チェロ弾きの哲学ノート

徒然に日々想い浮かんだ断片を書きます。

ブックハンター「日本はトランプ大統領に命運を託せるのか?」

2018-04-27 15:25:14 | 独学

 163. 日本はトランプ大統領に命運を託せるのか?   (佐藤優著 文芸春秋2018年5月号)

 本文は、「ベストセラーで読む日本の近現代史」の第五十六回の中で、「炎と怒り」マイケル・ウォルフ著を紹介分析しています。佐藤優は、元外務省主任分析官で、現在は、作家です。


 『 この連載では、過去のベストセラーをヒントに日本の近現代史を読み解いてきた。

 本書は最近刊行されたばかりの邦訳書だが、日本の近現代史の一部である「現在進行形の歴史」を見極める上で極めて重要だという意味で、敢えて取り上げたいと思う。

 原題は、Fire and Fury  :  Inside the Trump White House で、邦訳には「トランプ政権の内幕」という副題が付いている。原書は、今年一月五日に刊行された。

 当初の出版予定日は一月九日だったが、米国のドナルド・トランプ大統領が「出版を差し止める」と言い出したために発売日を早めた。

 トランプ氏の発言が宣伝となり、初刷りは十五万部だったが百万部を追加増刷した。二月に日本語訳が上梓されたが、帯には「全米170万部突破」と記されている。

 トランプ大統領の特徴は、訳がわからないことだ。北朝鮮に対しては武力行使を含むあらゆる可能性を排除しないと述べていながら、急遽、米朝首脳会談に合意した。

 また、TPP(環大平洋経済連携協定)に関しても、離脱を宣言したが、最近になって参加可能性を表明した。自由貿易に舵を切ったのかと思うと、鉄鋼に関する関税導入のような保護主義を主張する。

 また、人事異動についても、きわめて恣意的だ。三月二二日夕、自身のツイッターで、トランプ政権の外交・安全保障を取り仕切るマクマスター大統領補佐官を四月九日付けで解任し、後任にジョン・ボルトン元国連大使をあてることを明らかにした。

 新たに就任するボルトン氏は、ブッシュ政権時に国務次官や国連大使を歴任、新保守主義(ネオコン)の中心人物だった。北朝鮮にたいしても武力行使を辞さない強硬派として知られている。

 トランプ氏は3月13日に外交トップのティラーソン国務長官を解任し、自身に近いポンペオ中央情報局(CIA)長官を起用すると発表したばかり。米朝首脳会談に合意しつつも北朝鮮との戦争も辞さないという人物に国家安全保障を担当させる。

 トランプ氏はどのような外交戦略を考えているのだろうか。本書を読むと、トランプ氏は何も考えていないし、そもそも外交安全保障政策を理解する能力に欠如しているという現実が浮き彫りになる。 』


 『 最大の問題点は、トランプ氏もその側近も大統領選挙に出馬した目的が、当選ではなく、売名にあったことだ。 《 トランプは勝つはずではなかった。というより、敗北こそが勝利だった。

 負けても、トランプは世界一有名な男になるだろう―――”いんちきヒラリー”に迫害された殉教者として。

 娘のイヴァンカと娘婿のジャレッドは、富豪の無名の子どもという立場から、世界で活躍するセレブリティ、トランプ・ブランドの顔へと華麗なる変身を遂げるだろう。

 スティーブ・バノンは、ティーパーティー運動の事実上のリーダーになるだろう。 敗北は彼ら全員の利益になるはずだった。 だが、その晩八時過ぎ、予想もしていなかった結果が確定的になった。

 本当にトランプは勝つかもしれない。トランプ・ジュニアが友人に語ったところでは、DJT(ジュニアは父親をそう呼んでいた)は幽霊を見たような顔をしていたという。

 トランプから敗北を固く約束されていたメラニアは涙していた―――もちろん、うれし涙などではなかった 》

 若い頃、ヌードモデルをしていた事実を大衆紙に暴露されて当惑したメラニア夫人を、トランプ氏は、絶対に当選することはないので安心しろとなだめたという。

 メラニア夫人は、トランプ氏の当選でスキャンダル報道にまみれることを恐れたのだった。しかし、その恐れは杞憂で済んだ。メラニア夫人よりもはるかにスケールの大きいスキャンダルをトランプ氏自身が次々と引き起こしたからだ。

 当然、側近たちもトランプ氏を馬鹿にしている。本書によれば、スティーブ・ムニューシン財務長官とラインス・プリーバは「間抜け」と言い、ゲイリー・コーンは「はっきりいって馬鹿」、H・R・マクスターは「うすのろ」と言った。

 それにもかかわらず、トランプ氏のさまざまな愚行を側近は諫めない。

 この点については、前大統領首席戦略官兼上級顧問のスティーヴ・バノン氏(一七年八月に辞任した後も良好な関係を維持していたが「炎と怒り」のインタビューに応じたことがトランプ氏の逆鱗に触れ、絶交状態になった)の分析が本質を突いている。

 《 ただひたすら「呆れてものがいえない」と繰り返すメディアは、どうして、事実は違うということを明らかにするだけではトランプを葬り去れないのかを理解できずにいた。バノンの見解はこうだった。

 (一) トランプはけっして変わらない、(二) トランプを無理に変えようとすれば、彼のスタイルが制約されることになる、(三) いずれにしてもトランプの支持者は気にしない、

 (四) いずれにしても、メディアがトランプに好意をよせることはない、(五) メディアに迎合するより、メディアと敵対したほうがいい、

 (六) 情報の正確性や信憑性の擁護者であるというメディアの主張自体がいんちきである、 (七) トランプ革命とは、型にはまった思い込みや専門的意見への反撃である。

 それなら、トランプの態度を矯正したり抑えつけたりするよりも、そのまま受け入れたほうがよい。

 問題は、言うことはころころ変わるのに(「そういう頭の構造の人なんですよ」と内輪の人間は弁明している)、トランプ本人はメディアから受け入れられることを切望していたという点だ。

 しかし、トランプが事実を正しく述べることはけっしてないだろうし、そのくせ自分の間違いをけっして認めないので、メディアから認められるはずはなかった。

 次善の策として、トランプはメディアからの非難に対して強硬に反論するしかなかった 》

 一言で言えば、トランプ氏は幼児的な全能感を克服できていない人物だ。だから、正面から諫めても逆効果で、阿(おもね)りながら歪曲された情報を入れることによって操作した方がいいと側近たちは考えているのだ。 』


 『 あちこちで話題になっている評判の書であるが、トランプ政権と米国のインテリジェンス・コミュニティーの関係に関する考察が秀逸だ。

 《 当時、よくクシュナーのもとを訪れるようになっていた賢者の一人がヘンリー・キッシンジャーだった。かって、リチャード・ニクソンに対して官僚と情報機関が反乱をおこしたとき、キッシンジャーはその一部始終を最前列で見ていた。

 彼はクシュナーに、新政権が直面する恐れのある、さまざまな災いを講釈してみせた。”闇の国家”(ディープ・ステイト)とは、情報網による政府の陰謀を指す左翼と右翼の概念で、いまではトランプ陣営の専門用語になった。

 トランプは”闇の国家”という凶暴なクマをつついてしまったというわけだ。”闇の国家”のメンバーには、次のような名前が挙げられていた。

 CIA長官ジョン・ブレナン、国家情報長官ジェームズ・クラッパー、退任間近の国家安全担当保障問題担当大統領補佐官スーザン・ライス、さらにライスの側近にしてオバマのお気に入りだったペン・ローズ。

 そして、次のようなシナリオが描かれた―――。

 情報界の手先は、トランプの無分別な行動やいかがわしい取引に関する由々しき証拠に通じており、トランプの名前を傷つけ、辱(はずかし)め、破滅させるために戦略的に情報をリークし、トランプのホワイトハウスを機能不全に陥れせるつもりだ。

 トランプは選挙期間中を通じてずっと、当選後はいっそう強硬に、アメリカの情報機関は役立たずの嘘つきだと批判していたからだ。

 つまり、CIA、FBI、NSC(国家安全保障会議)をはじめとする一七の情報機関をまとめて敵に回していたのである(もっとも、トランプは「何も考えずに言っていた」と側近の一人には言っている)。

 保守本流の見解とは相反するトランプの数多くの発言のなかでも、これはとりわけ大きな問題をはらんでいた。アメリカの情報機関に対する批判は、トランプ自身とロシアの関係にまつわるいわれのない情報を流したことまで、多岐にわたっていた。 》

 共和党、民主党にかかわらず、米国大統領は、CIA(米中央情報局)やNSA(国家安全保障局)などインテリジェンス・コミュニティーとの関係には細心の配慮を払ってきた。

 インテリジェンス情報が、国益にとって不可欠であるとともに敵に回したら大統領を失脚させる情報戦を展開する力をインテリジェンス・コミュニティーは持っているという認識があるからだ。

 これに対してトランプ大統領は、情報機関をいわば「使用人」と見ている。こういうメンタリティーは、ロシアのエリツィン元大統領や田中真紀子元外相に通じるものだ。

 トランプ政権下の米国は、ポピュリズムとインテリジェンス機関の暗闘が繰り広げられている場でもあるのだ。 』 (第162回)