チェロ弾きの哲学ノート

徒然に日々想い浮かんだ断片を書きます。

ブックハンター「米中冷戦「日本4.0」が生き残る道」

2018-12-15 15:42:17 | 独学

 179. 米中冷戦「日本4.0」が生き残る道 (エドワード・ルトワック著 文藝春秋2018年12号)

 著者は、米戦略国際問題研究所顧問で、イスラエル軍、米軍などの現場経験と歴史的教養を持つ戦略家です。日本人の多くは私のように不安ではあるが、どのように日本の現状を分析し、どのような戦略があるのかまで考えが及ばないと思います。

 私は、これを読んで、トランプ政権や北朝鮮や韓国の政権の行動が,以前に比べはるかに理解しやすくなりました。

 では、読んでいきましょう。(なお、「日本4.0」とは、著者が勝手につけた名称です。内容は本文で説明されます)

 

 『 日本の人々は、「個々の現場では強みを発揮できても大きな戦略を描くのは下手だ」という自己イメージを持っているようです。

 しかし、私の目からすれば、日本人は柔軟でありながら体系的な思考も可能で、戦略下手どころか、極めて高度な戦略文化を持っています。

 この国の四百年の歴史を振り返れば、まず戦乱の世が続いていたところで徳川家康という大戦略家が「江戸幕府」という世界で最も精妙な政治体制をつくりあげ、内戦を完璧に封じ込めました(「日本1.0」)。

 続いて幕末期に西洋列強の脅威に直面した日本は、従来の「江戸システム」を捨て去り、見事に新しい「明治システム」を構築しました(「日本2.0」)。

 そして1945年の敗戦後、日本はまた新しい「戦後システム」を構築しました(「日本3.0」)。このシステムの最大の特徴は、弱みを強みに変えた点にあります。

 すなわち、米国が帝国陸・海軍の再建を禁じたわけですが、日本は「これからは軍事ではなく経済に資金を回そう」と、軽武装路線に転換し、世界でも有数の経済大国となったのです。

 しかし、今、日本は、また新たなシステムを構築する必要に迫られています。激変する東アジア情勢に、もはや従来のシステムでは対応できません。

 戦後システムの基盤であった「日米同盟」を有効に活用しつつも、自前で眼前の危機にすばやく実践的に対応できるシステムが必要です。私はそれを、江戸、明治、戦後に続く「日本4.0」と名付けたいと思います。

 今後の日本が地政学的に直面する課題は二つあります。朝鮮半島と中国です。まず朝鮮半島問題から見ていきましょう。 』


 『 「北朝鮮問題」は、「韓国」も含めた「朝鮮半島問題」として捉えなければなりません。中長期的に見て朝鮮半島が南北統一に向かう場合、次の四つのシナリオが考えられます。

 ① 非核化し、在韓米軍が存在する統一朝鮮 ② 非核化し、在韓米軍が撤退する統一朝鮮 ③ 核保有し、在韓米軍が存在する統一朝鮮 ④ 核保有し、在韓米軍が撤退する統一朝鮮

 現状は、実質的に③に近い。北には「核」があり、南には「在韓米軍」が存在するからです。この「核」と「在韓米軍」がどうなるかで、今後の朝鮮半島は大きく変わってきます。

 日本にとって最も望ましいのは、①「核なし、在韓米軍あり」のシナリオです。南北統一が進んでも、もし④「核あり、在韓米軍なし」なら、日本にとっては、現状=③の方がマシだと言えます。

 (ちなみに韓国にとって非核化の優先度は低く、韓国には北の核を「我々の核」とみなす国民感情や「統一後の朝鮮半島に在韓米軍は不要」という考えが根強くあります)。

 けれども日本にとってそれ以上に最悪なのは、②「核なし、在韓米軍なし」です。この場合、朝鮮半島が中国の勢力下に置かれてしまうのも時間の問題です。

 北朝鮮の非核化がなされても、朝鮮半島から在韓米軍がいなくなる事態は、最も避けるべきシナリオです。この意味でも、現状=③は日本にとって悪くない状況と言えます。

 実は、在韓米軍の撤退は北朝鮮も望んでいません。根強い対中不信があるからです。核なしで中国に対抗するには、朝鮮半島における米軍のプレゼンス(存在)が不可欠であると北朝鮮自身も気が付いています。

 北朝鮮の核は、日本にとって最大の脅威です。しかし、「北朝鮮の中国に対する独立を保障するもの」、「中国朝鮮半島支配を阻止するもの」でもあるのです。

 日本の人々には理解しがたいかもしれませんが、北朝鮮の核は、実は日本とってポジティブな面も持っているのです。中国が北朝鮮を支配できれば、韓国も容易にコントロールできます。

 それは韓国の方が北朝鮮より親中的だからです。「核武装した北朝鮮」以上に「中国に支配された朝鮮半島」の方が日本にとって脅威です。

 日本はこの点を冷静に認識しなければなりません。南北が融和に向かえば、中国は、朝鮮半島から米軍を追い出そうとするはずです。それに対して、おそらく北朝鮮は韓国に「在韓米軍を撤退させないでくれ」というでしょう。

 ところが韓国は、「分断状態が終われば在韓米軍は不要だ」というでしょう。つまり、北朝鮮は「反中」で、韓国は「親中」というねじれが顕在化してきています。

 さらにそこに介在するのが韓国の日本に対する非合理的な態度です。朝鮮半島が中国からの独立を保つには、米国と日本のプレゼンスが不可欠です。

 現状でも有事に米軍が韓国を守るには、在日米軍基地のある日本の協力が不可欠なのに、韓国は、米韓合同演習の際に日本の自衛隊の幹部の参加も許さないのです。

 いずれにせよ、現状=③は、最悪のシナリオ=②に比べれば、日本にとってはるかにマシです。ですから、日本はここで焦ってはいけません。「非核化」ばかりに拘って拙速に動けば、かえって今よりも状況を悪くする可能性があります。 』


 『 今後の東アジア情勢を占う上でさらに決定的に重要なのは、トランプ政権の対中政策です。もともとトランプの最優先課題は対中政策で、これは選挙中から主張していたことです。

 対中強硬姿勢を実際に打ち出すようになったのは、就任一年目以降ですが、トランプとしては、本来就任初日からやりたかった。しかし、それを二つの理由から控えたのです。

 一つは、北朝鮮に対する経済制裁で、国連安保理の決議には中国の協力が必要だったからです。もう一つは、未来産業を育成する産業政策「中国製造2025」に関することで、トランプ政権としては容認できなかったのですが、当初は、これを諦めるよう習近平を説得できると見ていました。

 二〇一七年四月の最初の米中首脳会談で課題となったのも、この二つでした。北朝鮮に対する経済制裁に関しては、中国は全面協力することになりました。

 ところが、米朝首脳会談が開催され、米朝が直接交渉するようになると、中国の協力は不要になりました。知的財産権侵害に対する対中制裁が発表されたのも、米朝首脳会談の直後のことです。

 中国側は、「北朝鮮問題で協力したのに、なぜ我々に攻撃を仕掛けてくるんだ」と怒っているわけですが、そもそもトランプは、当初から中国に対して強硬姿勢を打ち出すつもりだったのです。

 すでに米中は、長期的な対立関係に入っていますかっての米ソのような新たな「冷戦」と言っても過言ではありません。米中冷戦がいつ終わるかは分かりませんが、中国の現政権が崩壊することによって終わることだけは確かです。

 今後のシナリオを考えてみましょう。まず冷戦と言っても、米中が通常の戦争に突入することは考えられません。歴史を振り返れば、何らかの対立は最終的に戦争に発展するものですが、核兵器の登場以降は、全面的な武力衝突はあり得ない選択肢になっています。

 中国に抵抗する周辺諸国が完全降伏することで冷戦が終焉するというシナリオも現実にはあり得ません。中国の現政権は、国内的には独裁体制を強め、対外的には強硬路線を採っています。

 これに対し、マレーシア、インドネシアが降伏することはあり得るとしても、タイは中立的な立場を維持するでしょうし、ベトナムが屈服することは絶対にありえません。インド、オーストラリア、ニュージーランド、そして日本も同様です。

 米国以外にも関与している国がこれだけ多く,すべての国が中国に完全に屈服することは考えられない以上、米中冷戦の結末は、中国の現政権が崩壊する以外のシナリオは考えられないのです。

 米中の冷戦がいつまで続くかは分かりませんが、ただ米中冷戦のように五十年近くもかかることはないでしょう。当時と比べてテクノロジーの進化が速いからです。

 トランプが就任当初に対中強硬策にふみきれなかったのは、国内事情も影響していました。まず対中政策に関して、当初、西海岸のハイテク企業を中心としたテクノロジーロビーが反対していました。

 彼らは中国との経済関係を重視して、対中関係の悪化を望んでいなかったからです。ところが、そのテクノロジーロビーも、短期間のうちに反中になりました。

 中国に先端技術を盗まれているとして知的財産の保護をトランプに要求し始めたからです。次に軍事ロビーです。トランプと軍部の間には、当初、戦略をめぐって大きな隔たりがありました。

 軍部としては、イラクやアフガニスタンなど中東地域での米軍の展開を重要視していたのですが、トランプはこれを「金のムダ使い」としか思っていません。

 中東などからは撤退して中国に集中すべしというのが、当初からのトランプの考えでした。トランプがマティス国防長官解任の可能性について否定しなかったのも、両者の間にこうした根本的な考えの違いがあるからです。 』


 『 トランプの対中政策に関しては、「中国による死」「米中もし戦わば」の著者ピーター・ナヴァロの影響がしばしば指摘されますが、彼の影響以前に、トランプは100パーセント反中でした。

 ナヴァロ以上に重要な人物を挙げるとすれば、ケビン・ハリントンです。彼はまだ若手ですが、とても頭のいい人物で国家安全保障会議で大きな影響力を持っています。

 ホワイトハウスのすぐ横のビルにオフィスを構え、そこには安全保障担当の大統領補佐官であるボルトンを始めワシントンの有力者が日参し、意見を求めている。

 トランプ政権では多くのスタッフが解雇されましたが、彼が解雇されることはまずありません。ハリントンの考えの中心にあるのは、テクノロジーに関して米国はナンバーワンの地位を維持しなければならないという信念です。

 中国との長期的対立を解決するのに、武力に訴えるわけにはいきません。しかし、テクノロジーで圧倒的優位を保てば、この冷戦を終わらせることができます。

 テクノロジーの優位性は、米国にとって最優先事項です。仮に米国が朝鮮半島問題での自国の利益を諦めることがあっても、テクノロジーの優位性を放棄することはあり得ません。

 中国との貿易戦争においても、大豆や衣服や自動車は、テクノロジーに比べれば重要ではありません。次世代テクノロジーの覇者をめぐる戦いにこそ真の競争があるのです。

 ニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストは、トランプの対中強硬策を馬鹿にしていますが、かってレーガンが「スターウォーズ計画」を発表した際にも、「映画の人間だからこんなに非現実的で愚かなんだ」と揶揄しました。

 しかし、この「スターウォーズ計画」こそ、米ソ冷戦の終結をもたらしたのです。ソ連は米国との技術的・経済的競争に付いていけず、結局、ソ連崩壊につながったからです。

 当時、ソ連の参謀本部にはオガルコフ将軍という戦略家がいました。彼は「MTR」(軍事技術革命)の重要性にいち早く気づいて、「このままではテクノロジー面で米国に太刀打ちできない」と軍の改革を説きました。

 しかし、技術改革には、その前提として経済システムの改革が必要です。だからこそ、改革派のゴルバチョフは軍の支援を得られたのです。米中冷戦も、テクノロジーをめぐる戦いが鍵を握っています。

 十月十日、米司法省は、米航空宇宙企業の機密情報を盗もうとしたとして、中国国家安全部の高官を訴追したと発表しました。この高官が接触した中には、航空機エンジンを開発するGEアビエーションも含まれ、その先端技術は軍事分野に転用可能です。

 この高官はベルギーで逮捕されましたが、中国の情報機関である国家安全部の職員が公判のために米国に移送されたのは初めてのことです。しかも、彼は情報機関の幹部で、米国にとっては価値のある人物です。

 彼が知っているすべての中国スパイの名を白状するまで、彼を釈放することは絶対にないでしょう。テクノロジーロビーにしろ、軍事ロビーにしろ、いまや親中派は一掃され、米国は、民主党も含めて超党派で反中でまとまっています。

 国内の反トランプ陣営から唯一批判されていないのが、トランプの反中政策なのです。ですから、米中の衝突は当面続くことになります。 』


 『 日本にとって戦略的にもう一つ重要なのは、日露関係です。日本が真っ先に考えるべきは、人口が減少する一方のシベリアが、実質的に中国の勢力下に置かれる事態を避けることです。

 シベリアが、ロシアのコントロール下にあり、中露の国境が維持されることが、安全保障上も、日本の国益につながるからです。そのためには日本からの投資が必要になります。

 昨年九月のウラジオストックの東方経済フォーラムでプーチン大統領と立ち話をする機会がありました。彼はシベリアに関して「我々には大きなプロジェクトがある」と話していました。

 シベリアへの投資は日本の国益にも適うことを、安倍首相はよく理解しています。中国への効果的な対抗策になり得るからです。トランプの対露政策も、中国との関連で見ればよく理解できます。

 「中露の二国を同時に敵に回すことはできない」「中露の二国を接近させてはいけない」 この二つは、地政学の基礎中の基礎原則です。

 米国にとって最も警戒すべきは中国である以上、中国との対決に集中するにはロシアとは何らかの合意を結ぶべきだというのが、トランプの戦略です。 』


 『 では、日本は、こうした国際環境の中でどんな戦略(「日本4.0」)を描くべきでしょうか。日本にとって、今後も日米同盟が戦略の軸であることは変わりはないでしょう。

 ただし、日米安保条約では、米国が日本を守ることになっているとは言っても、米国にできるのは、日本が全体として崩壊するような事態を防ぐことであって、七千近くもある日本の小さな島のすべてを守ることなどできません。

 尖閣諸島にしても、まずは日本自身で守らなければなりません。日本はそうした自衛力を備える必要があります。同盟の維持には、時代に応じた変化が必要です。

 日米同盟に関して言えば、日本が米国の弱いところを補う役割を果たしていことがポイントとなります。例えば、米国との関係が希薄なラオスやミャンマーやマレーシアといった国々に対して、米国が政治的に行えることには限りがあります。

 しかし、日本には長年にわたる友好関係や援助の実績がある。つまり日本には、米国にはできない役割を果たすことができるのです。こうした連携に、オーストラリア、インド、ベトナムが入ってくることも考えられます。

 これは、「条約による同盟」というより「緩やかな連携」です。こうした国と国のパートナーシップは、今後大きな力を発揮していくでしょう。日本は、長期的にいかなる貢献ができるかをしっかり考えていく必要があります。

 日本にできる役割としては、まずミリタリー・アシスタントが挙げられます。日本には、長年にわたるODAによる海外支援の実績がありますが、これをより戦略的観点に立って行うのです。いわば「戦略的ODA」です。

 とくに道路は、地政学的に大きな意味を持っています。例えば、中国の「一帯一路」構想に対抗する形で、「インドとベトナムを結ぶルート」という大きな構想も考えられます。

 その点、陸上自衛隊の施設科は、道路の整備・補修の高い技術を持っている。インドとベトナムを結ぶ道路建設に自衛隊が関与することになれば、日本は大きなミリタリー・プレゼンスを示すことができます。

 しかし、これによって軍事的な紛争が生じるわけではありません。むしろ地域住民にとっては、かけがえのない贈り物になるはずです。東南アジア諸国の場合は、沿岸防衛への支援、具体的には沿岸警備艇や哨戒機を数多く必要としています。

 南シナ海での日本の潜水艦による偵察活動も、その一つの例です。いずれは米英仏などとも協力して、「航行の自由」のためのオペレーションにも参加すべきでしょう。

 ただ私が懸念するのは、防衛に関して時に柔軟性や実践性を欠いてしまう日本の組織文化やメンタリティーです。現在、日本は膨大な費用をかけて、地上配備型ミサイル迎撃システム「イージス・アショア」を導入しようとしてます。

 これは一種のファンタジーです。北朝鮮のミサイルには、レーダー網を破れるような性能はありません。実際の脅威に対してあまりにも高度で複雑すぎるものを配備しようとしているのです。

 しかも、十年にも及ぶ研究開発の計画を立てていますが、情報テクノロジーの技術革新のスピードがこれだけ速まっているなかで、現在構想したものが十年先も通用する保証はありません。

 明日どう戦うかに備えるには、あまり完璧なものは不要です。まずはすでにある技術で実践的に対応することを考えるべきです。もしイージスシステムを陸上で用いるなら、イージス艦の装備をそのまま持ってくればいい。

 現状としては、米中の長期的な対立関係がすでに生じています。これを終息するには、中国の現政権が崩壊するしか道はません。ということは、これに長期的に対応していくしかない。

 この状況を前にして日本は、過度の心配をしたり、不安を煽る必要はありません。冷静に事態を見極め、長期的かつ戦略的に対応することが求められています。(奥山真司訳)』(第178回)