人類と気候の10万年史/中川毅著(講談社ブルーバックス)
副題「過去に何が起きたのか、これから何が起こるのか」。世の中には様々な学問があるが、古気象学という分野があるらしい。人間の寿命というのは平均で100年に満たないが、星の一生とはどれくらいだろう。人類は地球という星に住んでいるが、この星の気象の変遷をたどることができるとしたら、どうやってやるのだろうか。地球は太陽の周りをまわっていることは分かっているが、実は全く同じ軌道をずっと繰り返してきたわけではない。時には楕円になり、時には完全な円に近くなる。その周期が約10万年で、その繰り返しにより、地球は温暖になったり寒冷化したりしてきた歴史があるのだ。実は今現在は寒冷化に向かう時期にある途中の、比較的温暖な一瞬であるらしいと考えられるという。しかしそういう時期が数万年の幅での誤差がある。確かに今は地球温暖化が騒がれているが、それは近年の数十年単位の平均気温の変異や、二酸化炭素などの炭酸ガスによる(しかしこれも原因と結果のどちらなのかはあまり明確ではない)ものだというのも確かそうにも見えるが、それが100年単位の変異だとしても、きわめて微細な誤差の範囲かもしれない。
さらに人間の時間のスケールで物事を考えることと、未来予測というのは、非常に判断を誤りやすいものにしているらしい。今のデータの蓄積が、未来をそうさせるという根拠になるには、複雑系である気象の予想としては、あまりに単純すぎるのだ。そのように見えることと、そうなることはいまだに一致しているとは言えない。もちろんかなりの精度で週間天気などの予想はできるようになってきている。ひょっとしたら10年や100年の予想も可能になっているのかもしれない。だが、1000年や1万年というスケールになると、その幅の中の気候変動の差異というのは、果たして予想の範囲なのだろうか。しかし、10万年周期であるならば、先ほどの地球の太陽との周回軌道との関係で予想することはできる(これをミランコビッチ理論という)。
さらにこれらの予想と過去の気象の変動を調べる物差しとなる研究のカギは、実は日本に優れた資料がある。過去の堆積物を正確に記録している場所が、福井県の水月湖というところなのだ(この水月湖の特殊性が奇蹟的な場所だというのも面白い)。これまでもグリーンランドの氷であるとか、カリブ海南のカリアコ海盆という場所もあるらしいのだが、最も正確な資料を探索できた場所が、他でもなく水月湖なのだ。この水月湖の10万年に及ぶ堆積物から割り出した日本のこの場所の気候変動の物差しをもとに、他の場所の気候も割り出すことが可能になるかもしれない。
過去に実際に起こったことは、このような研究で正確に分かるようになってきている。実際に地球というのは変動の激しい歴史を持っており、ヒマラヤの山頂は過去には海の底だったこともあるというのは本当である。そういう時間のスケールで振り返ると、南極が氷の無い沼地だった時代もあるし、地球が全球凍結していた時代も何回もあるのだ。その地球の歩んできた歴史のほんの最近になって、人類が暮らしだしているに過ぎない。そういう時間の幅で物事を考えることは、人間にはかなり難しい技量であることも、改めてこの本を読んで思い知ることだろう。知的好奇心に満ちた科学の世界を覗き見る、格好の入門書なのである。