一すぢのその糸ぐちもたがふれば
もつれもつれてとくよしぞなき
私が何度も引いた明治神宮のおみくじです。
ほんとに糸がこんがらがると大変。
途中でハサミを持ってきて切りたくなります。
5・15事件で「話せばわかる」と言う犬養毅首相に「問答無用!」とピストルを発射した将校。
世の中は話してもわからない人が多すぎる。
今、私には心に少しの余裕ができました。
最後の断捨離は年内に出来るだけ済ませたいと思っています。
人生は望みを叶えるにはあまりに短かすぎる。
憂いなく一日一日を感謝し、認められて生きたいもの。
良かれと思って誠心誠意尽くしたことは徒労に終わったのかしら?
ふとそんなことを思っています。
無関心を装うことが一番自分を傷つけないことではないか?
も学習しました。
私の小学生の時の担任は学卒で初めての担任。燃えていました。叩く、蹴飛ばす。チョークを投げる。
子どもながらに「この先生は職務に燃えているんだ!」と思ったものです。
学年末に朝礼で担任の先生の交代がありました。
4年生からこの担任でした。発表のたび、心の中で「この先生以外なら誰でもいい。どうぞかわりますように!」と祈ったものです。
あにはからんや、我がクラスは3年間同じ担任という不運に遭遇しました。
発表のたび、落胆の声をあげたいのに、子どもながらにも、それは仁義にはずれる…と言わんばかりに拍手したものです。
この熱血先生、私たちを夏休みに自宅に招待したのです。
まだ小さい子どもがいました。
稀にみる悪ガキでした。
この熱血先生、我が子には野放図でした。
「この先生は仕事を家に持ち帰らないんだわ。だから自分の子どもの教育はなっていない」
こういう例はいくつもあります。
つまり、灯台下暗し。
世の中そんなものです。