人間の心や頭の発達にとって、子ども時代は重要な意味を持ちます。近年、傷つきやすい若者、すぐキレる若者、頑張れない若者が散見されるのは、学力や知力とは関係ない、何か他の能力の不足が関係している――と、
心理学博士の榎本博明氏は語ります。ここでは、その能力とは何か、どうしたら高められるのかを紹介します。
本連載は、榎本博明著『伸びる子どもは〇〇がすごい』(日本経済新聞出版)から一部を抜粋・編集したものです。
(※写真はイメージです/PIXTA)
10・26・2020
小学校低学年の頃は、親に言われて勉強している子が成績の上位を占めるということがあるかもしれないが、小学校高学年や中学生になると、自分から勉強する意欲がないと徐々に成績は低迷していくものである。 そこで求められるのが、自発性を高めることである。これは本人自身の意欲によって動き出す性質なので、周囲の力によってこれを強化するというのは難しい。
だが、悪い事例を思い浮かべれば、どうするのが望ましいかのヒントがつかめるだろう。
たとえば、指示待ちで自分から動けないという学生たちに子ども時代のことを尋ねると、何でも親が先回りして自分が困らないように教えてくれたり手伝ってくれたりしたというケースや、親が口うるさくあれこれ指図するので鬱陶しかったがいつのまにか親を頼るようになっていたというケースが目立った。
ここから言えるのは、親があまり先回りしすぎずに、子どもが失敗してもいいから自分で考えてものごとに取り組むような環境にすることが大切だということ。その際、自分で考えて動くことでたとえ失敗しても、それを怖れる必要はない、失敗から学ぶことも多いということを教えることも大切である。
また、子どもは未熟だし、能率が悪かったり建設的な方向になかなか動き出さなかったりしてもどかしく思うこともあるものだが、あえて指示を減らして、本人がやりたいように自由に漂わすことも大切である。そこで親に求められるのが待つ力である。
大人の世界は効率性の原理で動いているようなところがある。だが、そうした効率性の原理に則って動いているうちに、仕事がパターン化してしまいがちである。仕事をパターン化するのは効率性をあげるためのコツではあるが、それによって創造性は枯渇していく。
子どものうちはものごとを型にはめるのではなく、いろんな方向から考えたり、いろんなやり方を試行錯誤したりして、創造性を発揮することが大切である。 そのためにも親としてはできるだけ口出しせずに本人の自発的な動きを見守る姿勢が求められる。
指示待ちで自分から動けないという学生たち
だれだって失敗するのは嫌だし、できることなら失敗などしたくない。でも、失敗をあまり怖れると、気持ちが委縮してしまい、のびのびした行動が取れなくなる。学生たちをみていても、失敗を怖れて何ごとに対しても躊躇する傾向が強まっているように感じる。学生だけではない。失敗を怖れてチャレンジしない子どもや若者が目立つのである。
先生の指示に従って動けば間違いないし、勝手に動いて叱られるのは嫌なので、自分たちは失敗しないように先生のサポートに頼るようになったのではないか、言われた通りにやっていればうまくいくのならあえて自分からチャレンジする必要もないし、などというのである。
これは、マニュアル依存や指示待ち傾向にも通じることだが、面倒見の良いサポート環境の弊害と言えないだろうか。教育のサービス産業化の動きの中で、生徒や学生に対して手取り足取りの教育が行われ、そうしたサポート体制が整っていることが売り物になっている感がある。
だが、そうしたサポート体制が失敗を怖れチャレンジしない心を生み出している面もあるといってよいだろう。 そこで大事なのは、失敗することの意味や価値を認識するように導くことである。IT革命によりますます先の読めない時代になっていくが、そのような時代を生きるには、失敗しながら歩んでいくしかない。失敗にいちいちめげていたら先に進めない。
そこで求められるのは、失敗への対処能力を高めること、そして失敗から学ぶことである。大事なのは、失敗しないことではなく、失敗を怖れずに試行錯誤すること、そして失敗してもめげずに前を向き、失敗を糧にして前進することである。
モチベーションの心理を解剖していくと、成功追求動機のほかに失敗回避動機があることがわかる。だれの心の中にも、成功したいという思いがあると同時に、失敗したくないといった思いもある。そのせめぎ合いのなかで行動が決まってくる。積極的な行動をとるためには、失敗回避動機を多少和らげる必要がある。
子どもたちは、失敗することを通して、現実を生き抜く上で大事なことを学んでいくのである。だが、子どもを教育する立場にある大人たちがそのことを忘れ、失敗を極力排除しようと過保護な環境をつくってしまっているように思われる。
そこで教育上大切なのが、失敗することの意味や価値をしっかりと認識するように導くことである。できるだけ失敗はしたくないものだが、失敗することもあるし、ときに失敗するのも悪くないと気づかせることである。
失敗を恐れ、チャレンジしない子どもたち
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ちょっとしたことで傷つきやすい心が世の中に蔓延しているのは、だれもが感じていることだろうが、そうした現実への対処として傷つかないような子育てや教育が行われていることには違和感を抱かざるを得ない。
傷つけないようにと配慮しすぎることで、傷つきやすい子どもや若者がつくられていく。これは、冷静に考えれば、ごく当然のことのはずだ。菌を排除して純粋培養すれば、雑菌だらけの環境に弱くなるのと同じだ。現実の社会に出れば、思い通りにならないことだらけである。
頑張ってもうまくいかないこともある。 学校時代なら、いくら試験の準備勉強をしても良い点を取れず、成績が上がらないということもあるだろう。受験勉強を頑張ったのに、志望校に合格できないということだってあるだろう。
部活でも、必死に練習しているのに、ライバルを追い抜くことができず、いつまでたってもレギュラーになれないということがあるかもしれない。 就職後なら、仕事でいくら成果を出しても、期待するような評価が得られないこともあるだろう。上司と価値観や性格が合わず、不遇な目に遭うこともあるかもしれない。
組織の上層部や取引先からの処遇に理不尽さを感じても、我慢しなければならないこともあるはずだ。社内のライバルやライバル社にどうにもかなわないこともある。信じていた人に裏切られることもある。好きな人に振り向いてもらえないこともある。 そのたびに深く傷つき、落ち込み、立ち直れずにいたら、厳しい現実を生き抜くことなどできない。
そこで大切なのが、思い通りにならない状況への耐性を高めることである。動機づけと原因帰属(成功や失敗を何のせいにするかということ)を組み合わせた古典的な心理学実験からも、そのことが示唆されている。 動機づけの心理学で有名なドゥウェックは、原因帰属の仕方を変える、つまり失敗を努力不足のせいにする認知の枠組みを植えつけることで、無力感の強い子の達成動機を強められるのではないかと考えた。
そこで、8歳から13歳の子どもたちのなかから極端に強い無力感をもつ子ども(失敗すると急にやる気をなくし成績が低下する子)を選び、6人に成功経験法を、他の6人に原因帰属再教育法を施した。 成功経験法とは、常に成功するように易しい課題を設定する方法である。
原因帰属再教育法とは、5回に1回の割合で失敗させ(到達不可能な基準を設定する)、その際にもう少し頑張ればできたはずだと励まし、失敗の原因は自分の能力不足ではなく努力不足にあると思わせる方法である。
これらの治療教育の前、中間、後の3つの時点における失敗後の反応をみると、原因帰属再教育法のみに治療効果がみられた。原因帰属再教育法による治療教育を受けた子どもたちでは、失敗の後に成績が急降下するということがなくなり、「もっと頑張らなければ」と発憤するのか、失敗直後にむしろ成績が上昇する子が多くなった。
一方、成功経験法による治療教育を受けた子どもたちは、成功しているうちはよいものの、失敗すると成績が急降下するといった傾向を相変わらず示した。この実験からわかることが2つある。ひとつは、失敗すると傷つくからと失敗させないでいると、失敗に弱い心理傾向が改善されることはないということである。
もうひとつは、失敗の受け止め方を前向きにすることで失敗に傷ついたり落ち込んだりすることなく、むしろ発憤する心がつくられるということである。成功体験をいくらしても、失敗への耐性は高まらないのである。
では、ものごとに対するタフな受け止め方は、どうしたら身につくのだろうか。まず第一に大切なのは、小さな失敗やなかなか思い通りにならない苦しい状況を繰り返し経験することで、失敗による感情的な落ち込みに慣れることである。何度も経験していれば、慣れの効果により、その衝撃度合いは弱まっていく。
感情的な落ち込みに慣れれば、冷静に対処できるようになる。 第二に、原因帰属再教育法をヒントに、思うような結果が出なかったときやなかなか窮状を脱することができないときに、「自分はダメだ」などと自分を責めたりせずに前向きな気持ちになれるように、適切な声がけをすることが大切である。
たとえば、「だれだって失敗することはあるよ」「挫折を経験することで人は強くなっていくんだよ」「結果がすべてじゃない。頑張ることで力がつくことが大事なんだ」「頑張ったときの爽快感はかけがえのないものだよ」などといった主旨の前向きの受け止め方に気づかせるような声がけも有効だろう。
榎本 博明