この父ありて 娘たちの歳月
梯 久美子 著 文藝春秋
これは日本経済新聞土曜朝刊の読書欄に連載された時から読み応えを感じていて、いずれ本になったらまたじっくり読もうと思っていた。
描かれた九人の女性は短歌、詩、小説、ノンフィクションなどなんらかの形で文をものしており、私も何人かの文に接したことがある。
この連載が成功した、というか私がすっと入っていったのはまず最初の二人の登場が衝撃的なことだったからかもしれない。
渡辺和子(1927-2016)は軍の教育総監渡辺錠太郎の娘、歳をとってからの子だったのでかわいがられたようだが、1936年2月26日早朝、父と同じ部屋で寝ていたところを青年将校たちに襲われ、様子を察した父にいわれて家具の陰にかくれたが、ほぼ目の前で父は銃殺されてしまう。その後しばらくしてクリスチャンになり修道院に入る。日本人としてはじめてノートルダム清心女子大学の学長になった。晩年に書いた「置かれ場所で咲きなさい」はベストセラーになり、多くの人にその名を知られるようになった。
このレベルでは以前から知っているのだが、こういう衝撃的な体験、その後どう考えて生き、いくつかの節目をすごしてきたか、という詳細は今回はじめて知った。見聞きしたことにすぐに反応、結論を出すのではなく、長い時間をかけて自分のものにしてきたということだろうか。
この人、大学は聖心女子大学で戦後四年制第一回の卒業生である。この卒業式がすごい。来賓に吉田茂(首相)、田中耕太郎(最高裁長官)、それに対する謝辞は英語が緒方貞子、日本語が渡辺和子であったという。また同期には須賀敦子がいて、これを見ると戦後日本のスタートラインには優れた女性たちが立っていたということだ。
次に書かれた齋藤史(1909-2002)の父瀏は参謀長として北海道で渡辺錠太郎と一緒だったことがあり、若山牧水に師事する歌人でもあったが、2.26事件の青年将校に以前相談をうけたことなどあり、事件の後処分をうけた。将校には史と面識もあった人もいて、彼女はこの事件に関しては複雑な経験が後まで尾を引く。それが彼女の歌とともに書かれ、この事件とその後の経緯になんとも言えない感慨を持つ。叙述としては本書の白眉かもしれない。
その他、詩人の石垣りん、茨木のり子が戦後現代詩の側面を語るものになっていて説得性があるし、ある程度知っていた島尾ミホ、萩原葉子のどろどろした男女関係が、父親との関係から見るとどうなのか、今回初めて知った。
そして印象的だったのは角川源義の長女辺見じゅんで、名前は知っていたが戦艦大和の生存者と遺族への徹底した取材による「男たちの大和」、シベリア抑留者の「収容所(ラーゲリ)から来た遺書」など、このたいへんな労作をものしたのはこの父ありてで、こういう生き方と追求があったといえるだろう。そしてこの父だから彼女の弟も型破りだったのかもしれない。
多くの人たちは私の母と世代が重なっていて、そういうところから本書が感慨深い、という面もあるだろう。
梯 久美子 著 文藝春秋
これは日本経済新聞土曜朝刊の読書欄に連載された時から読み応えを感じていて、いずれ本になったらまたじっくり読もうと思っていた。
描かれた九人の女性は短歌、詩、小説、ノンフィクションなどなんらかの形で文をものしており、私も何人かの文に接したことがある。
この連載が成功した、というか私がすっと入っていったのはまず最初の二人の登場が衝撃的なことだったからかもしれない。
渡辺和子(1927-2016)は軍の教育総監渡辺錠太郎の娘、歳をとってからの子だったのでかわいがられたようだが、1936年2月26日早朝、父と同じ部屋で寝ていたところを青年将校たちに襲われ、様子を察した父にいわれて家具の陰にかくれたが、ほぼ目の前で父は銃殺されてしまう。その後しばらくしてクリスチャンになり修道院に入る。日本人としてはじめてノートルダム清心女子大学の学長になった。晩年に書いた「置かれ場所で咲きなさい」はベストセラーになり、多くの人にその名を知られるようになった。
このレベルでは以前から知っているのだが、こういう衝撃的な体験、その後どう考えて生き、いくつかの節目をすごしてきたか、という詳細は今回はじめて知った。見聞きしたことにすぐに反応、結論を出すのではなく、長い時間をかけて自分のものにしてきたということだろうか。
この人、大学は聖心女子大学で戦後四年制第一回の卒業生である。この卒業式がすごい。来賓に吉田茂(首相)、田中耕太郎(最高裁長官)、それに対する謝辞は英語が緒方貞子、日本語が渡辺和子であったという。また同期には須賀敦子がいて、これを見ると戦後日本のスタートラインには優れた女性たちが立っていたということだ。
次に書かれた齋藤史(1909-2002)の父瀏は参謀長として北海道で渡辺錠太郎と一緒だったことがあり、若山牧水に師事する歌人でもあったが、2.26事件の青年将校に以前相談をうけたことなどあり、事件の後処分をうけた。将校には史と面識もあった人もいて、彼女はこの事件に関しては複雑な経験が後まで尾を引く。それが彼女の歌とともに書かれ、この事件とその後の経緯になんとも言えない感慨を持つ。叙述としては本書の白眉かもしれない。
その他、詩人の石垣りん、茨木のり子が戦後現代詩の側面を語るものになっていて説得性があるし、ある程度知っていた島尾ミホ、萩原葉子のどろどろした男女関係が、父親との関係から見るとどうなのか、今回初めて知った。
そして印象的だったのは角川源義の長女辺見じゅんで、名前は知っていたが戦艦大和の生存者と遺族への徹底した取材による「男たちの大和」、シベリア抑留者の「収容所(ラーゲリ)から来た遺書」など、このたいへんな労作をものしたのはこの父ありてで、こういう生き方と追求があったといえるだろう。そしてこの父だから彼女の弟も型破りだったのかもしれない。
多くの人たちは私の母と世代が重なっていて、そういうところから本書が感慨深い、という面もあるだろう。