カワセミ側溝から

好きな言葉は「のこのこ」。好きなラジオ中継「相撲」。ちょっと苦手「煮た南瓜」。影響受けやすいけど、すぐ忘れます。

切り裂きジャックを逃がすな タイム・アフター・タイム

2014-07-24 | 映画

タイム・アフター・タイム/ニコラス・メイヤー監督

 切り裂きジャック関係の映画を、これまでどれだけ観たことだろう。確かにショッキングな事件であるし、結局犯人が最後まで捕まらなかったと思われるところに、ミステリとともに題材にされやすいものとなっている原因があるのだろう。それはそうなのだが、これを元にお話を作りたい人がたくさんいるというのはどうなのか。それもたいていは元の切り裂きジャックの事件を追っているというだけのことではない。時には主流だが、時にはスパイスとして、誰でも知っているので使いやすい題材ということになるのだろうか。
 その上にこれはタイムマシンである。この道具も、まあ、いろいろ使いやすいということはあるのかもしれない。何しろ都合あわせに便利なのである。時間を順に追っていくのはいわば歴史だが、その順番が多少狂っても修正できる。未来の人間が知っている事実にあわせて、過去の時間と都合のつじつまを合わせてしまう。そうすると新たに可能なトリックも増えるというものだろう。
 何度も書いているが、しかしこれにはパラドクスも含まれている。さらに時空を超えた恋である。もうまったくどうしたものか、人間の出会いというのは実に限られた空間にしかないらしい。時空を超えて割り込んできた人間に、過去の人間はそのスペースを奪われる。要するにそういうことが物語には安易に起こってしまうわけだ。それは誰の所為なのか。作者の都合と見るものへのサービスのためなのであろう。
 過去の人が現代というか未来に来て最初に困るのは、実は換金であることも描かれている。社会生活には金が要る。しかし正規のルートでは身分証明などが必要になって、思うように換金できない。高価なものを持っていても、まさに宝の持ち腐れ。しかしながら切り裂きジャック側の都合からすると、これがかえって好都合。要するに、自分の正体が分からなくなっているわけだ。本来は同じように苦労したはずだが、犯罪者には時空を超えることが有利に働くわけだ。
 このことは実に示唆的で、タイムマシンが実際に出来たら、犯罪をどうする問題という厄介さが生まれるということになる。将来的に本当にタイムマシンが出来ないのだ、という理屈はある。出来たのなら今の世にも来ている筈だということだ。それはさておき、やはり出来ない方がいろいろと抑止力にはなるに違いない。安易に自分の状況から逃れられないからこそ、人というのは冷静なのかもしれない。いつでもどこにでもいけるというのは、あんがいかなり危険な状態かもしれない。時空の自由な移動は、人間性を破壊しかねない。娯楽として楽しむにしかず、なのかもしれない。
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