１０．海

　夕日が綺麗な海に沈んでいく。見ていると悲しかった事や辛かった事が夕日と共に沈んで行くように忘れていく。
　私が海の砂浜を歩いていると、おばぁさんが鳥に餌をあげていた。おばぁさんの周りを海鳥達が囲んでいた。
　鳥達が囲んでいるおばぁさんがチラッと若く見えた。目をこすって見たら年寄りの姿に戻っていた。海の光で若く見えたのかもしれない。
　カモメや鳩が餌を取りに来ていた。三十羽くらいいた。もっといたかもしれない。
　おばぁさんはブツブツと念仏のような事を呟きながら餌をあげていた。私が何を話しているんだろうと耳を傾けていたら、手招きで呼ばれた。
　「お前さん海は好きか？」ぶしつけな質問に戸惑ったが、大好きだったので大好きですよと答えた。
　すると、そうか。そうか。とおばぁさんは笑っていた。しわくちゃの顔が笑うと更にしわくちゃに見えた。
　私も聞きたかったので質問した。
　「いつも餌をあげているんですか？」
　「あぁいつもあげとるよ。おじいさんが天国で見てるじゃろうから」話している時も餌を砂浜にばらまいていた。
　鳥達が笑ったような気がした。
　話しを聞くと、おじいさんが亡くなって、海鳥が天国にいるおじいさんと会話をしているらしかった。
　カモメや鳩達におばぁさんが元気だという事を伝えてもらう為に毎日餌をやっているそうなのだ。
　私は、それを聞いた時、胸が熱くなって涙が出そうになった。死んでからも愛は生き続けるのだなと思った。
　夕日がボンヤリと見えた。
　「私もやっていいですか？」と聞いた。
　「あげるか。おじいさんも喜ぶじゃろ」おばぁさんは袋に入っている餌を取り出すと、私にくれた。私も餌を砂浜に投げた。鳥達がおいしそうに食べていた。
　食べるのに飽きると、夕日の向こう側にみんな飛んで行った。
　きっとおじいさんの所へ向かっている事だろう。
　「私は元気にしています」
　おばぁさんは、泣きながら鳥達に手を振っていた。それを見た私も泣きながら大きく手を振った。
　絶対おじいさんの元に届いたに違いない。