あきオジの風景

写真、そして、俳句(もどき)
毎日更新しています。

それぞれにそれなりの冬通りぬけ  あきオジ

2011-12-27 06:52:49 | 日記
放哉最後の句です。
最後を覚悟して作ったのではないでしょうが
胸が痛くなるような句ですね。
これからだという思いと
これでいいのです。
そんな思いが含まれていますね。

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夜なべが始まる河音  放哉

ひどい風だどこ迄も青空  放哉

波立つ船に船をよせようとする  放哉

(遠くにいれば懐かしい人。近すぎると堪えられないほど嫌みの人。そんな気がします。凡人はいつも常識が判断基準なのです。)

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あればあるないはないで師走かな  あきオジ

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ひらがなで鼻歌まじりの句。そんな句を書いている人いませんかね。
どなたか教えてください。

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放哉が窓から覗く冬の海   あきオジ

2011-12-27 06:34:41 | 日記
放哉が窓から覗く海
それは小豆島から見える瀬戸内海なのですが
晩年は小さな庵から離れられなかったのですね。
そんな一人ぼっちの生活をすると
人はことのほか癇癪持ちになり
わがままになるものなのですね。

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高浪打ちかへす砂浜に一人を投げ出す  放哉

襟巻ながくたれ橋にかかるすでに凍てたり  放哉

(放哉状況説明、感想のような言葉を排除したときから俳句は一気に変わってしまうのが分かりますね。これは変化ではなく脱皮だと思います。それが日本人の変化を一番的確に表現していると思います。)

森に近づき雪のある森  放哉

(このような意図的な重ね文字は文学的技巧と言うより、反骨精神というかすねた表現なのでしょうね。そこが面白いですね。技巧的であるとすれば、それは単なる厭味ですからね。あれこれ考えるのも面白いですね。素人には素人の楽しみ方があるのですね。)

人来る声してみんな墓場へまがる   放哉

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落書きの薄れし壁に柿の影   あきオジ

もう柿もない空青し  あきオジ

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冬山になりてどこゆく山頭火  あきオジ

2011-12-27 06:25:41 | 日記
このごろ山頭火と放哉の句を一句ずつ描いています。
なんとなく楽しいです。

お笑いください。

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笠ぬぎしみじみとぬれ  山頭火

百合咲けばお地蔵さまにも百合の花  山頭火

ふるさとの水をのみ水をあび  山頭火

(昭和30年代後半からの学生運動が活発な時代、「帰りたい帰れない」という加藤登紀子の歌が流行りました。そのタイトルの言葉がいつも気になっています。この表現、山頭火の句の底流にあるのですね。そんな気がします。「望郷」。防人の歌いいですね。

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