失敗したって

　桜の花じゅうたんを踏みしめて、今日からいったい何人の新社会人が会社に向かっていることだろう。わが社があるような海沿いの街でも、遠く離れた山沿いの街でも、あちこちで元気の良い「おはようございます」の声があがっていることだろう。
　
　気持ちが新鮮であることは素晴らしいことだ。何もかもが大切だと思えるに違いないし、きっとそれは間違っていない。社会に出て何年も経つと冷静に広く見る目が出来る反面、新鮮さが失われ、大切だと思っていた多くの人や物への感謝の気持ちを失っていく。変化も無くさらに慣れると、豊かさのバランスを欠いた節度のない自分中心の大人になってしまう。
　
　社会に出れば厳しい現実が待っているはずだと多くの学生さんは冷や冷やしながら会社のドアをくぐるのだろうが、社会に出ても、多くの場合自分たちが考えていたような厳しさはそうそうやって来ない。特に最近の若い人たちは賢く順応性も高いので、なんとなくうまく溶け込んでしまうだろう。周囲も頑張れと応援してくれて厳しいことなどほとんど無いように滑り出して行くかもしれない。ところが、厳しく無いように思える環境であればよけいに、実は厳しい目が注がれていることを知っておいたほうが良い。今やデジタル化された時代である。初めから厳しいと感じさせない環境は、実はある日突然1か0かの判定を下す。結果が全て。0.3とか0.8などという中途半端は許されない。その時になって初めて社会は厳しいと知ることになるだろう。どこもここも皆同じでは無いが、最初に甘い言葉が多いところほどこの傾向は強い。最初に厳しいか最後に厳しいか、ずっと厳しいか、ほとんどの場合、この3種類が新入社員への風当たりだと思って間違いないのだが、新入社員に厳しく接することが出来るだけの自信を持った先輩が少ないため、多くの場合、チヤホヤされたために力が伸びず、時間が経ってから厳しい現実に愕然となるのが今や一般的だと感じている。
　
　自分が飛び込んだ世界で力を付ける最も一般的な方法は、経験してみる事だ。お膳立てしてくれなければ何も出来ない王子様やお姫様のような人であってはもったいない。がむしゃらに何でもやる気持ちを持ったほうが良い。やって欲しいと頼まれる前に自分から手をあげよう。もちろん、手を挙げれば手を挙げるほど背中に積まれる荷物は重くなり、失敗の可能性も高くなる。一つ失敗すれば連鎖的に失敗し続けるかもしれない。だが新入社員にとってチャレンジして失敗したことは決してマイナスではない。チャレンジしなかったために失敗すらしなかった同期がいるなら、そちらのほうが残念だ。1年は早い。1年経てば、たくさん経験してたくさん失敗を乗り越えた立派な先輩になっているだろう。王子様やお姫様は1年経っても新人と変わらない。王国への道は険しくなるばかりだ。
　
　周囲への感謝の気持ちいっぱいになりながら何に対しても新鮮に前向きに生きている時間は、たとへ失敗ばかりでもきっと素晴らしく豊かな時間だろう。逃げ出さずに楽しんで欲しい。そして出来るなら、次の世代も自分と同じように安心して失敗ばかり続けられる、そんな未来を作って欲しい。（三）
　

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