犬神スケキヨ~さざれ石

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国体を見れば日本の成長がある...6

2018-05-08 10:05:53 | 連続
さて付き合うべき国を挙げてみました。

まずはインドです。

インドにはもちろんのこと将来性がある。
それと英雄を生む土壌がある。
歴史を共に研究出来る共通の認識がある。
核保有国である。
これらを挙げる事が出来ます。

インドにはカースト制があります。
実はこれが英雄を生む土壌なのです。

幕末期、日本にも士農工商の様な身分がありました。

例えば、坂本龍馬や中岡慎太郎など脱藩浪士は士族ではあったけれど下級武士でした。
士農工商、士と農の間の様な存在です。

侍でありながら百姓。
或いは、海援隊の近藤長次郎は丸っきりの町人です。
この様な身分の者こそが明治維新を成したのです。
それは、自由な発想と行動力。
虐げられたが故のハングリー精神。
本当に国を良くしたい、守りたいと思い行動出来るのは後ろ盾もなく、既得権にも寄らない者です。

上級武士は既得権の頂点におり、それで飯を食っているのですから、そりゃ手放したくはありませんね。
今の官僚と似ているのではありませんか?

しかし明確な身分制度を手放した我が国では、この様な英雄を生む土壌はもうありません。

インドとはインド独立に日本が寄与した事で、共通の認識をもち真っ直ぐ真ん中から歴史を研究する事が出来ます。
これも大きな理由です。
また現在、核を持たない我が国にとって、インドの核は安全保障上、魅力的ですね。
アメリカ、そしてインド、両面から覇権主義で我が国を狙う輩を挟み撃ちに出来るのです。

ベトナムは親日の国であり、やはりベトナム独立に日本が寄与した事は大きい。
日本人と気質も似ており、勤勉で手先も器用。
また、我が国のシーレーンの確保を考えればベトナムは、やはり付き合っていくべき国でしょう。

台湾はもう運命共同体とも言える国。
今更言わなくても皆さんはよくご存知のはず。

そしてこれらの国々から広がって、更に付き合っていくべき国を考えればよい。
あの国は日本と付き合いがある、仲良しだ!
と、なってその国が更に繁栄すれば我が国にとってもこれは新たな成長への道を開く事にもなるのです。

そして民族にとって最も重要な事に『言語』があります。

AI、ロボット、次世代高速通信の分野では、我が国はトップランナーです。
中でも次世代高速通信では他を寄せ付けない。

この次世代高速通信とAIにより、言語教育は変わります。
つまりは翻訳機です。

次世代高速通信では1マイクロ秒程のタイムラグで通信出来る様になります。
これにAI技術が絡めば、もう機械が同時通訳してしまいます。

そうなれば、むしろ日本語が重要になる。
語学教育はむしろ母国語に重きを置かねばなりません。

例えば『飯を食うか?』と言うと、現在は『Eat meals』と訳したり『food』と訳してしまう。
『飯』だけなら『米』とか『食材』とすら訳してしまい『食事』とは訳してくれません。

それをAIが時間や会話、場所などを的確に判断し必要な言葉に翻訳する。

この技術が確立されば、先に述べた国々とも容易にコミニケーションを取ることが出来る様になります。

我々は国柄を再認識し、何を残していくのか?
何を守らねばならないのか?
我々の祖国とは何なのか?

これを今一度認識し、守るために、残す為に何を変えなければならないか?

それをよく考え議論しなければなりません。

もう時代は変わり、敗戦国と言う事で過ごした日々に終わりを告げねばなりません。

国体を見れば日本の成長がある...5

2018-05-08 10:04:21 | 連続
我々は国際社会の中で、世界有数の経済大国となり、そして長年の夢であったものも手にしました。

それは人類共通の願いでもあった長寿です。

長寿を手にした結果、新しく生まれて来る命は減ってしまいました。

人類が未だ経験していない超高齢化社会を経験するのです。

そして、我々日本人は戦後の占領政策もあり人口は減少しています。
しかし、実は我々の成長はここにこそある。

実は我が国にはいち早く高齢化社会から脱出する事になります。
世界は今から高齢化社会へと向かうのですが、我々は世界で一番早くコレを脱出する。
簡単な話しで、高齢者は死ぬからです。
団塊の世代と言われる年寄りは間もなく死にます。
すると人口減少に向かうのですが、我々はそれをAIやロボットにより乗り切ります。

例えば、為替取引や株式市場などはAIにやらせれば24時間不眠不休でやり続けます。
介護や医療の分野でも、AIやロボットが入り込むのです。

江戸期の封建制度の中、士農工商の身分制度がありましたが、例えば坂本龍馬などは武士ではあったけれど、下級武士です。
士農工商で言えば士と農の間と言ったところです。
農とは農民と言う事ではなく、農民を含む百姓と言う事です。

百姓とは百の姓と言う事で、これは百の職業と言う事です。

この百姓とは一次産業などを指し、これは価値の高い物を生み出していく職業なのです。

では、商はと言うと流通して売る、或いは付加価値を付けるものです。そしてこの商の部分こそがAIやロボットに変わっていくのです。

士農工商の身分では、士が一番貧乏で商が一番金持ちです。
士は商に金を借りたりするが、商はそれを良しとして金を貸す。
また商は工や農の為に儲けた富を還元する。
基本的にこの様な社会的仕組みが出来ており、つまりは金が価値の高いものではなかった。
お金よりも価値のあるものにこだわった
そう言う事ではないでしょうか。

それは先の東北の震災により、我々日本人は再度確認する事になりましたね。

金が金を生むマネーゲームに強い人間を祭り上げたり、若いIT企業の社長を時代の寵児と持ち上げてきたけど、実はそんな事には大した価値はなかったと言う事で、それは一部の人間が用意した基準に合わせて金儲けをしただけです。

金儲けが悪いのではない、如何にそれが社会に役立つかが重要なのです。
或いは如何に社会に還元されるのか。

そして日本はいち早く高齢化社会を脱出し、人口減少時代に入る。
しかし、その人口減少こそがイノベーションを起こして新たな成長を生むのです。

これは支那には無理な事です。

広過ぎる領土、多過ぎる人口を抱える支那には出来ないのです。
そして支那は爆発的な超高齢化社会を迎えて、更に13億もの人口を食わして行かねばならないのです。

それを、AIやロボットに置き換えたら、どれだけの人間が職を失ってしまうか。

だから支那は覇権主義に打って出るしかない

領土を拡張し、発展途上国に自国民を送り、まるで前世代の様な帝国主義による侵略を繰り返し他国の富を収奪しなければならないのです。
それは共産党一党独裁の『国体』を守らねばならないからですね。

そして金儲けの為の金儲けではなく、役に立つものを作り出せる事が一番金になる時代が来るのではないかと思います。
金が金を生むマネーゲームはAIがやります。
我々人間の様なミスは犯さない。
商はAIに取って代わられる。

人口減少を理由に移民政策をやり、一時を凌いでも、その先には仕事はありません。
時代は変わってしまうのです。

先述の通り、我々は学びを忘れてはいけない。
支那を学べば、覇権主義の国。
そんな国が付き合わねばならない国か?
我が国の国益を守ることになるのか?

私は付き合わねばならない国が、支那や朝鮮半島とは思えません。
だからといって断行しろ!と言う事ではありません。

利害だけで付き合えば良い。安全保障を含めて国益を共有する国ではないと言う事です。

その上で考えれば、私は付き合っていく国は

インド

ベトナム

台湾

辺りで良いのではないかと思います。

6へ続く

国体を見れば日本の成長がある...4

2018-05-08 10:03:56 | 連続
成熟した国家である日本に成長する分野があるのか?と、言う問題に直面します。

しかし、よくよく考えたると実は沢山あることに気付きます。

まずわかっている事から話せば、例えばメタンハイドレートですね。
更に熱水鉱床。

メタンハイドレートは凍った天然ガスで、これはもう実用化にこぎつけました。
2020年、東京オリンピックの電気はもしかしたらメタンハイドレートによる火力発電を利用したものになるかもしれません。

熱水鉱床に至っては、そこに埋蔵されているレアアースは世界の600年分に相当するとか。

資源が原因で戦争をやり、原爆まで落とされ無辜の民の大虐殺に会い、ボロボロに負けた敗戦国が、世界でも有数の資源国になる

そんな日が、もう間近に迫っているのです。

しかし、我々は資源の奪い合いで戦争が起きる事はしない。
それは明治天皇の御製にある四方の海を大御心として知っているからです。

まだまだ発展の途上にある国々には安く分ける。

それが遡って考える『大東亜共栄圏』の理念。

人種を超え皆同胞(はらから)と思う。

人は個性を発揮し尊重しながら、しかし統率のとれた社会。
それが我が国の国体であり、理念です。

そう言うと『国境を無くすのか?』と言われてしまいますが、決してそうではありません。
それはグローバリズムというものです。
グローバリゼーションとは国境をなくし、同じ基準で世界を支配しようとするものです。
先に述べた様にグローバリズムは一部の既得権のみが利益を生むもので、このグローバリズムの基準に合わないものは徹底的に排除するものですから、到底個性などありません。

もうそんな時代は終わったのです。
今やっているのは、グローバリゼーションの残滓であって、その残滓にすがっている程度の話しで、トランプ大統領はそれに気づいている。
日本でも政治家でそれに気づいているのは安倍晋三と言う男だけでしょう。

官僚などはあまり気づいていないし、変わったことをして失敗すれば出世に響くのですから、官僚には新しい時代の流れに乗る事は無理です。
この辺りは安倍晋三と言う政治家の外交を見返してみれば気づくはずです。

この辺りがトランプと安倍晋三の蜜月さに出ているのではないでしょうか。

そして、神話に遡って考えると天照大御神は天孫である邇邇芸命に地上世界を『知らせ』と言って天孫を地上に遣わせた。

『知らせ』とは、広く世界を知れと言う事です。
知らせは知るの命令語です。
知る事で地上を統治しなさいと言われたのです。

我々の神話はそのまま国体へと繋がります。

知るは、これは『学ぶ』と言う事でもある。
我々日本人は『学ぶ』時、最大の力を発揮するものです。

我々はアジアを学ぶ事です。
支那を学び、韓国を学び、あの北朝鮮も学び、東南アジア諸国を学び、アジア全体を学び。
そして本当に付き合っていく国を選べば良い。
何も仲良くするだけが国交ではありません。
お互いの利益を上げ合える国々と付き合って行けば良い。

我が国の歴史や伝統を見ればやはりアジアの盟主としての振る舞いを要求されるのです。

我々は学び、力を発揮する

それは江戸期、取り分け幕末期の志士を見てもわかります。
例えば坂本龍馬、吉田松陰、高杉晋作、他にも沢山いますが、彼らは学ぶ事で世の中を変えてしまった。
西欧列強の支那における支配。
他のアジア諸国への植民地支配。
これらをよく学んだ。

学んだ上で、このままでは日本は白人に食い物にされると明治維新を起こして世の中を変えてしまった。
夷狄を打ち払えと攘夷を断行した。

明治維新後、今度は近代化を図るために打ち払ってきた西欧列強から学んだのです。
その学びの力は凄まじく、あの世界最強のバルチック艦隊を打ち破り日露戦争に勝った。

有色人種が遂に白人に勝ったのです!

勝った事で学びを忘れた我々は大東亜戦争に負けた。
そして我々を負かしたアメリカから学んだ。

アメリカのグローバリズムを学んで敗戦国が世界有数の経済大国となったのです。

しかし、それと引き換えに我々『国体』を蔑ろにしてきたのです。
国体を蔑ろにしたからこそ、我々後世の為にこそ命を捧げて頂いた先輩を、同じ日本人を悪者にして、引き換えに豊かな暮らしを手に入れたのです。

5へ続く

国体を見れば日本の成長がある...3

2018-05-08 10:02:54 | 連続
日本の国体が一体何であるか?
それは少し理解出来たのではないかと思います。

我々が護持しなければならないものは何かを理解すれば、自ずと成長が見えるものです。
言い方を変えれば『成長させるべき事』が理解出来るはずです。

日本人と言うのは、面白い事に平等には実は大して重きを置いていない。

日本人が重きを置いているのは『公平』なのです。

例えば、働きに応じた報酬ならば何ら文句はないのです。
それはA君は今月物凄く頑張ったので給料は幾ら、B君は今回休みも多く取ったし給料はこれだけと言う様なものです。

1日8時間働く人の時給が1000円、6時間働く人は800円と言う様な差には文句はないのです。

平等さに重きを置けば、頑張る人も、そこそこの人も皆一緒となってしまいます。
頑張る人もそうでない人も平等に同じだとすると、『誰かがやるだろう』となります。
これをやって潰れたのが共産主義ソビエト連邦ですね。

例えば、1の仕事に8時間かかる人、同じ仕事を2時間で終わらせる人がいたとして、この人達の報酬が同じなら同じ8時間なら平等ではあるけど、公平ではない。
ならば公平にしようとすれば、2時間で終わらせた人には2時間、8時間かかる人には8時間で1の仕事に対して報酬を与える。

例えば左翼の言う様な『平等』を謳えば、不満が噴出してしまいます。
頑張れば頑張っただけ報酬を得る。そんな社会こそ正しいのではないかと思います。
だからと言ってそこそこの人が悪いとか言っているのではありません。
それは生き方の問題なのです。
仕事はこれぐらいでいい、後は自分のやりたい事をやる、そんな生き方をすると言う人の生き方を尊重する。
それが個性を尊重する事なのです。
8時間働けば生活出来ると言う野党や左翼の考えは決して間違いではないけれど、それを平等にする事は実は矛盾しか生まないのです。

これはグローバリズムとも言える訳です。

グローバリズムとは、世界中に基準や平均を無理矢理に持ち込み、一部の人間に富を集めて収奪する社会です。
平均を徹底的に持ち込み、それ以外は認めない。
その基準を世界に広めて、世界中で俺は儲けるぞ!と言うのがグローバリズムです。

戦後のグローバリズムとは、即ちアメリカの基準です。
戦後、世界のGDPの約65%はアメリカでした。
だからアメリカは自分達の基準を世界に広めた。
しかし現在アメリカのGDPは世界の16%程度。

また近年、ネオコンとか呼ばれる新自由主義経済も完全に制度疲労を起こして全く機能しなくなっているのです。
それは中国の台頭を見れば明らかです。

新自由主義のブッシュ大統領は9.11の同時多発テロ以降、中東に手を出して数々の失敗を重ねた結果、ドルと言う自国通貨の信認を落とした。
これは国力の衰退を示しているのです。
そこでアメリカ国民はアメリカ初の黒人大統領を選んだけれど、逆にこれはアメリカの国体である『自由』を壊す結果となり、人種間の軋轢を生んでしまったのです。
国体の瓦解は国家の瓦解です。
アメリカがアメリカでなくなってしまう。
そして黒人大統領8年の任期の反動がトランプ大統領の誕生だと言えるのではないかと思います。

つまりは『アメリカファースト』とはアメリカがアメリカであることを取り戻す『国体護持』であるのです。

フランスにしても『平等』を謳いながら移民や難民を受け入れたけど結果として格差が生まれ、国体である『平等』を失いつつあるのです。
だからテロのが頻発し、治安は乱れた。
けれど『我々はテロに萎縮しない』としてなんとか国体を護持しようとしているのです。

中国に至っては市場経済と共産主義と言う相反するものを両立させようとして国体が瓦解して行っているのですが、中国共産党一党独裁を維持する事でどうにか国体を護持しようとしています。

我々日本人は個性を尊重しながら、それでいて統率の取れた社会と言うものを続けて来たのですが、戦後政策によりアメリカの基準、グローバリズムの中で個人主義を持ち込みイビツになってしまったのです。
だいたい、家族や身内が個人主義などとはおかしな話しです。
個々人の自由を尊重しながら、家族としての統率が取れた社会こそ日本ではないでしょうか。

例えば労働にしても、我々日本人にとっての労働は喜びであったりします。
これは長らく農耕をやって来た国であるから、働く事で収穫を得る。
それは恵みを得る喜びで、達成でもあるのです。

例えば、外国では労働は苦役で罰なのです。
キリスト教を見れば、禁断の果実を口にしたアダムとイブは神の怒りを買い罰として地上世界に落とされた。
地上世界では自ら働かなければ、生きる糧を得ることが出来ません。
つまり、これは『罪』を犯した『罰』であるのです。

この根っこを理解することが出来るのも『国体』あればこそなのです。

日本人は1000円の報酬に対して1500円の労働をします。
パッと見れば損をしているかもしれないけど、それは信用と言う見返りを得ることが出来ます。
その見返りは、実は継続的な受注へと転換され長く報酬を得ることが出来ます。

アメリカは1000円ならば1000円の仕事しかしない。それは罰だからです。
罰だから1000円の仕事はその値段の仕事以上の仕事はやりません。罰を長引かせたくないからです。

中国に至ってはもう、1000円の仕事すらやらずに500円の仕事でバレなければ儲けもの。
そんな事を平気でやるのが中国です。

日本の正直さは『人が見ていなくても確実にやる』と言う事。
アメリカの正直さは『契約』で、必ず交わした契約は履行する。

中国に至っては正直さはなく『如何に上手く嘘をつくか』で、嘘の上手い奴は優れた人間と言う事なのです。

その上で昨今は、アメリカや中国の企業が日本に工場を作っていて日本人を雇用しているのです。
それは日本人の労働者のモラルの高さにあるのです。

コストを考えると、ベトナムやバングラデシュの様な国で作れば安く製品を作れるけれどアウトな品物も多々出来る。
しかし、日本で作れば高品質な製品がアウトもなく作れます。
また、日本のインフラ整備の充実度もあるのです。
物流において時間のロスが少ない。

製品にロスがなく、また納品が確実であればそれは信用となり、更なる受注を生み企業の成長へと繋がる、つまり長く先々も儲ける事が出来ると言う訳です。

実際に中国国内で作って物流するより、日本で作り中国に運ぶ方が時間も早くて結果としてコストを下げているとも聞いています。

ま、話しはそれる様でそれないのですが、例えば家族に食わせる飯に毒を入れようと言う人は殆どいないでしょう?
日本のものづくりとはそう言うものなんです。

4へ続く

国体を見れば日本の成長がある...2

2018-05-08 10:01:34 | 連続
前項で申した様に我が国は、権力を国民が権威を天皇が有する国です。

現在の我が国で主権者は誰か?
その様に尋ねれば、皆さんは『国民』だと考えるでしょう。
戦前、大日本帝国憲法下ならば?
そう尋ねたならば『天皇』と言うでしょう。

しかし、我が国は実は主権者は国民であり、そして天皇でもあるのです。

我々国民は権力を以って法律を作ったりしますが、しかしそれはそこまでしか出来ません。
国会が出来るのは法律を作るだけ。
それを認証し、公布するのは天皇の役割です。
内閣も、国会召集も天皇の認証が必要です。

絶対王政ならば、それらは一人の王が行うのですが、我が国は権力と権威が別れており、権力と権威が協力して初めて国政が機能するのです。

権力は我々国民、権威は天皇。
これを
『君民共治』と呼びます。
民と天皇とが共に協力して成り立つ国。
それが日本と言う国なのです。

その『君民共治』と、それを象徴する『天皇』こそ国体と言うのではないでしょうか。
つまり、天皇と皇族方さえ残されれば、日本の国体が護持されると言うものではないのです。

我が国は自由のある国です。
しかし、アメリカの様な個人主義による自由さとは違います。
日本の自由さは『和』にある

『和の国』です。
和の国とは、国民一人一人の個性を尊重し、自由に自分らしく暮らせる、しかしながら全体として統率の取れた国ではないかと思います。

個性と自由さを尊重すれば、アメリカの様な個人主義による自由さになり、国民一人一人はてんでバラバラになります。
逆に統率に重きを置けば、鶴の一声で右向け右の独裁国家、例えば北朝鮮の様な国になります。
自由さはなく、それが故に国に活力は生まれませんね。

しかし日本と言う国はその両方を兼ね備えた、世界にも稀にみる国なのです。

それが何故、両立してるのか?

東日本大震災の時に天皇皇后両陛下が被災地を訪問なされました。
その時、皇后陛下は被災者の方々にお声を掛けて頂いた。
その言葉は...

『生きていてくれて、ありがとう』

これはどういう事でしょうか。

『生きていてくれて、ありがとう』
これは身内にかける言葉です。

あなたの父母が、妻や夫が、子供や孫が震災に見舞われ、津波にのまれ、もうこれは最悪の状況で死を覚悟する状況です。
死んだと思っていた身内が生き延びていたなら、それは『生きていてくれてありがとう』と言う言葉になるのではないですか?

被災者の中に身内を全て震災により失くし、これから先どう生きればよいか、いやいつ死のうかと考えていた方が、天皇皇后両陛下に拝謁して初めてわかった。
『私は血縁者を失ったけれど、私は愛されている』だから、私は生きて頑張る。

つまり天皇とはその様な存在なのです。

同じ被災地を訪問した、当時の管直人は被災者に激しく罵られた。
しかし、天皇皇后両陛下が罵られたなんてことはないのです。

管直人がまさか被災者を蔑ろにしたとは言わないけれど、管直人にとっては被災者は他人なのです。
しかし、天皇皇后両陛下にとっては被災者は『身内』なのです。

天皇皇后両陛下にとって国民は家族と言う事。

我が国の『君民共治』とは皇帝と民と言う様な関係ではなく、家族としての『君民共治』であるのです。

つまり、反天皇や天皇制廃止と言うのは家族をバラバラにして、親も子も、兄弟も姉妹もバラバラに他人にしてしまい、個人主義と言う我が国にそぐわないものに国を変えてしまうと言う事です。

それは戦後、マッカーサーと会見した昭和天皇にあっても同じです。
『命乞いをしに来た』と考えたマッカーサーはショックを受けた。

『全ての責任は私にある。私を処刑し、国民を救ってくれ』

そんな事を言う皇帝やリーダーを見た事がない。

『I tell the emperor』(天皇に申す)
この様な態度であったマッカーサーも、この昭和天皇の発言に『Your Majesty』と態度を変えた。
これは『陛下』と言う意味です。

例えば、あなたの家族が余命幾ばくもないとわかったら、『代わってあげたい』とか、例えば自分の子供が重篤な状態ならば『自分の命は要らないから、どうか子供を助けてくれ』と考えるでしょう。

それは身内だから、家族だからです。

昭和天皇の発言は、正にその様な関係を示しているのではないでしょうか。
身内、家族だから自らの命に代えても守りたい。

敗戦後、右翼だ軍国主義だと言って『国体』を教えず、否定した。
それが故に『国家』としての日本も否定して来た。

けれど、3.11の震災により我々は日本人としての血を今一度実感することになったのです。
忘れていた、日本人としての生き方を考えるきっかけを得たのです。

個人主義よりも、金よりも守っていかねばならないモノを思い出したのです。

そして、そこにこそ我が国の成長があることが判明したのです。


3へ続く