畑に畝間潅水をしようと思って念のため三木市の天気予報をテレビのデータ放送で見たら、「夜の降水確率が80パーセント」と表示されていました。「8月末に植えたジャガイモは水びたしにしたくないし、上から雨が降るのがいちばんいい。もう一晩待ってみよう」ということで、きのうはコイモや種蒔きをしたところにだけ水をかけ、畝間潅水は見送りました。
ところが夜起きてみると雨は降りそうにありません。きょうの夕方畝間潅水をします。畑の土を入れて土嚢袋を20個作りましたからそれで水がジャガイモに行かないようにします。
さて、限界集落や廃村に魅かれ、かつて何百年にわたって人が住み、いま廃れていく村を訪ねたいとブログに書いてきましたが、なぜそうなのかあらためて考えてみました。そして自分の書いた小説のようなものに行き当たりました。退職した頃に書いたものです。原稿用紙で40枚余りになりますので、数日に分けて載せますのでお読みいただけたらうれしいです。
炭焼き小屋にて (1)
峠にむかう国道の道路標識のそばに『東奥谷』と矢印のついた小さい板が立ててある。国道からそれる道が誘い込むように谷沿いに曲がって奥に消えている。
柿田謙三はハンドルを切って谷に入った。バスとすれちがえるほど幅のある舗装道路がつづく。左は山を削った崖、右の谷底からは渓流の音がきこえる。
アクセルをいっぱいにふかして坂道を登り、見晴らしのよさそうな曲がり角で軽自動車をとめた。
走行メーターでは国道をそれてから八キロメートルは走っているのに、まだ立派な道路がつづく。この先になにがあるのか。道路地図を見ると、谷の途中で道は消えている。
自動車にもどり、また坂道を登った。谷の幅が広くなり、左右に耕地が見えてきた。放棄され雑草におおわれた田畑ばかりだ。
行く手に家が見える。藁屋根の中央が陥没し、両側の壁が内側に傾いている。次の冬の雪で倒壊するだろう。
山すそに見える数軒も近づいてみると廃屋であった。崩れて材木の山となった家の跡もある。かつてはまとまった集落のようだが人の気配はない。
舗装道路がおわった。乗用車一台がようやく通れる地道がつづいている。
「もうだれも住んでいないのか」
謙三は声に出していい、広い道のとぎれたところで車をおりた。
雑草畑のむこうに数本の鉄柱が立っている。畦道を歩いてそばに行ってみると、朽ちた鉄棒だった。試験管がころがっている。木製の大きな三角定規が落ちている。小学校の分教場が建っていたのだろう。
痛みの予感がした。謙三はゆっくりとしゃがんだ。体の芯のうずくあの痛みは、しゃがんだほうが耐えやすい。手で腹をおさえて背中を丸め、身も心も痛みに備えた。へその奥あたりがちりちりした。
しかし痛みは予兆だけで消えた。
谷のいちばん奥に藁屋根の家が見える。煙突から煙が出ている。人が住んでいるのか。
車にもどり、エンジンを掛けて地道に乗り入れた。道は雑草畑の間を蛇行してのぼっており、一軒家までは思ったより時間がかかった。
家の前に軽自動車がとまり、玄関の戸があいていた。
車をおりて人の気配をうかがった。読経の声が聞えた。
むかいの山は植林した桧の林が頂上まで這い上がっている。藁屋根の家の裏山は傾斜がきつく雑木林のままだ。
「どちらさんですか」
うしろから声を掛けられた。人の善さそうな僧衣の男が玄関に立っている。
「こちらに住んでおられる方ですか」
「いや、わたしはお経を上げに来ただけです。ここのおばあさんが死なれたんで」
「この村には人が住んでいるんですか」
「おばあさんが死なれて、この家のおじいさん一人になりました」
奥から老人が顔を出した。頑丈な体つきで、腰が伸びている。
謙三は頭を下げた。
「ちょっと通りがかったものですから……」
「どなたですか」
「いえ、用事はなかったんですけど……」
「わたしはあなたの名前をきいておる」
老人の声には力があった。
「柿田謙三といいます」
思わずいってしまってから、名前をいうことはなかったと悔やんだ。老人は田村勇作、僧衣の男は海野善導と名のった。
勇作は尋問するようにさらに謙三の年齢や住んでいるところをたずねてから、
「あなたは、死ぬためにわざわざこんな山奥まであがってきたんですか」
とはっきりした声でいって、謙三を頭のてっぺんから足の先まで見た。
死ぬためにきた、と図星をさされて、なにか言い返さなくては、と謙三は思った。しかしことばが浮かばなかった。
「ま、お茶でも飲んでいきなさい」
善導がとりなるようにいって、謙三の背中に手を添えた。
勇作は無言で先導して奥の座敷に入った。床の間の横に古びた仏壇があり、布団に寝かせた遺体の顔に白い布が掛けてあった。
善導は、田村勇作の八十八歳になる妻八重が昨日亡くなったこと、死ぬ三日前まで元気に畑仕事をしていたことを、勇作の出したお茶を飲みながら離した。善導の話を、勇作は妻の遺体を見たままきいていた。
善導がお茶を飲み干して謙三にたずねた。
「ところで柿田さん、なんでこんな山奥に来なさった」
謙三は縁側を見たまま黙っていた。
「勇作さんのいわれたように、死ぬために来なさったか」
自動車の音がして、家の前で止まった。
診療所の先生が来られたかな、とつぶやいて善導が玄関に立った。来訪者はやはり診療所の東山先生で、善導に連絡をもらって、死亡診断書を書くためにふもとの村から上がってきたのだった。
東山先生は遺体をたしかめて、用意してきた書類になにか書き加えて勇作に見せ、自分が役場に届けておくといって帰った。
善導がさきほどの質問を蒸し返した。
「どうしても死なねばならんことがあるのですか」
放し飼いにしてある鶏が餌をあさって縁先を通った。謙三はそれを目で追い、鶏が茂みに消えるとまたうつむいた。
「善道さん、いきなり詰め寄っても、どうして死ぬかいえるものではありません。胸に詰まったものをかかえたまま黙って死ぬか、人に話して死ぬか。それはこの人が決めることです」
勇作がよく響く声でいった。見たところ八十歳くらいの老人なのに、眼光と声には人を圧する力があった。
「勇作さんは、なんでこの人が死ぬつもりだと思いなさった」
「六十年前、わたしは、死ぬつもりでこの谷に上がってきましたから、この人の目を見ればわかります」
「六十年前? 死ぬつもりで? わたしはこの村の人とは付き合いが長いけど、勇作さんのそんな話は聞いたことがありません」
謙三が頭をあげて、二人の話に割って入った。
「あの、さっきから聞いてますと、わたしが死ぬつもりでこの谷に入ってきたことにされてますけど、死ぬなんて一言もいってないんですが」
「いわんでも顔に書いてある」
勇作に鋭くいい返された。
善導が電話を借りるといって立ち上がった。勇作がうつむいている謙三に声を掛けた。
「わたしはあれこれ詮索しませんから、今夜はここで泊まっていきなさい。飯と味噌汁くらいしかないけど」
謙三は黙って頭を下げた。
座敷にもどった善導は、なにもあわてて死ぬことはない、地獄にも極楽にも門限はないからじっくり考えてからでも間に合う、と笑って帰っていった。
ところが夜起きてみると雨は降りそうにありません。きょうの夕方畝間潅水をします。畑の土を入れて土嚢袋を20個作りましたからそれで水がジャガイモに行かないようにします。
さて、限界集落や廃村に魅かれ、かつて何百年にわたって人が住み、いま廃れていく村を訪ねたいとブログに書いてきましたが、なぜそうなのかあらためて考えてみました。そして自分の書いた小説のようなものに行き当たりました。退職した頃に書いたものです。原稿用紙で40枚余りになりますので、数日に分けて載せますのでお読みいただけたらうれしいです。
炭焼き小屋にて (1)
峠にむかう国道の道路標識のそばに『東奥谷』と矢印のついた小さい板が立ててある。国道からそれる道が誘い込むように谷沿いに曲がって奥に消えている。
柿田謙三はハンドルを切って谷に入った。バスとすれちがえるほど幅のある舗装道路がつづく。左は山を削った崖、右の谷底からは渓流の音がきこえる。
アクセルをいっぱいにふかして坂道を登り、見晴らしのよさそうな曲がり角で軽自動車をとめた。
走行メーターでは国道をそれてから八キロメートルは走っているのに、まだ立派な道路がつづく。この先になにがあるのか。道路地図を見ると、谷の途中で道は消えている。
自動車にもどり、また坂道を登った。谷の幅が広くなり、左右に耕地が見えてきた。放棄され雑草におおわれた田畑ばかりだ。
行く手に家が見える。藁屋根の中央が陥没し、両側の壁が内側に傾いている。次の冬の雪で倒壊するだろう。
山すそに見える数軒も近づいてみると廃屋であった。崩れて材木の山となった家の跡もある。かつてはまとまった集落のようだが人の気配はない。
舗装道路がおわった。乗用車一台がようやく通れる地道がつづいている。
「もうだれも住んでいないのか」
謙三は声に出していい、広い道のとぎれたところで車をおりた。
雑草畑のむこうに数本の鉄柱が立っている。畦道を歩いてそばに行ってみると、朽ちた鉄棒だった。試験管がころがっている。木製の大きな三角定規が落ちている。小学校の分教場が建っていたのだろう。
痛みの予感がした。謙三はゆっくりとしゃがんだ。体の芯のうずくあの痛みは、しゃがんだほうが耐えやすい。手で腹をおさえて背中を丸め、身も心も痛みに備えた。へその奥あたりがちりちりした。
しかし痛みは予兆だけで消えた。
谷のいちばん奥に藁屋根の家が見える。煙突から煙が出ている。人が住んでいるのか。
車にもどり、エンジンを掛けて地道に乗り入れた。道は雑草畑の間を蛇行してのぼっており、一軒家までは思ったより時間がかかった。
家の前に軽自動車がとまり、玄関の戸があいていた。
車をおりて人の気配をうかがった。読経の声が聞えた。
むかいの山は植林した桧の林が頂上まで這い上がっている。藁屋根の家の裏山は傾斜がきつく雑木林のままだ。
「どちらさんですか」
うしろから声を掛けられた。人の善さそうな僧衣の男が玄関に立っている。
「こちらに住んでおられる方ですか」
「いや、わたしはお経を上げに来ただけです。ここのおばあさんが死なれたんで」
「この村には人が住んでいるんですか」
「おばあさんが死なれて、この家のおじいさん一人になりました」
奥から老人が顔を出した。頑丈な体つきで、腰が伸びている。
謙三は頭を下げた。
「ちょっと通りがかったものですから……」
「どなたですか」
「いえ、用事はなかったんですけど……」
「わたしはあなたの名前をきいておる」
老人の声には力があった。
「柿田謙三といいます」
思わずいってしまってから、名前をいうことはなかったと悔やんだ。老人は田村勇作、僧衣の男は海野善導と名のった。
勇作は尋問するようにさらに謙三の年齢や住んでいるところをたずねてから、
「あなたは、死ぬためにわざわざこんな山奥まであがってきたんですか」
とはっきりした声でいって、謙三を頭のてっぺんから足の先まで見た。
死ぬためにきた、と図星をさされて、なにか言い返さなくては、と謙三は思った。しかしことばが浮かばなかった。
「ま、お茶でも飲んでいきなさい」
善導がとりなるようにいって、謙三の背中に手を添えた。
勇作は無言で先導して奥の座敷に入った。床の間の横に古びた仏壇があり、布団に寝かせた遺体の顔に白い布が掛けてあった。
善導は、田村勇作の八十八歳になる妻八重が昨日亡くなったこと、死ぬ三日前まで元気に畑仕事をしていたことを、勇作の出したお茶を飲みながら離した。善導の話を、勇作は妻の遺体を見たままきいていた。
善導がお茶を飲み干して謙三にたずねた。
「ところで柿田さん、なんでこんな山奥に来なさった」
謙三は縁側を見たまま黙っていた。
「勇作さんのいわれたように、死ぬために来なさったか」
自動車の音がして、家の前で止まった。
診療所の先生が来られたかな、とつぶやいて善導が玄関に立った。来訪者はやはり診療所の東山先生で、善導に連絡をもらって、死亡診断書を書くためにふもとの村から上がってきたのだった。
東山先生は遺体をたしかめて、用意してきた書類になにか書き加えて勇作に見せ、自分が役場に届けておくといって帰った。
善導がさきほどの質問を蒸し返した。
「どうしても死なねばならんことがあるのですか」
放し飼いにしてある鶏が餌をあさって縁先を通った。謙三はそれを目で追い、鶏が茂みに消えるとまたうつむいた。
「善道さん、いきなり詰め寄っても、どうして死ぬかいえるものではありません。胸に詰まったものをかかえたまま黙って死ぬか、人に話して死ぬか。それはこの人が決めることです」
勇作がよく響く声でいった。見たところ八十歳くらいの老人なのに、眼光と声には人を圧する力があった。
「勇作さんは、なんでこの人が死ぬつもりだと思いなさった」
「六十年前、わたしは、死ぬつもりでこの谷に上がってきましたから、この人の目を見ればわかります」
「六十年前? 死ぬつもりで? わたしはこの村の人とは付き合いが長いけど、勇作さんのそんな話は聞いたことがありません」
謙三が頭をあげて、二人の話に割って入った。
「あの、さっきから聞いてますと、わたしが死ぬつもりでこの谷に入ってきたことにされてますけど、死ぬなんて一言もいってないんですが」
「いわんでも顔に書いてある」
勇作に鋭くいい返された。
善導が電話を借りるといって立ち上がった。勇作がうつむいている謙三に声を掛けた。
「わたしはあれこれ詮索しませんから、今夜はここで泊まっていきなさい。飯と味噌汁くらいしかないけど」
謙三は黙って頭を下げた。
座敷にもどった善導は、なにもあわてて死ぬことはない、地獄にも極楽にも門限はないからじっくり考えてからでも間に合う、と笑って帰っていった。