長らくブログの更新が進んでおりません。旅行や実地踏査ツアーのレポートを綴っておりますが、肝心の古代史の記事更新が滞っております。理由は次の2つです。
①神功皇后を考えるところまで進んできたのですが、このあたりから考えるべき要素が急激に増えてきて、なかなか自分なりの仮説が固まるところまで考えが及んでおりません。
②この4月から通信制の大学で学芸員の資格を取得しようと準備を進めており、なかなか古代史を考える時間を確保することができておりません。
実は、神功皇后を突破して次の応神天皇までの論証を終えることができれば、崇神天皇から応神天皇までを「古代日本国成立の物語(第二部)」として書籍化しようと目論んでいるのですが、なかなか思ったとおりに進まず、忸怩たる思いでおります。そうこうするうちに昨年末に書籍化した「古代日本国成立の物語」を電子出版しようと並行で進めているところです。
学芸員の資格取得を思い立ったのは、昨年11月におなじみの古代史仲間である岡田さん、佐々木さんと行った北九州への実地踏査ツアーのときでした。菜畑遺跡の末盧館、板付遺跡の弥生館、いずれも小さな博物館なのですが学芸員の方(いずれも女性でした)がおられて、私たちのためにわざわざ出てきて説明をしてくれたのです。おふたりとも専門知識をひけらかすことなく、私たちの質問にも丁寧に答えていただき、 その誠実な対応をうれしく思いました。このとき、学芸員という職業があることを初めて認識したのです。
それに先立つ昨年3月、同じく3人で丹後・出雲のツアーに行ったときのことですが、加茂岩倉遺跡や荒神谷遺跡でボランティアガイドの方に案内をしてもらいました。おふたりとも古代史や考古学の専門知識のないいわゆる素人のおじさん、いや、お爺さんでした。おそらくマニュアルをもとに勉強した内容を話しているのでしょうが、私たちのようなあまり知識のない見学者には貴重な情報となります。人柄も良くて不思議と会話もはずみました。岡田さん、佐々木さんからは老後の私を見ているようだと言われ、そのときはボランティアでなく報酬をもらえるならやってみたいと思ったりしました。
各地の資料館や歴史館をいくつも見ていると、ここの資料館はよかった、あそこの博物館は今ひとつだった、あれはカネの無駄遣いなど、素人なりの評価をして、自分ならこう見せるのに、こういうメッセージにするのに、という代替案も浮かぶようになってきます。資料の展示の仕方や解説パネルの巧拙で見学者の理解の深さや学習の度合いが変わるのです。そんな経験を何度も経た上での前述の末盧館と弥生館での出来事でした。
学芸員の資格を取ろうと思うものの、最終目標が学芸員になることではありません。もちろん、なれるものならなりたいと思うのですが、仮に資格をとれたとしても考古学や歴史学を専門的に勉強したことのない素人、しかもこんなおじさんが博物館の学芸員選考に受かることはたいへんハードルが高いことはよくわかっています。それはそれとして、歴史博物館についての基本を学習して身につけた知識に、これまでの博物館や遺跡、遺物を見学した経験と、素人なりの古代史への興味をミックスしたときに何かできることがありそうだ、うまく言えないのですが、漠然とそんなふうに考えています。
学芸員資格は資格試験がなく、大学で必要な単位を取得すればいいので、最短の場合は一年で取得することが可能です。でも私の場合、仕事のことや実習の時期などを考えると少なくとも一年半はかかるでしょう。仕事をしながらの学習なので、そうそう思ったとおりに事が運ぶとも思っていませんが、一方で何とかなるだろうと楽観もしています。4月以降、時々このブログで勉強の様子を綴っていきたいと思います。
①神功皇后を考えるところまで進んできたのですが、このあたりから考えるべき要素が急激に増えてきて、なかなか自分なりの仮説が固まるところまで考えが及んでおりません。
②この4月から通信制の大学で学芸員の資格を取得しようと準備を進めており、なかなか古代史を考える時間を確保することができておりません。
実は、神功皇后を突破して次の応神天皇までの論証を終えることができれば、崇神天皇から応神天皇までを「古代日本国成立の物語(第二部)」として書籍化しようと目論んでいるのですが、なかなか思ったとおりに進まず、忸怩たる思いでおります。そうこうするうちに昨年末に書籍化した「古代日本国成立の物語」を電子出版しようと並行で進めているところです。
学芸員の資格取得を思い立ったのは、昨年11月におなじみの古代史仲間である岡田さん、佐々木さんと行った北九州への実地踏査ツアーのときでした。菜畑遺跡の末盧館、板付遺跡の弥生館、いずれも小さな博物館なのですが学芸員の方(いずれも女性でした)がおられて、私たちのためにわざわざ出てきて説明をしてくれたのです。おふたりとも専門知識をひけらかすことなく、私たちの質問にも丁寧に答えていただき、 その誠実な対応をうれしく思いました。このとき、学芸員という職業があることを初めて認識したのです。
それに先立つ昨年3月、同じく3人で丹後・出雲のツアーに行ったときのことですが、加茂岩倉遺跡や荒神谷遺跡でボランティアガイドの方に案内をしてもらいました。おふたりとも古代史や考古学の専門知識のないいわゆる素人のおじさん、いや、お爺さんでした。おそらくマニュアルをもとに勉強した内容を話しているのでしょうが、私たちのようなあまり知識のない見学者には貴重な情報となります。人柄も良くて不思議と会話もはずみました。岡田さん、佐々木さんからは老後の私を見ているようだと言われ、そのときはボランティアでなく報酬をもらえるならやってみたいと思ったりしました。
各地の資料館や歴史館をいくつも見ていると、ここの資料館はよかった、あそこの博物館は今ひとつだった、あれはカネの無駄遣いなど、素人なりの評価をして、自分ならこう見せるのに、こういうメッセージにするのに、という代替案も浮かぶようになってきます。資料の展示の仕方や解説パネルの巧拙で見学者の理解の深さや学習の度合いが変わるのです。そんな経験を何度も経た上での前述の末盧館と弥生館での出来事でした。
学芸員の資格を取ろうと思うものの、最終目標が学芸員になることではありません。もちろん、なれるものならなりたいと思うのですが、仮に資格をとれたとしても考古学や歴史学を専門的に勉強したことのない素人、しかもこんなおじさんが博物館の学芸員選考に受かることはたいへんハードルが高いことはよくわかっています。それはそれとして、歴史博物館についての基本を学習して身につけた知識に、これまでの博物館や遺跡、遺物を見学した経験と、素人なりの古代史への興味をミックスしたときに何かできることがありそうだ、うまく言えないのですが、漠然とそんなふうに考えています。
学芸員資格は資格試験がなく、大学で必要な単位を取得すればいいので、最短の場合は一年で取得することが可能です。でも私の場合、仕事のことや実習の時期などを考えると少なくとも一年半はかかるでしょう。仕事をしながらの学習なので、そうそう思ったとおりに事が運ぶとも思っていませんが、一方で何とかなるだろうと楽観もしています。4月以降、時々このブログで勉強の様子を綴っていきたいと思います。