稽古なる人生

人生は稽古、そのひとり言的な空間

私はこれで東亜特殊電機(現 TOA)を辞めました。

2019年09月24日 | つれづれ


東亜特殊電機の中谷社長は「私たちの会社は音を売る会社です」と言われた。
それに感銘を受けて「この会社で精一杯頑張ろう」と思った話は昨日書いた。

そんな会社をなぜ辞めてしまったか?

原因の一つは「蟻カード(アリカード)」にある。
お客様の生の声、現場の声は、製造する側に反映しなければいけない。
という中谷社長の声は「蟻カード」という情報収集活動制度にも現れた。

ある日、名刺の大きさの「蟻カード」が営業職全員に配られた。
蟻のマークのトーア蟻カード。
お客様の声、製品へのクレームや改善点、新製品の提案など、
何でもいいから蟻のように本部(宝塚市)に送れという制度だ。

小さな事例でも、数を集めれば、それは大きな力となると言うわけだ。
蟻カードは小さいので、たった一言のメモでも構わない・・と言われたのだ。
良い提案があって「おや?」と思ったら、必ず折り返し連絡します・・と言われたのだ。


(工房を整理中に輸送箱から出てきた書き損じ未提出の蟻カード)

私は喜んだ。
秋田という僻地(秋田の皆さんごめんなさい)にいて、
たった一人で何でもこなしているが本部が何をしているのかさっぱりわからない。
組織の末端にいた私にとって蟻カードは本部と唯一の情報の架け橋のような気がした。
どう使われるかわからないが、私は情報を送り続けてやるのだと決心した。
それが中谷社長の言われた「音を売る」ということに繋がるのだと。

自主目標1日1件だが数枚は書いた。かかさず毎日書いていた。
けっこうくだらない内容もあったかも知れない。
でも、県や市町村の役場、設計事務所、電気屋、電気工事屋など回れば顧客の要望は山ほど聞く。
秋田県は広く運転時間も長く、運転中にあれこれ考える時間もたっぷりある。
テレビの放送も少ない秋田では駐在所に帰ってからも時間はあった。
蟻カードで書き切れない事はレポートとしても書いて提出した。
毎日書いて、盛岡営業所に持って行き、月に1度、まとめて本部に送ってもらっていた。
何か一つぐらいは本部の担当者の目に留まることを信じて・・・

そんなある日、秋田県湯沢市の電気屋さんから
店頭のイベントに参加して欲しいと要望が来た。
私は新発売の出力10wのカラオケのデモ機を持参した。
店の前には松下電器(現パナソニック)の10wカラオケも展示してある。
何となく「音質とパワーを比べてみよう」という話になった。
私は「音響専門メーカーの製品が負けるわけが無い」と自信たっぷりだったのだ。

結果は惨敗。パワーも出ないし音質も悪い。
おまけにデザインまで悪ければいいとこ無しである。
私は少なからずショックを受け、その事を蟻カードに託した。

数ヵ月後に同期の結婚式が大阪であった。
寝台列車で大阪に戻って久々に会う同期たちと話をした。
何となく蟻カードの話になり私は毎日1枚書いていることをやや自慢げに話した。
すると経営企画室の同期が「あんなん見もせんとゴミ箱行きやで」と言ったのだ。
おまけに「全国で書いているのは君だけや」とも言われた。

私は大変驚き悲しんだ。

秋田というか日本海側の冬は暗い。
11月から3月までは太陽はほとんど顔を出さない。
景色はモノトーンで白と黒と灰色だけの街である。
雪の暮らしには慣れてはいたが太陽の無い暮らしには慣れなかった。

女房は元社員(青森出張所)なので無報酬で秋田駐在所で手伝ってくれる。
けっこう大変で、それが原因なのか過労で第一子を流産してしまった。
真冬の秋田市民病院へ毎日仕事帰りに見舞いに行く時の侘しさと無力感。
親戚も無く剣道以外での付き合いもほとんど無かった。孤独だった。
夫婦そろって使い捨ての駒になったような気分だった。
仕事に対しての情熱はその時から急激に冷めていったのだ。

会社に対しての失望に加え、太陽が顔を出さない毎日と、
女房の入院で、私は若干の鬱状態になっていたのかも知れない。

女房が退院し、それからしばらくして会社に辞表を提出した。
もっとやりがいのある仕事をしたかった。将来に光が欲しかった。
引き止められもしたし辞めて何のあても無かったが迷いはしなかった。
まだ20代。秋田で一人で何でもやってきたのだもの・・という思いだ。

それから千葉に引越し、早稲田大学でシステム工学を1年間勉強し直し、
そしてホワード株式会社東京本社に入社し10年、その後大阪勤務になった。
大阪で10数年、散々な目にあってホワードを辞め、独立して今に至っている。

蟻カードで希望に燃え蟻カードで打ち砕かれた。
蟻カードが無ければそのまま東亜特殊電機に居たのだろうか。
まあそんなことは無いとは思うが工房の片付けで昔を思い出した。

1000キロ離れた東亜特殊電機の本部に向けて、ひたすら信じ、
読まれもせぬ蟻カードをせっせせっせと書き続けた頃が妙に懐かしい。
コメント (4)
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