国際法上、領土問題が存在しない所に民主党政権の不手際で領土問題を出現させた尖閣諸島、あるいは、韓国による不法占拠が続く竹島、そして、(実は、竹島等とは異なり現在の状況に至るについては、真珠湾奇襲攻撃に開戦通告を間に合わせることができなかった不手際より数倍凄まじい、日本の外務官僚の「国賊もの=売国奴もの」の不手際が介在する)所謂「北方領土」等々、実は、日本が抱える「ワケありな国境」は少なくありません。というか、ご案内の通り、尖閣諸島に関しては台湾もその領有権を主張しているのですから、日本は実にその国境を接する、支那・韓国・ロシア・台湾のすべてと(国際法上ではなく国際政治的にはですけれども)領土問題を抱えているのです。
本書、武田知弘『ワケありな国境』(彩図社・2008年)は国際政治の肩の凝らない薀蓄収集本。どこから読んでもいいし実に読みやすい。どこぞの2行読めば眠たく記事ばかりアップロードしているブログとはえらい違いです。
もちろん、(一読した限りでは、数箇所を除いて嘘は書いていないようですが)当然ながらと言うか残念ながらと言うか、説明に奥行きはない。要は、そこに紹介してある事柄の「理由の理由」や「原因の原因」に関してはほとんどスルーしてある。
例えば、日本にとっても重要な「沖ノ鳥島」が領土主権の及ぶ「島」なのか領土主権の対象外の「岩礁」なのかについて、本書は「国際法(国連海洋法)でいうところの「島」とは、人が住んでいるか、漁業など経済生活が営まれていなければならない。しかし、沖ノ鳥島には人も住んでいないし、経済生活もほとんど行われていない」(本書, p.242)と記している。而して(この記述自体は正しいのだけれども)領土主権の帰趨の判断に際して、その判断の理路において国連海洋法が占める位置と比重、そして、その位置と比重がなぜその程度であるのかの説明が欠落していては、本書の記述でもって沖ノ鳥島を巡る領土問題について何がしかを語れるようになるとは思わない方が無難でありましょう。
しかし、そのような奥行きのある説明を本書の如き薀蓄本に期待するのは、100円持ってマクドナルドに行き、フレンチのフルコースを期待するようなものではある。而して、一般向けの肩の凝らない薀蓄本と割り切れば、有象無象の類書に比べて本書はよくできた一書だろうと思います。
嫌がらせではなく、再度記しますが、国際法や国際政治を巡って、ある事柄の「理由の理由」や「原因の原因」はほとんど全くスルーされているにせよ、「南北アメリカ編」(第1章)から終章の「日本列島編」(第5章)まで、欧州、中近東・アフリカ、アジア・オセアニアと世界中の、しかも、(その領土問題に関わる土地の面積や住んでいる人口等、問題の深刻さや規模の大きさというよりも)領土問題が発生した理由の意外性に着目して62の事例をピックアップした著者のセンスとそれを平易かつ正確に紹介する手際は、「定価1,300円+消費税」の価格から見ても読者予備軍にとって損な取引ではないと思います。
蓋し、本書が取り上げている62の事例は、ある意味、国際政治や国際法に些か関心のある向きには既知のものばかり、鴨。しかし、尖閣諸島問題が(別にこちらは国際司法裁判所で結着をつけてもいいんですけどね)支那でヒートアップしているらしい現在、この62項目をまとめて反芻する機会が本書の購入または立ち読みによって得られれば、それは儲けものと言うべきでしょう。ちなみに、KABUは自宅最寄の、川崎市麻生区のスリーエフ百合丘3丁目店で購入しました。
ということで、KABUが面白かったと思った項目のリスト。立ち読みに便利(笑)
・なぜブラジルは大きいのか?(p.40)
・小説「最後の授業」の真実(p.80)
・国境のない国、マルタ騎士団(p.83)
・サウジアラビアの適当な国境(p.125)
・イランとイラクの国境問題-たかが川と侮るなかれ(p.128)
・西サハラはだれのものか?(p.146)
・マレーシアの奇妙な領土-国内移動にパスポートがいる(p.212)
・南樺太-日本のすぐそばにある帰属未確定地域(p.234)
ヽ(^o^)丿
尚、竹島問題の項目「竹島問題も難しい-今も続く韓国の実効支配」(pp.238-240)で筆者は、竹島の領土問題は「はっきりいって、日本に分が悪いのである。私は「もともと竹島が日本の固有の領土ではなかった」などといっているわけではない。その点で分が悪いのではなく、問題解決を現実的にみると分が悪いということなのである。国境の画定というものは、「そもそも誰のものだったのか?」ということより、「今実質的に誰のものか?」という観点から問われる場合が多い。その点でいうならば、竹島は現在、韓国の手中にある」と述べていますが、しかし、この記述には問題がある。蓋し、この指摘は、竹島問題・尖閣諸島問題・北方領土問題を考える上で、我が国の世論に欠けている、就中、保守派に欠けているある視角を提供している一方で、正直、この記述の箇所だけ取り出せばそれは明確な誤りです。
畢竟、前者の有意義な視角の提供とは、蓋し、白黒はっきり言えば、現在の国際法においては「固有の領土」なる概念は存在しないということです。そして、この記述が明確な間違いというのは、現在の国際法では「平穏なる実効支配の継続」が領土の帰趨を判定する上での決め手になる。つまり、「平穏なる実効支配の継続」の有無が領土の帰属判定における水戸黄門の印籠、遠山の金さんの桜吹雪、銭形平次親分の投げ銭であるということです。
すなわち、韓国は竹島を「実効支配」はしているが、日本の適宜な数次に亘る抗議によってその支配は、国際法上、「平穏なる実効支配の継続」とは看做されない。ならば、竹島の帰属は「平穏なる実効支配の継続」以外の要因、すなわち、その支配の履歴という二次的な資料で判定されるを得ず、言うまでもないことですが、その資料状況において竹島は210%とは言わないけれど120%日本の領土であることは自明。と、国際法上はそう考えられるのです。しかし、一読した限り本書に含まれる明確な間違いはこの一箇所くらいしかなかったの、出羽。
ならば、「お客さん、これは上出来ですよ」
大体、「本なんてそんなもんですよ、お客さん」
ヽ(^o^)丿
いずれにせよ、それが初歩的であれ、<国境>を巡る国際政治や国際法に関する広範な知識を、しかし、大体において正確に説明してある本書には好感をもちました。蓋し、国家の三要素といえば「国家=領土・国民・主権」と機械的に覚えてことたれりと済ますのと、本書で、例えば、領土なきマルタ騎士団やその国民が確定しずらい西サハラの事例をインプトすることは(イエリネックが国家の三要素の定義で何を言いたかったのか、国家を他のどんな社会的組織と区別したかったのか、近代の「主権国家=国民国家」とプレ近代の「国家」の違いをどういう点に認めたのかを自分の頭で一度反芻してみることは)我々の現前の尖閣諸島問題や竹島問題に日本人が取り組むに際してかなりの違いをもたらすであろう。このことは確実、と。そう私は思います。
ならば、本書は、畢竟、数年前に世間を騒がせた「腐った肉」「種類の違う肉」を混入した精肉加工業者、すなわち、「牛挽肉100%」と表示しておきながら、豚や鶏、羊、廃棄予定の肉、挙句の果てには鳥インフルエンザで価格が落ちた支那産鴨肉等々を製品に混入した北海道のミートホープ社よろしく、例えば、(「法の妥当性」「法の実効性」すなわち「法の効力」という用語の理解、他方、「法の支配」の原理の理解内容等々に無知と曲解の馬脚を現している)憲法無効論や日本でのみ観察される「日本的なバーク保守主義」のような極めて特殊で論者独自の憲法や法哲学の理解の如く、(集団的自衛権と個別的自衛権を区別する等々)極めて戦後の日本に特殊な国際法や国際政治に関する知見をさも世界の定説でもあるかの如く書いて毫も恥じない類書とは雲泥の差がある。と、そう私は考えています。
尚、国境をワケありにする、近代の「主権国家=国民国家」というシステムとそのシステムを駆動するエナジーである所のナショナリズムに関しては下記拙稿を併せてご一読いただければ嬉しいです。本書とは違い、眠くなりますけれども。
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・「偏狭なるナショナリズム」なるものの唯一可能な批判根拠(1)~(6)
http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/23df204ea7185f71ad8fd97f63d1af5c
・戦後責任論の崩壊とナショナリズム批判の失速
http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/c184c904f63f0211113dca39863f6b30
・<中国>という現象☆中華主義とナショナリズム
http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/07b20ae2f601ed268b9de4b561ddc123