怪物」かも…新型コロナと新型インフル「不気味な共通点」があった
>通常は、ウイルスは、親となるウイルスのゲノムを単純に複製するだけだ。しかし、一宿主が複数の亜型のウイルスに同時に感染すると、宿主の一つの細胞の中で異なる亜型のRNAの分節が混ざってしまう。ここで「遺伝子の再集合」が行われて、まったく新しい性質を持ったウイルスが誕生する。
新型コロナウイルスが猛威を振るっている。
2019年12月に中国・武漢でアウトブレイクした新型ウイルスはまたたく間に伝播し、4月13日時点で全世界で185万2807人が感染、死者は11万人を突破した。日本国内でも3月下旬から急激に感染者数が増加、4月7日には緊急事態宣言が発令されたが、もはやオーバーシュート(爆発的な感染拡大)は避けられない状況になりつつある。
それにしても、新型コロナウイルスはなぜパンデミック(世界的大流行)を引き起こしたのか? そもそもコロナウイルスは、いわゆる「風邪症候群」の原因ウイルスのひとつで、風邪の約15%はコロナウイルスによって発症する。つまり、以前から存在するごくありふれたウイルスだったのだ。そんな平凡なウイルスが突如、凶暴化したのはなぜなのか? その謎を解く鍵は、「種の壁」を越えるインフルエンザウイルスに隠されていた。
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【写真解説】コロナ感染「手洗い」の意外な落とし穴
いま一冊の本が注目を集めている。
『インフルエンザパンデミック』。著者は、インフルエンザウイルスの世界的な研究者として知られる河岡義裕・東京大学医科学研究所 感染・免疫部門 ウイルス感染分野教授と同研究室の堀本研子助教だ。21世紀初のパンデミックを引き起こした新型インフルエンザの感染機構に深く切り込んだ一冊だ。
椛島健治・京都大学大学院医学研究科皮膚科教授は自身のブログで、同書を次のように紹介している。
2009年に執筆された本ですが、内容は全く色あせておらず、むしろ、コロナと対峙する際に、参考になることが多数見つかります。
パンデミックというと未知なる体験のように思われがちですが、人類は、1918年のスペイン風邪や2009年の新型インフルエンザなどを既に経験しているので、その時の歴史を学び、経験を生かすべきです。
この書籍の中で、
1. 新型ウイルスの何が怖いのか
2. どのように変異が生まれるのか
3. どの程度PCR検査をするべきなのか
4. 感染者数に一喜一憂するな
などの、現在私たちが直面している問題の解決策につながる洞察が深く掘り下げられています。
実は、パンデミックを引き起こしたインフルエンザウイルスとコロナウイルスには数多くの共通点がある。
いずれも私たちが「風邪」と呼ぶ「風邪症候群」を引き起こす原因ウイルスで、その遺伝物質はRNAだ。本来、インフルエンザ治療薬として開発された「アビガン」(一般名:ファビピラビル)がコロナウイルスにも有効とみられているのは、この薬がRNAウイルスに共通する感染機構を標的にしているからにほかならない。
中国・武漢で新型コロナウイルスが発生した直後から、河岡教授は、自身が率いる東京大学医科学研究所と米国・ウィスコンシン大学のスタッフを総動員して、新型コロナウイルスの研究に取り組んでいる。その様子は、2020年4月12日の『情熱大陸』でも取り上げられて、大きな反響を読んだ。
動物から人へ「種の壁」を超える
コロナウイルスもインフルエンザウイルスも毎年変異を繰り返すが、通常は、その病原性や感染力はあまり変化しない。
ところが、数十年から百年に1回、まれに凶暴な新型ウイルスが誕生し、パンデミックを引き起こす。これは、インフルエンザウイルスもコロナウイルスも幅広い動物種が感染する「人獣共通感染症ウイルス」であることに関係している(図1)。
異なる生物種のウイルスがひとつの宿主に同時に感染することで、遺伝子再集合を引き起こし、これまでとはまったく違った性質を持った怪物ウイルスが誕生するのだ。
インフルエンザでは豚、コロナウイルスではコウモリやラクダなど異なる生物種が介在して、新型ウイルスが誕生することが知られている。こうした生物たちが新型ウイルスを育む生物工場として機能しているのだ。
ただし、「種の壁」を超えた感染はめったに起きない。ウイルスが宿主の受容体タンパク質に取り付くためには、ウイルス遺伝子の大幅な変異が必要だからだ。
写真:現代ビジネス
2種類の「変異」
では、パンデミックを生み出すウイルスの遺伝変異はどのようなメカニズムで起きるのだろうか。
ウイルスには大きく分けて2種類の変異がある。車のモデルチェンジにたとえるなら、「マイナーモデルチェンジ型の変異」と「フルモデルチェンジ型の変異」といえばよいだろうか。
マイナーモデルチェンジ型変異のことを「抗原の連続変異」(抗原の小変異、またはアンティジェニック・ドリフト、図2)という。
新車のマイナーチェンジでは、車のエンジンやシャーシーなどの骨格部品はそのまま流用して、オプション部品を付けたり、塗装色を変えたりする。
これと同様に、抗原の連続変異では、大部分のタンパク質の構造は以前と変わらないが、少しだけアミノ酸の配列が違うタンパク質が生まれる。
私たちがウイルスに感染すると、体内に抗体タンパク質ができるので、次にウイルスが入ってきても獲得免疫が働き、攻撃してくれる。ところが、抗原の連続変異で生まれた「昔と少しだけ形が違う」抗原タンパク質を持ったウイルスが侵入すると、用意した抗体タンパク質では十分に対処できない。
このようにして宿主の抗原抗体反応の防御網をすり抜けたウイルスだけが生き残り、選択的に増殖を繰り返していく。
私たちが、毎年のようにインフルエンザウイルスに感染してしまうのも、感染予防のために毎年ワクチンを打ち続けなければならないのも、絶えず連続変異が生じるためなのだ。
凶暴な「新しい顔」が生まれる
とはいえ、変異が起きるといっても、連続変異はあくまでも「マイナーモデルチェンジ」なので、感染力や病原性に劇的な変化は起きない。
ところがフルモデルチェンジ型変異が起きると、ウイルスの抗原性ががらりと一変する。このような劇的な変異のことを「抗原の不連続変異」(抗原の大変異、またはアンティジェニック・シフト、図3)と呼ぶ。
不連続変異は、RNA分節が異なる複数のウイルスが同時に一つの細胞に感染した場合に起きる。
通常は、ウイルスは、親となるウイルスのゲノムを単純に複製するだけだ。しかし、一宿主が複数の亜型のウイルスに同時に感染すると、宿主の一つの細胞の中で異なる亜型のRNAの分節が混ざってしまう。ここで「遺伝子の再集合」が行われて、まったく新しい性質を持ったウイルスが誕生する(図4)。
不連続変異では、それまで流行していた季節性インフルエンザとはつながりのない、まったく新しいウイルスが生まれる。
免疫応答のターゲットとなる抗原タンパク質が一変してしまうので、以前感染したときに獲得した免疫も現行のワクチンもまったく効果がない。1975年のアジア風邪と1968年の香港風邪の原因となった新型インフルエンザウイルスは、こうした仕組みで誕生した。
2009年にパンデミックを引き起こした豚由来の新型インフルエンザウイルス(A型、H1N1亜型)も遺伝子再集合によって発生した、まったく「新しい顔」を持ったウイルスだ。
幸いにして、病原性は「季節性インフルエンザウイルス」とさほど変わらなかったが、実はウイルスとしてはまったくの別物である。ウイルス遺伝子の劇的ともいえる突然変異があったにもかかわらず、病原性が変わらなかったのは、不幸中の幸いとしかいいようがない。
反面、世界保健機関(WHO)がパンデミックを宣言したにもかかわらず、被害は軽微で済んだため、「パンデミックは恐れるに足りない」という油断が生じ、新型コロナウイルスの初動対応の遅れにつながったことは否定できないだろう。
新型コロナウイルスがどのようなプロセスを経て誕生したのかはいまだ不明な点が多い。
同じコロナウイルスで、SARS(重症急性呼吸器症候群)を起こすSARS-CoVは、コウモリからヒトに感染して重症肺炎を起こし、MERS(中東呼吸器症候群)を起こすMERS-CoVは、ラクダからヒトに感染して重症肺炎を起こした。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、SARSを引き起こしたSARS-CoVと遺伝子配列がよく似ているために、SARS-CoV-2と名付けられた。
米スクリプス研究所らの研究チームは、遺伝子配列の相同性からコウモリが感染源である可能性が高いとみているが、コウモリからヒトへの感染は確認されておらず、ヒトとコウモリとの間にハクビシンなどの中間宿主が関与している可能性も指摘されている。
2009年3月にメキシコで発生した豚由来の新型インフルエンザウイルス(A型、H1N1亜型)は、鳥・ヒト・豚由来のインフルエンザウイルスの遺伝子再集合により誕生した雑種ウイルスである。
この新型ウイルスは、発生当初、豚インフルエンザと呼ばれた。確かに、ヒトに感染する前は、豚で流行していたウイルスであるため、豚インフルエンザウイルスといっても間違いではないが、遺伝的バックグラウンドは非常に複雑であり、その起源をたどれば、鳥インフルエンザウイルスでもあり、ヒトインフルエンザウイルスともいえる。
新型インフルエンザウイルスは、豚・鳥・ヒトと異なる宿主に感染していた“キメラウイルス”である。
写真:現代ビジネス
「怪物」である可能性が高い理由
パンデミックを起こした新型インフルエンザウイルスは、そのRNA分節の遺伝子解析から、次のような経緯で誕生したものと推測されている(図5)。
1918年に全世界で猛威を振るったスペイン風邪に起源を持つ古典的な豚インフルエンザウイルス(A型、H1N1亜型)は、世界各地の豚で長い間流行してきた。1997年から1998年にかけて、この古株のウイルスに加えて、香港風邪に起源を持つヒトインフルエンザウイルス(A型、H3N2亜型)、北米の野鳥の間で流行していた鳥インフルエンザウイルス(A型、HAとNAの亜型は不明)が豚の体内で遺伝子再集合を起こし、「トリプルリアソータント」(Triple Reassortant)と呼ばれる3種類のウイルス間の雑種ウイルスが誕生した。
一方、ヨーロッパでは、1979年に豚に鳥インフルエンザウイルスが感染し、これが長い間、ヨーロッパの豚で流行してきた。2009年にパンデミックを引き起こした新型インフルエンザウイルスは、海を越えて、北米で流行していた「トリプルリアソータント」とヨーロッパで流行していた豚インフルエンザウイルスが、遺伝子再集合した結果、ヒトに感染する能力を持ったものと思われる。
今後の解析が進めば、新型インフルエンザウイルスと同様に、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を引き起こしたSARS-CoV-2がどのように過程を経て誕生したのか、わかるはずだ。
以上説明したとおり、新型コロナウイルスと新型インフルエンザウイルスには奇妙なほど整合する部分が多い。SARS-CoV-2は、複数の生物種に感染するウイルスが遺伝子再集合した結果、生まれた怪物ウイルスである可能性が高い。
この怪物に打ち勝つには、遺伝子レベルのさらなる深い解析が必要となるであろう。