◆『THE がよくわかる本』『a と the の物語』
ランガ-メール編集部・1996年6月/2003年4月
英文法関連の推薦図書です。参考書でも問題集でもなく気楽な読み物。でもレヴェルは低くないと思います。『THE がよくわかる本』と『a と the の物語』の2冊。ともにランガ-メール編集部の著作です。
(1)『THE がよくわかる本』
英語の定冠詞の the には、「その~」という世界に1つしかない事物を特定する機能と、「すべて~というもの」という代表というか総称をあらわす機能 があります。「固有名詞には a/anもthe も原則つかないが、一部の国名とか海や川の名前にはthe がつく。楽器には the がつくがスポーツには the はつかない(play the piano, play tennis )・・・」。英文法の参考書でこのような説明を何回読んでもピントこなかった方も意外と多いのではないでしょうか。実は私もそうでした(笑)。しかし、この本は、定冠詞のthe を one and only と、そして、不定冠詞の a/an を one of many と捉えてみせることで見事に英語の冠詞の用法についての統一的説明に成功していると思います。少し難しく書けば(本書の著者はこんな難渋な表現はけして使っていませんけれど)、
英語の冠詞はアモルフなイメージに(曖昧模糊としてつかみどころがないいまだ星雲状態のイメージに)、思考や思念の対象としてのかっちりとした実体性を与えるシステムに他ならない、と。
本文74頁、価格466円(税別)でこれくらいの情報が入手できれば得です。特に、代表の the の用法の説明(23-34頁)は見事。プラトン的なイデアとしての<ある事物の理念>ではなく、ヒュームやアリストテレス的なある事物の集合(=類)を連想させる<類の代表としての個物>を代表の the は導く、と。こんなしち面倒な説明はしていないけれど(笑)、私はそう理解しました。
本書のボリュームや対象とする読者層を考えれば無理難題だったかもしれませんが、数えられる名詞の単数形がなぜ冠詞等がつかない形では(言わば<裸>のままでは)人前には出られないのか:冠詞や人称代名詞の所有格、あるいは、指示形容詞が可算名詞の単数形には必ず付随するのかについてのコメントがあれば完璧だったと思います。
要は、「名詞に冠詞がつくのではなく冠詞に名詞がつくのだ」、というポイントを説明して欲しかった。つまり、冠詞類のつかない book, cat, dog 等は辞書の中に冷凍されて保存されている状態であって、それは言わば思考や表現の<材料>に過ぎず人前にお出しできる<料理>ではない。厳密に言えばそれらは話者や著者が意識しうる/読者や聴衆が表象しうるという言う意味での<概念>ではまだないのだというポイントへの言及があれば完璧だったのではないでしょうか。book, apple, cat, United States は「本」や「林檎」や「猫」や「合衆国」という意味をまだ持っていない! a book, an apple, my cat, the United States (of Ameria) という形になって初めて、これらの記号は思考や思念の対象となる「本」や「林檎」や「猫」そして「合衆国」という意味を持つ、と。
(2)『a と the の物語』
『a と the の物語』は前著『THE がよくわかる本』の姉妹編。前著と同様、英語の冠詞の意味と用法がわかりやすく説明されています。わかりやすく説明されてはいるがそのレヴェルは英語を教える者にも十二分に参考になるもの。上でも述べましたように、私は常々、「英語では名詞に冠詞が付くのではなく、冠詞に名詞がついているのだ」と考えもし教えてもいますけれど(くどいですがもう一度言わせていただきます。例えば、apple という単語はそれだけでは何の意味も持たず、an apple とか apples と発話されて始めて<りんごの意味のイメージ>が英語のネーティブスピーカーの脳内で像を結ぶことになる。つまり、「りんご」=apple ではなく。「りんご」とはan apple か the apple あるいはapplesなのです)、本書はこのように考える私には心強いものでした。
前著と同様、本書もa/an は one of many、the は one and only を示唆しているという認識から英語の冠詞の意味と用法を詳らかにしていきます。その種明かしの手際は上品かつ斬新。不定冠詞a/an の代表単数の用法も、定冠詞 the が種族(グループ)全体を表す総称の用法も、固有名詞にthe がつく場合とつかない場合の差異も、はたまた、物質名詞にthe がつく場合とつかない場合の意味の違いも、つまり、英語の冠詞を巡る主要な論点について「a/an は one of many、the は one and only を示唆している」という言わば<アルキメデスの定点>から明晰かつ平明に種明かしがほどこされています。
前著と本書で著者が説明を改められた(と思われる)箇所が1箇所ありましたが(前著38頁と本書97頁の Happy new year と A happy new year の違いについての説明)、前著と本書は同じ思想で貫かれており、両者の違いは読者に何を伝えたいかの1点から生じたと思います。即ち、前著が、冠詞の意味の本質を説明することに主眼を置いていたのに対して、本書は冠詞の使い方(実際に使われている冠詞の意味の違い)をより詳しく解説することに注力されているようです。例えば、前書で、「the を付けるかどうかは choiceの問題」(話者の個人的な好みの問題)として説明が流されていた所も、本書では「コンテクストしだい」として the が付いたケースと付かなかったケースの意味の差異を繰り返し説明しておられる。この点に両著執筆の目的の違いが現れていると思います。
前著が英語の冠詞の用法をトータルに説明しているのに対して、本書は英語が発話されるコンテクストの違いによって同じセンテンスの中の「the +名詞」が持つ意味も変わってくるというポイントが丁寧に説明されている。特に、①全体(種族やグループ)を表すtheの総称用法 と②「この、世界に一つしかないこの・・・」という意味を名詞につけ加えるthe の用法の違いにフォーカスを当てて説明されている点にそれを感じました(前著の29-32頁の説明を大幅に書き加えたたもの)。これは、文法的には、冠詞がついていない名詞(間違ってつけ忘れた場合と、敢えてつけていない場合の両方を含みます。)、が英語のネーティブスピーカーにとっていかに異様な感覚を与えるかを踏まえた説明であり、英語の冠詞の本性を考える上でも大いに参考になる。逆に言えば、前著に比べて本書は、冠詞の用法全般について目配りしたいとか、冠詞自体の定義をきちんと押さえたいというニーズには余り応えてくれないかもしれません。よって、前著の37頁まで→本書→前著の38頁以降という順序でこの2冊を読まれることをお勧めします。いずれも小著ながら名著だと思いました。
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