ATT

　新人研修が始まり、業界の歴史などを話す機会があった。話しながら、自分の常識は彼らにはもうまったく通用しないのだなぁと改めて感じずにはいられなかった。時代が大きく違う。
　
　「NTTさんが昔何て呼ばれていたか知っていますか？」と聞いても反応がない。当たり前だ。電信電話公社だと言ったって知っている新人がいるわけもない。生活に不要な知識は持たない。ちょっと調べればわかるから。そういう時代なのだ。一生懸命Unixの開発の歴史を話したいのだが、話している本人すら何となく敗北感があり熱が入らない。自分の時代を共に生きてきたサンマイクロ社は今はもうORACLE社に飲み込まれて消えてしまった。ThinkPadだってIBMの製品でなくレノボの製品になっている。IBM-PCとその互換機の歴史を聞いても、もう目の前から消えてしまったものばかりだ。実感が沸かないだろう。それなのにこちらはPC98やMS-DOSの話しをしたくてウズウズしてしまう。
　
　Unixの歴史の起源を語る時、AT&Tの話しをしなければならなかった。話しながら私の頭の中では、ATTという言葉が先日の国連総会で採択された「武器貿易条約」に繋がっていった。話しながらぼんやりした瞬間を何度も新人たちは目にしたことと思う。国連という組織がやらなければいけない最も大きな仕事の一つが、ようやく形になった歴史的な出来事だと感じている。武器貿易条約（Arms Trade Treaty：ATT）という。通常兵器の国際取引を規制する。「通常兵器」の意味する範囲は広い。戦車、装甲車、大砲、軍艦、攻撃ヘリ、戦闘機、ミサイル、携帯できる小型兵器（小銃）の8種類を含んでいる。4月2日に国連総会で大多数の国々の賛成で可決され、この後、50カ国が批准すれば正式に発効する。この時、反対に回った国は北朝鮮、イラン、シリアであった。アメリカが、あれだけ銃の乱射事件を起こしてなお国内で銃規制の法案を採択できないでいる時期に、国際社会は小銃を含む通常兵器全体の貿易を規制する条約を作って採択することが出来たのだ。大変な前進だ。今後はアメリカやロシアや中国という巨大兵器商人の国家がこの条約を批准してくれるよう、国際社会は団結して行かなければならないだろう。
　
　こんなことも生活に不要な知識の一つかもしれない。しかし、目の前で動いている生活の舞台だけが「世界」ではない。遠い過去から、はるかな未来まで、時を超えて少しづつ蓄積されて行く小さな努力の結果も、地域を超えて笑ったり泣いたりしている同じ地球人という兄弟たちの生活も自分の「世界」の一部なのだろうと思う。話しが出た時に調べればわかる事ばかりではあっても、これは忘れない、そう思ってずっと気にかけていく何かがあってもいい。
　
　私の常識が通用しない新人くん達に、ほのかに立ち上がってきた気持ちを伝えるのはやはり難しいことだろうとホワイトボードを前にしてぼんやりしてしまった次第だ。もちろん、負けずに伝えて行きたいと思っている。（三）
　

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