がん病理医「憎まなければ、がんは悪化しない」 心の片隅でいいから、ぜひ覚えてほしいこと (msn.com)
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がん哲学外来で、問題を起こす子供の問題について相談を受けたとき、「がん細胞に尋ねてみるといい」と答えると、病理医として1万人を超える患者のがんを見てきた樋野医師はいう。奇妙な言葉に聞こえるが、長年にわたってがん細胞の振る舞いを顕微鏡越しに見続けてきて自然と感じるようになった病理医としての経験則だという。
がん細胞に尋ねてみるといい
30代、40代で夫婦ともに働いているケースは多いです。しかも、この世代は仕事が忙しくなりがちで、自分の子供にばかりかまってはいられないのが実情です。そうかといって、子供のことを放ってはおけない。それで、つい、習い事をさせることで親の責任を果たしたつもりになっているうち、子供が問題を起こしていることに気づいて慌てる。
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がん患者やそのご家族が悩みを打ち明けるがん哲学外来でも、そんな話をよく聞きます。そのとき、私は「がん細胞に尋ねてみるといい」と答えます。
実は、「問題を起こす困った子供」とがん細胞は、とてもよく似たことをするんです。一例を挙げると、困った子供は自分勝手な理由で家族をだましたり噓をついたりしますが、がん細胞も同じことをします。
人体の中にがん細胞が発生すると免疫細胞がこれを排除するのですが、がん細胞は免疫細胞をだますために自分が正常細胞であるふりをするのです。
このように、困った子供とがん細胞のすることはよく似ているのですが、その対処法もよく似ています。ですから、あなたが子供のことで悩んだときは、こう考えると答えが出やすくなります。
「がん細胞ができたとき、どうすればいいのか?」
がんの専門家としての答えはこうです。
「もし、がん細胞を止められるのなら止めるのがいい。でも、止められないのなら、そのがん細胞の周囲の細胞がしっかり生き続けることが大事。がん細胞が発生したとしても、周囲の細胞がしっかりしていれば、がん細胞はあまり悪化しない」
これを参考にすると、「困った子供にどう対処すればいいのか」ということについても、答えが出せます。
「困ったことを止めさせることができるのならそれでいいですが、そうでなかったら、家族や近親者がしっかり生活を続けることです」
そうしているうち、その子供は困ったことをやめることがありますし、少なくともあまり悪化はしません。
がん細胞はあなたの不良息子
なかには、こう思う人もいるでしょう。
「そんな答えでは、根本的な解決にならないじゃないか」
確かにそのとおりです。ですが、わかってほしいことが2つあるのです。
まず1つは、「がん細胞はあなたの不良息子」ということ。
これも、私が「がん哲学外来」でときどき使う言葉ですが、ここには、困った子供に対するときの、とても大切な事実が含まれているんです。
昔、困ったことをする子供のことを「不良」と呼びました。こんな言葉、今ではほとんど使わないのでしょうが、昭和の頃は日常的に使われたものです。例えば、「不良少年」とか「不良少女」といった具合に、「不良」というのは、感情の爆発を抑えることができずに、社会や学校のルールを破るような子供たちのことを意味していました。
がんは自分自身の分身です。自分の遺伝子でできた細胞ですから。また、あなたの子供もある意味で自分の分身と言えるのではないでしょうか。遺伝子の半分は完全に自分と同じですし、赤ん坊の時から自分で育てた子供ですから、良くも悪くも自分と同じような面のある存在です。つまり、がんも不良息子も、困ったことをする自分の分身という意味で同じなのです。
先ほど、がんが人生に似ていると言いましたが、似ている理由は、自分の不良息子に苦悩するのが人の一生だからかもしれません。それどころか、人間の一生の課題は不良息子との和解だと言ったら極論になるでしょうか。
でも、不良息子の困った性格や行動が、親である自分自身の弱点と重なっているとしたら、人は自分の一生をかけてその弱点と対決しなければならないという見方も、あながち間違ってはいない気がします。
がんと同じように、自分自身の身内でありながら頭の痛いことをしてくれる不良息子ですが、彼らにしても、不運な成り行きから、不良息子などと呼ばれるような行動をするようになっただけかもしれないんです。
そして、感情を爆発させたりして周囲の人々を傷つけてしまうのは不本意で、本当は周囲の人々に愛されたかったのかもしれないんですね。
困った子供の問題を考えるとき、もう1つわかってもらいたいことが、これなんです。
「なりたくて、不良息子になったのではない」ということです。
少なくとも、がん細胞の場合は、自らが望んでがん細胞になったのではなく、ただ、細胞分裂の際に不幸なコピーミスが起こっただけのことです。もし、そんな不運がなければ、本当は周囲と同じような普通の細胞になり、皆に愛されたはずなんです。
「不良息子も、不運な成り行きの犠牲者」
このことをわかることで、初めて、自分とがん細胞、そして困った子供との和解の道が見えてくるんです。
「憎まない、恨まれない」ことは難しいが…
それでは、どうすれば不良息子、すなわち自分の困った部分と和解できるのでしょうか。
それは、「不良息子を憎まないこと」です。
がん細胞と周辺の細胞が強く対立して憎みあっているような状態で、両者の関係が悪くなると、がんは悪化しやすくなります。周辺への浸潤がひどくなったり、別の臓器へ転移したりするんです。そして、がんは難治になり、ついには、増殖を重ねたがん細胞もろとも、自分の命を落とすことにもなりかねません。
同様に、不良息子を憎めば、彼はあなたを恨み、自分を困った存在にした不運な成り行きを恨むようになります。そして、事態は取り返しのつかない破滅へと向かってしまうかもしれないんです。
逆に、あなたが不良息子を憎まなくなれば、不良息子の恨みもいつかは消えます。両者が和解できる日が来るんです。がんの場合も、悪化することなく共存の道が開けるかもしれないんですね。
「不良息子を憎まないこと。不良息子に恨まれないこと」
がんで苦悩している人も、子供のことで悩んでいる人も、今はそう思うことが難しいかもしれません。でも、このことを、心の片隅でいいですから、ぜひ、覚えていてほしい。
いつか、穏やかな日々が訪れ、最後にはきっと、幸せに人生の幕を閉じることができるはずです。
がん哲学外来へようこそ
樋野興夫
ヒノ・オキオ
著者プロフィール
1954(昭和29)年島根県生まれ。順天堂大学医学部病理・腫瘍学教授、医学博士。米国フォックスチェイスがんセンター、がん研実験病理部部長等を経て現職。2008年「がん哲学外来」を開設。高松宮妃癌研究基金学術賞受賞。
学校法人恵泉女学園理事長、一般社団法人がん哲学外来理事長。
書籍一覧
がん哲学外来へようこそ
樋野興夫/著
792円
2016/02/17
樋野興夫が紹介した本
2021/10/14(木) 22:40
>宇宙の過去が無限にあるということが、物理的に何を意味しているのかも、まだよくわかりません。
>とはいえ、宇宙に始まりがないということは、少なくとも数学的には可能なことなのです。
時間と空間の起源
宇宙はビッグバンによって始まり、それ以前は「無」だったというのが現在の定説となっています。
けれど、もしかしたら私たちの宇宙は常に存在していて始まりはなかった可能性が、新たな量子重力理論によって示されました。
イギリス・リバプール大学(University of Liverpool)の研究チームは、因果集合理論(causal set theory)と呼ばれる量子重力の新しい理論を使い、宇宙の始まりについて計算したところ、宇宙に始まりはなく無限の過去に常に存在していたという結果を得ました。
この結果に従うと、ビッグバンは宇宙が遂げた最近の進化の1つでしかないということになります。
この研究成果は、9月24日にプレプリントサーバー『arXiv』で公開された論文に掲載されています。
物理学が未だに説明できていない問題
現在、物理学にはまったく異なる2つの理論が存在し、どちらも大きな成功を収めています。
その2つの理論とは、量子力学と一般相対性理論です。
量子力学は、自然界を支配する4つの基本的な力のうち、3つの力(電磁気力、弱い力、強い力)を微小な世界で記述することに成功しました。
ただ、重力についてはまだうまく説明することができていません。
一方、一般相対性理論は、これまで考案された中でもっとも強力で完全な重力の記述方法です。
しかし、一般相対性理論にも不完全な部分があり、この世界で2つのポイントについてだけ理論が破綻しています。
それが「ブラックホールの中心」と「宇宙の始まり」です。
ここについては、一般相対性理論でも計算が破綻してしまい、信頼できる結果を得ることができません。
そのため、これらの領域は「特異点」と呼ばれていて、現状の物理理論が及ばない時空のスポットとされています。
これは、一般相対性理論が数学的につまづいているポイントでもあります。
この2つの特異点で、一般相対性理論がうまく機能しない理由は、この場所では重力が非常に小さなスケールで非常に強くなっているためです。
一般相対性理論はマクロな世界を記述する古典物理学の理論のため、微視的な世界の重力をうまく取り扱うことはできていません。
一般相対性理論は重力を時空の曲率として表現しています。
投げたボールが地面に落ちるのは、地球が歪めた空間に沿って、ボールが軌跡を曲げ、それが地面と交わるためです。
しかしあまりに微視的な世界では、空間が歪むだけでは重力を記述できません。アインシュタインも生涯この問題に悩んでいました。
そのため、この微視的な世界の強い重力を記述するための新しい理論が必要となります。
そこで、現在考えられているのが「量子重力理論」です。
ただこの理論も「超ひも理論」や「ループ量子重力」など、さまざまな候補が存在していますが、まだ完成されていません。
しかし、そのすべてが同じような方向から問題のアプローチをかけています。
それが「時間と空間というものがなぜ存在するのか?」「どこから生じているのか?」「そもそも時空のもっとも基本的な構造とはなんなのか?」ということです。
量子重力理論を考えたとき、いずれの候補理論も、時間と空間がもっと根本的な何かから生じているということを考慮しないとうまく話が進まないのです。
そして、この疑問に対処する、新しいアプローチが登場しています。
それが「因果集合理論」です。
時間と空間とはなんなのか?
今回の研究チームの一人、英国リバプール大学の物理学者ブルーノ・ベントー氏は時間の本質について研究を行っています。
彼は宇宙の始まりを考えるという今回の研究において、「因果集合理論」と呼ばれるものを採用しました。
あまり聞き馴染みのない理論ですが、「因果集合理論」とはどのような理論でしょうか?
現在の物理学では、時間や空間はなめらかに連続した布のようなものとして捉えられています。
こうした連続した時空では、2つの点は空間的に可能な限り近くに存在し、2つの事象は時間的に可能な限り近くで発生します。
しかし、「因果集合理論」では空間と時間をなめらかな連続につながったものとは考えていません。
この理論では、時空を極限まで分解していくと原子のような離散的(飛び飛びの値で変化する)な塊になると解釈しています。
つまり、時空には最小の基本単位が存在するというのです。
"映像が小さな画素の集合であるように、時空間も最小単位が因果で結ばれた集合かもしれない"
;映像が小さな画素の集合であるように、時空間も最小単位が因果で結ばれた集合かもしれない
今この記事を読んでいる画面も、なめらかな一枚の画像に見えるでしょうが、当然虫眼鏡などで拡大すれば、それは小さな1ピクセルの画素が並んでいるものだとわかります。
空間も同様に分割されていて、その最小単位以上にはお互い近づくことができないかもしれないというのです。
この考え方の何が重要なのかというと、この理論に従った場合、ビッグバンやブラックホールのような特異点の問題がきれいに取り除くことができるからです。
なぜなら、この理論では時空を無限に小さく圧縮することが不可能だからです。
時空には最小単位の「時空の原子」があり、その大きさを超えて小さくなることはありえないため、特異点が存在しなくなるのです。
では、ビッグバンに特異点がない場合、宇宙の始まりはどのようなものになるのでしょうか?
ビッグバンは通過点に過ぎない
ベントー氏は、因果集合理論が宇宙の最初の瞬間をどのように表現するか、インペリアル・カレッジ・ロンドンのスタブ・ザレル氏と共同で研究を勧めました。
従来の因果集合理論では、因果集合は無から生じて現在の宇宙まで成長したとされています。
しかし、彼らは、そもそも因果集合に始まりが必要かどうかということを検討しました。
すると、彼らの研究では、因果集合は過去に向かって無限に続き、常に前に何かがある状態となり、ビッグバンという始まりは存在しないことがわかったのです。
彼らの理論によれば、私たちがビッグバンと認識しているものは、この常に存在する因果集合の進化における特定の瞬間に過ぎず、真の始まりではなかった可能性があるとのこと。
ただ、この理論はまだ少数の物理学者が注目する理論でしかなく、論文も査読付き科学雑誌への掲載はまだ決まっていません。
宇宙の過去が無限にあるということが、物理的に何を意味しているのかも、まだよくわかりません。
とはいえ、宇宙に始まりがないということは、少なくとも数学的には可能なことなのです。