チェコ語の隙間 東欧のいろんなことばの話
黒田龍之助 著
現代書館 発行
2015年2月28日 第1版第1刷発行
西スラブ語群(ポーランド語、チェコ語、スロヴァキア語など)と南スラブ語群(スロヴェニア語、クロアチア語、セルビア語、マケドニア語、ブルガリア語など)についてのエッセイ集です。
第1章 ポーランド語いまだ滅びず
ポーランド語は綴りが長い。その理由は1つの音を2文字で書き表すことが少なくないから。英語でもやっている表し方だが、チェコ語と比べると長く感じてしまう。p15
ポーランドにはポーランド語以外に、カシューブ語という言語もある。だがこれは方言だという意見もある。
言語と方言の違いは言語学的に証明できない。これは歴史的あるいは政治的な判断なのである。2つの言語を比べて、似ているからとか同じ国内だからといったことは、何の証拠にもならない。
ただ21世紀は、方言に言語としての地位を与えようとする傾向が強い。カシューブのことばも、言語とする見解を以前に比べて多く見かけるようになった。p67
第2章 チェコ語の隙間、スロヴァキア語の行間
チェコ語には7つの格がある。格とは名詞が文の中で果たす役割のことで、日本語だったら「てにをは」をつけるところを、代わりに語尾をつけ替えることで表す。
格を持つ言語は何もチェコ語に限らないが、ドイツ語の4つ、ロシア語の6つと比べると、少し多い気がする。ちなみにチェコ語の7つの格は、その並べる順番が教科書などでは決まっている。
1 主格:「~は」「~が」 主語や辞書の見出し
2 生格:「~の」 所有
3 与格:「~に」 間接目的
4 対格:「~を」 直接目的
5 呼格:「~よ」 呼びかけ
6 前置格:いつでも前置詞と結びつく
7 造格:「~で」 道具や手段
チェコ語専攻の学生は、「チェコ語はスロヴァキア語に似ている」という説明を必ず入れる。
ところが、ポーランド語専攻の学生もまた「ポーランド語にもっとも近い言語はスロヴァキア語です」と書いてくる。
全体的に見れば、スロヴァキア語にもっとも近いのは、どちらかといえば、ポーランド語ではなく、チェコ語に軍配が上がりそうだ。ポーランド語に一番近いのはスロヴァキア語なのは確かかもしれないが、チェコ語との関係の方がより密接ではないか。
1993年、チェコスロヴァキアは連邦を解消し、チェコとスロヴァキアの2つの国に分かれた。
「その際に《チェコスロヴァキア語》も同様にチェコ語とスロヴァキア語に分かれた」というのは完全な誤解である。言語に関してはいつの時代もチェコ語とスロヴァキア語だった。
ただし20世紀初頭には、この2つの言語を統一しようとする運動が実はあった。しかしこれはうまくいかなかった。p179
1990年代半ば、シュプレー川沿いに住むスラヴ系民族ソルブ人は、周りをドイツ語の「海」に囲まれて、いまや風前の灯だと紹介した。
ところが21世紀に入ってから、ソルブ語擁護運動が非常に活発になってきている。
この言語は上ソルブ語と下ソルブ語の2つの標準文章語があるので、さらに大変なのだが、さしあたり上ソルブ語を中心に、さりとて下ソルブ語も無視することなく、普及活動が進められているのである。p199
第3章 「ユーゴスラヴィア」の言語はいくつか?
スロヴェニア語の特徴といえば、何といっても両数。
英語では1つは単数で2つ以上は複数だか、スロヴェニア語には2つだけを表す両数がある。p216
セルビア語とクロアチア語の違いが顕著な例としては、月の名称が挙げられることが多い。
セルビア語はラテン系名称が起源であり、英語を知っていれば覚えやすい。
クロアチア語はスラヴ系名称を用いるが、そのスラヴ系名称の中でも微妙に異なっている。
ボスニア・ヘルツェゴヴィナのスルプスカ共和国
清水義範『夫婦で行くバルカンの国々』に詳しい。
スルプスカ共和国は、国の北部と東部であり、全面積の49パーセント。スルプスカとはセルビアの形容詞形であり、セルビア人共和国という意味あいなのだが、そう呼ぶと隣にあるセルビア共和国と紛らわしいので、日本の外務省ではスルプスカ共和国と表記することにしているのだそうだ。p285
ボスニア語という表現もすっかり定着した。ボスニア人がボスニア語を名乗りたいというのだから、それを邪魔することもない。だが言語としてはクロアチア語やセルビア語との違いが微妙すぎる。だからBCSとして1つにまとめて捉えようとするのもわかる。
またツルナゴーラ語というのもある。
結局、「ユーゴスラヴィア」の言語はいくつだったのだろうか。
第4章 ブルガリア語はおいしい
ロシア語既習者に対して、ブルガリア語はとても簡単だという印象を与えるらしい。理由の1つは文字である。
ブルガリア語はキリル文字を使って書き表す。つまりロシア語と同じだ。というか、そもそもキリル文字はブルガリアが発祥の地である。p291
藤本ますみ『ドナウの彼方へ』(中公文庫)は、わたしが知る限りもっとも生き生きとブルガリアを紹介した旅行記である。p313
第5章 マケドニア語への旅
スコピエの街は川を挟んで2つの地区に分かれる。北部はイスラム地区で、細い路地が複雑に入り組み、小さな商店が密集し、昼どきになるとモスクから祈りの声が聞こえる。一方、南側はキリスト教地区といわれ、建物は西欧風で、マケドニア広場には巨大な石像がいくつも並ぶ。その2つの地区を石橋という名の橋が結んでいる。p324
スコピエでイスラム地区を歩いていると、周りに知らない言語が響いていることに気づく。
どうやらアルバニア語らしい。
CDショップのおばさん
マケドニア民謡は大好きで、セルビアやボスニアやツルナゴーラの民謡も心に響く。あと、クロアチアも。でも、スロヴェニアは違うのよね。
今回の旅で、もっとも印象に残ったことばだった。p330
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