安福寺
心道山安福寺と号する西山浄土宗の寺で、平家一門の武将、平重衡とは縁の深い寺である。平重衡は、一の谷の合戦で捕らえられ、鎌倉に送られた後、源頼朝に丁重に遇される。しかし、東大寺、興福寺の焼き討ちを憎む南都衆徒の強い要求により木津川の河原で処刑された。
そのとき、近くの古堂から運び出した阿弥陀仏を重衡の前に置き、佛の御手にかけた紐を、手の中におさめ「浄土に迎えられますように」と念仏を唱えながら斬首されたという。
安福寺は、平重衡の死を地域の人々が哀れみ、重衡の引導佛でもある、阿弥陀如来坐像が安置されている。
境内には、重衡の墓と伝えられる十三重之石塔が建てられています。
また、同寺の北西の木津川堤防には、「首洗池」と称する池が残り、その側には「不成柿」と呼ばれる柿の木がある。重衡が最後に柿の種が生長したもので実がならないと伝えられている。安福寺住職
塔の高さは 約4.5m
833回忌と書かれています
線路の向こう側に 安福寺の屋根が見えます。
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