こちらの11月は暖かい日が続き、庭のカタバミが今も咲きます。
カタバミの花は、陽が上り1時間位過ぎると、
しぼんでいた花弁を開き始めます。
カタバミの花期は通常は5月~9月と紹介されていますが、
こちらでは今も咲いています。
今日は初冬の黄色のカタバミとピンクのバラを紹介致します。
庭に咲いている初冬の「カタバミ」
庭に咲いている初冬の「バラ」
こちらの11月は暖かい日が続き、庭のカタバミが今も咲きます。
カタバミの花は、陽が上り1時間位過ぎると、
しぼんでいた花弁を開き始めます。
カタバミの花期は通常は5月~9月と紹介されていますが、
こちらでは今も咲いています。
今日は初冬の黄色のカタバミとピンクのバラを紹介致します。
庭に咲いている初冬の「カタバミ」
庭に咲いている初冬の「バラ」
イエス・キリストはみ父エホバの教えを群衆や弟子たちに教える時に、真理を悟ることができるように、だれでも分かる例え話を用いられました(ヨハネ7:16.マタイ13:10~15)。イエスの教えられた「例え話」は一度聞くと心に残り、心を動かされ、神エホバのご意志のみ言葉を行う者に成長します(マタイ7:21.ヤコブ1:32)。み言葉・聖書は、神エホバの教えを黙想し、勇気を出して守り行うように教え、み言葉を適用する人は、物事が順調に進み、必ず成功することを保証しています(ヨシュア1:5~9.詩編1:2、3)。イエスは有名な山上の垂訓の締めくくりの言葉を述べる前に、神エホバのご意志を行なわない者たちに対し、この事物の体制の裁きの時に、ご自分に助けを求めても「不法を働く者たちよ、わたしから離れ去れ、と」言うことを教えられました(マタイ7:21~23)。イエスの教えの通り、神エホバのご意志を学び守り行うことはとても重要なのです。そのため、山上の垂訓の締めくくりの教えは次のような例え話を用いた教えです。このイエスの教えはすべての人に関係する教えです。
「「それゆえ、わたし(イエス)のこれらのことば(山上の垂訓で教えたことば)を聞いてそれを行う者は、思慮深い人に例えられるでしょう。それは岩塊の上に家を建てた人です。そして、雨がどしゃぶりに降って洪水が来、風が吹いて打ちつけても、その家は崩れ落ちませんでした。岩塊の上に土台が据えられていたからです。そしてまた、わたしのこれらの言葉を聞いてもそれを行なわない者はみな、愚かな人に例えられるでしょう。それは砂の上に家を建てた人です。そして、雨がどしゃぶりに降って洪水が来、風が吹いて打ち当たると、その家は崩れ落ちその崩壊はひどいものでした」」(マタイ7:24~27)。
上のイエスの教えの言葉を読めば、イエスの教える「思慮深い人」と「愚かな人」の違いと要点はすぐに理解ができます。しかも深遠な真理が含まれ、現在のすべての人々にも関係する教えであることが分かります。イエスは「思慮深い人」はみ言葉を聞いて学びそれを行うひとであり、そのような思慮深い人を「岩塊の上に家を建てた人」に例えられています。だれでも分かりますように岩塊の上の土台・基礎に家を建てれば、風雨にさらされても家が崩れ落ちることはありません。イエスの例えに用いられた岩塊の上の土台は何を示唆しているのでしょうか。イエスは、上の話をする少し前に参上の垂訓の中で「(神の)王国と神の義をいつも第一に求めなさい」と、教えておられます(マタイ6:33)。 また、イエスの伝道の主題は「神の王国の良いたより」でした(ルカ4:43;8:1.マタイ24:14)。ですから、岩塊の上の土台は「神の王国」を示唆していることがわかります。神の王国はどのような風雨、つまり試練にも被害を被ることはなく、神の王国は永遠に存続するからです(ダニエル2:44,45.啓示21:1~5;22:1~5)。イエスの教え、つまり神エホバの教えを守り行う「思慮深い人」たちは、神の王国の真理に堅く立っていますので、永遠の祝福に預かります(箴言2:21.ペテロ第二3:13.啓示21:3,4)。
一方、イエスの教える「愚かな人」は、「砂の上に家を建てた人」に例えて教えられました。砂の上に家を建てれば、風雨に耐えることは出来ず、容易に家は崩れ落ちます。そのような砂の上に家を建てる人がいれば、愚かな人ということが容易に誰にも分かります。この「愚かな人」はみ言葉を聞いても、学び守り行わなかった人たちですから、神の王国の真理に堅く立たない人を指しています。このようにみ言葉を聞き学び、そのご意志を守り行わない者は、最終的に崩壊、つまり処断されます(箴言2:22.ペテロ第二3:10~12.啓示18章~19:21)。イエスの教えは現在までにも及ぶ教えです。
現在エホバの証人のクリスチャンたちは、イエスの教えられた通り、世界中の239の国や地域で神の王国の良いたよりを伝道しています(マタイ24:14;28:19,20)。神エホバは一人でも多くの人が神の王国の良いたよりにこたえ応じ、「思慮深い人」として命にいたることを望んでおられます(ペテロ第二3:9)。あなたも「思慮深い人」として歩まれていれば幸いです。
孫娘 みかん歓び 電話あり 今日の一句
庭で三度強風で倒れても咲いた「皇帝ダリア」