「タイタニック号」見学ツアーの「潜水艇」圧壊の原因は、コスト削減のための「耐圧殻」のあり得ない「形」と「素材」にあった…!(現代ビジネス) - Yahoo!ニュース
タイタニック号」見学ツアーの「潜水艇」圧壊の原因は、コスト削減のための「耐圧殻」のあり得ない「形」と「素材」にあった…!
7/26(水) 6:33配信
現代ビジネス
オーシャンゲート社、タイタンの船内(出典:オーシャンゲート社)
2023年6月18日頃に起こった、米国の観光会社オーシャンゲート社が運航する潜水艇タイタン号の海難事故。乗員・乗客の生存は絶望的という驚愕のニュースが世界を駆け巡りました。事故から時間が経つにつれ、その船体の脆弱性を指摘する声が、多くの専門家や関係者、識者から上がっています。深海潜航艇で潜航の経験があり、映画「タイタニック」を制作した映画監督のジェームズ・キャメロンもその一人です。
【画像】じつは起こるべくして起こった? タイタニック号沈没現場ツアーの潜水艇事故
では、彼らは、「タイタン」のどこに「問題あり」と見ていたのでしょうか? そして、そうした欠陥ともいえる構造になった理由は? 前回の記事では、最先端の「無人潜水機」のハイテクぶりを見てみましたが、続く今回は、深海潜水艇のしくみを見ながら、検証してみたいと思います。
深海艇にかかわった人ならわかる「原因は船体」
しんかい6500(上)と、アルビンの耐圧殻(出典:JAMSTEC、titanic.fandom.com)
タイタンの事故の解明はこれからだが、少しでも深海艇にかかわった人なら、事故原因は「船体の構造」だと思っただろう。
深海では凄まじい水圧を受ける。宇宙船は、船内を地球と同じ1気圧に保っていた場合、外は0気圧の真空なので気圧差は1気圧だ。深海艇も船内は1気圧を維持しているが、外からはとてつもない水圧が加わる。宇宙船と比べて深海艇の設計、建造がきわめて難しいのはこの水圧にある。
タイタニック号の沈没現場は水深3800mなので、1cm平方に約380kgf(力の単位)の水圧がかかる。タイタンが「破綻」した場所が水深3300mとすると、船体は100円玉の上に体重65kgの人が7人乗っているのと同じ水圧を受けていたことになる。
タイタンはその水圧に耐えられず瞬時に「圧壊」した。
このすさまじい水圧から搭乗者を守るため、深海艇のほとんどは人が乗る部分を高張力鋼やチタン合金で作った球形(まったく歪みのない真球)にしている。これを「耐圧殻」(たいあつこく)と呼ぶ(「たいあつかく」と言うこともあるが)。
「真球型」「チタン製」が耐圧殻の標準仕様
その耐圧殻とはどういうものか。
私は、「しんかい6500」の設計を手がけた「深海船設計の神様」、高川真一さんに、その難しさを聞いている(高川さんは当時JAMSTEC、後に東京大学生産技術研究所特任教授を歴任)。
----------
深海の大水圧に耐えるには球は徹底した「真球」でなければならないんです。陸上で使われているガスタンクなどの圧力容器の多くは「内圧容器」、内側から外側に圧力がかかる容器です。
「内圧容器」は、もし容器に小さな凹凸があっても内側からの圧力で理想の形に近づきます。放っておいても真球になってくれます。
ところが深海のように外から大変な「圧力」を受ける「外圧容器」は、ちょっとでもいびつな部分があると、そこから一気に凹んで壊れてしまうんです。
出典:山根一眞著『文庫版・メタルカラーの時代6・ロケットと深海艇の挑戦者』(kindle版)小学館
----------
「しんかい6500」の耐圧殻はチタン合金製で、厚さが73.5mm、内径2m、真球度は1.004だ。これは耐圧殻の内径がどこを測っても2m±0.5mm以内であることを意味する。真球であれば、あらゆる方向から受ける力が均等に分散するので「圧壊」しないのだ。
円筒形のタイタンの居住部分
タイタンの構造(出典:オーシャンゲート社)
ところがタイタンの居住部分は円筒形なのである。炭素繊維で作った円筒形部分の前後にチタン合金製の半球を合体させた構造だ。外を見る覗き窓は先端の半円球のみだが、前後のチタン半球はそれぞれ2つのチタンリングで円筒部分とつないである。
強靭さと軽さが売りで航空機の翼にも使われている炭素繊維材なので、厚さ次第では1cm平方に約380kgの水圧に耐えられるとしても、半球部分と円筒部分をつなぐ構造では水圧を均等に受けることはできない。
こういう構造の潜水艇の構想案を見たことはあるが、材質の選択や建造はきわめて難しい。
高川さんが話していた「ちょっとでもいびつな部分があると、そこから一気に凹んで壊れます」という通りのことが起こったのだ。
専門家がこぞって指摘した「危険な構造」
実際、引き揚げた残骸の映像を見た専門家は、半球部分と円筒部分をつなぐ部分から圧壊したという意見が多かった。
ラッシュCEOは、「この構造はきわめて危険だ」と主張した元スタッフと意見が衝突、裁判を行っているが、「情報漏洩をした」としてそのスタッフをクビにしている。
だが、潜水艇の専門家コミュニティからも大きな懸念が寄せられていたことが、事故後に明らかになっている。
ラッシュCEOの深海ビジネスに対して声を大にして批判しているのが、映画「タイタニック」を製作したカナダの映画製作者、ジェームズ・キャメロン監督だ。
キャメロン監督は、「沈没したタイタニック号を見たいがために映画『タイタニック』を作った」というほどタイタニック号が好きで、沈没現場にはタイタンではない潜水艇で33回も潜航している。
また、キャメロン監督は自らのチームが建造した深海潜航艇、DCV1(ディープシー・チャレンジャー)で、2012年3月26日、地球の海の最深部、マリアナ海溝・チャレンジャー海淵への人類で2番目となる潜航を果たしている。
「ディープシー・チャレンジャー」の構造
リミティング・ファクターの耐圧殻(出典:Wikimedia Commons)
そのキャメロン監督を深海最深部に運んだディープシー・チャレンジャーの人の搭乗部分も、厚さ64mm、内径1.1mの真球の耐圧殻だ。
キャメロン監督のチャレンジャー海淵への潜航は人類史上2番目の「偉業」とされたが、その7年後の2019年、冒険家で富豪のヴィクター・ヴェスコーヴォ氏は自ら建造した有人潜水艇、リミティング・ファクター(Limiting Factor)でチャレンジャー海淵への潜航を達成している。ヴェスコーヴォ氏は、さらに太平洋、大西洋、インド洋、北極海、南極海、世界5大洋の全ての最深部への潜航も達成している。
参考:〈人類初の偉業達成! 「世界最深の海底」をぜんぶ見た男、現る! 〉
昨年、2022年8月には、名古屋大学大学院環境学研究科教授、道林克禎さんが、このリミティング・ファクターにヴェスコーヴォ氏とともに搭乗し、小笠原海溝最深部、9801mに潜航、日本人の最深潜航記録を60年ぶりに更新している。
というリミティング・ファクターは2人乗りだが、搭乗部分はやはりチタン合金(Ti-6Al-4V ELI)製の耐圧殻だ。
深海に行くには、真球の耐圧殻は少なくとも現在の技術では必須だが、なぜタイタンは真球の耐圧殻ではなく、半球+筒型構造にしたのだろうか。おそらく5人搭乗可能という大きな耐圧殻の製造はきわめて難しく、非常にコストがかかるからだったのではと思う。
搭乗人数も欲張りすぎた? 設計に現れた皮算用
建造費が嵩めば、潜航ビジネスは成り立たなくなる。そこでタイタンは、パイロットを含めて5人が乗れる深海潜水艇を安く作る必要があったのだ。6000m、あるいは地球最深部、1万1000mまで潜航しようというのではない、タイタニック号が横たわる3800mに行くのだから、これでいけると考えたのだろうか。いずれにせよ無謀としか思えない。
また、タイタニック号沈没現場への潜航ツアー費用は1人、25万ドル(3500万円前後)だったが、その程度までのポケットマネーならタイタニック号を見に行きたいという富豪がいるという手応えがあったのだろうか。
そういう富豪客を4人乗せれば売上げは100万ドルだ(1億4000万円)。支援船のチャーターなどの経費はかかるが、旅行業としてはこれは割がいい。年に10回潜航するだけで1000万ドル(14億円)の売上げになる。
だが、もし、リミティング・ファクターのように安全な耐圧殻を備えた顧客1人乗りの潜水艇では、タイタニック号見物潜航ツアーはビジネスとして成り立たない。
リミティング・ファクターの建造費は3700万ドル(約50億円)と伝えられている。タイタンが同じような潜水艇だったらをかけ、1人50万ドル(7000万円)の料金をとったとしても、100回は潜航しなければ元はとれない。
長年無事故で潜航を続けてきた「しんかい6500」もアメリカの「アルビン」も耐圧殻は直径2mで、搭乗者は3名だ。もしタイタンのように5名が搭乗可能とするなら、真球の耐圧殻は直径は3.5~4mが必要になる。それほど大きな耐圧殻を製造したメーカーはないと思うが、引き受けるメーカーがあったとしてもとてつもない費用になる。
オーシャンゲート社は、搭乗客4人の潜水艇を安く実現するため円筒形という無謀な設計にしたとしか考えられないのである。
また、25万ドルを払ってタイタニック号を見に行きたいという富豪客がいつまでも続くことはないはずで(1万ドルなら殺到するだろうが)、オーシャンゲート社にはこの深海ツアービジネスを長く続ける意図はなく、別の目標があったのではないかという思いがよぎった。
船艇名が示す「別の目標」
ギリシア神話に搭乗する巨人神族。古代ギリシア語のΤίτάγを英語ではtitanと表記する(出典・Mythopedia)
私は、オーシャンゲート社の本社所在地がシアトルに近いワシントン州エバレット市だと知り、もしや宇宙ビジネスへの参入を狙っていたのではと思った。エバレットはボーイング社の大型航空機の主力組立て工場の拠点だからだ。
エバレット工場は取材で訪ねたことがあるが、大型航空機が発着できる滑走路を擁し格納庫の扉はサッカー場の広さと同じというスケールに圧倒された。当然、エバレット市にはボーイング社のサプライチェーン、関連会社も多い。
航空業界は次のステップとして宇宙を目指しており、ボーイング社もいずれ宇宙旅行へ進出する。昨年、2022年5月、ボーイング社の有人宇宙船「スターライナー」(無人試験機)が国際宇宙ステーション(ISS)への到達に成功、近々有人船を宇宙へ送る。
オーシャンゲート社のラッシュCEOは、子供時代、宇宙飛行士になり火星に行くことが夢だった。プリンストン大学で航空宇宙工学を学び、マクドネル・ダグラス社で働いたこともあるのは、宇宙へのあこがれゆえだろう。ラッシュCEOは、その夢を捨てていなかったのではないか。
そう感じたのは彼の潜水艇の「名」が「タイタン」だったからだ。
タイタニック号の「タイタニック」も事故を起こした「タイタン」もギリシア神話に登場する巨大神「タイタン」が語源だ。また、太陽系には同じ語源の天体「タイタン」がある。土星の衛星の1つで、NASAのカッシーニ探査機によって、極低温だが水深100~200mのメタンやエタンからなる海があることがわかり、生命の存在が期待されている。
NASAの「タイタン」…どこか似ている!
NASAが2040年代実現を目指す土星衛星タイタンの海探査用の潜水艇想像図(出典:NASA)ラッシュCEOは、タイタニック号への潜航で実績を重ねた上で、NASAの資金で土星のタイタンに潜水艇を送ろうとしていた……?
2014年、NASAは、衛星「タイタン」の「海」を調べるための「無人潜水艇」を、画期的科学プロジェクトのひとつに選び、その挑戦企業に研究資金を提供すると発表しているのだ。実現目標は2040年代だが、公開したその潜水艇の予想図は、事故で失われたタイタンに似ているのである。
深海に散ったラッシュCEOがそういいう夢を描いていたかは確認のしようもないが。
オーシャンゲート社のタイタンはあまりにも無謀なビジネスゆえに悲劇を招いてしまったが、せめて、乗船者を守る耐圧殻をチタン合金の真球で作っていれば悲劇は避けられただろう。
その軽く強靭な金属「チタン」は、1795年、ドイツ人科学者、M・H・クラプロートが発見、その名の語源もギリシア神話の巨人「タイタン」なのである。
日本は、国も企業も「石橋を叩いても渡らない」と言われるが、ラッシュCEOは「石橋を叩くこともせずに渡り」破綻した。だがアメリカは、この悲劇も礎にして誰も渡ったことのない未知の世界へと「石橋を叩きながら渡る」に違いない。
<完>