hinajiro なんちゃって Critic

本や映画について好きなように書いています。映画についてはネタばれ大いにありですのでご注意。本は洋書が中心です。

善き人 Good

2012年12月24日 | 映画
  

 1930年代のヒトラー独裁が進むドイツが舞台。
 主人公ジョンは大学で文学を教える平凡な男。できるだけいつでも「よい人」であろうと心がけ、職場では熱心に講義をし、痴呆症の母親の介護をし、妻の代わりに家事もする。
 息抜きは友人であるユダヤ人のモーリスと時々盃をかわすこと。ユダヤ人として身の危険を感じているモーリスに対して「Hitler is a joke. He doesn't last」というように、静かながらアンチヒトラー政権の姿勢を示したいたが・・・
 ある日彼はナチスのオフィスに召喚される。ぎこちなく例の敬礼をするジョンへの要望は予期せぬものだった。
 彼は以前にかいたフィクション小説の中で、病気で苦しむ妻を安楽死させてあげる夫の姿を描いた。そのシーンにヒトラーが大変感銘を受け、推し進めようとしているT4作戦の支持者となることを打診される。もちろん打診とはいえ、断れるわけもなく、出世を約束にそれまで反対していたナチスにレジスターすることになる。

 T4作戦とはいわゆる民族の血を純粋に保つというナチズム思想に基づき、遺伝病や精神病者などの「民族の血を劣化させる」「劣等分子」を排除するべきであると政策である。これは遺伝病患者などにかかる地方自治体の負担を失くするためと謳い、「断種」や「安楽死」を正当化しようとしていた。そこにジョンの思想が重なるとされてしまったのです。

 ナチスに加入するということは、自分の意思、信念に反する上、親友のモーリスへのこれ以上ない裏切りにもなる。しかしながら時代の流れに逆らえずズルズルと・・・・・
 反ナチス時代に思い悩んでいた頃に妻は「自分の信じるがままに生きていい」と言った。今、自分の信念を曲げてナチスに加入している身には、それもまた裏切った様でそばにいることが辛くなり、ジョンは「時代の変化を信じたらいい。ナチスの作り上げる新しい時代を待とう」と言う、愛人の元へと走る。

 思わぬ展開から大罪に加担せざるを得なくなったジョン。それでも親友モーリスだけはなんとか国外脱出させようともがくが、その度に自分の命と量りにかける状態になってしまう。そうこうしているうちに町からユダヤ人たちは連れ去られ・・・ 
 ほかの映画のようにヒーロー的な行いの全くできない主人公が苦悩し葛藤し続けるストーリー。
 「何もしないこと」が大きな罪になってしまうという話。

 悩み苦しむ主人公はところどころ幻聴が起こる。それはマーラーの曲。精神科医のモーリスは「マーラーはユダヤ人だから、このご時世ならではで無意識のうちに自分の中で奏でてしまうのでは」と診断していたが、最後に訪れたキャンプでジョンはマーラーを奏でるユダヤ人音楽家たちを目撃することになる。「It is real......」これが最後のセリフ。あとで思い返してみるとその幻聴は必ず主人公が迷ったあげく「間違った選択をした時」に聞こえたのでした。未来を予言していたのかもしれません。
 先日読んだ Mozart Question では主人公の両親がキャンプで弾いたのはモーツアルトばかりだったということでしたが、こちらではマーラーでした。

 ナチスの政策には、ジョンの人生を残酷にも変えてしまったフィクションと現実の区別もついてないような馬鹿馬鹿しいものがたくさんあったでしょう。劇中でも、ヒトラーと同じ種のカップルは子孫の繁栄のために子作りを強要(プレッシャーをかける)され、不妊、不適合とわかったら処分を受けるようなエピソードもありました。
 
 ところどころブツ切れ的な作りになっていたこと、私のように知識のない者にやや不親切な難しい会話があった点が気になるところですが、あまりにも弱く普通な主人公の苦しみがとても自然に描かれていたことや、やはり主人公がナチスに加入するいきさつとなるエピソードなど、とても興味深い作品でした。
 あとは主人公も良かったのですが、神経症的な奥さんの演技や、私の好きなジェイソン・アイザックが複雑な心境の難しい役どころを好演していたことなども魅力です。

 4 out of 5
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