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セレモニー

 松井が東京ドームで引退セレモニーを行うことに、「どうでもいいや」嘯いていた私だが、いざ当日になると、録画をセットしてしまったのだから、やっぱり松井のことが好きなんだろうな、と今更ながら気づいた。でも、録画しておいてよかった。松井のスピーチは素晴らしいものだった。原稿など見ず、自分の言葉で一語一語噛みしめながら語った松井の姿を見ながら、涙が止まらなかったのは仕方のないことだろう・・。
 あまりに素晴らしいスピーチだったから、以下にその全文を残しておく。

 『ジャイアンツファンの皆さま、お久しぶりです。2002年、ジャイアンツが日本一を勝ち取った直後、ジャイアンツに、そしてファンの皆さまにお別れをお伝えしなければならなかった時、もう二度とここに戻ることは許されないと思っていました。しかし、今日、東京ドームのグラウンドに立たせていただいていることに、いま感激で胸がいっぱいです。
 1992年のドラフト会議で私をジャイアンツに導いてくださったのは長嶋監督でした。王さんのように1シーズンで55本打てるようなバッターを目指せと背番号『55』をいただきました。将来は立派にジャイアンツの4番を務めないといけないと思い、日々、努力をしてきたつもりです。ジャイアンツの4番を任せていただけるようになり、誇りと責任をもって毎日プレーしました。ただ、その過程にはいつも長嶋監督の指導がありました。毎日、毎日、二人きりで練習に付き合っていただき、ジャイアンツの4番バッターに必要な心と技術を教えていただきました。また、その日々がその後の10年間、アメリカでプレーした私を大きく支えてくれました。そのご恩は生涯忘れることはありません。
 今日、ファンの皆さまに久しぶりにお会いしたのにも関わらず、再びお別れのあいさつとなってしまい、もう一度プレーする姿をお見せできないのは残念ですが、これからも僕の心の中には常にジャイアンツが存在し続けます。どういう形か分かりませんが、またいつか皆さまにお会いできることを夢見て、また新たに出発したいと思います。
 ジャイアンツでプレーした10年間、そしてアメリカでプレーした10年間、いつもいつも皆さまからの温かい声援が僕に元気を与えてくれました。ファンの皆さま、長い間、本当に本当にありがとうございました

 国民栄誉賞の授与に関しても、「安倍ちゃんの人気とりに加担するのはイヤだな」、と思っていたが、長嶋監督と二人で東京ドームのグラウンドに立った姿を見た瞬間から、そんな邪念はあっという間に消え、私は東京ドームのスタンドに立っていた。

 『私はこの賞をいただき、大変大変光栄ではありますが、同じくらいの気持ちで恐縮しています。
 私は王さんのようにホームランで、衣笠さんのように連続試合出場で何か世界記録をつくれたわけではありません。長嶋監督の現役時代のように日本中のファンの方々を熱狂させるほどのプレーをできたわけではありません。僕が誇れることは日米のすばらしいチームでプレーし、すばらしい指導者の方々、チームメート、そしてすばらしいファンに恵まれたことです。
 今後、偉大なお3方の背中を追いかけ、日本の野球の、野球を愛する国民の皆さまの力に少しでもなれるように努力していきます。このたびは身に余る光栄ではありますが、私を支えてくださったファンの皆さま、そして野球で関わったすべての方々に感謝申し上げます』

 何言ってるんだ、松井!!君の血の滲むような努力があったからこその栄誉じゃないか。私は君を応援してきたことを今日ほど誇らしく思ったことはない。(いや、WSでMVPを獲得して以来だ!!)
 よかったね、松井!!
 これからも頑張れ!!!
 
 しかし、長嶋監督は格好いい!やっぱり永遠のミスターだ!!

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