し、再び容疑が濃くなって来ます。そして……
1日じゅう街をさまよった末に、洋子が兄と一緒に住んでたアパートにやって来たボンは、いかにも悪そうな男2人組に彼女が襲われてるのを目撃します。
「何すんだっ!?」
ボンの出現で襲撃を諦めた2人組は逃走、洋子は部屋に引き籠っちゃいますが、彼女が襲われたという事実には重大な意味がありそうです。
嫌な予感を覚えた洋子は、部屋に残された兄の持ち物を調べ、コインロッカーの鍵を見つけてしまいます。
「まさかお兄ちゃん……本当に強盗を?」
一方、ボンは襲撃犯2人の正体を掴むべく、2日振りに捜査一係室に顔を出し、ゴリさんや長さん(下川辰平)を喜ばせます。
もし洋子を襲った2人が強盗犯なら、その目的は金融会社から奪った現金、つまり武井も共犯だったことがほぼ確定する。前科者カードを隈無く調べるボンを見て、長さんは「良かったな、ボン」と眼を細めます。
が、当人は浮かない表情のまま。どうやらボンは、事件がどう転んでも刑事に戻るつもりは無いようです。
「ボン、一体お前は何を考えてんだよ! 武井が犯人なら、お前は刑事として何ひとつ間違ったことはしていないんだよ! だから辞表なんか出さなくたってお前!」
長さん渾身の説得も空しく、ボンはそれらしき前科者を洗い出すと、ただの証人みたいにそのまま帰路に着くのでした。
すると今度は山さん(露口 茂)が、アパートの前でボンの帰りを待ってました。部屋に上がり、襲われた後の洋子がどんな様子だったかをボンから聞いた山さんは、恐らく彼女も兄が強盗犯だったことに気づいていると推理します。
「いずれにしろ、死んだ武井信夫が強盗犯の1人であることは、これでほぼ確実になったと言える。そうなればお前だって……」
山さんも結局、捜査にかこつけて長さんと同じことを言いに来たワケだけどw、やはりボンの表情は曇ったまま。
「でも、武井が死んだことには変わりありません。武井が犯人かどうかということは、関係ないんです。死んだのは容疑者じゃない……人間なんです」
「…………」
「そんなことは百も承知で捜査してきたつもりです。でも、刑事でなくなってみると違うんです。ものの見方が、どっか違うんです。そこに何か、大事なものがあるような……そんな気がするんです」
「…………」
山さんは、淡々と語るボンの眼に、なにやら力強い光のようなものを見て、少し驚きます。
「考えてみたいんです。刑事でもなんでもない、ただの男になって、よく考えてみたいんです」
ボンは今、脱皮しようとしている。この試練さえ乗り越えれば、きっと彼は戻って来る。以前よりもひと回り大きくなって…… と、思ったのかどうか分からないけど、山さんは何だか安心したような顔で立ち上がり、「お茶、ごちそうさん」とだけ言ってアパートを出ていくのでした。
翌日から、ボンは再び襲われる可能性のある洋子をガードすべく、彼女について回ります。夜になって雨が降り出しても、ボンはびしょ濡れになりながら彼女のアパートを張り込むのでした。現在なら「きもっ!」とか言われてストーカー扱いされちゃいますけどw、昭和の時代においてはこれが最も効果的な説得術。
すると今度は殿下がやって来て、ボンを車に乗せてやります。先輩たち全員にここまで心配してもらえる新人刑事って、歴代でもボンぐらいしかいなかったかも知れません。
「今のお前には、拳銃も手錠も無いんだぞ。分かってるのか?」
「分かってます。でも、1人の女性が、凶悪な連中に狙われてる……僕はそれを見たんです。刑事じゃなくたって、男ならそばにいて守ってあげたいと思うのは、当たり前じゃないでしょうか」
今のボンは、あくまで1人の男として、信念を持って動いてる。そんなボンの力強さに、殿下も安心したような表情を見せます。
これまでずっと「ひよっこ」として描かれて来たボンが、もうすぐ毛むくじゃらの後輩を迎えるにあたって、ようやく一人前の刑事になった瞬間かも知れません。
翌日、洋子はボンをまいて強盗一味と密会し、現金が隠されてるコインロッカーの鍵と引き換えに、兄が共犯であることを秘密にするよう交渉しますが、当然ながら殺されそうになります。
そんな愚かな洋子を、駆けつけたボンは命懸けで守り抜きます。拳銃も手錠も持たない、ただの1人の男として……
「洋子さん、逃げろ! 早く逃げろっ!!」
自分は縛られた状態でフルボッコにされながら、犯人たちに体当たりして時間を稼ぎ、洋子だけは逃がそうとするボンの姿に、私は泣きました。
やがてゴリさんと長さんが駆けつけ、犯人たちは逮捕されます。
「どうして……どうして私のために……どうしてですか?」
そんな洋子の問いに、なぜかボンは返事をしません。彼女の安全が確保され安心したボンは、そのまま寝落ちしちゃったのでした。そりゃ丸3日ぐらい一睡もしてないでしょうから、無理もありません。
「見て下さいよ、この顔……嬉しそうなこの顔!」
ボンの幸せそうな寝顔に、キュン!と来た女性視聴者が全国に一体どれほどおられた事でしょう。男の、しかも小学生のガキンチョだった私でさえ、ここでノックアウトでしたからw
数日後、ボンのアパートを訪ねた洋子は、「刑事に戻って下さい」と懇願します。
洋子が兄の犯行を隠し通そうとしたのは、結婚を間近に控えた恋人にそうするよう指示されたから。まぁ、その気持ちも解らなくはありません。
でも、ボンの必死な姿を見て、2人は変わりました。
「私たち、もう何があっても逃げないで生きていこうって話し合ったんです。私たちにそういう決心をさせてくれた田口さんが刑事を辞めるなんて、おかしいと思います。間違ってると思います!」
「しかし……」
「辞めないで下さい。お願いします!」
言いたい事だけ言って走り去った洋子と入れ替わりに、今度はボスが現れます。
「断っておくがな、彼女が此処まで来たのは、彼女のたっての希望だ」
つまり、ボンを説得してもらうよう洋子に頼んだワケじゃないんだぞって、ボスは言いたいワケですね。
「俺はお前に、デカに戻れとも戻るなとも言わん。それはお前が決めるこった。もう一度、じっくり考え直すんだな」
「…………」
「逃げ出すんじゃねえぞ。ん?」
「……はい!」
このラストカットでボンが笑顔を見せることで、彼が刑事に戻ることを創り手は暗示したと思うんだけど、当時ガキンチョだった私は「えーっ、これで終わり!?」ってw、「結局どっちなの!?」って、かなりビビった思い出があります。
でも、その後に流れた次回の予告編にボンが普通に映ってるのを見て「なんや、おるやん」ってw、拍子抜けしつつも安心した視聴者は、きっと私だけじゃなかった筈です。
通常ならレギュラー刑事が辞表を出しても「どうせ辞めないでしょ」って思うけど、今回のボンに限ってはその凹み方が尋常じゃなかったし、いつもならボスは辞表を破いちゃうのに、今回は破らずボンに返すだけだったしで、本当にそのまま番組から消えてもおかしくない雰囲気がありました。
刑事が容疑者を深追いし過ぎて死なせちゃうエピソードは定番ではあるんだけど、それでここまで刑事が苦しむのって、たぶん他には無かったんじゃないかと思います。
普通なら、死んだ男がやっぱり犯人だったと判る瞬間がクライマックスになるんだけど、本作の場合はそこからが本筋=ボンの成長ドラマになって行くんですよね。そこが『太陽にほえろ!』の本当に凄いところだと思います。
妹を看病していたという武井のアリバイは洋子の嘘だったのか?とか、色々と疑問が残ったままだし、そもそもボンが単独で武井を連行しようとする冒頭からしてリアルじゃないし、細かいアラが少なくない回ではあるんだけど、新人刑事の脱皮と仲間たちのフォローをこれほど丁寧に描いたエピソードも珍しく、私は『太陽』屈指の名作だと思ってます。
洋子を演じた麻丘めぐみさんは、当時21歳。『芽ばえ』や『わたしの彼は左きき』を大ヒットさせた、'70年代を代表するアイドル歌手の1人ですが、元々は子役からスタートされた女優さんで、さすがしっかりした演技をされてます。
'77年は本作に加え『新・夜明けの刑事』にもゲスト出演、再び女優業に力を注ぐと思われた矢先に結婚され、芸能界を一時引退。
'83年の離婚を機に本格的に女優復帰され、刑事ドラマも『部長刑事』『西部警察PART III』『特捜最前線』『はぐれ刑事純情派』『ゴリラ/警視庁捜査第8班』『刑事貴族』『はだかの刑事』など多数ゲスト出演、2000年代には歌手活動も本格的に再開されてます。セミヌードは'83年の復帰時に撮られたものですね。
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