とりあえず集中だ。
キラに比べたら私の仕事をこなす速さは雲泥の差だ。月と鼈。仕事は得意不得意の分野があるから、人と比べるのはよくない。比べるんだったら、昨日の自分と比べなきゃ。
そう思って向かいから聞こえてくるフレイの甘ったるい声を耳に入らないほど集中する。
ミリィが時々フレイに声をかけて、キラの仕事の邪魔にならないようにさせているが、彼女には無しの礫だ。見上げればミリィが「┐(´д`)┌ヤレヤレ」とポージングして見せる。
そして―――事件は起きた。
終業のチャイムが鳴っても、なかなか皆仕事の切りのいいところまで席は立たない。普段はキラもそうなのだが、珍しく鞄を取り出している。
「あれ?珍しいな。お前が定時帰宅なんて。」
するとキラはちょっと照れくさそうに返事した。
「うん、今日は彼女と約束があるから…」
「そっか。楽しんで来いよ。」
「うん!」
・・・和やかだったのはここまでだった。
<ガタン!>と何かが床に落ちる音と共に
「え~~~~~~~~っ!?!?キラ先輩、彼女いたんですかぁ~~~~っ!?!?」
黒板に爪立てて引っ搔いたときのようなあの<キィ~~~ッ!>というのにそっくりな、耳の痛くなるキンキン声の悲鳴を上げて走ってきたのはフレイだった。
そうか…フレイは知らなかったんだな。さっき落としたのはお盆か。カップを回収するための。
それを放置したまま、フレイはキラの背広の端を摘まんで離さない。
「うそうそ!私聞いていませんよ、彼女がいた、なんて!!」
(うわ~・・・浮気された奥さんみたいな顔してるよ・・·(ー_ー;))
大体キラ自身は仲間内にしか教えていない。というか、多分こいつも彼女がいること前提でフレイの猛攻撃を受けているので、多分「フレイのお願い=ただ困っている人なので、同僚のよしみで助けている」、としか見えていなかったんだろうな。
そこがボケているところなんだけど。
「うん、いるけど。どうかした?」
これだもんな~コイツと付き合えるのってやっぱり彼女しかいないよな。
「そんな・・・彼女さん、どんな人なんですか?」
ここで普通なら「そうですか」で引き下がるところだろうけど、押し負けないのがフレイなんだよな。変な絡み方しなきゃいいけど・・・
「一応写メあるけど…」
(あー、バカッ!そこで出すなよ。めんどくさいことになるから!)
思わず立ち上がってしまった私など眼中にないように、キラのスマホをふんだくってフレイは見入っている。
中に写っているのは、ふんわりとピンクのバラの花びらのような愛らしい女の子。
暫し凝視したフレイの口角が…嫌な感じに上がった。
「へぇ~これが彼女さんですか・・・まぁ可愛いんじゃないんですか?でも私の方がちょっと可愛いですけど♥」
(・・・言うと思った。)
心配してキラの方を見れば、流石に面白くなさそうな顔をしている。
でもフレイの決まり手「相手下げ、自分上げ」攻撃は止まらない。
「お幾つなんですか?」
「・・・君に言う必要ある?」
「ありますよー!私がキラさんにぴったりの方か、見極めてあげますから。」
「そんな必要ないんだけど。」
「いいんですかぁ?そんなこと言って。私、冷たくされたって、パパに言っちゃうかも♥」
(まずい・・・)
これが最大の彼女の切り札だ。フレイの父はこの会社の得意先の一つ『アルスター商会』の代表を務めている。故に、当社への発言力も高い。しかも娘に激甘な父親ということは業界中に轟わたっている。
「・・・」
キラもおし黙っている。流石に一社員でしかない彼の発言は、今後の彼の立場を左右しかねない。運命の不公平な天秤を、気まぐれな女神が目の前でちらつかせてくる。
更に彼女は続けた。
「私たちより落ち着いてみえるから、ちょっと「オバサン」なのかしら~?そうだったらこの着ている「ピンクのヒラヒラのドレス」も、センスありませんよ~w それに何だかポ~っとしたような何考えているかわからない顔して。こういう子って案外男を手玉に取るんですよね~w」
「…っ!」
流石にキラの表情が怖くなった。キラに視界に入る位置で、シンが「我慢して!」ってゼスチャーしているけど、我慢できるはずがない。
でもキラがここでフレイを突き放したら、今順風満帆なキラの人生が不本意な形で傷つく!
もし、この会社を首にされるようなことになったら…そうしたら、フレイの父の影響力でこの業界で再就職は無理だ。
そんなことになったらキラの彼女=ラクスだって凄く悲しむに違いない。
(駄目だ!これ以上傷つけるようなことを放置させるのは、フレイのためにもならない!だったら―――)
「おい、いい加減にしろよ!フレイ!」
そう思うが早いか、私は乱暴に立ち上がって、思わずでっかい声で彼女を諫めた。
するとフレイは冷たい眼差しで射るように私を睨み付けてくる。
「・・・何よ。アンタには関係のない話でしょ。」
「関係ないけど関係あるんだ!」
「はぁ?ちゃんとした言葉で話してよ。まぁカガリみたいな脳筋に期待するだけ無理かw」
フン、と鼻でせせら笑うフレイ。
「誰と付き合おうとキラの勝手だろ?それにラ・・・彼女は凄くいい人なんだ!私会ったことあるし。」
ここで名前を言ったら、彼女にまで被害が及びかねない。
「はぁ~そうですね~仲良しと思わせつつ、心の中ではアンタみたいに恋愛とは無縁な可哀想な女にマウント取るのはさぞかし彼女も面白いでしょうねw」
「何だと!?」
「あ、『無縁』ってわかります?むしろ『縁遠い』って言ったほうがわかりやすいかしら?w」
「お前、先輩に向かって―――」
「何よ。『先輩』って言ったって、たった一個しか年齢違わないだけじゃない。」
その一年違いのラクスを「おばさん」呼ばわりしたのはどいつだよ!
「もうそれ以上暴言吐くなよ。入社したての頃はあんなに可愛くて素直だったのに。・・・これじゃ、お前はどんどん可愛くなくなっていくぞ。」
はぁ~とため息をつき、美しい髪をかきあげ流してフレイは横目で私を睨んだ。
「余計なお世話よ。自分の顔面棚に上げてそんなことよく言えるわね。・・・大体アンタ、最初から目障りだったのよ。先輩面してやたら手を出し口を出ししてきて。仕事なんて大した戦力にもなっていないくせに偉そうにさ。」
「――――っ!」
思わず上げそうになった右手を無理やり左手で抑えた。
確かに私は美人じゃないし、そこまで有能じゃない。
だけど、お前なんて仕事しないで男漁りばっかりじゃないか!
口から出そうになる文句を喉元で必死に抑える。
でも、言ってしまおうか。
見ればキラが青い顔をしている。
キラはこの会社にも、ラクスにもいなきゃいけない人だけど、私は引き留められるほどの社員じゃない。
多分ここでフレイをひっぱたけば、間違いなく明日の朝一で社長室ルート決定だ。
でも、このままじゃキラを傷つけ、この課の雰囲気は最悪。
それに・・・フレイ自身にもいいことはない。
フレイの目を覚まさせるために,私の人生をかけていいのか…
どうしよう・・・???
行き詰って息苦しい。窒息しそうだ。
(誰か―――!)
思わず目をつぶって、神様にでも願いをかけようかと思ったその時―――
「へ~、これがキラの彼女か。・・・可愛いな。」
「「「「!?!?」」」」
その場の全員が一気に固まった。
「ざ・・・ザラ係長・・・」
シンがポロリとその名を零す。
ファイルを数冊抱えたザラ係長が、フレイの背後からキラのスマホを覗き見ていた。
こういう話題とは一番無縁そうな人が、いきなり親し気にこの場の空気も全く意にせず声をかけたことで、一気に場の空気が変わった。
でも、変わったのはそれだけじゃない。
「確かに可愛い。けど、俺の彼女には負けるな。」
少しはにかむような笑顔でけろりと言い放つ係長に、フレイどころか課内全体に核弾頭でも落っこちたかのような衝撃が走った。
「「「「え~~~~~っ!?!?!?」」」」
全員思わず立ち上がって息をのむ。
「か、か、係長って、彼女いたんすか!?」
唇を震わせながら、何故か化け物でも見つけたようにシンが指さすと、ザラ係長は少し眉をひそめた。
「失礼だな。俺だってこの歳だ。いたっておかしくはないだろう?」
「いや、確かにそういわれればそうなんですが・・・」
そう答えるのがやっとのシンから振り返り、これまた固まったままのフレイからキラのスマホを抜き取り、「はい」とキラに手渡すザラ係長。
「ありがとう・・・でも、彼女の方が可愛いと思いますけど…」
何とか言い返したキラに係長は口をとがらせる。
「いいや、絶対俺の彼女の方が10倍可愛い!―――ということで、アルスターさん。」
踵を返すと、ザラ係長は今度は真剣な面差しになった。
「君は確かに可愛いというか美人だとは思う。でもね、男は「自分の彼女」が「世界一可愛い」んだよ。例えどんな美女が並んでも、本当に彼女を愛しているなら、君の持つ唯一「美人」というカードだけでは全く勝利することはできないんだ。」
「―――っ!」
フレイが息をのむ。
私も緊張が走る。
普段、あまりしゃべらない人だけど、優しい。でも彼の本気の籠った翡翠の瞳は、氷の刃のように鋭かった。
「さっきアスハさんも言っていたよね?君は知っているかな。「暴言を吐くと、相手の心には10の傷が付き、吐いた自分の顔には100の皺ができる」っていう外国の格言。・・・今の君はまさにそれだよ。愛らしいはずの顔が、どんどん醜くなっている。それこそ「月と鼈」。この場にいる女性の中で誰よりもね。」
フレイが目を見張る。そして壮大な侮辱を受けたと認識した彼女が激高した。
「な、何よ!アンタなんて、パパに言えばすぐにクビに―――」
「―――なんてならないよ。」
腕を組み、あっさりと言って聞かせたザラ係長。
「俺はこれでも幾つもの海外有力会社とのコネクションを作り上げてきたんだ。君の父上の会社と取引をしなくても、十分にこの会社は運営できる。かつては君の父上の会社が上の立場の取引先だったが、今は既にそれが逆転していることを、君はこの会社に勤めながら見ていなかったのか?」
「―――っ!?」
フレイの表情が引き攣る。
ザラ係長は構わず止めを刺すように淡々と言った。
「今、会社が君を取るか、それとも俺を取るか、と聞かれたら、間違いなく俺を取る。ビジネスは常に進化しているんだ。過去に胡坐をかいていたら、あっという間に消え去るだけだ。それを覚悟のうえで、君の父上に言うんだな。「アスラン・ザラを辞めさせて」とね。それで君の父上が当社に進言したら・・・アルスター商会にもう明日はない。その引き金を引いているのは自分だということを、もう少し自覚したらどうだ?」
「―――っ!」
「あ、フレイ!」
完全なる敗北を悟ったのか、フレイは走ってこの場を後にした。
「この場を収めてくれたのはありがたいですけど・・・ちょっと言いすぎじゃないかな。」
上司兼同期のあやふやな尊敬語と共にキラが進言するが、
「最近目に余っている言動が多いからな。社会人として少しここでお灸をすえないと。これで辞めるならそれだけのことだ。それより・・・」
フレイのデスクの上に載っているファイルを取り上げ、ザラ係長は課のみんなに声をかける。
「アルスターさんの今日の分の仕事、終わってなさそうだから―――アスハさん、やっていってくれるかな?」
「えー?私が、ですか?」
すると女子社員全員を悩殺できるであろう笑顔で、私にファイルを手渡してきた。
「アルスターさんの指導役だった君なら、同じ仕事内容だし、わかるだろう?」
「あ、でも、この騒ぎの元凶は僕だから、僕も手伝う―――」
そういうキラを私が片手で止めた。
「キラは彼女と約束があるんだろう?行ってあげなよ。」
「・・・いいの?」
「その代わり、今度コーヒーおごれよな。」
「うん、わかった!ありがとう、カガリ!」
そう言って、キラは腕時計を見すと、「やばっ!💦」と慌てて走り去っていった。
***
「はー・・・」
外は既に真っ暗。そりゃ2時間も残業していたらそうなるよな。
誰もいない室内。ようやく終わったファイル整理を終えて、トントンと書類を整えていると、<コトリ>と香り立つコーヒーが入った紙コップが私のデスクに置かれた。
「・・・全く。お前のせいで残業になったじゃないか。」
お礼代わりの愚痴を言えば、ごく自然に私のデスクに軽く腰を掛けてくる―――彼。
「すまない。でも俺も手伝ったんだから、おあいこということで許してくれないか?」
自身も片手で同じ紙コップを揺らしながら、チョコンと小首をかしげてくる。
全く・・・誰が無口で無表情なんて言っているんだよ。コイツの本性―――今のこの彼の表情と仕草と声色を見たら、今日の核爆弾発言以上の大騒ぎになるぞ。
「まぁ、とにかく、今日はピンチだったところを助けてくれたのは感謝している。ありがとう。」
「いや、職場環境や部下のメンタル面も管理するのは俺の仕事の一つだから。」
そう言ってコーヒーを一口飲む彼。喉ぼとけが上下して飲み下したのを見つつ、私はコップに口をつけたまま愚痴る。
「・・・ていうかさ、お前、わざと私に残業振っただろう。」
「だってこうでもしないと、カガリと二人きりになんてなれないし。」
「会社では関係は見せないって約束しただろう?」
「俺は見せたいんだけど。」
「見せたら面倒くさいことになるのがわかっているから嫌なんだっ!!」
飲み干して空になった紙コップをデスクの上に叩き置けば、少しシュンと眉を下げる彼。
「だって、そうしなきゃ、一体何時俺は君にプロポーズできるんだ?」
「ぷ、ぷ、プロ…ポーズ!?!?💦」
驚きすぎて口が回らん。
すると誰にも見せたことがないであろう笑顔でニッコリと言った。
「だったらあのままアルスターさんに「君をクビにしろ」ってお父さんに言ってもらったほうが良かったかな。」
「何でだよ!」
「だってそうしたら、君の永久就職先として、俺が遠慮なく引き抜くことができるじゃないか。」
「ば、ば、馬鹿じゃないか!?お前っ///」
「俺はいたってまじめだけど?」
先ほどまで氷を宿していたとは思えない、妖しい翡翠。
いかんいかん。これ以上ペースに飲まれては―――
「と、とにかく終わったんだから私は帰るぞ!///」
「あ、俺も帰るから。一緒に食事しようよ、久しぶりに。」
にべもない。
「今からか?このご時世だ。今からじゃいい店なんて予約取っていないと入れないぞ。」
「別に店で食べたいなんて言っていないだろう。俺が食べたいのは―――「茶色のごはん」、かな。今日のお昼ご飯も凄く美味しかったし。」
「は、はぁ!?///」
散々強請られて仕方なく、毎日作ってはコッソリ渡している弁当の感想だけでも恥ずかしいのに、今日は全く、キラの前で「俺の彼女が世界一可愛い」とか言い張られただけでも、今日は血圧上がりっぱなしだったのに、これ以上ここにいたら私は―――
「そ、その、今夜は///」
そう言って走り去ろうとする私の腕を、一歩早く彼が捕まえた。
「カガリの予定は知っているから。言い訳は無理だよ。部下のスケジュール管理も上司に大事な仕事だし。それに言っただろう?メンタル管理もするって。だから―――」
バクバク破裂しそうな私の心臓に止めを刺したのは、熱を帯びている碧い瞳。
「今夜は一晩中、面倒見てあげるよ。」
・・・Fin.
***
ということで、昨日の続きです。
種のアスランはこんなに綺麗に部下まとめられないでしょうねw ザラ隊もですが、運命でも散々シンに手こずりましたしね💦
オフィスラブのイメージが貧相なのは、かもしたが普通の社会人らしい生活してきていないからです。
なら何故書いた?―――うん「わかりません」w
別段保存するような作品でもないので、ブログでチャチャっとUPしちゃいましたが、楽しんでいただけましたなら幸いです。
キラに比べたら私の仕事をこなす速さは雲泥の差だ。月と鼈。仕事は得意不得意の分野があるから、人と比べるのはよくない。比べるんだったら、昨日の自分と比べなきゃ。
そう思って向かいから聞こえてくるフレイの甘ったるい声を耳に入らないほど集中する。
ミリィが時々フレイに声をかけて、キラの仕事の邪魔にならないようにさせているが、彼女には無しの礫だ。見上げればミリィが「┐(´д`)┌ヤレヤレ」とポージングして見せる。
そして―――事件は起きた。
終業のチャイムが鳴っても、なかなか皆仕事の切りのいいところまで席は立たない。普段はキラもそうなのだが、珍しく鞄を取り出している。
「あれ?珍しいな。お前が定時帰宅なんて。」
するとキラはちょっと照れくさそうに返事した。
「うん、今日は彼女と約束があるから…」
「そっか。楽しんで来いよ。」
「うん!」
・・・和やかだったのはここまでだった。
<ガタン!>と何かが床に落ちる音と共に
「え~~~~~~~~っ!?!?キラ先輩、彼女いたんですかぁ~~~~っ!?!?」
黒板に爪立てて引っ搔いたときのようなあの<キィ~~~ッ!>というのにそっくりな、耳の痛くなるキンキン声の悲鳴を上げて走ってきたのはフレイだった。
そうか…フレイは知らなかったんだな。さっき落としたのはお盆か。カップを回収するための。
それを放置したまま、フレイはキラの背広の端を摘まんで離さない。
「うそうそ!私聞いていませんよ、彼女がいた、なんて!!」
(うわ~・・・浮気された奥さんみたいな顔してるよ・・·(ー_ー;))
大体キラ自身は仲間内にしか教えていない。というか、多分こいつも彼女がいること前提でフレイの猛攻撃を受けているので、多分「フレイのお願い=ただ困っている人なので、同僚のよしみで助けている」、としか見えていなかったんだろうな。
そこがボケているところなんだけど。
「うん、いるけど。どうかした?」
これだもんな~コイツと付き合えるのってやっぱり彼女しかいないよな。
「そんな・・・彼女さん、どんな人なんですか?」
ここで普通なら「そうですか」で引き下がるところだろうけど、押し負けないのがフレイなんだよな。変な絡み方しなきゃいいけど・・・
「一応写メあるけど…」
(あー、バカッ!そこで出すなよ。めんどくさいことになるから!)
思わず立ち上がってしまった私など眼中にないように、キラのスマホをふんだくってフレイは見入っている。
中に写っているのは、ふんわりとピンクのバラの花びらのような愛らしい女の子。
暫し凝視したフレイの口角が…嫌な感じに上がった。
「へぇ~これが彼女さんですか・・・まぁ可愛いんじゃないんですか?でも私の方がちょっと可愛いですけど♥」
(・・・言うと思った。)
心配してキラの方を見れば、流石に面白くなさそうな顔をしている。
でもフレイの決まり手「相手下げ、自分上げ」攻撃は止まらない。
「お幾つなんですか?」
「・・・君に言う必要ある?」
「ありますよー!私がキラさんにぴったりの方か、見極めてあげますから。」
「そんな必要ないんだけど。」
「いいんですかぁ?そんなこと言って。私、冷たくされたって、パパに言っちゃうかも♥」
(まずい・・・)
これが最大の彼女の切り札だ。フレイの父はこの会社の得意先の一つ『アルスター商会』の代表を務めている。故に、当社への発言力も高い。しかも娘に激甘な父親ということは業界中に轟わたっている。
「・・・」
キラもおし黙っている。流石に一社員でしかない彼の発言は、今後の彼の立場を左右しかねない。運命の不公平な天秤を、気まぐれな女神が目の前でちらつかせてくる。
更に彼女は続けた。
「私たちより落ち着いてみえるから、ちょっと「オバサン」なのかしら~?そうだったらこの着ている「ピンクのヒラヒラのドレス」も、センスありませんよ~w それに何だかポ~っとしたような何考えているかわからない顔して。こういう子って案外男を手玉に取るんですよね~w」
「…っ!」
流石にキラの表情が怖くなった。キラに視界に入る位置で、シンが「我慢して!」ってゼスチャーしているけど、我慢できるはずがない。
でもキラがここでフレイを突き放したら、今順風満帆なキラの人生が不本意な形で傷つく!
もし、この会社を首にされるようなことになったら…そうしたら、フレイの父の影響力でこの業界で再就職は無理だ。
そんなことになったらキラの彼女=ラクスだって凄く悲しむに違いない。
(駄目だ!これ以上傷つけるようなことを放置させるのは、フレイのためにもならない!だったら―――)
「おい、いい加減にしろよ!フレイ!」
そう思うが早いか、私は乱暴に立ち上がって、思わずでっかい声で彼女を諫めた。
するとフレイは冷たい眼差しで射るように私を睨み付けてくる。
「・・・何よ。アンタには関係のない話でしょ。」
「関係ないけど関係あるんだ!」
「はぁ?ちゃんとした言葉で話してよ。まぁカガリみたいな脳筋に期待するだけ無理かw」
フン、と鼻でせせら笑うフレイ。
「誰と付き合おうとキラの勝手だろ?それにラ・・・彼女は凄くいい人なんだ!私会ったことあるし。」
ここで名前を言ったら、彼女にまで被害が及びかねない。
「はぁ~そうですね~仲良しと思わせつつ、心の中ではアンタみたいに恋愛とは無縁な可哀想な女にマウント取るのはさぞかし彼女も面白いでしょうねw」
「何だと!?」
「あ、『無縁』ってわかります?むしろ『縁遠い』って言ったほうがわかりやすいかしら?w」
「お前、先輩に向かって―――」
「何よ。『先輩』って言ったって、たった一個しか年齢違わないだけじゃない。」
その一年違いのラクスを「おばさん」呼ばわりしたのはどいつだよ!
「もうそれ以上暴言吐くなよ。入社したての頃はあんなに可愛くて素直だったのに。・・・これじゃ、お前はどんどん可愛くなくなっていくぞ。」
はぁ~とため息をつき、美しい髪をかきあげ流してフレイは横目で私を睨んだ。
「余計なお世話よ。自分の顔面棚に上げてそんなことよく言えるわね。・・・大体アンタ、最初から目障りだったのよ。先輩面してやたら手を出し口を出ししてきて。仕事なんて大した戦力にもなっていないくせに偉そうにさ。」
「――――っ!」
思わず上げそうになった右手を無理やり左手で抑えた。
確かに私は美人じゃないし、そこまで有能じゃない。
だけど、お前なんて仕事しないで男漁りばっかりじゃないか!
口から出そうになる文句を喉元で必死に抑える。
でも、言ってしまおうか。
見ればキラが青い顔をしている。
キラはこの会社にも、ラクスにもいなきゃいけない人だけど、私は引き留められるほどの社員じゃない。
多分ここでフレイをひっぱたけば、間違いなく明日の朝一で社長室ルート決定だ。
でも、このままじゃキラを傷つけ、この課の雰囲気は最悪。
それに・・・フレイ自身にもいいことはない。
フレイの目を覚まさせるために,私の人生をかけていいのか…
どうしよう・・・???
行き詰って息苦しい。窒息しそうだ。
(誰か―――!)
思わず目をつぶって、神様にでも願いをかけようかと思ったその時―――
「へ~、これがキラの彼女か。・・・可愛いな。」
「「「「!?!?」」」」
その場の全員が一気に固まった。
「ざ・・・ザラ係長・・・」
シンがポロリとその名を零す。
ファイルを数冊抱えたザラ係長が、フレイの背後からキラのスマホを覗き見ていた。
こういう話題とは一番無縁そうな人が、いきなり親し気にこの場の空気も全く意にせず声をかけたことで、一気に場の空気が変わった。
でも、変わったのはそれだけじゃない。
「確かに可愛い。けど、俺の彼女には負けるな。」
少しはにかむような笑顔でけろりと言い放つ係長に、フレイどころか課内全体に核弾頭でも落っこちたかのような衝撃が走った。
「「「「え~~~~~っ!?!?!?」」」」
全員思わず立ち上がって息をのむ。
「か、か、係長って、彼女いたんすか!?」
唇を震わせながら、何故か化け物でも見つけたようにシンが指さすと、ザラ係長は少し眉をひそめた。
「失礼だな。俺だってこの歳だ。いたっておかしくはないだろう?」
「いや、確かにそういわれればそうなんですが・・・」
そう答えるのがやっとのシンから振り返り、これまた固まったままのフレイからキラのスマホを抜き取り、「はい」とキラに手渡すザラ係長。
「ありがとう・・・でも、彼女の方が可愛いと思いますけど…」
何とか言い返したキラに係長は口をとがらせる。
「いいや、絶対俺の彼女の方が10倍可愛い!―――ということで、アルスターさん。」
踵を返すと、ザラ係長は今度は真剣な面差しになった。
「君は確かに可愛いというか美人だとは思う。でもね、男は「自分の彼女」が「世界一可愛い」んだよ。例えどんな美女が並んでも、本当に彼女を愛しているなら、君の持つ唯一「美人」というカードだけでは全く勝利することはできないんだ。」
「―――っ!」
フレイが息をのむ。
私も緊張が走る。
普段、あまりしゃべらない人だけど、優しい。でも彼の本気の籠った翡翠の瞳は、氷の刃のように鋭かった。
「さっきアスハさんも言っていたよね?君は知っているかな。「暴言を吐くと、相手の心には10の傷が付き、吐いた自分の顔には100の皺ができる」っていう外国の格言。・・・今の君はまさにそれだよ。愛らしいはずの顔が、どんどん醜くなっている。それこそ「月と鼈」。この場にいる女性の中で誰よりもね。」
フレイが目を見張る。そして壮大な侮辱を受けたと認識した彼女が激高した。
「な、何よ!アンタなんて、パパに言えばすぐにクビに―――」
「―――なんてならないよ。」
腕を組み、あっさりと言って聞かせたザラ係長。
「俺はこれでも幾つもの海外有力会社とのコネクションを作り上げてきたんだ。君の父上の会社と取引をしなくても、十分にこの会社は運営できる。かつては君の父上の会社が上の立場の取引先だったが、今は既にそれが逆転していることを、君はこの会社に勤めながら見ていなかったのか?」
「―――っ!?」
フレイの表情が引き攣る。
ザラ係長は構わず止めを刺すように淡々と言った。
「今、会社が君を取るか、それとも俺を取るか、と聞かれたら、間違いなく俺を取る。ビジネスは常に進化しているんだ。過去に胡坐をかいていたら、あっという間に消え去るだけだ。それを覚悟のうえで、君の父上に言うんだな。「アスラン・ザラを辞めさせて」とね。それで君の父上が当社に進言したら・・・アルスター商会にもう明日はない。その引き金を引いているのは自分だということを、もう少し自覚したらどうだ?」
「―――っ!」
「あ、フレイ!」
完全なる敗北を悟ったのか、フレイは走ってこの場を後にした。
「この場を収めてくれたのはありがたいですけど・・・ちょっと言いすぎじゃないかな。」
上司兼同期のあやふやな尊敬語と共にキラが進言するが、
「最近目に余っている言動が多いからな。社会人として少しここでお灸をすえないと。これで辞めるならそれだけのことだ。それより・・・」
フレイのデスクの上に載っているファイルを取り上げ、ザラ係長は課のみんなに声をかける。
「アルスターさんの今日の分の仕事、終わってなさそうだから―――アスハさん、やっていってくれるかな?」
「えー?私が、ですか?」
すると女子社員全員を悩殺できるであろう笑顔で、私にファイルを手渡してきた。
「アルスターさんの指導役だった君なら、同じ仕事内容だし、わかるだろう?」
「あ、でも、この騒ぎの元凶は僕だから、僕も手伝う―――」
そういうキラを私が片手で止めた。
「キラは彼女と約束があるんだろう?行ってあげなよ。」
「・・・いいの?」
「その代わり、今度コーヒーおごれよな。」
「うん、わかった!ありがとう、カガリ!」
そう言って、キラは腕時計を見すと、「やばっ!💦」と慌てて走り去っていった。
***
「はー・・・」
外は既に真っ暗。そりゃ2時間も残業していたらそうなるよな。
誰もいない室内。ようやく終わったファイル整理を終えて、トントンと書類を整えていると、<コトリ>と香り立つコーヒーが入った紙コップが私のデスクに置かれた。
「・・・全く。お前のせいで残業になったじゃないか。」
お礼代わりの愚痴を言えば、ごく自然に私のデスクに軽く腰を掛けてくる―――彼。
「すまない。でも俺も手伝ったんだから、おあいこということで許してくれないか?」
自身も片手で同じ紙コップを揺らしながら、チョコンと小首をかしげてくる。
全く・・・誰が無口で無表情なんて言っているんだよ。コイツの本性―――今のこの彼の表情と仕草と声色を見たら、今日の核爆弾発言以上の大騒ぎになるぞ。
「まぁ、とにかく、今日はピンチだったところを助けてくれたのは感謝している。ありがとう。」
「いや、職場環境や部下のメンタル面も管理するのは俺の仕事の一つだから。」
そう言ってコーヒーを一口飲む彼。喉ぼとけが上下して飲み下したのを見つつ、私はコップに口をつけたまま愚痴る。
「・・・ていうかさ、お前、わざと私に残業振っただろう。」
「だってこうでもしないと、カガリと二人きりになんてなれないし。」
「会社では関係は見せないって約束しただろう?」
「俺は見せたいんだけど。」
「見せたら面倒くさいことになるのがわかっているから嫌なんだっ!!」
飲み干して空になった紙コップをデスクの上に叩き置けば、少しシュンと眉を下げる彼。
「だって、そうしなきゃ、一体何時俺は君にプロポーズできるんだ?」
「ぷ、ぷ、プロ…ポーズ!?!?💦」
驚きすぎて口が回らん。
すると誰にも見せたことがないであろう笑顔でニッコリと言った。
「だったらあのままアルスターさんに「君をクビにしろ」ってお父さんに言ってもらったほうが良かったかな。」
「何でだよ!」
「だってそうしたら、君の永久就職先として、俺が遠慮なく引き抜くことができるじゃないか。」
「ば、ば、馬鹿じゃないか!?お前っ///」
「俺はいたってまじめだけど?」
先ほどまで氷を宿していたとは思えない、妖しい翡翠。
いかんいかん。これ以上ペースに飲まれては―――
「と、とにかく終わったんだから私は帰るぞ!///」
「あ、俺も帰るから。一緒に食事しようよ、久しぶりに。」
にべもない。
「今からか?このご時世だ。今からじゃいい店なんて予約取っていないと入れないぞ。」
「別に店で食べたいなんて言っていないだろう。俺が食べたいのは―――「茶色のごはん」、かな。今日のお昼ご飯も凄く美味しかったし。」
「は、はぁ!?///」
散々強請られて仕方なく、毎日作ってはコッソリ渡している弁当の感想だけでも恥ずかしいのに、今日は全く、キラの前で「俺の彼女が世界一可愛い」とか言い張られただけでも、今日は血圧上がりっぱなしだったのに、これ以上ここにいたら私は―――
「そ、その、今夜は///」
そう言って走り去ろうとする私の腕を、一歩早く彼が捕まえた。
「カガリの予定は知っているから。言い訳は無理だよ。部下のスケジュール管理も上司に大事な仕事だし。それに言っただろう?メンタル管理もするって。だから―――」
バクバク破裂しそうな私の心臓に止めを刺したのは、熱を帯びている碧い瞳。
「今夜は一晩中、面倒見てあげるよ。」
・・・Fin.
***
ということで、昨日の続きです。
種のアスランはこんなに綺麗に部下まとめられないでしょうねw ザラ隊もですが、運命でも散々シンに手こずりましたしね💦
オフィスラブのイメージが貧相なのは、かもしたが普通の社会人らしい生活してきていないからです。
なら何故書いた?―――うん「わかりません」w
別段保存するような作品でもないので、ブログでチャチャっとUPしちゃいましたが、楽しんでいただけましたなら幸いです。
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