メドレー日記 Ⅱ

by 笠羽晴夫 映画、音楽、美術、本などの個人メドレーです

工藤美代子「絢爛たる醜聞 岸信介伝」

2014-10-01 21:03:39 | 本と雑誌
「絢爛たる醜聞 岸信介伝」工藤美代子 著 幻冬舎文庫(2014年 初出刊行は2012年)
 
首相クラスの政治家については、評伝はそれなりに書かれていて、吉田茂や田中角栄など誰から見ても個性が際立つケースはもちろん、一般的にはそんなに興味をもたれていない池田勇人でさえ沢木耕太郎による「危機の宰相」というすぐれたものがある。
 

 
ところがあの第二次世界大戦時に閣僚であり、戦後は巣鴨で3年近くをすごし、出てきて政治家になってまもなく総理大臣の座を獲得、日米安保条約の改定を信念をもって果たしたという、どんな政治的立場であれ、詳細に知っておくべき岸信介(1896-1987)については、一般の読書人相手の包括的な評伝はなかったと思う。2012年に出た時も気がつかなかったが、まもなくこうして文庫化されたのはよかった。
こうして出たのはその孫が安倍晋三ということもあるだろう。

  
山口の名家に生まれるが、故あって養子になり、その秀才ぶりからして長州における順当な出世コースとして軍人という予想に反して、東大法学部で我妻栄と銀時計をあらそい(結局主席は我妻?)そして官僚も商工省というちょっと変わったところに行く。満州経営にタッチしたのち成り行きで大臣になるがそれは東条英機内閣、ところが東条と意見があわず、辞職するところを「上に強い」ところを発揮し、東条を引きずりおろし、それがためかどうかはわからないのだが、巣鴨にははいるのだが戦犯にはならず釈放、その後はあという間に最高位にのぼりつめる。

 
ところで60年安保というさわぎがあるなと感じていたのはまだ子供のころで、それがどういう意味を持つかわからず、その後もどちらかというと現象的に、また様々な人の思想的スタンスとの関連で見ていたに過ぎなかった。
ただ年月を経て落ち着いて眺めれば、あれはむしろアメリカによる一方的な押し付けを一部解消していくことであるし、反対した人たちは一部でなく、行ってみればアメリカと断交してしまえという非現実的なことを、意識的かどうかは別としてソ連・中国を背景に言っていた、ということは理解するようになった。
また安保の相手がダレスで、これに日米間を行き来するジャーナリストがかんでいたとすれば、CIAがらみも考えられる。それを岸はある程度知っていて利用していたということもありうるだろう。

 
こうして読んでみると、この問題は一般的にはわかりにくかったとは確かに思う。小学校時代に世界情勢でなんとなく頭にはいっていたのは李承晩ライン、スターリンの独裁とその死くらいだろうか。

 
それでも60年安保の後、総辞職、引退してからの隠然たる勢力ぶりは報道で知っていたし、総理大臣の交代ごとに名前は出てきたから、この時期についてはこの本の内容にそう違和感はない。

 
読んでおくべき本であろう。ただ著者はずいぶん人間的な面白い側面を描写しているが、それでも読んでいて愛すべき、、、という感まではいかない。これはやむを得ないのかもしれない。

 
あと、戦前から戦後、これだけの人数の名前が出てきて、多くの興味深い関係を読むことができる本はないのではないか。東条が会津と同様、戊辰戦争で敗れた南部の流れということは、あくまで想像力上の話であるけれど、興味深い。
 

 

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする