私の町吉備津

岡山市吉備津に住んでいます。何にやかにやと・・・

さて、漸く、術後一週間の経過です・・・

2018-11-14 09:14:20 | 日記
 山神様の嵐も一週間が経ち、どうにか、吾身辺から通り過ぎました。そこで、朝からパソコンの前です。という訳ではないのですが・・・

 さて、あの邇邇藝命ですが、天児屋命等を随えて高天原を出発されて、葦原中国に天降りなさいます。それ以前に高天原から建御雷神など大勢の神々が葦原中国に天降った際には出逢わなかったのですが、どうした訳か分からないのですが、俄かに、この場合には、
             “八重多那雲”
が辺り一面に

              “伊都能知和岐知和岐弖”

 <イツノ チワキ チワキテ>と読んでおりますが、<イツ>とは「、厳島神社の「厳<イツ>」で、勢いが激しい鋭い様子を言います。<チワキ>は「道別ミチワケ>」で、往く道を拓きながら進む事です。
 要するに、此の度の天降りは、どうしたことか、その行く先を暗示しているが如くに、厚い雲が辺りを覆い尽くして何処をどう進んだらよいか分からず、あちこちと道を探しながら天降ったのです。
 それにしても、この一行には猨田毘古神の道案内者がいたのにもかかわらずですが、それほど“八重多那雲”というのは「一寸先は闇」通りの厚い雲だったんでしょう。その雲を“押分<オシワケ>て進んだのです。そして、漸くに、到着できた場所は、目的地「オホクニの出雲国」ではなかったのです。