【タイタンの悲劇】米潜水艇事故の背景に深海ツアービジネスの過熱 求められる世界基準のルール作り(NEWSポストセブン) - Yahoo!ニュース
水圧によって潜水艇は一瞬で潰され、この際に起きる「断熱圧縮」と呼ばれる働きで船内は6000~8000℃近くまで上昇したとの見方もある。乗組員は自身の死に気付いてすらいなかったのかもしれない。
【タイタンの悲劇】米潜水艇事故の背景に深海ツアービジネスの過熱 求められる世界基準のルール作り
6/30(金) 16:15配信
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潜水艇「タイタン」の事故は防げなかったのか(AbacaPress/時事)
暗闇に閉ざされた深海3800mで何があったのか──潜水艇「タイタン」の事故はいまだ不明な点が多い。専門家に取材すると、“その時”船体と乗組員を襲った光景は、想像を絶するものだったようだ。
大西洋に沈むタイタニック号の見学ツアー中に潜水艇「タイタン」が消息を絶った事故で、米沿岸警備隊は6月25日、船体と乗組員の捜索を終了すると発表した。
乗船していた5人は全員死亡と発表され、遺体の回収も断念。最悪の結果となった。
米軍の探知システムには、潜水を開始した6月18日時点でタイタンの「破裂音」が捉えられていたという。船体の破片が発見されたのは深海3800mの海底で、タイタニック号の船首から約490m離れた場所だった。
潜水艇に何が起きたのか。長岡技術科学大学教授で水難学会理事の斎藤秀俊氏はこう語る。
「原因は推測するしかないですが、深海の水圧によって引き起こされた事故だと考えられます。観測窓の継ぎ目のネジが外れる、もしくは隙間が生じるといったトラブルがあり、緊急浮上しようとして水圧に急激な変化が起きたのか、最初から船体に小さな亀裂が入っていたのか。いずれにせよ水圧で船体が壊滅したのでしょう。
爆発的な力で圧縮され、破壊されたことから“爆縮”と報じたメディアもありますが、圧力による破壊なので“圧壊”という言葉が適切です」
水圧は10m深くなるごとに1気圧ずつ高くなるため、水深3800mでは約380気圧。1cm四方に380キロの重さがかかるというから想像を絶する圧力だ。 「圧壊する前段階では、船体はピキピキと悲鳴を上げていたことでしょう。専門家はこれを“金属の叫び声”と呼びます」(斎藤氏)
水圧によって潜水艇は一瞬で潰され、この際に起きる「断熱圧縮」と呼ばれる働きで船内は6000~8000℃近くまで上昇したとの見方もある。乗組員は自身の死に気付いてすらいなかったのかもしれない。
この悲惨な海難事故に被害者の友人は「彼らが苦しまなかったのであれば、せめてもの救いだ」とメディアにコメントを残した。
「壊滅的な問題につながる」と警告も
以前、タイタニック号見学ツアーに参加した女性の体験記を6月23日付の毎日新聞が掲載していた。
〈海面から差し込む光は、水深100メートルを過ぎたあたりから届かなくなり、周囲は暗闇に包まれた。
(中略)操縦士と整備士に命を託していました。生きるか死ぬか。鋭い緊張感があり、1秒を長く感じた〉
前出の斎藤氏がいう。
「沈没船を救った実績のある日本の『潜水艦救難艦』でも救出できるのはせいぜい水深数百メートルまで。それ以上の深さに沈んでしまったら、手の打ちようがない」
深海への潜水艇ツアーでは、乗組員は「死のリスクを承知で参加する」という誓約書に事前にサインするのが通例だという。今回の事故でも、米紙ウォール・ストリート・ジャーナルなどはタイタンの運営会社が乗船客に対して、
「死亡しても責任は負わない」という免責の書類に署名させていたと報じた。
だとしても、運営会社の過失は問われるべきだ。タイタンの危険性については、2018年に海洋専門家が「壊滅的な問題につながる」と警告していたことが報じられている。潜水艇による深海調査に詳しい名古屋大学の道林克禎教授も構造上の問題を指摘する。
「タイタンの『耐圧殻』は胴長の円筒型で、圧力に耐えられる作りとは考えにくい。潜水艇の耐圧殻は通常10cmほどの厚みがあるチタン合金製で、形状は球体。球体は水圧が均等にかかり一番圧力に耐えられるからです。世界の深海調査研究の中核を担う日本の有人潜水調査船『しんかい6500』の耐圧殻は内径2mほどの球体で3人乗り。タイタンは5人乗れるようにするために前述のような形にしたのかもしれないが、乗組員の安全面が担保されていたのかは甚だ疑問です」
耐圧殻に使用されていた素材も、チタン合金ではなく炭素繊維だったと報じられている。
「実際の原因やきっかけは不明だが、ひと言でいえば“不適合品”ということになる」(道林氏)
タイタニック号観光のみならず、近年、深海ツアービジネスが過熱している。2020年にはアメリカ企業が、世界で最も深いマリアナ海溝への潜水艇ツアーを宣伝した。道林氏が続ける。
「日本では厳しい安全比率が求められていて、実際に潜る深さの約1.5倍までは間違いなく耐えられるというテスト結果が出なければ潜水船として認められない。諸外国は1.25倍程度だが、タイタンはそのテストも怠っていたのではないか。世界基準の厳格なルール作りが必要です」
タイタンの悲劇を繰り返してはならない。 ※週刊ポスト2023年7月14日号