犬神スケキヨ~さざれ石

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日本人の血は世界に...

2018-01-22 11:00:31 | 草莽崛起
大東亜戦争を見るに
緒戦こそ日本の快進撃であった印象があります。

終盤に至ってはアメリカから、それはもうボコボコにやられた!
そんな印象が少なからずあるのでは、ないでしょうか?

しかし、それは一方向からの見方でしかありませんね。

実際には前半だけではなく、我が国は終盤戦に至ってもアメリカは日本に散々悩まされ続けるのです。

アメリカ軍が、明らかな国際法違反である日本本土への空襲、原爆。
その国際法違反の攻撃。
最大の要因は太平洋諸島での苦戦にあるのです。

戦争終盤、日本軍はアメリカ軍を徹底的に研究し、有効な戦術を考え出した!

アメリカ軍の戦術は、考えれば非常に単純なものです。
物量に物をいわせて、砲弾爆弾雨あられ。
それにより、敵の戦闘能力を奪う。

しかしこれは非常に合理的。
近代戦におけるセオリー

しかしながら、我が国にこれに対抗するだけの物量などありはしないのです。

では?どうすれば?

日本軍は太平洋戦線で劣勢に立たされて以降、アメリカ軍に対する研究を行い続け1つの結論に至ります。

ゲリラ戦

もちろんゲリラ戦など我が国オリジナルではありません。
それは古くからあった戦法です。

しかし、日本軍はこれに専門性と組織性を加えた独自のゲリラ戦を編み出したのです。

そのゲリラ戦が後にアジア各地の独立戦争に引き継がれ、そしてあのベトナム戦争でも効果的に使われた!

日本陸軍は昭和18年(1943)から陸軍中野学校に若い士官を送り込み『遊撃戦闘員』として特別訓練を行います。

翌年には本土決戦における『遊撃戦』に備え、一期204名という大量の若手士官を陸軍中野学校に受け入れます。
ここで特別訓練を行います。

特別訓練は静岡県二俣で行われ、この訓練施設は

陸軍中野学校二俣分校

その様に称されました。

この二俣分校出身者には、終戦後30年にわたりルバング島に潜伏、戦闘を行っていた小野田寛郎少尉がいます。

陸軍中野学校は工作員、秘密戦闘員を養成する機関であった為に、今もって尚、秘密にされている部分も多く存在はベールに包まれています。

大東亜戦争終盤。

日本はこれまでの研究を基に独特の戦法を編み出したのです。

上陸部隊を水際作戦で食い止める事に固執せず、艦砲射撃や空爆に耐え得る様に地下に陣地を構築する。
これにより戦力を温存し、アメリカ軍が上陸して来てから、本格的な攻撃を仕掛けるというもの。

正面突破は避け、ゲリラ戦に徹する。

この作戦を本格的に実行したのは、ご存知ペリリューの戦いです。

ペリリュー島守備隊は厚さ2.5mのコンクリートの中に、大砲やら機関銃やらを隠すなどして島内を要塞化すると、神出鬼没のゲリラ戦に打って出る。
散々ぱらアメリカ軍を苦しめたのです。

ペリリュー島守備隊は兵力約一万。
アメリカ軍はその三倍。
更に戦艦5隻、巡洋艦8隻と物量でも圧倒していました。

アメリカ軍は当初、二、三日でペリリュー島を攻略するつもりでしたが、蓋を開ければ二ヶ月以上もかかってしまい、更に死傷者数はほぼ同数。

このペリリュー島の戦いは、その後の日本軍の戦い方の手本となり、硫黄島、フィリピン、沖縄戦でも用いられた

アメリカ軍は多大な損害と犠牲を強いられたのでした。

またベトナム戦争でも、物量では圧倒的に勝るアメリカ軍に対しベトナム兵はジャングルを最大限に生かしたゲリラ戦を展開するのです。

これによりアメリカ軍は徐々に追い詰められたのですが、このベトナム兵のゲリラ戦法は
日本軍が教えたもの
であったのです。

ベトナム軍創設には、日本軍が大きく関わっています。

大東亜戦争終結後、東南アジア戦線にいた日本軍兵士の一部は帰国せずに現地の独立戦争に義勇兵として参加しています。

ベトナムでも700〜800人の日本軍兵士が残留しています。

その中にはベトナム軍士官養成学校『クァンガイ陸軍中学』の教官を務めた元陸軍少佐・石井卓雄の様な人物もいたのです。

この石井少佐は秘密戦・遊撃戦のスペシャリストであり、その身につけた技術を余す事なくベトナム軍兵士に叩き込んだのです。

しかも石井少佐がベトナム軍に参加することは日本軍の師団司令部の了承済み。
つまり石井少佐は
旧日本軍の使命としてベトナム独立戦争に参加!
そう言う事です。

昭和21年(1946)
宗主国フランスと植民地ベトナムやラオスの間で第一次インドシナ戦争が始まると、石井少佐はベトナム独立軍の顧問として戦争に参加。

残留日本軍兵士の活躍もあり、フランスは敗北しベトナムやラオス、カンボジアは独立を勝ち取ったのです。

旧日本軍はクァンガイ陸軍中学だけでなく、ベトナム各地の養成機関で中的な役割を果たしました。

この日本人達から学んだ生徒達は後のベトナム戦争では軍の中心であったのです。

実際のところ、ベトコン戦法は日本軍が硫黄島などで採用した戦法に驚く程似ています。

地上での正規軍同士での正面衝突は避け、相手の攻撃を地下深くに籠り被害を最小限に食い止める、そして縦横無尽、神出鬼没の地下陣地を構築し昼夜問わずのゲリラ戦。

アメリカ軍は地形が変わるほどの爆撃、村ごと焼き払い、枯葉剤まで撒いてジャングルを丸裸にして対抗するのです。

しかし、ベトナム軍を仕留めることは出来ずに、アメリカは世界から非難轟々。
遂には根負けして撤退しています。

ベトナム戦争で日本軍の影響が大きかった事は、ベトナム政府の態度にも表れています。

ベトナム政府は残留日本軍兵士の労に報い、1990年代に、日本に帰還した旧日本兵達に対し勲章を授与するのです。

大東亜戦争終結後、他国の兵士に勲章を与えるなど非常に稀なケースです。

国際法違反で無辜の民を大虐殺する事で戦争に勝ったアメリカは後年、またしても日本に苦しめられる事になるのです。

このゲリラ戦法は戦後の台湾でも行われてもいたのですが、この作戦の立案、指揮は根本中将という元大日本帝国陸軍人です。

今日の台湾が戦後、支那共産党に飲み込まれなかったのは、やはり日本人の活躍あればこそ。

例えば、チベットやウィグルに元大日本帝国軍人がいたなら...
歴史は変わっていたかもしれない。

ベトナムが親日派であるのも、自国の独立に日本人が大きく関わっているからです。

しかし、これは先達の行い。
その先達の行いが我々の時代に『親日』という形で現れたに過ぎません。

つまりは先達の遺産です。

遺産も三代目には無くなるというのは、よくある話し。
戦時下から考えて三代目は我々世代です。

二代目は、年齢から言えば団塊の世代から少し上の世代。

団塊の世代を見ても『遺産』をしっかりと受け継いだのか?
遺産を相続したが、それを維持或いは増やすということをやったのか?

我々世代でせっかく相続した遺産を食いつぶして良いのか?

しっかりと考えなければなりません。

余談になりますが、とあるジャーナリストが硫黄島の生き残りである元アメリカ軍兵士がフランスにいるという事で、硫黄島の真実を考えようと取材を依頼したとか。
なんとかアポイントが取れいざ取材の為にフランスへ。

しかし取材当日、その元アメリカ軍兵士に会ってみると彼は見事にベロベロに酔っ払っていた。

訳を聞いてみると

『俺は日本人が恐ろしくて仕方ない。その恐ろしい日本人が自分に会いに来ると思ったら酒を飲まずにはいられなかった...』

と、言うのです。

何故、それほど日本人が恐ろしいのか?

『俺はあの場所で、塹壕から機関銃を撃った。いよいよ弾がつき装填しようとした時に日本人兵士が目の前に来た。その日本人は真っ赤に焼けた機関銃の銃身を日本刀で見事に真っ二つに斬った!』

と話す。

『その時、その日本人兵士は満足そうな顔で笑みを浮かべた...俺は恐ろしさのあまりに、その日本人兵士を撃ち殺した。あれからあの日本人の満足そうな顔が頭から離れない...彼は何故、俺を殺さず銃身を真っ二つにして満足そうな顔が出来たのか...俺は恐ろしくてたまらない。』

と、言ったそうです。

日本人は心に、もしかしたら鬼神を宿しているのかもしれません。
その鬼神が目覚めた時、ペリリューや硫黄島、或いは沖縄やそれ以外の地域でも見せた恐ろしい戦いをやる。
特攻だってそうかもしれない。

鬼神が目覚めた時、どうなるのかを我々は知っている。
だからギリギリまで争いを避けたいと願う。

しかし一度目覚めたなら、これは鬼神哭かしむる事になる。

世界はそれを覚えているのではないでしょうか?

当たり前の話し

2018-01-18 12:00:57 | 草莽崛起
さて安倍晋三総理が外遊先で杉原千畝記念館に立ち寄ったとか。

杉原千畝は日本のシンドラーとか呼ばれ『ヒーロー』として扱われています。

彼の功績は確かに大きいものです。

迫害を受けていたユダヤ人にビザを発給し6000名を超える人々を救済したのです。
実際にはひと家族に一枚のビザであったので、当のユダヤ人達の話によれば一万人を超えていたようです。

しかし、ここに重大な嘘が紛れてしまっているのです。
敗戦後教育なのか?
なんなのかわかりません。

しかしこの嘘を見過ごしてしまってはいけませんね。

杉原千畝のビザ発給から遡ること2年前に多数のユダヤ人を助けた男がいたのです。

その人は

樋口季一郎

ドイツ人のシンドラーは映画『シンドラーのリスト』で知られている有名人です。

自社工場で働いていたユダヤ人1200人を迫害から救済した。
しかし、シンドラーは自社で働くユダヤ人を救済したのであって、確かにその行いは賞賛に値するけれど、しかし利害もあったのです。

しかし、樋口季一郎にしても杉原千畝にしても利害はない。
むしろ当時の日独同盟を考えるなら、危険すらあるのは当然のことです。



樋口季一郎は軍人です。

1938年、ドイツの迫害から逃れてきたユダヤ人が満州国と接するソ連領オトポールに大挙押し寄せたのです。

しかし、ソ連は入国を拒否。
満州国にも受け入れを求めたものの、満州国も日独同盟に配慮して入国を拒否したのです。

立ち往生となったユダヤ人達は寒さのあまりに大量の凍死者を出しかねない状況になってしまいます。

ハルピンにいたユダヤ人協会会長カウフマン博士が飛んで来て樋口季一郎に窮状を訴えるのです。

しかし、ここで満州国外務省を飛び越え、独断によりユダヤ人を受け入れれば越権行為です。

しかし樋口季一郎は
『難民の件は承知した。私が引き受けます故、あなたは難民受け入れ準備をお願いする』

その様にカウフマン博士に言うのです。

カウフマン博士は余りの言葉に声を出して泣いたと言われています。

樋口季一郎は完全に独断で受け入れを決めた。

しかし、満州鉄道総裁松岡洋右に特別列車を要請。
これを松岡洋右は承認。
現場では樋口季一郎の部下である安江仙弘が奔走するのです。

しばらくすると特別列車はが難民を乗せて到着し、地元小学校や商工会議所で炊き出しをしています。
凍死者十数人を出したが、特別列車がなかったらこの程度では済まない事態となったでしょう。

その後、ドイツからこの一件に強烈な抗議があり、樋口季一郎は関東軍司令部より出頭命令を受けます。

しかし参謀長である東條英機にこう述べたのです。


『日独間の国交、親善友好を希望するものでありますが、日本はドイツの属国ではありません。また満州国も日本の属国ではないと私は信じております。
ヒトラーのお先棒を担いで、弱い者を迫害する事が参謀長は正しいと思われるのか?』


東條英機はこう答えます。
『樋口君、君の話しはよくわかった、もっともである。私から中央に、この一件を不問に付すよう伝えよう。君の話しは筋が通っている。』

その後、樋口季一郎に対する処遇は不問どころか出世でした。
樋口季一郎は参謀本部第二部長という栄転でありました。

ドイツからの強烈な抗議から、僅か5カ月後の事にこの処遇です。

この後、このルートが樋口ルートと呼ばれ、昭和13年から16年頃までに実に2万人には達しようかというユダヤ人を救済しているのです。

ユダヤ人の大切な顕彰の書『ゴールドブック』に樋口季一郎、安江仙弘は記されています。

ゴールドブックには同族のユダヤ人を記すのですが、彼らはこのゴールドブックに載っています。

その後、樋口季一郎はソ連侵攻に対し占守島にてソ連と戦い、占守島にいた日本人400名を北海道に逃がす事に成功し、ソ連による北海道侵攻を食い止めたのです。

満州鉄道総裁松岡洋右は外務大臣です。


この松岡洋右が特別列車を仕立て、更に参謀長で後の総理大臣である東條英機が容認した。

これは明らかに政府の方針として、ユダヤ人を救済していたのです。

我が国は世界で最初に人種差別撤廃を宣言した国です。
そして、白人からの植民地支配、民族自決を戦争の目的にもした国です。

その国がユダヤ人を見殺しには出来ない。

つまりは

杉原千畝が政府・外務省に逆らい独断でビザを発給するとは考えられない

そういう訳です。

元駐ウクライナ大使であった馬渕睦夫氏も『外交官が独自には発給出来ない、本国の意向には逆らえない』と主張しておられる。

もちろんビザ発給には条件があった。

行き先が決まっている事。
所持金の有無。

しかし、実際には手荷物を調べたり、行き先等調べたりなどは殆どやっておらず、更にその様な人でも日本は追い返したりせずに受け入れている。

アメリカなどは受け入れをせず、仕方なく引き返したユダヤ人がアウシュビッツに収容された例もあるのです。



杉原千畝は外交官です。
更に諜報活動もやっていた。

戦後も外務省で出世している。
もし、本国の意向に逆らったら昇格などするはずはありません。

例えば、連合国はドイツと同盟だったから日本も同じ様にユダヤ人に対する処遇は同じ事をやったと考えていた。
そもそもマッカーサーはニュルンベルク裁判と同じものを日本に対してやろうとしていた。

しかし、我々日本はユダヤ人はいない、ホロコーストもない、それでニュルンベルク裁判は無理だから東京裁判をやっているのです。

日本は悪かった、悪の枢軸で人権侵害をやっていたとしたいのです。

しかし、実態は人種差別撤廃を謳う!

その為に日本政府は人種を無視したが杉原千畝なる外交官が、政府に逆らい人道支援をした。
彼はそれが基で冷遇された!
『悲劇のヒーロー』とし、更にシンドラーを持ち出して『我々は人道主義だ!』と喧伝したに過ぎない。

むしろ杉原千畝は、このプロパガンダに利用されたと言わざるを得ない。

後に杉原千畝は名誉回復をすることになるが...

これも鈴木宗男なる虚栄心、功名心のある男に利用されたに過ぎないのです。

鈴木宗男は杉原千畝が長年、その功績を踏みにじられて来たと主張して外務省に対し『杉原千畝の名誉を回復しろ!』と迫っていた。

しかし、杉原千畝は依願退職であるし、当然ながら外務省を追われた訳でもない。

外務省は『回復しなければならない事がない』と突っぱねていたが、河野洋平が外務大臣になるやスルッと話が通り『名誉回復』なることをやってしまった。

杉原千畝を悲劇のヒーローにしたのは明らかに、その意図があるからです。

日本は侵略国家、人権蹂躙をやり国家ぐるみでユダヤ人迫害に加担した

そうしなければならない意図がある。

だから杉原千畝を悲劇のヒーローに仕立て上げたのは明白です。
杉原千畝が悲劇のヒーローで外務省を追われたなら、何故戦後昇格しているのか?

何故、樋口季一郎や東條英機は賛美されないのか?

ゴールドブックに載っている人物です。

勝った側の意図を丸飲みになかった話しで名誉回復なる事をやってしまえば、その間違いが正しいとなってしまいます。

例えば、あのクリント・イーストウッド監督の硫黄島にまつわる映画も『硫黄島からの手紙』で日本側から見た硫黄島の戦いをアメリカ人、しかも有名な俳優・監督が作った。
これが世界で上映され、皆が見てヒットすれば中身に関係なく『これが硫黄島の真実』とされてしまうのです。

これより更に酷い嘘を名誉回復なる事をやることで、これを真実でと裏打ちしてしまったのです。

しかも、これをアホの左翼は反日の為の材料にして日本を貶めている。

また事実を知らない日本人はこれを真実であると思い込んでいる。

これ一つとっても、真っ直ぐ真ん中から見て考えず、嘘を真実であると信じている現在の日本国民か現実に多数存在するのです。

未だ自虐史観、東京裁判史観から脱せない日本人が、真に独立した国を作り憲法を考え変えることが今出来るか?

まずは当たり前のことを当たり前に知り、当たり前のことを当たり前に考える事をやらねばならないのではないでしょうか?

責任は我らにある

2018-01-15 21:00:29 | 草莽崛起
北朝鮮の平昌オリンピック参加が決まりました。

米国トランプ大統領は『アメリカの圧力が効いて、オリンピック参加が決定した。』と言う様なツイートもしています。

一体これはどういう事なのか?

朝鮮半島はどうなるのか?

少し考えてみたいと思います。

南北の当局者同士の会談は2015年12月から約2年ぶりとなりました。

そしてここへ来てバタバタと北朝鮮により平昌オリンピック参加が決定した。

時間的にはギリギリのタイミングで、これを過ぎれば事実上、参加は難しくなったでしょう。
北朝鮮選手団受け入れには、韓国側も警備等含めて準備が必要ですから、タイミングとしてはギリギリであったと言う事です。

また、年明けの金正恩による演説もありました。

核とミサイルは完成した!
平昌オリンピックは朝鮮民族として成功させなければならない、よって北朝鮮も参加する!

と、この様な内容でありました。

アメリカ、韓国、北朝鮮の思惑とは何なのか?

これをそれぞれ分けて考えてみる方がより理解が出来るのではないでしょうか。

韓国の思惑は先ずこのタイミングで一番望むのはオリンピックの成功であるのは間違いない。

その上で何をやらかすか予測出来ない、北朝鮮になど邪魔はされたくない。
北朝鮮は88年ソウルオリンピック前に、大韓航空爆破テロをやっています。

加えて北朝鮮に対して対話を呼びかけていた。

それがいわば韓国の立場です。

北朝鮮の思惑は、先に述べた韓国の立場につけ込む様な形で、北朝鮮側は『オリンピックを成功させてやろうか?』と、更に自らも参加してやろうと言うものです。
正に韓国に恩を売る形です。

しかし、これは一言で言うなら

時間稼ぎ

この様に思います。

つまり、現在1月です。
オリンピック・パラリンピックに出場すると言う事ならば、少なくとも2、3ヶ月の時間稼ぎになる。
この間は軍事衝突はない。
金正恩としては安心して核とミサイルの開発が出来る訳です。

アメリカの思惑は、ここまでは圧力をかけるとやって来た。
その上で今回の南北の対話は応援すると言っています。
大統領自身がそう言っています。

そうなると方針転換したと見る向きもあるが、これは原則としては変わっていないと私は思います。

対話なのか?圧力なのか?そんな二元論的な話ではないという事です。

そもそも何故圧力をかけるのか?

それは核とミサイルを放棄させる為であって、それが大前提です。
これが目的なのですから、その目的達成の為の道筋の途中に対話をすることがあるという事です。

つまり、金正恩が『我々は核とミサイルを放棄する』と言う事になれば、それはアメリカにとっても目的達成と言う事になります。
その上で、では何故北朝鮮が核とミサイルを放棄したのか?となれば圧力をかけ続けたからだ!となるわけです。

そしてアメリカとしては、この南北対話が成される要因はなんだ?となれば

我々が圧力をかけ続けたからこその南北対話、北朝鮮オリンピック参加である。

その上で、何が起きるのか?
これを見てみようじゃないか!

これがアメリカの思惑でしょう。

今般の南北対話の議題は『オリンピック』です。
オリンピックからもう一歩踏み込んだ話しが進むのか?
と、言うところです。

一歩進んだ話しとは正に『核とミサイル』な訳ですが、目下のところ、そこまでは対話してません。

当たり前の話しで、大事な命の保証と商売の種である核とミサイルを手放すはずもなく。
更に北朝鮮からすれば韓国・文在寅に恩を売ったぐらいのもんです。

北朝鮮の核弾頭搭載ミサイルの開発までには、後一年はかかるだろうという見方が大勢です。
火星15号はロフテッド軌道で発射し、距離は充分にアメリカ本土に届くとされていますが、しかし弾頭部分は大気圏再突入の際にバラバラになった、核の小型化にもまだ成功していないかもしれない、たとえ成功していても弾頭部分の大気圏再突入の問題がありまだまだ開発には時間を要するという見方が大方の専門家の意見です。

その上で、オリンピック開催期間を含めて約二か月の猶予を与えても、直接アメリカの脅威とはなりません。

更に、北朝鮮が核やミサイルを放棄せずに軍事的オプションを取る場合でも最大限『対話を試みた』と言うアリバイ作りが出来るのです。

いずれの場合にしろアリバイが必要な訳ですね。
対話も何もない!俺たちはいきなり攻撃するんだ!なんて事はないのです。

我々は胸襟を開いて対話を試みたが、北朝鮮は乗らなかった、ここまでやったのに...

そこがアメリカにとっては狙いですね。

そして何より国連安保理での『武力による制裁』と言う決議が取れません。

しかし、アメリカはその片方では、決議が取れない場合でも有志連合と言う形をとる為の措置も講じている事は事実です。

またアメリカは全く韓国を信用していない。
その信用していない韓国に出来た親北朝鮮政権

益々アメリカは信用出来ません。

青瓦台には兼ねてより北朝鮮の工作があり、本当に重要な話しが出来ないのです。
それは情報の漏えいがあり、またそれを幾度も指摘するが全く改善されないでもいる。

しかし北朝鮮は、そうはいいながらもミサイル発射実験の兆候も見せています。

ここまでわかっていながら『北朝鮮のオリンピック参加を歓迎する』と言ってしまう韓国大統領。
アメリカからすれば警戒せざるを得ないのです。

北朝鮮にしてみれば
俺が一発撃っても、お前ら何も出来んだろ?と言うところでしょう。

このしたたかさこそが北朝鮮なのです。

常に日和見の事大主義韓国とはその外交的駆け引きは歴然と差を見せつけるのです。

さて、この情勢において我が国は一体どう動くのか?
これが大問題になります。

我が国は拉致と言う問題を抱えている。

この三ヶ国の思惑を黙って見過ごす訳にもいきません。

その上で、官房長官は『圧力をかける路線に変わりはない』と早々会見で述べていました。

安倍総理はNHKのインタビューに『日韓・日米韓でよく連携し調整していきたい』と答えています。

つまりこれは対話の為の対話はしないと言っているのです。

我が国が最も警戒すべきは、我が国が蚊帳の外に置かれて見捨てられた様な状態になる事です。

具体的にはアメリカが北朝鮮の核を認めてしまい、しかしミサイルは辞めろ!
その様な路線に舵を切った場合。

これが日本にとっては最悪のシナリオとなります。

アメリカにとってはICBMさえなければ脅威となり得ません。
アメリカはこれで良いでしょう、しかし我が国には500発を超える中距離弾道ミサイルが、狙いを定められた状態です。

アメリカが核を認めてしまえば、益々核開発が進み小型化され、ノドン等の中距離弾道ミサイルに搭載されてしまいます。

我が国は更に核の脅威に晒されてしまいます。

支那・ロシアに次、北朝鮮の核の脅威に対処せねばなりません。

我が国に一国で対処できる範囲ではない。
核武装をしていない我が国は現在、アメリカの核の傘によって対処している現実を見れば、それすらを超える事態となると、日本が傘武装せざるを得ない状況になります。

今は『核とミサイル』と言う一元的な対処になってはいるが、これが二元的になったなら?

つまりは

核とミサイルを別々に考える
その様な話しになれば、我が国は厳しい状況に置かれてしまいます。

これは我々は最も警戒せねばなりません。

しかし、一部では『アメリカは日本を裏切る』と言う論調もあるけれど、私はそうは考えてはいません。

その理由に、一つはこんな疑問が生じます。
『支那やロシアの核を認めておきながら何故、北朝鮮は認められないのか?』
こう言う話しはしょっちゅうある。

けれど、これは割に簡単な話しです。

核を容認することは

『お前が核を保有しても、もし俺に使用したなら必ず反撃してやる!』

これが成り立つ場合です。

これを相互確証破壊(そうごかくしょうはかい)と言います。

どんな独裁者も、自国の存続、自国民に対する安全保障を蔑ろには出来ません。
"やれば、やられる"
この理屈が通る相手には容認することが出来る。

しかし北朝鮮相手にはこの【相互確証破壊】が通用しない恐れがある。

自国民が、餓死しようが何があっても核とミサイルの開発を辞めようとはしない。
自国民の人権を蔑ろにし、自らの生存には必死になる。
たとえ叔父でも粛正する金正恩。

こんなことが出来る人間がトップにいるのです。

下手をすれば『自国民などいくらでも犠牲にして良い』とすら考えている相手に相互確証破壊は通用しない恐れがあるのです。

二つ目に北朝鮮の核を容認すれば中東を始め、その核技術が流出する恐れです。

そこかしこに核が拡散すれば、これはアメリカ一国の問題ではなくなるのです。
国ならば、まだしもテロリストに流れてしまえばこれはもう対処のしようがありません。

そして三つ目に
日本が核武装する!

更に韓国も核武装せざるを得ない。

ご存知の通り、我が国は国際法に照らし合わせても核の使用が可能な国です。
しかも二回もです。

これらを合理的に考えればアメリカは日本を裏切れないのではないか?
私はその様に考えます。

では我が国が単独で対処出来るのか?
と、言えば残念ながらその能力は持ち合わせておらず、せいぜいSM3とPAC3をぶっ放す程度。

つまりは当面我々は日米同盟を続けざるを得ないと言う事です。
つまり、これは裏を返せばアメリカにとっても日米同盟の枠組みを無視する事は出来ないのです。

その中で、我々は拉致被害者救出と言う使命がある。

この責任は我々主権者にあると肝に命じて、冷静に推移を見守る事が肝要です。

不測の事態にも決してパニックに陥らず、冷静な判断と対処を覚悟しておかねばなりません。