瀬戸際の暇人

今年も偶に更新します(汗)

魔女の瞳はにゃんこの目・3 その3

2010年07月31日 15時01分12秒 | 魔女にゃん(ワンピ長編)
その2へ戻】






話が纏まった所で、フランキーは全員に茶でも飲んでけと誘いました。
しかし降りが激しくなるのを恐れた村長は、彼の招待を丁寧に断り、ウソップを宜しく頼んだ後、マキノ達を連れて帰路に着きました。
『パーティーズ・カフェ』前での別れ際、マキノは村長に何度も礼を述べ、村長は雪のせいで2、3日珈琲を飲みに行けなくなる事を大層残念がりました。
積る雪が膝の高さを越える頃、外に居るのはルフィゾロナミマキノの4人だけとなりました。

ナミが白い息と共に、低く短い呪文を吐きます。
すると忽ち彼女の茶色かった瞳は、闇夜にキラキラ輝く金色に変化しました。
提げてたランプを消し、替って大きな古箒を出現させます。
1回転させ、右手に持ち替えた所で、ナミは空を見上げました。

真っ暗な空を背景に、白い螺旋を描いて落ちる雪が、これから吹雪になる事を彼女に教えます。

「ルフィ!ゾロ!延ばしてばかりで悪いけど、地図を持って来る件は明後日にさせて頂戴!マキノ!貸して貰ったコートも、その時返すわ!」

振向いたナミは、白い毛織のコートを抓みながらマキノに礼を述べ、ルフィとゾロに明後日の仕切り直しを約束してから、箒に跨りました。

「待って!」

ところが飛行の呪文を唱える寸でで、マキノに引き止められてしまいました。
驚いて振り返ったナミの両肩に、マキノの手が優しく置かれます。
自分を見上げる目線と合うと、彼女はにっこり微笑んで言いました。

「これから吹雪になるんでしょう?なら今夜は家に泊まって行きなさい!」

マキノの背後で彼女の言葉を聞いたルフィとゾロが直ぐに賛成します。

「そうだナミ!マキノの言う通り家に泊まってけ!遠慮はいらねーぞ!」
「疾うに道はかなりの雪が積ってて、今から帰るには危険だしな…俺も泊めて貰って良いか?マキノ」
「ええ、構わないわ!ルフィと一緒に居る事は、ゾロの家でも承知してるんでしょ?なら心配してないだろうし」
「今夜は皆で宴だな♪♪」
「ちょ、ちょっと待ってよ!私、此処に泊まってく訳にはいかないわ!」

承諾もしてない内に、早お泊りして行くと決め付け、大いにはしゃぐ3人に、ナミは慌てて断りを口にします。

「なんだよ!?せっかく盛り上がってんのに水をさすなよな!」
「吹雪に閉じ込められてる間、3人でシャンクスの資料室を片付けりゃ、時間を有効に活用出来るだろ」
「本当に遠慮する必要なんて無いのよ?1日や2日位、ルフィの分から少し都合して、ナミちゃんの分の食事に充てるから!」
「ええ!?俺の分から取るのか!?そりゃひでーよマキノ!!」
「別に遠慮してんじゃなくて!!…早く帰らなきゃ私のオレンジの森が大変な事になるんだってば!!」



ナミの住むオレンジの森は、彼女の魔法の力で1年中初夏の陽気に包まれています。
外界の様に四季は無く、地面が乾かない限り雨が降る事も有りません。
青空の下、樹々は瑞々しい葉を繁らせ、オレンジをたわわに実らせていました。
オレンジは毎朝収穫され、使い魔によって外界に売りに出されます。
もいだ後、樹は一晩で新しい実を熟す為、魔女の懐は毎日潤っていました。



「つまり毎朝収穫しないと、生っては熟し生っては熟し…枝から落ちたオレンジに森が埋め尽くされてしまうのよ!それでなくても此処数日留守にしたってのに、悠長に泊まってなんか居られないわ!」
「だから放っぽって鳥の餌にでもしろって」
「人の貴重な収入源を何だと思ってんのよあんたはァァ!!!」
「なら落ちたオレンジここへ持って来いよ!俺が全部食ってやる!」
「只であんたにあげる義理が何処に有る!!?」

2人のほほんと挙げる解決策を、ナミが片っ端から却下します。
そこへマキノが名案を思い付いたとばかりに、声を弾ませて話の輪に加わりました。

「そうだわ!落ちたオレンジをこの村の皆で買えば良いんじゃないかしら!?」
「止めとけマキノ!こいつのオレンジは1個730ベリーもするっつう、大層あこぎな――ブッ!!」
「あこぎとは何だ!?高級ブランドなんだから当り前でしょお!!」

価格にケチを付けたゾロの頬に、ナミの強烈な平手打ちがお見舞いされました。
1個730ベリーもすると聞いて、マキノの表情はみるみる曇りました。

「まァ、そんなに高いんじゃ手が出せないわ。私とナミちゃんの仲に免じて、せめて半額に負けて貰えないかしら?」
「そうだそうだ!他人じゃねーんだから只にまけろ!」

手が出せないと言いつつ、マキノの態度からは諦めが見えません。
流石はルフィの保護者、血の繋がりは無い筈なのに、一緒に騒ぐ少年とマキノは、目や髪の色だけでなく性根まで、不思議に似て思えます。
邪気無く「負けろ」と言うんだから性質が悪い…。

「…落ちて傷付いたオレンジを市場に出したら信頼ガタ落ちしちゃうし、特別に9割引で売ったげるわよ!」

根負けしたナミは、わざと重々しい溜息を吐いてみせて、そう約束しました。
途端にルフィが勝利の雄叫びを上げ、ゾロがくっくと忍び笑います。
2人を睨むナミをマキノはギュッと抱き締め、無邪気に礼を述べましたが、急に神妙な顔付に変ったかと思うと、彼女の金色の瞳を覗き込んで言いました。

「実はシャンクスの件で聞いて貰いたい話が有るの…」




店に入ったマキノは、3人をカウンター席に案内し、後ろの暖炉に火を熾しました。
暫く経つと火は勢いを増し、冷えた空気が次第に暖まって行くのを感じました。
赤々と燃える炭がパチパチ爆ぜて、薄暗い店内を照らします。
マキノはカウンターの下から両手鍋を取り出すと、半分位の嵩までミルクを入れて、暖炉に掛けました。
沸騰し、表面に薄い膜が張った所で、カウンターに並べて置いた4つのカップに、均等に注ぎます。

「寝る前だから、珈琲じゃなくって、ホットミルクねv」

花柄の木製カップを3人に配りながら、マキノが言いました。
そうして彼女自身も己に用意したミルクを口に含みます。

冷え切っていた体を全員が充分に温めた所で、彼女は2階の自室から抱えて来た束を、3人の目の前に積みました。
束を結わえていた紐を解きます。
山積みになったそれは手紙で、全て同じ差出人からの物でした。

「…アイスバーグ?」

束から1枚抜き出し手に取ったナミが、差出人の名前を読上げます。

「シャンクスの捜索をして下さってる、港街の市長さんよ」

目で問われたマキノが答えた途端、ナミの左右に座るルフィとゾロが反応し、素早く手紙を掴み取りました。
バランスを崩した束が崩れ、テーブル下にまで零れ落ちます。
それには構わず2人の少年は…特にルフィは、開封してある手紙を次々取り出しては広げ、目を皿の様にして黙読しました。
手紙は難しい言葉で書かれていて、ルフィにはチンプンカンプンな内容でしたが、シャンクスの行方について記した調査報告である事だけは解りました。
日付から判断するに、手紙は週1のペースでマキノに届けられているようでした。

「現在シャンクス達の捜索には、2つのチームが当たってくれているわ」

床に落ちた手紙を拾い上げながら、マキノが説明します。
ナミは文に目を走らせつつ、彼女の話に耳を澄ませました。

「1つは国の警察が派遣している捜索隊で、もう1つはそのアイスバーグさんが私的に出している捜索隊…噂では他にも幾つか動いてるチームが在るらしいけど」
「有名人だもの。不思議じゃないわね」

ナミが相槌を打って話を促します。

「シャンクスはアイスバーグさんの街の創生から関っていて、見付けた宝の殆どを彼の街の博物館に寄贈しているの。
アイスバーグさんの方でも、シャンクスの為に研究所を設立したり、彼の冒険に掛かる資金を調達したりしてくれてるわ。
言うなればシャンクスのスポンサー、大事な協力者ね」
「どうりで此処には財宝の影も形も見当たらない筈だわ」

前にルフィから見せられた、部屋を埋め尽くす資料の山を思い出して、ナミが溜息を吐きます。
カップから立ち昇る湯気が、吐き出した息に煽られ、拡散しました。

「1年前、シャンクスが行方不明になった知らせを受けて、アイスバーグさんは直ぐに捜索隊を出してくれたわ」
「それから週1のペースで、アイスバーグさんから報告の手紙が届くようになったのね?」
「ええ、そうよ」

マキノがカウンターに頬杖を着いて頷きます。

「けどあまり捗ってる様には思えないわ。手紙が段々薄くなってってるもの」
「ええ、そうね」

古い手紙と新しい手紙を並べて厚みを較べるナミに、マキノは続けて肯定の頷きを返しました。

突然――バンッ!!と勢い良くテーブルが叩かれ、ルフィが物凄い剣幕で吼えました。

「マキノ!!何で今まで俺に隠してた!?」

下を向いていた全員の視線が、椅子の上に膝立ちするルフィに集まります。
暖炉の火を反射して爛々と光る黒い瞳に向い、マキノは哀しみを含んだ笑顔で答えました。

「…教えたら直ぐにアイスバーグさんを訪ねて、行方を追おうとしたでしょ?嫌よ、私、シャンクスに続いて、ルフィまで居なくなるなんて……」

声は段々と小さくなり、顔を覆った手の中で聞えなくなりました。

「だったら何故今になって話すんだ?」

マキノの言葉に意気を殺がれ、大人しく座り直したルフィに代り、ゾロが質問を投げます。
問われたマキノは俯けていた顔を上げて答えました。

「『ナミちゃん』という翼を得た今、貴方達は止ろうとしないでしょう?…だから覚悟して話したの」

全てを打ち明けた後、マキノはナミの目を真直ぐ見て頼みました。

「ねェ、ナミちゃん!鉄砲玉みたいな2人だけど、見失わないように付いて行って頂戴!」

「…なんで私がこいつらのお守りを」

目を逸らして零したナミに、透かさずルフィとゾロが反撃します。

「婆さんの面倒を見る若者の苦労も察して欲しいね!」
「毎回ピンチを救ってやってんのになー!」
「負ぶってやったり、我ながら健気で泣けて来るぜ!」
「あんまりうるせーと合わせ鏡して閉じ込めっぞ、金目ババァ!」
「婆ァ婆ァ煩いのよガキ!!悪口言うにもも少し語彙増やしたらどうなの!?」
「「オールドミス!!」」
「なんだとー!!」
「はい、そこまでー!」

お定まりの口喧嘩の幕が切って落とされる前に、マキノが手を打って治めます。
振向いた3つの顔を笑顔で見回した彼女は、今後為すべき事を言聞かせました。

「吹雪が止んだら、私の手紙を持って、アイスバーグさんを訪ねなさい。きっとシャンクス達の足取りを纏めた、大きな地図を持ってると思うわ!」




【続】
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魔女の瞳はにゃんこの目・3 その2

2010年07月31日 15時00分03秒 | 魔女にゃん(ワンピ長編)
その1へ戻】






静まり返った夜道を川伝いに下ります。
道と言っても雪にすっぽり覆われてるせいで、本当の所何処を歩いているのかさっぱりでした。
ポツポツ点いてる家の灯りが途切れると、辺りは不気味な白い闇に包まれました。
川の水音が傍で聞えるのも不安を募らせます。
ランプを携え先頭を歩く村長は、頻りに後ろを振り返っては、絶対に列を乱さず、離れないよう注意しました。
積る雪は今や大人の膝位まで達しています。
村長は後ろを歩くマキノや子供達の為に、藁ぐつで掻き分け踏締め、道を作ってやりました。

「その『フランキー』って、どんな感じの人なの?」

掬い取った雪玉を珍しそうに眺めながら、直ぐ前を歩くゾロにナミが訊きます。

「一言で言うと『変態』だ!」

しかし何故か質問に答えたのは、ゾロの前を行くルフィでした。
そんな彼をじろり睨んだものの、ゾロが付け加えて答えます。

「ま、確かに見た目『変態』だな。冬でも半袖短パンだし」
「冬でも半袖短パン!?寒くないのォォ!?」

目を丸くして驚くナミの後ろで、ウソップがあからさまに嫌な顔を見せました。
長く付き合ってる村人にすら『変態』呼ばわりされる男。
そんな男と自分はこれから一緒に暮さねばならないのか?
不安に怯えるウソップに構わず、ルフィとゾロは無邪気に、件の男の人となりを暴露しました。

「前に『そんなカッコで寒くないか?』って訊いたら、『寒いに決まってんだろバカヤロー!!』って怒鳴られちまった」
「寒いなら着りゃいいじゃねェかって思うんだがな。ポリシーってヤツらしい」
「バカだなゾロは~!それを言うなら『ポリスー』だろォ!?」
「馬鹿、てめェが間違ってんだよ!…兎に角だな、『変態』に誇りを持って生きてるらしい」
「『変態』って呼ぶと喜ぶんだぜ!」
「何で喜ぶのよ!?」
「『変態』だからじゃねェの?」
「そそそんな奴の家に世話になって、俺大丈夫で居られるのか…?」
「さー?大丈夫じゃねーかもなー」
「大丈夫じゃねーかもじゃねェェ!!!他人事だと思いやがってテメェら!!!」
「ま、実際他人事だしな」

やいのやいの言い合ってるそこへ、前を行く村長とマキノから注意が飛びました。
慌てて2人の後を追い駆け距離を詰めます。
再び雪道を出発して約30分、一行は漸く噂の男が住まう家に到着しました。

目の前に建つ家を、ナミはゆっくり見上げます。

白い雪を被ったそれは、村に在る他の家と同じ木造でしたが、目立って風変わりに感じられる物でした。
まるで三角屋根の家を5軒重ねて潰した様な五重の塔。
重なった家は上へ行くほど小さく、親亀小亀孫亀なイメージも持てます。
雪を被ってない1階の壁にランプを翳し、太い極彩色で描かれた文字を見付けたナミは、声に出して読んでみました。

『フランキーハウス』

ナミが一回りして観察している間に、村長は扉の前にぶら下がる呼び鈴を鳴らしました。
静寂を壊す派手な音が轟きます。
扉からのっそり出て来た大男は、ルフィとゾロが話した通り、『変態』の標本の様でした。

水色のリーゼントヘアー、人相の悪さを引き立たせるサングラス、山間部に不似合いなサンダル。
半袖開襟シャツ+短パンから食み出した、筋肉質で毛むくじゃらのボディ。

てっきりウソップをからかってるだけだろうと思っていたのに…唖然として居るナミに向い、ルフィとゾロは「な、『変態』だろ?」と言って、にんまり笑いました。
3人目が合った所で、背後のウソップを振り返ります。
彼は哀れにもすっかり蒼褪め、両目を真ん丸に見開き、ガタガタと震えて居ました。

「ん?そんなに寒いのか??」
「鈍いわねルフィ。あいつを見て怯えてるに決まってるでしょ!」
「そう怯えんなって。見掛けはアレでも良いトコ有るぜ」
「ゾロの言う通りだぞ!見た目で人を判断しちゃダメだって、マキノも言ってた!」
「中身も『変態』だけどな。『住めば都』って言うし、一緒に暮してりゃ、その内慣れるだろ」
「うん!『朱に交われば赤くなる』って言うからな!その内慣れていきとーごーするさ!」

仲間が口々に慰めにならない言葉をかけます。
聞いて居たウソップは、終いに堪忍袋の緒を切らしてしまいました。

「交わってたまるかァ~!!!ホントお前ら他人事だと思いやがって…!!!」
「馬鹿言ってんじゃねェぜ村長!俺の家は託児所かァァ!?」

そこへフランキーの怒鳴り声がはもり、反射的に子供達は、大人達の方へ一斉に首を向けました。
扉を背に立つフランキーが、己に集まった視線を感じて、子供達の方を睨みます。
サングラスを弾き露にした目は、泣く子も黙って失禁しそうな凶悪さでした。
例えるならメドゥーサ、その禍々しい眼差しがウソップを捉えます。
忽ちウソップの顔から血の気がザザッと引きました。

フランキーがマキノと村長を脇に押し退け、ウソップの元へ向います。

ビッグフットが雪原をズンズン歩いて近付いて来るも、恐怖に凍り付くウソップの体は微動だにしません。
逃げる事叶わず、遂に真正面までやって来た彼は、身の丈がウソップの3倍近く有りました。
見上げるウソップの喉から、か細い悲鳴が零れます。


――良い子だから元の村にお帰りなさい。


あの時頷いときゃ良かった…ウソップの胸に後悔の念が浮びました。


「てんで性根が据わってねェ!形も貧弱でやがるし!こんなヒョロガキ、クソする手伝いにもなりゃしねェよ!」

己の前で氷像の様に硬直して居る少年を、穴の開くまでジロジロ観察し終えたフランキーは、首と掌を大袈裟に振って駄目出ししました。
彼の暴言を聞きフリーズが解けたウソップが、流石にむかっ腹を立たせ睨みます。
しかしフランキーは全く相手をせず、その隣に居るルフィの方へ、愛想良く声を掛けました。

「同じガキなら麦藁をよこしてくれよ!こいつの腕っ節には惚れてんだ!どうよ!?俺んトコに弟子入りしねェ!?」
「やだね!、俺、大工になりたくねーもん!」
「つれねェ事言うなって!大工くれェ安定して稼げる職は無ェぞォ!バブル弾けたって恐くねェさ!」
「やだね!俺はシャンクスみたいに、トレジャーハンターになるんだ!」
「フランキー!ウソップ君は発明の天才で、とっても器用だそうなの!」

ルフィから間髪入れず断られるも、フランキーはお構い無く勧誘し続けます。
このままではルフィが弟子入りさせられてしまう。
そう危ぶんだマキノは、必死でウソップを売り込みました。

「発明の才なんざ大工に必要無ェよ。…まァ器用なのは結構だがな」

けれどもフランキーはちっとも乗って来ようとしません。
己の付けた足跡を辿り、そのまま家の中へ戻る素振りを見せた彼を、村長は慌てて引き止めました。

「待てフランキー!頼れるのはお前しか居らんのじゃ!」
「悪ィが売り込むなら十年後にしてくれねェか?そのガキ、親から離して弟子入りさせるにゃ、ちと若過ぎに思うぜ!」
「じゃから、この子には両親が居ないんじゃ!」
「何だとォォ…!!?」

背を向けて扉を開けようとしていたフランキーが、勢い良く振り返ります。
彼は村長の肩を乱暴に掴んで問質しました。

「そいつはマジか村長!?」
「ときに先刻から思うとったんじゃが、お前さん、脛晒したまま雪ん中立ってて冷たくないのかね?」
「冷てェに決まってんだろバカヤロー!!――そんな事より、こいつ両親が居ねェのか!?じゃ、今迄独りで…!?」
「そうよ。彼此1年、独りで暮してたそうなの」

傍に立っていたマキノが、村長に代わってウソップの家庭の事情を説明します。



母親は彼が幼い頃に死んでしまった事。
父親はシャンクスのチームに居るヤソップで、シャンクスと共に行方不明である事。
ルフィ達に出会った彼は、同志の絆を結び、自分の手で父親を捜す決意を固め、遥々山越えこの村にやって来た事。



終いまで聞かない内に、フランキーは雪原を転げ回り、わんわん声を上げて泣き出しました。
大人気無い泣き様を見かねた村長が、優しく宥めるよう声を掛けます。

「こりゃ、フランキー。いい年した男が、そんな風に泣くもんじゃない」
「馬鹿泣いてねェ!!!泣いてねェったら!!!」
「そんな薄着で体を雪に擦り付けて…冷たくないのかね?」
「煩ェェェ!!!冷てェに決まってんだろバカヤロ~~~~オイオイオイ!!!」

何を言ってもフランキーは泣き止まず、諦めた村長は放って置く事にしました。
他の者達もどう声をかけて良いか判らず、駄々を捏ねる子供みたいに泣き喚く男を、黙って囲んでいました。
体の大きい彼がジタバタ手足を叩き付ける度に、派手な雪飛沫がバッシャバッシャと立ち昇ります。

大分経った頃、フランキーは鼻をグズグズ啜って立ち上り、何処からともなくギターを取り出すと、ジャカジャカ掻き鳴らしながら、自作の歌を歌い出しました。

――はァ~~~~るばるゥ~~来たぜ♪ゆゥ~~き山ァァ~~~~~~♪

「フランキー歌は結構じゃっ!!それよりこの子を家に置いてくれるかどうかを聞かせてくれんかね!?」

感極まるとギターを取り出し、即興で歌い出すという癖が、フランキーには有りました。
それを知る村長が、脱線を恐れて懸命に制止します。
演奏を止められたフランキーは、己を呆然と取り囲む輪の中にウソップを認めると、両手を大きく開いて抱き締めました。
分厚い毛むくじゃらの胸板に埋められたウソップの喉から、再びか細い悲鳴が漏れました。

「事情も知らずに済まなかったなァァ!!けどもう心配するこたねェ!!今日からこの家がおめェのマイホームだ!!何なら俺の事は『親父』と呼んでくれて構わねェ!!」
「いいいや折角だけど俺には既に血の繋がった親父が居るんで勘弁…!」
「これからは寂しい思いなんてさせねェさ!!温かく笑いの絶えない食卓ってヤツを、おめェに味わわせてやるぜ!!」
「いいいや別に俺今迄冷たくしんみりした食卓しか知らない訳じゃ…!」
「腕もみっちり鍛えてやるからな!!3年後には超スーパーな大工だ!!」
「いいいや俺大工じゃなくって発明家になりた――って冷てェ~~!!!!前は暑苦しいけど後ろは冷てェ~~~!!!!」

熱い抱擁を受けて押し倒されたウソップの悲鳴が、白い大地に響き渡ります。
暑苦しさと冷たさのコラボに耐え切れず、死に物狂いで抵抗するも、咽び泣くフランキーの腕は解く事が出来ませんでした。


「上手く行ったのかしら?」

事の成り行きを黙って見詰めていたナミが、同じく隣で静観していたゾロに尋ねます。

「行ったんじゃねェの?」

ゾロが何時も通りの惚けた口調で返しました。
ナミの口から、安堵とも呆れともつかない溜息が零れます。

ふと手袋の中に包んでいた雪玉を確めました。
丸めた時に較べて、小さく変わった結晶の固まり。
暫く眺めた後、彼女はそれを降り頻る雪のカーテンの向うへ放り投げました。




【続】
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魔女の瞳はにゃんこの目・3 その1

2010年07月31日 14時58分25秒 | 魔女にゃん(ワンピ長編)
【魔女の瞳はにゃんこの目・2―その20―に戻】







魔女の瞳はにゃんこの目

空の彼方を
海の底を
地の果てを

心の奥をも見通す力




        【魔女の瞳はにゃんこの目・3】

                          


或る小さな国に、1人の偉大な魔女が居りました。
世界中の何もかも知り、世界中の誰よりも愛らしい魔女でした。(←自己申告)

小さな国の外れの小さな村の、そのまた外れの小さなオレンジの森の奥に建つお菓子の家。

壁は卵色したスポンジケーキ。
屋根の瓦は色とりどりのマーブルチョコ。
煙突は生クリームがかかったウエハース。
窓は薄く延ばした氷砂糖。
扉は四角いビスケット。
けど――実体は木と蝋で出来たイミテーション。

魔女はそこに千年もの長い間、たった独りで住んでいました。

ところが或る日の事です。
魔女を尋ねて2人の少年が、隣村からやって来ました。

麦藁帽を被った怪力無双の少年、ルフィ。
チクチク緑頭の二刀流少年剣士、ゾロ。

1年前に消息を絶ったルフィの義父「シャンクス」の行方を捜して貰おうと尋ねて来た2人の少年に、優しい魔女(←自己申告)は快く力を貸し、仲間になる事を約束したのです。

3人力を合せて2つの冒険をし終えたところで、頼もしい仲間がもう1人加わりました。
トレジャーハンター「シャンクス」の仲間で、共に行方不明の発明王「ヤソップ」の息子。
才能だけなら父親すらも凌ぐと自称する、天才発明少年「ウソップ」です。

さても腕自慢の4人が揃い、今度こそシャンクスやヤソップは見付かるのでしょうか?




「呑気にしてる場合か!これから一体どうする積りよ!?」

甲高い声が天井で跳ね返って、店いっぱいに響きます。
正面並んで座るルフィゾロが両耳塞いで渋い顔を見せるのにも構わず、ナミは左隣で砂糖とミルクたっぷりの珈琲を啜るウソップをきつく睨み、容赦無い追求を浴びせました。

「着の身着のまま私達の後にホイホイ付いて来たけど、此処で暮してく当ては有るの!?まさか私達の内の誰かの家を頼って、ちゃっかり世話になろうなんて魂胆で居ないでしょうね!?」

聞いてたウソップの口から珈琲がブッと噴出されます。
そのまま彼は激しく咳き込み、テーブルに突っ伏してしまいました。
ゴホゴホゴホゴホ、ゴホゴホゴホゴホ、中々静まらない咳音に、店に居る全員の注目が集まります。
10分も経ったでしょうか?
漸く気を落ち着かせた彼はテーブルから身を起し、カップに残っていたミルク珈琲を一息に飲み干した後、覚悟を決めた顔でナミに臨みました。

「頼む、ナミ!お前の家に居候させてくれ!」

彼の目の前でナミの顔がみるみる微笑へと変化します。
それはもう天使の微笑と見紛うほど柔和で愛らしく、釣られてウソップも少々引き攣りがちの微笑を浮かべました。
2人の間に流れる和やかな空気、そんな中、ナミのカップを持つ左手がゆっくり上がって行きます。
不審を覚える頃には万事休す、カップはウソップの脳天まで来た所でクルッと反転、半分以上残されていたミルク珈琲は無情にも彼の頭へドボドボと注がれました。

「うあっちィィ~~~~~~~!!!!」

忽ち悲鳴を上げたウソップが、珈琲をたっぷり吸った黒モジャ髪を振り乱して、床を転げ回ります。
苦しみのたうつ彼の姿を一瞥したナミは、フンと鼻を鳴らして吐き棄てました。

「独り暮らしの女の家に厄介になろうなんて不躾な男には、相応の制裁を与えてやらなくちゃ!」

その言葉にプチンと切れたウソップは、やおら立ち上ると、指を突きつけ言い返しました。

「おいコラ冷血女!!てめェは仲間が行き場無く困ってんのに平気で居られるのか!?人間なら血の通った情ってもんが有るだろ!!」
「お生憎様!私は人間じゃなくて魔女だもの!だからちぃ~っとも平気!」

返す刀でバッサリ斬られ、ウソップは再び床に転げてしまいました。
こんな人でなし女を相手にしたって無駄だ、そう考えた彼はルフィを標的に変え、座り込んだ姿勢のまま、彼の方に手を合せて頼み込みました。

「ならルフィ頼む!!お前んちに居候させてくれっ!!」
「えー!?俺んちにかァー!?」

今迄ゾロと一緒に2人の喧嘩を傍観して居たルフィは、急にお鉢を向けられ素っ頓狂な声を上げました。

「ほへはへふに構わねーんだけどよー。マキノが何て言うか…」

珈琲の友に出されたクッキーを頬張りつつ、ちらりと奥のカウンター向うに居るマキノを窺います。
子供達に背を向けて暖炉の火を見ていたマキノは、ルフィの言葉を受けて振り返ると、思案顔を作って答えました。

「そうねェ…置いてあげたいのはやまやまだけど、ルフィの食費だけでも馬鹿にならないし…」
「優しい顔してシビアな言葉吐くよなァ、マキノって」
「だ、だったらゾロ!!お前んち居候させてくれよ!!この通~り!!…なっ!?」

ルフィ(と言うよりマキノ)に断られたウソップは、今度はゾロに向い、両手を強く叩いて拝みました。
しかし彼も短く刈った髪を掻き毟り、渋い顔をして答えます。

「俺も居候の身分で、家はしがない剣の道場兼寺子屋…テメェの判断だけで置いてやる訳にはいかねェよ」
「2ケ月や3ケ月位なら良いけど、ずっとじゃなー」
「期限定めず衣食住保証しろたァ、流石に調子良過ぎだろ」
「貯金も何も持って来てそうにないし、お役立ちな力も持ってなさそうだしねェ」
「なんでェ薄情者共!!!『俺達もう仲間じゃねェか』っつったのは大嘘か!!?結んだ友情は偽りだったってェのかよ!!?信じて付いて来た俺が馬鹿みたいじゃねェかァァ!!!」

ルフィとゾロとナミの遠慮の無い会話を聞いたウソップは、とうとう目に涙を浮かべて爆発してしまいました。
まさかの裏切りだと大いに詰る彼を、ナミは暫く黙って見詰めて居ましたが、やおら立上って傍に寄ったかと思うと、優しく宥めるように声をかけました。

「話を聞いて解ったでしょ?此処には貴方の居場所なんて無いの。良い子だから元の村にお帰りなさい」

「…『お帰りなさい』じゃねェっつの……おめェ全知全能を誇る『オレンジの森の魔女』だろが!?仲間の為に気前良く家の1軒も出してみやがれ!!この冷血ドケチ鬼女!!!」
「仲間を笠に着て甘えてんじゃないわよ!!元を辿ればあんたが無計画に付いて来たから悪いんでしょ!?せめて貯金位持って出なさいよ!!無一文で居候させてくれる家なんて簡単に見付かる訳無いじゃない!!」
「あだ!!!あだだだだ!!!!はだ!!はだ掴ぶば止べぼげぶっっ!!!」

肩に置かれた手を乱暴に掴み、ウソップが吠えました。
しかしナミも負けておらず、もう片方の手で彼の天狗の様に長い鼻を掴むと、思い切り捻ります。
ウソップが激痛にのたうち暴れるも、ナミは手を離そうとしません。
それでも彼は鼻抓み声で懸命に、持って来れなかった事情を説明しました。

「…持っで来る気ば有っばざ…貯金ばっべ、着る物ばっべ、当座ぼ食い物ばっべ、時間ざえ有べば鞄び詰べべ持っべ来べばざ!げどお前ば、事件が解決じばだ、ざっざど箒に乗っべ帰ろうどじやがっだがら、慌でで飛び乗っだんじゃべェが!!」



父親が行方不明になって以来、彼は自作のレーダーで捜す等、あらゆる手段を講じました。
しかし失敗の連続で月日は流れ、気付けば1年が経過していました。
このままじゃ埒が明かない、いっその事自分の足で捜しに行くか?
悩んでた所で、同じくシャンクスのトレジャーハンターチームを捜すルフィ達に出くわしたのは、ウソップにとって僥倖でした。
この機会を逃せば父親を捜す手立てを失うとの焦りから、後先なんか考えずナミの箒に飛び乗ったのです。

詳しい話は前回を参照して貰うとして、ルフィ達と共に血塗れで店に入って来たウソップを、最初マキノは悲鳴で出迎えましたが、直ぐに打ち解け、3人と同じ白い寝巻きを用意してやり、温かい御馳走でもてなしてくれました。



そのマキノは再び思案顔で「困ったわねェ」と呟くと、カウンターを出てテーブル席窓際に座るウープ・スラップ村長に相談しました。
騒がしい子供達の陰に隠れて存在感が極めて希薄でしたが、村長はずっと遠巻きに話を聞いて居たのです。

「ねェ、村長。ウソップ君の為に良い居候先見付けてあげられないかしら?折角山3つも越えてこの村に来てくれたんだもの。力になってあげたいわ」
「わしの所で預かれれば良いんじゃがなァ…何分うちも三世帯同居で手狭じゃし…」

相談を持掛けられた村長は、ブラック珈琲を一口啜った後、暫く熟考してから再び口を開きました。

「家族持ちの所は難しいじゃろ。子が居なくて暮らしに余裕の有る家が望ましいが、さりとて若過ぎても保護者を任すには不安じゃ。…となればフランキーの家に絞られる」
「フランキーって…川下に住んでる、大工の?」

マキノから尋ねられた村長は「うむ」と頷いた後、真横の子供達が座るテーブル席の方に、首を伸ばして問いました。

「その子は手先が器用かね?」
「おう!メチャクチャ器用だぞ!色んなもん発明しては爆発させる天才なんだ!」
「『破壊無くして創造叶わず』を体現してる様な奴だぜ」
「作るだけなら天才的なのよね」
「余計な紹介加えてくれてんじゃねェよお前ら!!」

ウソップに代わって答えた3人の言葉を聞き、村長は「うむうむ」と続けて頷きました。
「なら大丈夫じゃろ」と呟き、もう1度珈琲を啜ります。
店に居る全員の視線を集めた村長は、「フランキー」と言う男について簡単に紹介しました。



村で最も川下に在る家に、腕が良いと評判の大工が居る。
男の名は「フランキー」と言って、30をとうに越えてるが、未だ独身じゃ。
弟子を数人抱えているが、生活に困ってる様子は無い。
離れた街で暮す義理の兄貴から、仕事と金を貰っているらしい。
暮らしに余裕が有るせいか、気前が良くて面倒見も良い。
今丁度弟子を1人募集している。
手先が器用なら、きっと預かってくれるじゃろう。



話し終えた村長は窓から外を眺めます。
ランプの灯りを反射して橙色に輝く硝子の向うでは、夜の闇に真っ白な雪が深々と降り積もっていました。

「…これ以上積れば暫くは出歩けんようになる。今の内に頼みに行くか」

マキノ達の方へ首を戻した村長は、直ぐに出掛ける仕度をするよう言いました。





【続】
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魔女の瞳はにゃんこの目・2―その20―

2010年07月23日 20時55分34秒 | 魔女にゃん(ワンピ長編)
その19へ戻】




外は青空雲1つ無く、太陽はほぼ真上で燦々と照っていました。
時刻はどうやら正午近いようです。

久方振りに浴びた外気に、3人の顔は大きく緩みました。
両腕広げて思い切り伸びをすれば、ひんやり凍える風の匂いを感じます。
きっと山向うでは雪が降っているのでしょう。


「さてと…帰りますか!」


振向いて2人にそう言うと、ナミは右手で宙をつるりと撫でました。

忽ち大きな古箒が現れます。

1回転させ跨った後ろから、声を掛けるのも待たずに、ルフィが素早く飛乗って来ました。


「ちょっっ!?ちょっと!!未だ乗っていいとは言ってないでしょ!?」


動揺するナミに構わず、ルフィは腰にしっかり腕を回して来ます。
肩越しからニパッとご機嫌宜しく覗いた顔を、ナミはじろり睨んで意地悪く言いました。


「…何時席を戻す事を許可したかしら?」

「もう誤解はとっくに解けてるだろ?」


黒い瞳をきょとんと円くして返されます。


「勝手に雪解けてんな!未だ信用取戻した訳じゃないんだからね!」

「『言われなくても解ってる』って言わなかったか?」

「――ぐっっ…!」


言負かされたナミの頬が、みるみる赤く染まります。
それを見たルフィはしてやったりと笑い、未だ乗込まず傍に突っ立ったままで居るゾロに気付くと、不思議そうに呼掛けました。


「何ぼーっと見てんだ、ゾロ?早く乗れよ!」

「……ああ!」


低く返って来たその声は、何故か不機嫌そうに聞えました。

後ろに乗込んで来た所で、顔をこっそり窺い見れば、眉間に深く皺が寄っています。


「…何を怒ってんだ、ゾロ?」
「……別に怒っちゃ居ねェよ!」
「そうか?」
「そうだ!」


一々否定されるも、言葉にそこはかとない棘を感じずには居られません。
しかしまァ「怒ってない」と言うなら別にいいかと考え、ルフィは気にするのを止めて前に向直りました。

ナミが飛行の呪文を唱えて、箒を浮ばせます。

そこへ「おうい、お前ら、待ってくれー!」と呼止める声が、後ろから聞えました。

振返れば入口の在る低い塔から、ウソップが走って来るのが見えます。
飛立つ態勢整えた3人を前に、ウソップは息を弾ませたまま、言葉を述べました。


「…お前らに…2つばかり言っておきたい事が有る…!
 1つ目は礼だ!――お前らのお蔭で村に平和が戻って来そうだぜ…有難う…!」


そう言って直角に半身を曲げてお辞儀します。

された3人は照れ臭そうに顔を綻ばせました。


「そう改まる事もねェだろ。」
「お蔭でこっちもすっきりしたしな♪」
「偶々目的が一致しただけ…助かったのは、お互い様でしょ?」


茶目っ気篭めて、ナミがウインクします。
三人三様の言葉を聞き、ウソップも頭を上げて破顔しました。

しかし直ぐに顔を引締めると、今度は土に額を擦り付け、所謂土下座のポーズを取りました。
怪訝そうに見る3人の前で、ウソップは再びきっぱりと言葉を述べます。


「2つ目は――俺を、お前らの仲間に入れてくれ…!!
 …話した通り…俺の父親ヤソップは、シャンクスと同じく1年前から行方不明のままだ…!
 お前らがシャンクスを捜してるって言うなら………どうか俺も仲間に入れて、一緒に俺の父親も捜してくれ!!頼むっっ…!!!」


「………手を離さなかったもんなァ…お前…。」


ルフィはそう呟くと、息を大きく吸込みました。


「――乗れよ、ウソップ!!!!」


吸込んだ息を一気に開放して叫びます。


「ちょちょっとルフィ!!?あんた何勝手に決めてんのよ!!!」


ルフィの言葉を聞き、ナミは焦って振返ります。


「いーじゃねーか!早く捜すなら1人より3人!3人より4人だろ!?」


そう言ってルフィは「しししっ♪」と、然も愉快そうに笑いました。


「助ける手は多いに越した事無ェしなァ?」


ルフィの後ろからゾロもくっくと音立て笑います。
その言葉を聞いたナミは、へそを曲げた様にプイと前へ向直り、「じゃあ乗れば?」と口の中でボソリ呟きました。


「…それに俺達、もう仲間じゃねェか!!!」


ナミのつれない態度を見て、乗込むのを躊躇っていたウソップは、ルフィのこの言葉に瞳を潤ませ、最後部に飛乗りました。
あまり勢い良く飛乗ったせいで、箒がグラリと大きくバランスを崩します。


「もっと静かに乗れっっ!!!折れたら弁償させるからね!!!」と悪態吐きつつも、ナミはゆっくり箒を上昇させました。

――すると後ろから、またもや呼止める声が届きます。

振返ったそこには、ズシンズシンと丘を踏締め走って来る、無敵合体ロボOYABIN28号の姿が在りました。

どうやら立直りに成功したようです。


『『『博士ェ~~~!!!』』』

『フェ~~~フェッフェッフェッ!!!』


箒に乗って宙に浮ぶ4人の前で、機体を後ろ向きに停止させると、チビ野菜トリオは各々が搭乗しているコクピットのハッチを開いて、顔を見せました。


「……その人達と行ってしまうんですか、博士…!?」


頭部コクピットに座るピーマンが、潤んだ瞳で尋ねます。


「…ああ…俺、決めたんだ…こいつらと一緒に、父ちゃん捜すって…!」


言い淀むも、視線は真直ぐに、ウソップが答えます。


「…やっぱり…!!」


脚部コクピットに座るタマネギは、持前の観察力で、既にこうなる事を察していたようでした。


「……もう帰って来ないつもりですかァァ…!?」


胸部コクピットに座るニンジンが、ひっくひっくと嗚咽を漏らします。


「んなわきゃねェだろォォ~!父ちゃん見付ったら直ぐに帰って来る積りだし……会いたくなったら、箒に乗せて貰って帰って来るさァァ!」
「人を駕籠屋みたく考えてんじゃないわよっっ!!!あったま来るわねェ~~!!!」


別れの寂しさ紛らわせようと、なるたけ軽いノリで話すウソップに、ナミが怒りのツッコミを入れました。


「会話ならルフィの鏡でも出来るしなァ~!そう寂しがるなって♪」


重ねてウソップが慰めるも、ピーマン・ニンジン・タマネギの嗚咽は止りません。
むしろその音は次第に大きくなって行きました。


「…ほ…ほんどび…がお見ぜべぐだざいよォ…!!」


タマネギが鼻水啜りながら叫びます。


「……だまにべっっ…いいべぶっっ…がらべっっ…!!」


ニンジンの体が小刻みに震えています。
長く前髪を下ろしたソバカス面には、涙の滝が幾筋も現れていました。


「…オレばび…いぶべぼ…ガレーぼブリン用意びべ、ばっべばぶがばっっ…!!!」


ピーマンが涙の滴飛ばして訴えます。
ヒクヒクグシグシズビズビ啜り泣く3人を前に、ウソップは箒を握り締め俯いていました。


「……無理して仲間になんなくてもいいのよォ?」


そんな彼の様子を見て、先頭座るナミが、殊更穏やかな声で囁きます。


「定員オーバーだし…降りてくれれば助かるわァv」


ニヤニヤ笑うその顔からは、冷やかしの色が見て取れました。


「何言ってんだナミ!こんだけでっけーほうき、詰めれば後2人は乗せられっぞ!」
「どうしてそんなに多人数乗せなくちゃいけないのよ!?あんたら私の箒を何だと思ってる訳ェ!!?」
「…まァでもナミの言う通り、無理して付合う事もねェぜ?」

「煩ェ行くって言ったろ!!!早く箒飛ばせよっっ…!!!」


冷やかされ呆けられ宥められた末、遂にウソップが爆発します。

それを聞いたナミは「何よ偉そうに…っったく勝手な奴らばっかり!」等とブチブチ零しつつも、言われた通り箒をスロースピードで発進させました。


『『『…博士ェェ…!!!』』』


ゆっくりと、極めてゆっくりと、箒は浮上して行きます。

何時しかOYABINの身長をも超える高さまで飛んだ箒を、チビトリオは一心に見上げました。




皺くちゃで、真っ赤で、歯を剥き出してて…猿に似た顔が、重なって3つ。
涙のレンズに歪んで映る顔に向い、ウソップは声を張上げました。


「…あばよ、お前らァァ…!!!俺が居なぐでもぢゃんど研究続げろよっっ!!!
 帰っで来だ時ぢっども進んでながっだら許ざねェぞっっ!!!
 だがらっで徹夜までずる事無ェがらっっ!!!じっがり寝ろっっ!!!夜更がじずんなっっ!!!
 寝る前にぢゃんど歯磨ぎじろよっっ!!!家の手伝いだっで偶にやれっっ!!!
 …ぞれにっっ……!!!」

「世話んなったなー、お前ら!!!また遊びに来っからなー!!!」
「博士のお守りはちゃんと引き受けっから、安心してろ!!」
「役立たずだったけど、一応お礼言っとくわ!!有難う!!!」


感極まって言葉を失くしたウソップの後を引継ぎ、ルフィとゾロとナミがチビトリオに別れの挨拶をしました。

終えた途端、箒はぐんぐん上昇します。

どんどん小さくなってくOYABINの姿…チビ達の泣顔は最早点にしか見えませんでした。

眼下に広がる小高い丘の全景。

一角が酷く割れて崩れた鏡のピラミッドは、陽光受けてキラキラ乱反射し、プリズムの様に美しく思えました。

割れた一角の周りに、数人の信者が集まっているのが見えます。

その内の1人がこちらに手を振り…「有難ーう!」と叫んでるのが、微かに耳に入りました。


「……誰だ?」


ゾロが未だ泣き腫らした顔で居るウソップの方振返り、指差して尋ねます。


「………村1番の屋敷に住んでるおっさんだ…!…お嬢様が1人居るんだが……生まれつき病弱で、ずっと町の病院に入院しててな……その事をずっと気に病んでたおじさんは、最近入信しちまって………でも解放されたんだな………良かった!」


そう独り言の様に話した後で、ウソップはホッと溜息を吐きました。
手でゴシゴシ擦った後で現れた顔に、笑みが戻っています。

先頭からナミが、雰囲気を敏感に察して、くすりと微笑しました。


「……どうりで……やけに必死だと思ったら…!」

「……おいちょっと待て!…今お前、俺の心見たろ!?」


ナミの呟きを耳聡く聞き付けたウソップが、身を乗り出して凄みます。


「視てなんかないわよ!!…力なんか使わなくとも、あんた達の心なんて見え見えだもん!」


ウソップの追求を風の如くかわし、ナミは箒をぎゅうと握り締めると、益々高く飛びました。
危なく落ち掛け、必死にしがみ付いて抗議する、後ろ3人。

向い風が4人の髪をハラリと後ろへ送ります。
全開になった額に眩しく当る陽の光。

目を開けてられず下を向けば、村は早マッチ箱サイズに小さく見えました。




「…で、帰ったら先ずどうする?」


高い山脈が正面に見えて来た所で、ゾロが話を切出します。


「メシ!!メシ!!抜いちまった8食分取返して食うに決ってるだろ!!!」
「…だからあんたそれ、1日5食計算してるでしょ!?」
「…けど確かに腹減ってるぜ。なんせ昨日から今日まで水しか飲んでねェもんなァ。」


グウグウひっきり無く鳴る腹を押えて、ウソップがげんなり零します。
空きっ腹に加えて凍え死にそうなこの寒気…他3人と違い、コートの用意をして来なかった彼は、身をブルブル縮こませました。


「あんた達なんて未だマシよ!!私なんか水も飲めやしない場所に閉じ込められてたんだからっっ!!お風呂だって入れず終いでもう最低!!…毎度こうなる事が解ってるから、あんた達とは付合いたくないのに…!!」


空腹を嘆く2人に向い、ナミが自分の置かれた立場の方が辛かったと、ヒス気味に主張します。


「よぉぉし!!!そいじゃ全員揃って、マキノのメシ食いに行くぞ!!!」
「『マキノ』って誰だ?」
「俺んちの下で店開いてる女だ!!メシとコーヒーがすっげー美味ェんだ♪」


空中で高らかに腕振上げての宣言を聞き、ウソップが首を伸ばして尋ねます。
ルフィはそんな彼に向い、自慢げにマキノの紹介をしました。


「……にしてもマキノのヤツ……俺達見たら、腰抜かしちまうかもなァ…。」


2人の間に座るゾロが、急に噴出します。

いぶかしみ注目する3人を見回し、彼は然もおかしくてたまらんとばかりに爆笑しました。


「お前ら、自分の格好よく見ろよ…!!も、すんげェェ壮絶だからっっ…!!」


言われて各々、己の姿をつぶさに見回し、次いで互いの姿に目をやります。


暫し間を置いた後――爆笑。


ゾロの言葉通り、全員それはそれは壮絶な血塗れ具合でした。

ルフィの赤いコートは左片っぽの袖が千切れ、夥しい血を吸ったお蔭で、どす黒く変色しています。
ナミの黒い毛皮マントにも、ルフィとゾロの血が大量にこびり付き、ガビガビに固まっていました。
ウソップの背中にもゾロの血が…そして両袖にはルフィの血が、ベッタリと付着しています。
元が白色なだけに、その凄惨さは隠しようのないものでした。
話を振ったゾロなどコートは穴ぼこだらけで、全身之血が飛んでない箇所は有りません。

こんな連中を玄関で迎えた日には……身の毛もよだつ恐ろしさに、間違い無く卒倒してしまうでしょう。
それを想像するだに、おかしくておかしくて…早く見せたいものだと、4人はワクワクしました。


「…っって笑い事じゃなァ~~~い!!!!」


唐突にナミが、今迄の和みを打ち消す様な大声を上げました。


「どうしてくれるのよ、私のこのマント!?すっごいお気に入りだったのにィ!!こんなに血で汚されちゃって…もう台無しだわっっ!!!あんた達、絶対弁償して貰うからねっっ!!!」
「べべ弁償って…!!そりゃねェだろ~!?助けてやったんだから!!」
「そうそう、服だけが血塗れで済んで良かったじゃねェか!俺とルフィなんざ、てめェ助ける為に、真実血塗れになったんだからな!」
「いーじゃんか、全員おそろいの血塗れでよ!…なんか『血のつながり』って感じしね!?」


マントを摘んで見せながら請求して来るナミに対し、3人は不満たっぷり異議を唱えました。
しかしナミの口撃は収まらず、尚も盛んに捲し立てます。


「何が『血の繋がり』よ!?あんた達は人間、私は魔女、これっぽっちも繋がらないわ!!問答無用、全員マント代73,730ベリー+色付けて10万ベリー、きっちり払って貰うからっっ!!ルフィとゾロはそれに加えて今迄の飲食代+前回駄目にしたオレンジの木の損害賠償金追加、〆て730万ベリー払いなさい!!払えないなら借金よ!!踏倒しなんて許さない、地獄の底まで追っ駆けて徴収してやるからっっ!!!」

「…あ~もう、煩ェ女だなァ!こんな事なら助けんじゃなかったぜ!暫く鏡に閉じ込めときゃよかったんだ!」
「そうだなー!床の鏡はがして逃げりゃよかったかもな!そんで出してくれって頼んで来たら、助けてやるとかさ!」
「また合せ鏡して閉じ込めてやるか!…そんで煩く言わねェって誓ったら、出してやりゃいい!」
「出来るもんならやってみればァ!?私が居なかったらシャンクス捜しに困るクセに!!大体女の子脅してイジメるなんて、男として最低よっっ!!」
「何が『女の子』だ、齢千年の婆ァ!」
「そーだ!金目ババァ!!」
「何ですってー!?」


延々と果てる事無く続く口喧嘩を、ウソップは最後部から、黙って観察していました。

言葉の口汚さの割には、3人共笑顔で、活き活きしてすら見えます。




――瞳が金色の時…私は触れたものの心が視えるの。




ふと、頭の中に響いて聞えた、ナミの言葉を思い起しました。


『……つまり俺たちゃ、この箒の上に居る限り、あいつの掌の上って事か!』


遅まきながら気付いたウソップは、1人肩を震わせ苦笑いました。

振動に気付いたナミとルフィとゾロが、振返ってウソップを窺います。

1人で笑い転げてる彼を、3人は薄気味悪い心地で、観察していました。




3つ目の高い山を越えた辺りから、雲は次第に厚くなって行きました。
強風堪え、山を過ぎた所で下を見れば、そこは果てまで続く銀世界。
真っ白な中、一筋だけ黒い糸の様に見える川を辿り、箒は雪降る中を滑って行きます。

高度をぐんと下げながら、ナミが「この雪は明日には吹雪に変り、明後日には止むわ」と3人に教えました。
それを聞いたルフィとゾロが、「じゃあ明後日は雪合戦な!」とニコニコ笑って提案しました。
ウソップが弾ける様に賛成を返します。


「…あんた達ねェ、本当に人捜しする気有んの!?」
「だって雪はとけちまうけど、シャンクスはとけねーし!!」
「心配しなくとも、シャンクスは強ェから、早々くたばりゃしねェって!」
「そうだ!!俺の親父も強ェ!!簡単にくたばる男じゃねェぞ!!!」


呆れたナミが文句を飛ばすも、3人は断固として譲りません。
聞く耳塞いで空を見上げ、ひらひら舞い落ちる雪を、大口開けて受止めます。

餌を啄む魚の如く、パクパク雪を食む3人を見たナミは、「まったくガキなんだから」と苦笑いつつ、自分も同じ様に降る雪を食んでみました。

舌の上でひんやり融けて滲みる、氷の粒。

…味なんてしないのに、不思議に美味しいなと、ナミは思いました。




どんより暗い空の下、白く煙る雪の向うに、明りがポツポツ固まって見えます。

4人を乗せた箒は、その明りを目指して、賑やかに飛んで行きました。




魔女の瞳はにゃんこの目

空の彼方を
海の底を
地の果てを

心の奥をも見通す力




【(一先ずの)お終い】




【魔女の瞳はにゃんこの目・3―その1―へ】



…魔女ナミの弱点を明らかにする為書いた話。
ロボットやら何やら、色々かっ飛んだ物を出した事も、今では懐かしく。(汗)
OYABINのエネルギー源は、天才ヤソップ博士発明による、電気野菜から搾り取った油です。
電気野菜は秘密基地の裏の畑で育ててます…秘密基地、今回ルフィ&ゾロのせいで、爆発しちゃったけど。

・2007年7月はにほへといろ様のナミ誕に投稿した作品。
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魔女の瞳はにゃんこの目・2―その19―

2010年07月23日 20時43分34秒 | 魔女にゃん(ワンピ長編)
その18へ戻】




正に信じ難い光景が目の前に在りました。

巨大ロボットの攻撃にもビクともしなかった堅牢なシェルターが、身長120㎝にも満たない少年に軽々と持上げられているのです。

両手で高くピラミッドを掲げた少年は、クルリ反転して魔女の方を向くと、涼しい顔で尋ねました。


「ナミーー!!持上げたぞーー!!これからどうするーー!?」

「そうねェーー…じゃあ軽くトス上げてェーーー!!!」


ホール端からナミが、口に手を当て大声で返します。


「おーし!!!解ったァーーー!!!」


返答を聞いたルフィは、リクエスト通りボールをトスする要領で、両手で軽々ポーンポーンとピラミッドを跳ね上げました。


「ギャアアア~~~~!!!や、止めてェェ~~~~!!!!」


ピラミッドの中から凄まじい悲鳴が起り、同時に――ガラガラガッチャン!!!という派手な衝撃音が聞えました。

恐らく缶詰や瓶等が転げ回って奏でてるのでしょう。


「次は思い切りシェイクシェイクシェイク!!!」


再び出されたリクエストに応じ、ルフィがピラミッドを上下左右に、激しくシェイクします。


「嫌ァァ~~~~お願いっっ!!!もう許してェェ~~~~!!!!」


――ガラガラガチャン!!!!――ガチャガチャガラン!!!!


「そこで止めの殺人アタック!!!」


三度出されたリクエストに、ルフィはピラミッドを高々と投げると、飛上って必殺のアタックを決めました。


「んぎゃあああああ~~~~~~…!!!!」


――ガラララ…ガチャチャン!!!!――ズドォォーーン…!!!!!!


ホールにまるで隕石が落下した様な衝撃が木霊します。

もうもうと煙る中現れたピラミッドは、頂上部を下にして、床にめり込んでいました。


「………なんてェ怪力だ……敵に最も回したくねェ男だな…。」


非常識な力を目の当りにしたウソップは身震いし、少しだけ老婆に同情を抱いたのでした。

横に立ってたナミが、傷付いたホールをゆっくり歩いて、ピラミッドに近寄ります。

壁をコンコン!!と叩くと、恐らくは虫の息であろう老婆に話し掛けました。


「どお?ちょっとは1人で生きてく事の大変さ、思い知った?」

「………。」


老婆から返事は有りません…が、取敢えず生きてる気配は感じられました。


「何が起きようと誰にも守って貰えず、助けも来ない…『引篭もる』ってのは、そうゆう事よ!」

「…………。」

「水も食料も誰が用意してくれたの?
 誰があんたを生かしてくれた?
 今迄誰にも守られず生きて来れたと断言出来る?
 ――『引篭もり』をナメんじゃないわっっ!!!」


ホールに響くナミの叫びに、信者全員が拍手喝采、駆寄って来て歓声を上げました。
口々に「ざまあみろ」、「胸がスカッとした」、「もっと苦しめてやれ」等々と囀ります。
それを耳にしたナミは、不機嫌露に振返りました。

怒りを宿してギラリ輝く金の瞳で睨まれ、信者達はいっぺんに息を呑み黙ってしまいました。


「あんた達も反省したらっっ!!?
 婆ァの言う通り上辺に騙されるからいけないのよ!!!
 こいつの何処が魔女に思える!?
 もっとよく見て聞いて、考えなさい!!!
 そもそも年を取り、何時か死ぬ運命の人間に、未来を読む力なんて無いわ!!!
 その事をよく覚えておいて…!!!」


瞳を潤ませ放たれたナミの言葉に、かつての信者達は一様に首を項垂れます。


暫く重苦しい静寂に包まれましたが………1人の信者がおずおずとナミの前に出て言いました。


「…確かに人間には、未来を読む力なんて無いかもしれない…けど、それでも知ろうとするのは、愚かだろうか…?」


それはかつて老婆の側近だった大男でした。


「…恐ろしい災難を避ける為に……先んじて知ろうと思うのは愚かな事だろうか?
 ……不老不死の魔女で在る君には、理解出来ないかも知れないけど……。」




――君には解らないよ、ナミ。…千年前、『絶対の生』を手に入れ、死なない道を選んだ君には解らない…!


――死なない君なら、道を間違えても、何度だってやり直せる…羨ましいよ…ナミ…。




ナミの胸に、かつての友人の言葉が蘇りました。

言葉を失くして黙りこくるナミを前に、囁く声は数を増して行きます。


「…そうさ…自分は未来を読めるからって…」
「…よしんば災難に遭ったとしても、死ぬ事は無いのだから…」
「…死ねばお終いな俺達人間はどうしたらいい?…予め知ってるか知らないかの差が、生死を分けるかもしれないんだぞ…」
「…知ろうとしなきゃ死んじまうかもしれないのに…それでも愚かな考えだと笑うのか…?」

「――別に知ろうとする事は愚かじゃないと思うぜェ!」


突然、佇むナミと群集の間に、ウソップが割り込んで来ました。

呆気に取られる人々の前で、ゴホンと1つ咳払いをします。

そうして後ろに立つナミに向い、『俺に任せろ!』と目でアピールすると、自信満々演説を始めました。


「人間には未来を読む力は無ェ!
 けど、長年に渡りデータを蓄積、分析する事で、それに匹敵する力を持つ事が出来る!
 今、俺はより高度な『地震予知メカ』を考案、開発中だ!
 時間は掛かるが、何時か必ず実現してみせる!
 そうすりゃ少なくとも大地震を前に、避難する事は可能になるさ!」

「……地震予知メカァ?」
「…こんな子供が?……それこそ嘘だ…!」


突拍子も無い計画を披露され、聞いてる人々の口から失笑が零れます。
しかしウソップは怯まずに演説を続けました。


「絶対に完成してみせる!!
 親父で在るヤソップの名に懸けても!!
 巨大ロボット見たろ!?…あれは俺と優秀な弟子3人の手で造った物なんだぜ!!」

「…あの『発明王ヤソップ』の息子!?」
「そうか!それなら造ったって、おかしくない…!!」
「多少頼り甲斐は無さそうだったけど、あのロボットの威力は凄かった!!」


『発明王ヤソップ』の名前を出した途端、見詰る人々の目は急激に温かい色へと変りました。
次第に好感度がアップしている事を察し、ウソップは得意満面胸を張ります。
…しかしふと懸案に気付き、僅かばかり焦りを含ませ、愛想笑いを見せました。


「…ただ…なァ~~…造るには先立つ物が必要っつか…願わくば資金援助をと…」

「資金なら此処に有るじゃねェか!」


長い鼻をコリコリ掻いて言い淀むウソップの背中に、何時の間にかピラミッドに寄り掛かり聞いていたゾロが声を掛けました。

抜いた刀の柄でコンコンと壁を叩き、にやりと笑います。


「こん中の婆ァがスポンサーに就いてやろうって申し出てるぞ!」
「…なっっ!!?そっっ…!??そんな事言ってなっっ…!!!」


中から、散々痛め付けられた割には元気そうな老婆の焦り声が聞えて来ました。


「またシェイクされたいかー?」


ルフィも、ゾロの隣にしゃがんで、ピラミッドをコツコツと叩きます。


「……!!」


壁を挟みながら、少年2人の脅しのオーラを感じ取った老婆は、ぐうの音も言えず黙ってしまいました。

ルフィとゾロがにんまりと笑い合います。

そうして立上るとナミの傍まで歩いて行き、彼女の背中や頭をポンポンと叩きました。


「一件落着…だな!」


横からルフィが白い歯を剥き出して笑います。


「ま…大団円じゃねェの?」


反対側からゾロも微笑んで言います。

2人の笑顔を見て、ナミは漸く顔の強張りを解きました。


その直ぐ前ではウソップが、尚も名調子で演説をぶっていました。




その20へ続】
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魔女の瞳はにゃんこの目・2―その18―

2010年07月23日 20時42分11秒 | 魔女にゃん(ワンピ長編)
その17へ戻】




床に残された血痕と、ロボが破壊して進んだ跡を辿って、老婆を追います。

階段上って大理石の敷詰められた1階に出た途端、喧騒が耳に入って来ました。

向かったそこは3階ぶち抜いての明るい大ホールで、中央には外観を1/7に縮小した様な白いピラミッドが、これまたででんと鎮座しておりました。

その周りを大勢の人間が取囲み、口々に叫んでいます。

血痕と破壊王の足跡は、どうやらそのピラミッドまで続いているようでした。


「ピラミッドの中にピラミッドが入ってら!!まるでタマネギみてーだな!」
「おい…婆ァが逃げ込んだのって…」

「そう…恐らくあれがシェルターだわ!」


取囲む人間に混じり、鉄の巨体がそそり立ってるのが見えます。

その隣に立つウソップを確認したナミ達は、傍に駆け寄り声を掛けました。


「ウソップ!」

「おう、お前ら!!…遅かったじゃねェか、何してたんだよ!?」

「ナミに治療してもらってた!」


口を尖らすウソップの前で、元通りになった左腕を振回して見せます。
ゾロもクルンと背中を向けて、傷がすっかり消えた事をアピールしました。


「はーー…本当だ!あんっな酷ェ傷てんこ盛りだったのが、全て消えてやがる!!…これも魔女の力か!?凄ェなァ~!」

「へへへっ♪まァなー♪」


手取り足取りためつすがめつ、自分達の体を感心して見回すウソップに対し、ルフィとゾロはまるで己の力で成し得た事の様に得意がりました。

ナミの顔が面映さから、トマトの様に赤く染まります。


「…そんな事より…あの婆ァは!?私達が駆け付ける迄の経過を教えて!!」


照れ隠し紛れに、敢えて解り切ってる事を、語気を強めて質問しました。


「経過ったって……見りゃ察せるだろ!『村人に追詰められた性悪古狸は、ピラミッド山に篭ってしまいましたとさ、ちゃんちゃん』…ってな!」


説明を求められたウソップは、然も忌々しそうに吐き捨てます。
ピラミッドの周りに集る信者は、話してる間もどんどん増して行きました。


「先生!!出て来て下さいよォォ!!」
「どうして中へ篭ってしまわれたのですか!?」
「先生は魔女でなく偽者だと言う不埒者が居るのですが、真っ赤な偽りですよねェ!?」
「いや先生!!私は先生を信じてますよ!!」
「そうですとも!!先生が嘘を吐いてらっしゃる訳がない!!」
「先生!!どうか出てらして、皆の前で潔白を証明して下さい!!」
「不埒者共を偉大なお力で成敗してやって下さい!!先生ェェ!!!」


集まった信者は誰も彼も必死の形相でピラミッドを叩き続けます。
吹抜けのホールに鳴り響く不規則な打音、割れんばかりの声。
ナミとウソップは手で軽く両耳塞ぎつつ、心持ち大声で会話を続けました。


「…随分大勢集まったわね!」
「巨大ロボで地を揺らしつつ、派手に追跡したからなー!恐らくは中に居た奴等殆ど集合してると思うぜ!」
「結果オーライ、好都合だわ!後は天の岩戸を開くのみ…なんだから、さっさと自慢のロボ使って引き摺り出してよ!」
「…や、そうしてェのはやまやまなんだけどな!――おい、お前ら!!OYABINパンチだ!!!」


ウソップは苦々しく顔をしかめて見せた後、上向いてロボに乗るチビトリオに命令しました。


『『『ラジャー!!!』』』


直ぐさまロボが右腕を大きく振り被ります。

背後で蠢く不穏な影に気付いた信者数人が、どよめきながら場所を退きました。

空いたスペースを狙い、OYABINが渾身の一撃を叩き込みます。


『OYABIN・ジャスティス・ライト・マグナァァム…!!!!!』

『フェ~~~フェッフェッフェッ!!!』


笑い声と同時に――ズドォォォーーン…!!!!と物凄い衝撃音が、ホール中に木霊しました。
穿たれたポイントを中心にして、爆風が波紋の如く広がります。

風が治まり確認した標的には……しかしひび1つ入っていませんでした。


「よし、お前ら!!!今度はドリルで攻撃して見せろ!!!」

『『『ラジャー!!!』』』

『フェ~~~フェッフェッフェッ!!!』


引き続き命令を受けたOYABINが、今度は左腕のドリルを――チュイイイ~~~ン!!!と作動させます。
そして先刻パンチを撃ち込んだポイントに当て、掘削を試みました。

――ギュルギュルギュルル!!!!と、耳を劈く嫌な音が鳴り響きます。

暫く置いて再び確認したそこには……やはり傷1つ付いておらず、むしろドリルの先が潰れていました。


「…な!?」


お手上げと言わんばかりに、ウソップがナミに向って、両手を挙げて見せます。


「…無敵合体ロボOYABIN28号の必殺攻撃を食らってもビクともせんとは…!くそう!!一体どうすればいいんだ…!!」


ウソップが歯噛みしてハラハラと涙を零します。

芝居がかって話す彼に冷たい視線を送りつつ、ナミは淡々きっぱりと告げました。


「無能な割れ頭ロボットは、居ても邪魔なだけだから、どっか行って!」


――チャラリ~~~♪ チャラリラリ~~~~~♪(←トッカータとフーガ2短調)


冷酷無比な言葉を聞き、OYABINの動きが――ギチョン!!!と音立て停止しました。


『ああっっ!!?またOYABINが心無い言葉にショックを受けている!!!』
『まずい!!!またボーソーするぞ!!!』
『落ちこまないでOYABIN!!!悪口なんかにくっしちゃダメだってばァ~~!!!』


チビ野菜トリオが必死に宥め賺すも時既に遅し。
ブルブル戦慄くOYABINの両目から、涙が滝の如く溢れ出しました。
正義のロボットOYABINは、人の痛みを知る為に、極めて傷付き易い心をプログラミングされていたのです。


『…フェ…フェ…フェ~~~ンフェンフェンフェン!!!フェ~~~ンフェンフェンフェン…!!!』


OYABINは遂に堪え切れず、声を張り上げ泣き出しました。
ロボットなのにどうして涙を流せるのか…それは設計者のウソップにしか解けない謎ですが、兎も角OYABINは止め処なく涙を溢れさせたのです。

そうして呆気に取られて遠巻きに見守っていた集団を掻き分けると、まるでイジメられて家に逃げ帰る小学生の様に、ホールを駆け抜けどっかへ行ってしまいました。


「わああ!!!おおOYABIN待て!!!行くな!!!カンバック!!!カンバックプリィ~~~~ズ…!!!」


焦ったウソップが大声で呼掛けるもOYABINは戻って来ず、ズシンズシンと響いていた足音も、何時しか聞えなくなったのでした。



「…さてと…それじゃ、どうやって引き摺り出したもんか…」
「うおいナミィィ!!!てめェはOYABINに対して何て残酷な事を…!!!」
「うっさい、無能な発明博士もどっか行ってろ。」
「にゃあにぃぃおぉ~~~!?クライマックスで最も活躍した奴らに向けて言う台詞かよ、それがァァ!!?あいつら来なかったら全員助からず、てめェだって一生鏡に閉じ込められたままだったかもしんねェんだからなァ~~!!!」
「…何処かに窓でも無いのかしら。」

「………窓なんて無いよ。…扉はオートロックになってて、1度閉めたら外側からは絶対開けられず、先生の持つカードでのみしか入れない仕組なんだ。」


非難するウソップをサラリと無視して、ナミは集ってる信者を押し退けつつ、ピラミッドをつぶさに探ります。
そこへ先刻鏡の広間で対峙していたスリムッドの側近の大男が、話し掛けて来ました。

血を流し、立つのも辛そうなその男は、ナミの足下まで這って来て、説明を続けます。


「……シェルターは三層構造になっていて、外側から二層目まではダイヤに程近い硬度を誇るセラミック。三層目は華氏800度の高温にも耐えられる強化硝子で覆われてる。…そう易々とは入れないさ。」


大男はそう話すと、潤んだ瞳で微笑しました。


「……けど空気を循環させる為に、何処かしら開けては居るんでしょう?」

「…………頂上部に………幾つか通風孔が開いてる…」


目を伏せモゴモゴと口の中で喋る男の言葉を聞き、ナミは10mは有るだろう山の頂きを険しい顔で見上げました。


「………っっとに往生際の悪さだけなら魔女並だわ、あの婆ァ…!!」


忌々しそうに唇を噛み、ピラミッドを木靴で蹴飛ばします。


「クラッッ!!!ナミ!!!聞いてんのか魔女ヤロウ!!!てめェの血は一体何色だァ~~~!!!」
「諦めろよウソップ。…口は悪ィが、あれでも状況読んでの言葉の積りなんだって。」
「まー悪く思うな。血も涙も無い魔女だけど、気立ては良いヤツだから♪」


ナミの背後では、ウソップが尚も諦め切れずに、涙目で非難し続けていました。
そんな彼の両肩を、ルフィとゾロがポンと叩いて労わります。


「…魔法で引き摺り出すのは簡単だけど、これ以上連続して強力な魔法使ったら、暫く魔力残ったままになっちゃうし……ああもう、苛々するったら…!!」


ブチブチ文句零して躊躇している様子のナミでしたが、その内意を決してか、両手をピラミッドに当てて低く呪文を唱え出しました。



「壁に耳有り 透けろや抜けろ
 阻む山無く 音来い 音来い」



ナミの瞳が金色に変ると共に、ピラミッドも金色の光に包まれます。

周りに集って喚き叩いていた信者達が、一斉に悲鳴を上げて離れました。

金色の光を纏って立つ少女の背中を、1人が指差して叫びます。


「見ろ!!あれが『オレンジの森の魔女』だ…!!」


その言葉を皮切りに、群衆の中のあちこちから、叫びが上がりました。


「本当だ!!…俺は広間で確かに見た!!あの子が両目を金色に輝かせて魔法を使う所を!!」
「ええっっ!?あんな小さな女の子がっっ!?」
「しかし現に目の前で魔法を使っている…!」
「そんな…!!じゃあ…先生は…!?」
「あの人は魔女じゃない…!!それも広間で確認した…あの人の目は片方だけが金色だった…!!」
「片方だけが金色って…一体どういう事なの…!?」
「先生の金の目は本物じゃない……偽物だったんだ…!!!」



1人の信者の悲痛な叫びが霧散する頃、ピラミッドは輝きを止めました。

少女が纏っていた光も、今は消え失せています。

ピラミッドから手を離し、「ふう」と一息吐いた少女は、壁をコンコン!!と、強く叩きました。


「もしもーし!こちら本者…偽者の婆ァ、聞えるー?」

「!!?――なな何々何だいお前!!?どうして声が…!!?」


慌てふためく老婆の声が、ピラミッドの壁を隔てていながら、大音量で響いて聞えました。

遠巻きに見守る人々の口から、またもや驚愕の叫びが上がります。


「魔法で音響を良くしたの!あんたの声は外に筒抜けだし、あんたの耳にも外の声が届いて聞えてる筈!水明鏡で呼び出す事も考えたけど…面と向ってじゃ話し難いだろうと考えての気配りよ!感謝すんのねー!」

「…………。」


老婆から言葉は返って来ませんでしたが、壁向うで息を潜め聞いてる気配を感じました。


「今あんたの篭ってるピラミッド…これがシェルターですって!?思ったより小さいのねェ!ホールに集まってる人間全員を収容出来るとは、とても見えないんだけどォ!?シングル用としてなら、実に広々快適サイズでしょうけどさ!」

「………。」


やはり老婆は、じっと沈黙したままでした。


「…ねェ…もう、いいかげん、あんたの正体バレちゃってるみたいよ!?そろそろ大詰め…全部吐いちゃったらァ!?」


この言葉が決め手になったのか…暫くして、中から低い含み笑いが聞えて来ました。
いっそ愉快そうに笑いながら、老婆は告白し始めます。


「………ああ、このシェルターは、あたし専用に造らせた物さ…!」

「…つまり……最初から守る積り無かったんだ…?」

「当り前だろう?…どうして、あたしが赤の他人の命まで守ってやらなくちゃいけないのさ?か弱い年寄りだってのに…むしろ逆、守られるべき立場じゃないか――」

「――ふざけるなっっ!!!」


嘲笑を含んだ老婆の告白に、側近の大男が壁に這いずり寄って怒鳴りました。
その顔はすっかり蒼褪め、目にはいっぱい涙を溜めています。


「…俺は…俺達は…!!あんたが守ってくれるって信じたから…!!あんたの言う『世界の終末』を信じたから…!!…その為に大金かけて……此処まで付き従って来たのに…!」


戦慄く握り拳を何度も壁に叩き付け、血が噴出しても叩き付け、男は泣きながら
ピラミッドに篭る老婆に向って叫びました。


「そうさ…!皆あんたの事を本当の魔女だと信じて…せめて自分と近しい者の命だけでも守ろうと…!!」
「此処に逃込めば助かるって安心してたのに…!!」
「助けてくれる気が無いなら払った金全部返せよ泥棒っっ…!!!」


他の信者達も半狂乱となって、中に居る老婆に訴えます。
ホールに轟く罵声と怒号。
自分を罵る声に、壁向うに居る老婆は、嘲って叫びました。


「騙される方が悪いんだよ…!!!
 ……だが安心しな、『近い内に大地震が来て世界は終る』なんて予言は大嘘だから!
 しかし愉快だねェェ、子供の頃は同じ嘘を吐いても振向いてすら貰えなかったが、今のあたしが言えば、どいつもこいつもコロリと騙される!!
 片目だった時は誰からも注目されなかったが、金の瞳を入れた途端、大金払ってまで、あたしの言葉を聞きに来る…滑稽でしょうがなかったよ!!
 金返せだって…?――冗談じゃない!!びた一文だって返してやるもんか!!!
 人を上辺で判断した罰さっっ…!!!」


「………吐けとは言ったけど……随分ぶち撒けてくれたわねェ。…覚悟出来てんの、あんた?そこまで吐いたら、もう2度と人前に出られないわよ?」


ヒステリックな老婆の演説を聞き終えると、魔女は溜息零して壁に問い掛けました。
しかし老婆は怯まず、尚も嘲って畳掛けます。


「人前に出るゥ??…どうして??何の為に??
 いいかい、何時かバレる事は、とっくに想定してたのさ!
 だからこのシェルターに、人1人充分生きていけるだけの食料と水を用意しておいたんだ!
 食料は全て缶に、水は瓶に詰めてあって、保存も完璧!
 下水道も敷いてあるし、暮らすのに困る事は何1つ無い!
 解るかい!?あたしは此処で1人、充分生きて行けるのさ!!
 むしろうざったい他人と触合わずに済んで、幸福かもしれない!
 こんな事なら早く此処に篭っちまえば良かったかねェェ…!!!」


そう叫んで高笑う老婆は、少し正気を失ってるようでした。


「………ルフィ!!」

「何だ?」


唐突に名を呼ばれたルフィが、のほほんと返事します。

クルリ回れ右して向いたナミのこめかみには、怒りの青筋マークがピキリと浮かんでいました。

剣呑な空気漂わせ、顎でピラミッドを指示します。


「…これ、持上げて!」

「おう!!…任せとけ!!!」


完全に据わった金の目で頼まれたルフィは、ニカッと笑って快諾しました。

片方だけの袖を捲ってピラミッドの前に立ち、唾を両手にペッと吐き掛けます。

そうして腰を落とすと、広げた両の掌を、しっかりと壁に食込ませました。

ダイヤにも似た硬度を誇る壁が、まるで豆腐の如くグチャリと握り潰されるのを見た信者達は、一斉にどよめきます。

その内の数人が「破魔の拳を持つ者だ!!」と叫びました。


「…遠くに離れてた方が良いと思うぜ!」
「そうね、このままじゃ巻き込まれて怪我するわ!」


ルフィの背後に立つゾロとナミが、ピラミッドを取囲む信者達に向い、注意します。


「…おおおい、幾ら怪力自慢ったって、こんなもん…も、持上げられんのかよ…!?」


悠然と構えて告げる2人に、ウソップは顔を強張らせて尋ねました。
その答えを聞く暇も無く、足下の床がミシミシきしみ出します。


「…うおおおおおあああああ……!!!!」


真っ赤な顔で奇声を発するルフィの腰が、少しづつ上がって行きました。
床の振動が段々激しくなり、ミシミシメリメリベキバキボキンと、間断無く不吉な地鳴りが轟きます。


「ななな何だい…!?こここの揺れは…!?」


ピラミッドの中から、老婆の震える声が聞えて来ました。


「おい…!まさかあの少年…本気でピラミッドを持上げる気か…!?」
「ええ!?そんな馬鹿なっっ…!!出来る訳無いだろう、そんな事…!」
「しかしあの少年、どうやら『破魔の拳を持つ者』らしいぞ…!」
「一体…何なんだ、あの子達…!?」


あまりに信じられない事態続きに、信者達は逃げる事も忘れて呆然とへたり込んでしまいました。

その床に――ビシッビシビシッッ…!!!と亀裂が走ります。


「た!!退避ィ~~!!!全員退避だァ~~~!!!」


血相変えて発されたウソップの叫びに、漸く全員我に返りました。
老若男女入混じり、大慌てでホール端へと避難します。
勿論ウソップもゾロもナミも急いで逃げました。

1人残ってピラミッドに挑むルフィを、誰も彼もが信じ難い気持ちで見詰ます。
ホールを襲う地震は、最早立って居られないレベルまで達していました。


「…がああああああ!!!!…ぐ…ぐあああおおおおおおおお…!!!!!」


――ベキベキベキベキ…!!!!!――ボッゴォォォ……ン!!!!!!




その19へ続】
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魔女の瞳はにゃんこの目・2―その17―

2010年07月23日 20時40分35秒 | 魔女にゃん(ワンピ長編)
その16へ戻】




激しい攻防の末、ツルツルだった鏡の広間は、見る影も無くズタズタに傷付いていました。

そんな中、解放された魔女が目をギラギラ光らせ、流氷の如くひび割れた床を歩いて来ます。
次いで片腕を血みどろに染めた麦藁坊主が…矢を体中にブスブス刺したハリセンボン剣士が…血濡れの白衣を纏った鼻少年が…少し間を空けて、頭が真っ二つに割れた巨大ロボットが、ズンズン近付いて来ました。

さながら百鬼夜行…迫り来るモンスター達の姿に怯えたスリムッドは、悲鳴を上げて壁に後退りました。
そうして傷が深かった為、逃げ遅れて床に倒れたままの信者達へ向い、大声で喚きます。


「…くく来る!!恐ろしい悪魔の群れが、あたしの命を狙ってこっちへ来るよ…!!――お前達、早くあいつらを1人残らず殺しちまっとくれ…!!!」


しゃがれた声を必死で絞り出すも、何故か信者達は身動き1つしませんでした。
誰も彼も近付く魔女を、目を皿の様にして見詰ているだけです。


「聞えないのかい!!!?悠長に寝てる場合じゃないだろう!!!早くしないとお前達の命だって奪られちまうよっっ!!!」


自分の命令を黙殺されたスリムッドは、カンカンに腹を立てて叫びました。

しかしそれでも信者達は、魔女を凝視したまま無反応で居ます。


「……あの少女の目…金色だ…!」


1人の信者が、ポツリと呟きました。

その言葉を皮切りに、あちこちでささめく声が聞えます。


「…確かに金色だ…陽の光の様に、眩く輝いてるぞ…!」
「…言伝えでは『金の瞳』こそ、『オレンジの森の魔女』である証だろう…?」
「…という事は……あの少女も先生と同じ、『オレンジの森の魔女』なのか…?」

「な…!何を言ってるのさ、お前達!!!騙されるんじゃないよ!!!あいつの金の目は真っ赤な『偽物』、あたしこそ真の『オレンジの森の魔女』に決って…!!!」

「――誰の目が『偽物』ですって?」


己の右目を指差し捲し立てていた老婆の体が、突然宙に浮きました。
次いで「ぎゃあ」と悲鳴が上るより早く、クリンと逆転します。


「…ひ…!ひ…!ひぃぃぃぃ…!!!」


信者の目の前で壁に逆さ磔にされた老婆の顔は、恐怖と屈辱と頭に血が昇るのとで、茹ダコの如く真っ赤に逆上せてしまいました。
そんな惨い仕打ちを自分が受けているというのに、誰1人として助けようとしません。

スリムッドは最早怒髪天を衝く勢いで、がなり立てました。


「何時までボケッと見てるんだ!!!?あたしを見殺しにする積りかい!!!?そんな事したら…世界が大地震に呑まれた時、誰がお前達の身を守ってくれるって言うのさ!!!?お前達、シェルターに入れなくてもいいのかい!!!?」


天地逆のまま、両目をカッと見開いて脅すスリムッドを、信者達は放心の態で見詰ます。

1人がまた、ポツリと呟きました。


「………先生の左目……金色じゃない…!」

「――え!?」


思い掛けない一言に、首から冷水を浴びせられた様な衝撃が走ります。


「……右目は金色だけど……左目は違う色だ…!」
「…そんな……左右で目の色が違うなんて…!」
「…金色の目こそ『オレンジの森の魔女』で在る証の筈なのに…!」
「…だとすれば先生は一体…?」
「…何故右と左で色が違う!?何故先生は片方しか金の目でないんだ…!?」


逆さにされた事で、常に顔半分を覆っていた長い白髪がバサリと床に垂れ、両の目を露にしていました。

右目は確かに金の色。

しかし常に髪で隠されていた左目は――極めて薄い灰色でした。


「その灰色の目こそ、婆ァの実の物。右目は義眼…真っ赤な『偽物』よ!」


老婆を取囲み、その目を覗き込んでいた信者達の後ろから、声が届きます。

気付けば魔女は、自分達の直ぐ側まで来ていました。

逆様になった老婆に向けて、魔女がパチリと指を鳴らします。

途端に老婆は頭から床に落ち、ガマの鳴声に似た呻きを上げました。


「……金の目が偽物って…じゃあ…先生は…!」

「…そう!その婆ァは『オレンジの森の魔女』じゃないわ!本物は――この、私…!」


立てた親指を自分に差向け、威風堂々魔女が名乗ります。

その両の瞳は、老婆の右目よりも尚煌く金の色。

見掛けは極普通の少女で在りながら、漂わせている気は明らかに常人のものではありませんでした。


「う…嘘だ嘘だ嘘だ…!!!そいつの言ってる事は全部出鱈目、このあたしが『本物』の魔女さ!!!皆そいつの言葉を信じちゃいけないよ!!!そいつは世界を滅ぼそうと企んでる恐ろしい悪魔さ!!!あたしの左目はそいつの魔力で灰色に変えられちまったんだ!!!本当は両方とも金色だったのに…!!!嘘じゃない…信じておくれよ…!!!」

「……ええ…そうでしょうとも…先生!…先生が嘘を吐いてる筈がない…!!」


浴びせられる視線に耐えかね、涙ながら弁解するスリムッドに、隣で倒れていた信者が縋り付きます。
その信者は広間に居た中では最も体格の立派な大男で、常にスリムッドの傍に立ち、護衛役に就いていた者でした。


「…先生は……真実『オレンジの森の魔女』ですよね…!?…全てを見て全てを知る、不老不死の偉大な魔女に間違い無いですよねえ…!?……私達を騙してたなんて事……有る訳ないですよねえ…!!?」


傷付いた体を起し、今にも泣出しそうな瞳で尋ねられます。


「……あ…ああ!ああ!も勿論そうさ!!…騙したりなどしてる訳が……」


引き攣った笑顔で返す言葉が、次第に小さくなります。

反対側から、更に縋り付く手を感じました。

もう1本…もう1本…もう1本と…幾本もの震える手が、スリムッドに向け伸ばされます。


「…先生は…本当の魔女ですよね…!?」
「…俺達を災い全てから守って下さる救い主ですよね…!?」
「…今こそ…今こそ私達を…その偉大なお力で守って下さい先生…!」
「…どうかこの恐ろしい魔物達を退治して下さい…!」
「…先生の力でなら出来る筈です…!」
「…どうか助けて下さい…先生…!」
「…私達を救って下さい…!」


傷付いた信者達が、スリムッドの元へズルズルと這いずって来ます。
ひび割れた鏡の床が鋭利な刃となって、その体を更に痛め付けるも、誰1人動きを止める者は在りませんでした。
這いずる度、白い服に付いた血の斑点が、数を増します。
その姿は極楽求めて蜘蛛の糸を掴まんとする、亡者の群れに似て思えました。


「……や…止めとくれ…!こっちへ来ないどくれ…!来るな…!!来るなああ…!!!」


髪に、首に、肩に、腕に、腰に、脚に…救いを求める手は、どんどん増えて行きます。

身の毛もよだつ光景に耐えかね、スリムッドは遂に悲鳴を零し、己の身に縋る手を死に物狂いで振り払いました。


「……いいわよ!なんなら魔女らしく、魔法対決で白黒はっきり付けましょうか!?」


見下ろす魔女が、せせら笑って言います。
広げて見せた両の掌から、火花がバチッと飛散りました。


「…あんたの右目を刳り抜いて、皆の前で偽物か本物か、明らかにしたげましょうか…!?」


火花が強まるにしたがって、可愛らしい少女の顔が、酷薄な魔女の顔へと変貌します。


「許さねーからな、お前…!」


魔女の左脇に立った麦藁坊主が、無傷な方の拳を握り締め、笑って告げました。


「もてなして貰った礼は、きっちり返さねェとな…!」


右脇に立ったハリセンボン剣士が、2本の刀をチャキンと交差して見せました。


「自分が『偽物』だって事を認めて素直に謝れェェ!!!でねェとこのドクターウソップ様がボコボコにしてやっからなァァ!!!」


その剣士の背後から、鼻少年が指だけを見せて啖呵を切ります。


『そうだそうだ!!博士の言うとおりあやまれェェ!!!』
『今までみんなをだましてゴメンなさいってあやまれよ!!!』
『でないとだまされた人達がかわいそーじゃないか!!!』

『フェ~~~フェッフェッフェッ!!!』


天井の高さから見下ろす巨大ロボットの笑い声と、中からスピーカーを通して喋る子供達との声が、喧しく合さって降って来ました。

後ろは壁、周りは這い寄る信者の群れ、そして正面からは恐ろしいモンスター達…絶体絶命四面楚歌の大ピンチに追込まれたスリムッドは、すっかり血の気の引いた顔で押し黙るばかりでした。

――と、俄かに立上り、周りに居た信者を片っ端から突飛ばして、無理矢理退路を開きます。

その老人離れした行動力に、広間に居た全ての者が呆気に取られてる内――老婆はそそくさと扉から出て、1人広間から逃げてしまったのでした。



「なっっ…!!?しまっっ…!!!ああああの婆ァァ何処まで諦め悪ィんだ!!!おのれ逃がすか!!!追うぞOYABIN28号とお前らァァ!!!」

『『『ラジャー!!!』』』

『フェ~~~フェッフェッフェッ!!!』


逸早く我に返ったウソップが、アチョーと無意味なポーズを取って悔しがります。
そうして白衣翻してチビトリオ&OYABINに指令を下すと、老婆の後を追って広間を飛出して行きました。

続いてOYABINが扉からは無理なので壁を――グワッシャンメキドガッッ!!!!と突き抜け、地響き立てて追って行きます。

更にその後から……スリムッドに捨て置かれた信者達が、満身創痍の体を引き摺り、出て行きました。


「…先生…何処へ…?」
「……先生…私達を見捨てないで…!」
「…先生ェ…!」


口々に喘ぐ声が、次第に遠ざかります。
巨大な人型に開いた壁の穴から廊下まで、ロボの足跡と生々しい血の道が、ずっと続いて見えました。




静まり返った広間に残されたのは、ひび割れた鏡…粉々に砕けた槍と弓矢…鮮やかな血溜り…。

そして麦藁坊主と、針山剣士と、金の目の魔女の、3人。


「…で、どうして俺達だけ此処に残したんだよ?」
「早く追っ駆けねーと、また逃げられちまうぞ!!」


右手左手で掴まえられたゾロとルフィが不満を表します。

ウソップ達が広間を出た時――ルフィとゾロも逃げる老婆の後を追って出る積りでした。

しかし何故かナミは、2人の腕を捕えて、その場に残したのです。


「…何も全員で追跡する事もないでしょ。此処はウソップ達に任せとけばいいわ。」

「でもよー、またビックリ仕掛け使って、まんまと何処かへ隠れちまうかもしんねーじゃん!」
「下手すりゃ外に逃げられちまうかもしれねェだろ?そうなったら面倒だぜ。」

「あの婆ァの性格からして外に逃げる可能性は0よ。大丈夫、何処に隠れる積りか、既に見当付いてるから。そんな事より……その傷、早く何とかしろ!!!」


グイッと2人の胸倉掴まえ怒鳴ります。


「まるでゾンビか落武者…見ているこっちが気持ち悪くて倒れそうだわ!!」


ナミの言う通り、2人共まったく酷い有様でした。

左腕の皮をごっそり削げ落とし、血みどろの筋肉を露にしているルフィ。
脳天から爪先まで矢を突刺し、至る所から流血さしてるゾロ。

2人の流した血が床のひびに溜り、幾筋もの血の川を作っていました。


「そんな状態でよく無事に立ってられるわね!?ちょっとくらい死に掛けなさいよ!!」
「…なんか死ななくて残念みてーに聞えるな。」
「それが助けて貰った者の言う台詞かよ、てめェ!?」
「せめて人間らしく貧血くらい起してフラつけって言ってんの!!そんな何時までも何十本と矢をブッ刺して……頭だけでなく、全身之サボテンになる積り!?」
「るせェな好きで刺してる訳じゃねェ!抜いたらそれこそ血がビュービュー噴出して失血しちまうから、仕方なくそのまんまにしてんだろが!」
「うはははは♪サボテン!!!ピッタシじゃねーかゾロ!!!」
「あんたも人の事笑ってられる立場かルフィ!!!」

「痛ェェーーーーー…!!!!」


自分を棚に置き、ルフィは然も愉快そうに、ゾロを囃し立てます。
そんな彼のブラッディーな左腕を、ナミは遠慮無く思い切り引張りました。

忽ちルフィが悲鳴を上げます。


「……痛っっ…!!痛っっ…!!……バッ!!お前っっ…!!本当にちぎれちまったら、どうすんだああーー!!?」
「うっさい!!!!千切れたらくっ付けたげるから、じっとしてろォーー!!!!」

「へ?くっ付ける??出来んのか、おめェ、そんな事…???」


ルフィが泣きながら抗議するも、ナミは腕を掴んだまま離そうとしません。

怪訝に思い見ている内――掴れた手首からジワジワと這い上って来る熱を感じました。

温かく柔らかい金色の光に、患部が包まれます。

驚いてる間も無く、左腕は元通りに再生されました。


「…治療完了!!ちゃんと動かせるか、試してみて!」


言われた通り、腕をグルグル回してみたり、指をワキワキ動かして見せます。


「…良かった!大丈夫そうね!」


問題無く動かす様子を見て、ナミは安堵の溜息を吐きました。


「すっげェ~~!!!完っっ璧に元通り治っちまってる…!!ホントすっげェ~~!!!」
「はー、まったく凄ェな…医者要らずじゃねェか!」


傷1つ無い腕をシゲシゲ見回し、2人は頻りに感嘆します。
千切れて片っぽだけノースリーブとなったコートに付着する夥しい血痕だけが、
元有った傷の深さを伝えていました。


「次はゾロよ!早くいらっしゃい!」


手招きされて、抜いてた刀を元の鞘に戻し、ナミの前に座ります。
するとナミは、突然ひしとゾロに抱き付いたのでした。


「ななっっ…!?なっっ…!?何だっっ!??急に…!!?」

「誤解しないでよ…!……あんたみたいに傷が全身に渡る場合、こやって接触面積広くしないと、治療し切れないんだもん…仕方ないでしょ!」


予告無く抱擁を受けて動揺するゾロに、ナミはつっけんどんな口調で説明しました。

その言葉通り、触れてる箇所から陽の光に似た温かさが伝わって来ます。

熱は体の隅々まで行渡り、矢で穿たれた穴を塞いで行きました。

体に刺さっていた矢が悉く抜け、バラバラと音を立てて床に落ちます。

サラサラと鼻を擽るオレンジ色の髪。

吸込めばオレンジの甘酸っぱい香り。

伝わるナミの鼓動…喧しく響く己の鼓動。

押付けられる胸の柔らかさに、箒の上で掴んでしまった時の記憶を思い起しました。


「…何思い出してんのよ、スケベ!」


胸にしがみ付くナミが、首を伸ばしてしかめっ面を見せます。
その頬には、ほんのり紅が差してる様に思えました。


「……覗きは止せって言ったろ、出歯亀女!」


答える自分の顔にも、火照りが感じられます。


「見られて困るもんは何も無いんじゃなかったの?」

「…ほんっと根に持つ女だな。」

「見られたくなければ、金輪際こんな大傷作らない事ね。」


見詰る金の瞳が、悪戯っぽく笑います。


「そう言わずに、これからもちょくちょく治療してくれよ。医者に掛かる手間が省ける。」

「都合良く魔女を使おうとしてんじゃないの!……それに……私にだって……不可能な事有るし……」


そう言って微笑む顔に、一瞬だけ憂いが過りました。


「………死んだ命は蘇らせられない……よく覚えておくのね。」


体を包む光が次第に弱まって行き…完全に治まった所でナミが体を離します。

解放され、次第に冷えてく胸の熱を、ゾロは少しだけ惜しく感じました。


「ちぇーーーー…なんだよ………やっぱりひいきしてんじゃねーか…。」


側で胡坐を掻いて治療の様子を眺めていたルフィが不平を零します。
明朗快活な彼にそぐわない、僻んでる様な響きを感じ取り、ナミは苦笑しました。


「くだらない邪推すな!…言ったでしょ!ゾロが負った傷の範囲は広いから、こうするより無いんだって…!」

「あ~~あ~~…こんなんだったら俺が矢面に立ちゃ良かったなァ~~~!」

「何不謹慎な事言ってんの!?――ほら、さっさと婆ァ掴まえに行くわよ!!」


何時までも残念そうに溜息を吐いてるルフィにデコピンかますと、ナミは2人に先んじて広間を出ました。


「…なー…今度俺が大ケガして死に掛けたら、ゾロの時みたく治してくれるか?」


背中にぶつけられた問いに足を止め、振返ります。

未だ広間に座る2人を見比べた後、ナミは笑って言いました。


「馬ァ鹿!…そう簡単にあんたが死に掛かるか!」


再び暗い廊下を歩き出したナミは、もう2度と振返ろうとはしませんでした。

広間に残された2人は、互いに肩を竦め合うと、立上り、急いでナミの後を追っ駆けました。




その18へ続】
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魔女の瞳はにゃんこの目・2―その16―

2010年07月23日 20時39分08秒 | 魔女にゃん(ワンピ長編)
その15へ戻】




「……おめェ…その腕…!!!」

『…馬鹿っっ…!!!何でそうなる前に止めなかったのよ…!!?』


挟まれた付根からは、血が噴出していました。

後ろではしつこく降り続ける矢を相手に、ゾロが死に物狂いで防戦しています。

ウソップの胸に……『恐怖』と言う名の黒い染みが、ジワジワと広がって行きました。




――恐ェ、恐ェ、恐ェ、恐ェ、恐ェ…!!!


――死ぬのか!?俺、此処で死んじまうのか!?


――母ちゃんみたいに…!?


――父ちゃんにも会えてねェのに…!?


――嫌だ!!!未だ遣り残してる事、沢山有るんだぞ!!!


――何で赤の他人のこいつらと一緒に死ななきゃなんねェんだ!!?


――2日前に会ったばかりの奴らだぜ!!!何の義理も無ェのに…!!!


――死にたくねェ…死にたくねェよォォ…!!!!




――ウソップ……あんたの母親……死んじゃってたんだ…。


突然、ウソップの頭の中に、ナミの声が響いて聞えました。

驚いて鏡に映るナミの顔を見ます。

先刻まで茶色かったナミの瞳は、煌く金色へと変っていました。


「…ナ…!!?」


――黙って…!!!そのまま聞いて!!!


――ナミ……!?


声の言う通り黙り、ルフィの肩越しから、その瞳を見詰ます。


――私は今、魔力であんたの心と、直接会話してる。


――そ…そんな凄い事出来るのか、おめェ…!?


――ええ……瞳が金色の時…私は触れた物の心が視えるの……ウソップ、あんたの心も、ルフィの体を通して視ちゃったわ…。


――俺の…心…!


言葉の意味を理解し、羞恥で胸がカッと熱くなります。


――お願い、ウソップ…これから私の言う事をよく聞いて!
   後10分もしない内に、ルフィの左腕は鏡の結界に挟まれて千切れるわ!
   そうなったらこいつらだって、流石に諦めざるをえない。
   ウソップ……ルフィの腕が千切れたら、あんたは2人を連れて、扉向って走って逃げて!!
   行く手を塞がれたとしても、広間に居る奴等の多くは傷を負ってフラフラ…上手くすれば突破出来るかも知れない!


――でも、それじゃ…おめェは……どうなっちまうんだ…?


尋ねるウソップに、声は苦笑いを混じえて答えました。


――助からないでしょうけど……でも大丈夫よ!魔女は死なないから!!
   あの婆ァだって、鏡の中に居るんじゃ、手出し出来ない。
   「鏡を割ったら私は死ぬ」なんて、あんた達を脅す為に吐いた大嘘よ!
   告白するとね…鏡に閉じ込められた事、初めてじゃないの。
   だから今度も大丈夫!…長く生きてりゃ、その内また外に出られるわよ!


鏡の向うから、ナミがにっこりと微笑みます。
その瞳の中には、寂しさが透けて見えました。

心臓がバクバク飛跳ね、口から出て来そうです。
全身から冷たい汗がプツプツ噴出すのを感じます。
脳味噌はグラグラ煮え滾ってる様に思えました。


――もう、ルフィの左腕は戻らないわ……けど、死ぬよかマシだもんね…。


ルフィの体に回した両腕が、逡巡するかの如く、ブルブル震えます。
ナミの声は頭の芯に次々沸いては、響いて散って行きました。


――ウソップ…あんたは2人に気取られないよう、引張る真似だけして……




「ウソップゥゥーー!!!!諦めて力抜いてみろ!!!!俺はお前をブッ殺すからなァァーー!!!!」


――!!!


2人の心の会話を知ってか知らずか、突然ルフィが声を張上げました。


「ナミィィ…!!!!てめェもだ!!!!妙な策略巡らしてみろ…!!!俺は死んだって此処から逃げねェぞっっ…!!!!」


頭から爪先まで矢を突刺した姿で、ゾロも吠えます。

吠えてる間も矢は休み無く降って来ました。



「……言われなくとも………女から『私を置いて逃げて』と言われて、男が逃げられっかァァ!!!!俺は発明王『ヤソップ』の息子だぞ!!!!親父の名を汚してまで、この先長生きしろってのか!!?お天道様の下、大手振って歩けってのか!!?そんな格好悪い生き様世間に曝せっかよォォォ…!!!!」


汗で濡れ切った両手を、がっちりと繋ぎ直します。
歯を食い縛り、ルフィの呼吸に合せて、力いっぱい引張り上げました。


『駄目よウソップ!!!!…ルフィもゾロも、いいかげんに諦めて!!!!助けなくっていいって言ったでしょ!!!?』


鏡の中から喉が張り裂けんばかりに叫びます。
それでも3人は耳を貸そうとしません。

見上げた鏡面が、ルフィの左腕から溢れる血で、どんどん赤く染められます。
時々跳ね掛かる血は、ゾロのものでしょう。

自分を助けようと、誰も彼も手を止めません。

真っ赤な血がルフィの左腕を伝い、ナミの右腕をも濡らします。
時が過ぎる毎に塞がってく結界は、ルフィの腕の肉に少しづつめり込んで行きました。


『…馬鹿…!!!…私を助ける為に、死のうとでも言うの…!?』


伝わる血の熱さに、胸がいっぱいになります。

飽和状態に達したそれは、涙に変って、後から後から溢れました。




――「絶対助けっから」って約束したろ…!?


ルフィの心が、ナミの心に響きます。


――「その気になれば何時だって、骨も残さず消せる」って言ったクセに…!


――なんだ…まだ根に持ってたのか!?


――当り前でしょ!冗談になってないのよ!!だって私にとって…あんたとゾロは、『天敵』だもの…!


――「殺さねーよ」って言ったじゃねーか!


――そうだったっけ…?


――ゴメンな……「骨も残さず消せる」って、あれ………ウソだ♪


ルフィがニカッと大口開けて笑います。


――そんなの……言われなくても、解ってるわよ…!


負けずに笑い返そうとしましたが…上手く行きませんでした。


血溜りの向うには、一心不乱に矢を振落し続けるゾロの姿。

そのゾロが背を向け、刀握ったまま、右手親指をグイッと下に向けて見せます。


『ゾロ…!』


魔力を持ってないクセに、何故気付くのか。

或いは全て偶然か。

時に魔女で在る自分よりも鋭く心を読めるような…そんな2人を、ナミは憎らしく思いました。




「…っっとにしぶといジャリだねェェ!!!こうなりゃこっちも意地さ!!!手の空いてない奴等も広間に集合させて、更なる人海戦術に打って出るよ!!!」


繰返し繰返し矢を討ち続けるも、膝すら屈せず立塞がる少年に、業を煮やしたスリムッドが、管に連絡を入れます。


――とそこへ突然、足の裏に地響きを感じました。


地の底からズシーンズシーンと近付いて来るような振動に、広間に居る信者達が騒ぎ出します。


「せ、先生…!!!こ、今度こそ、予言された世界の終末を告げる大地震が襲って来たのでしょうか!!?」

「まま、まさか…!!!いやまさか、そんな…!!!」


揺れの為立って居られず、床にへたり込みます。

地を大きく震わすその衝撃は、地震にしては妙に規則正しく聞えました――先刻ロボットが床に開けた大穴から!




「…おい、ウソップ…この音…!」


ゾロが顎で床の穴を示します。


「…ああ!!帰って来たぜ!!…待ちに待ってた『正義のヒーロー』が!!!」


俄然ウソップが元気を取戻しました。


…ズシーン!ズシーン!!ズシーン!!!ズシーン!!!!ズシーン!!!!!




にょきりと大穴から、巨大な手が現れました。

目ん玉飛出せて驚く人々の前で、今度は巨大な割れ頭が出現します。

両腕を突っ張らせて起した上体をヌッと前に倒し、続いて脚を引上げます。

全てのパーツが露出した所で、ムクリと起上がる鉄の巨体。

完全復活を遂げたOYABIN28号は、自らそれを祝うが如く、甲高い咆哮を上げました。


『フェ~~~フェッフェッフェッ!!!』


「お呼びでない奴キターー!!!!」
「また性懲りも無く、この鉄屑は…!!!!」


忘れた頃にやって来たヒーローに、広間は一気に騒然とします。
傷が浅く立って動ける者は、わあわあ喚きながら、扉から逃げて行きました。


「ちょ…!!!こら!!!お前達!!!あたしを差し置いて逃げるんじゃないよ!!!足をお止めって…聞えないのかい、こらーー!!!!」


制止するも半狂乱と化した信者の足は止りません。
立上って動けない者まで、這いずって逃げようとします。

途方に暮れる老婆に向い、ロボットはビシイッと人差指を突き付けました。




『悪党どもよ、待たせたな!!!皆の呼ぶ声に後おしされて、地ごくの底からはい上がって来たぜ!!!』
『さっきはまんまとやられたが、今度はそうは行かないぞ!!!』
『この無敵合体ロボットOYABIN28号が、正義の名の下に――』

「「前口上はいいから、さっさと助けろォォーーー!!!!」」


呑気に大見得切るOYABINに、ゾロとウソップが厳しくツッコミました。


『え~~!?こっからが特にカッコいいフレーズなのにィ~~~!!』

「言ってる場合か!!!」
「それどころじゃねェんだ!!!…お前ら、直ちに天井居る敵を追っ払え!!!その隙に俺とルフィでナミを救出する!!!」

『天井???』


ウソップからの指示に、天井を見上げます。

鉄格子に似て思えるそこには、わらわらと貼り付いた人間達の姿。

ギョロリと一睨みしてやると、人間達はピキーンと硬直してしまいました。


『よォ~~し…ニンジン!!!右アッパーだ!!!』
『ラジャー!!!』

『フェ~~~フェッフェッフェッ!!!』

『行くぞっっ!!!OYABIN・ジャスティス・ライト・アッパー!!!!』


――ズドォォォ…ン!!!!!


OYABINの強烈な右アッパーが、下方から抉るように繰り出されました。

パンチは正確に命中し、穿たれた天井が大きく振動して歪みます。

上階で弓を構えていた信者達は、すっかりパニックを起し、蜘蛛の子散らす様に逃げて行きました。


「今だ!!!――ルフィ!!!ウソップ!!!一気に引上げろ!!!」
「よっしゃあああ!!!行くぜェ!!!ルフィーー!!!」
「うおおーーーー!!!!」


有らん限りの力でルフィが引張り上げます。
その背後から、ウソップがガッチリと両腕回して引張ります。
更にゾロがその背後に回って、残った力を振り絞りました。




「魔女を解放させるんじゃない!!!全力で阻止するんだよっっ!!!!」


スリムッドが焦って上階に連絡入れるも、彼女の命令を聞く人間は、最早1人も残っていませんでした。


床の鏡面にピキピキと亀裂が走りました。
それは蜘蛛の巣状に、どんどん、どんどん広がって行きます。

自分の所にまで達したそれを、スリムッドは信じられない気持ちで見詰ました。


「…まさか……こんな真似、普通の人間に出来る訳がない…!!」


――ビキ…!!ビキキ…!!!バキン…!!!!ビキビキビキ…!!!


至る所から硝子の爆ぜる音が聞えて来ました。

まるで床全体が持上がる様に、ユラユラと揺れ動きます。




「ぐあああああああ……!!!!」
「ぬおおおおおおお……!!!」
「おおお…おおおおおおおお……!!!!」


こめかみに血管浮上らせ、3人が絶叫しました。




――バリーン…!!!!と耳を劈く高い音が響き、鏡の破片がバラバラと飛散りました。


光を反射しキラキラ輝くその中に、オレンジの髪の少女が見えます。

宙にフワリと浮く少女の手を、1本の血塗れの腕が引張っていました。



「……ナミ!!!!」

「ナミ…!!!」

「やった…!!!遂に救出したあああ!!!!」

『『『やったぜ博士ェーーーー!!!』』』

『フェ~~~フェッフェッフェッ!!!』


広間に少年達(+OYABIN&愉快な仲間達)の歓声が沸起こります。

魔女は静かに歓喜の輪の中へ降立つと、離れた所で呆然と自分を見詰る老婆を、燃える様な金の瞳で射竦めました。


「…よくも散々私と仲間を苦しめてくれたわね…!!
 魔女を敵に回す恐ろしさ……たっぷり思い知らせてあげるわ!!!」




その17へ続】
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魔女の瞳はにゃんこの目・2―その15―

2010年07月23日 20時37分54秒 | 魔女にゃん(ワンピ長編)
その14へ戻】




「…一体何が起ったんだい!!?誰が灯りを消しちまったのさ!?」
「解りませんっっ…!!!…あの緑髪の子供が2本の刀を振るった瞬間、爆発した様に物凄い風が吹いて……!!!」
「いいからさっさと明りを用意しな!!!闇に乗じて逃げられちまったら、どうすんだい!!!」


金切り声で喚くスリムッドに気圧され、ルフィ達を広間迄連行して来た5人の信者が、慌てて所持していたランプに火を灯し、辺りを確認します。

照らされた床には………先刻迄弓を構えていた前の隊が、粉々に折れた矢と一緒に累々と転がっていました。

全員、まるでかまいたちに襲われたかの如く、体中に切傷を負っています。
白かった服には、赤い血の斑点が、幾つも滲んでいました。


「おい!!!…その傷はどうした!!?何時受けたんだ!!?」


倒れている中から1人を抱起して訳を尋ねます。

身を起された信者は、震える声で遭った事を告白しました。


「……矢を討った瞬間……緑髪のガキが俺達に向けて刀を振るい……矢を全て……俺達ごと吹飛ばしたんだ…!!」

「――なんだって…!?じゃあ…あの子1人に、弓隊全員が一瞬でやられたってのか…!??」


問質された男は、満面に恐怖を滲ませ、ガクガクと頷きました。

ランプを翳して広間の向うを窺います。

鏡に映った、仁王立ちする少年の影。
2本の刀がチカリと光って見えます。

目にした途端――信者達全員の背筋に、言い知れぬ怖気が走りました。


「ジャリ1人にやられたァ!??…馬鹿言ってんじゃないよ!!!そんな話、信じられるかい!!」
「し、しかし先生…!!現に矢を受け持っていた組が全滅して…!!」
「ああ解ったよ!!まどろっこしい真似はもう止めさ!!…察する所、3人の内2人は魔女を解放しようと足掻いてて、残り1人であたしらに刃向おうとしているみたいじゃないか!なら残った奴等全員で一気に攻めてって、槍で突き殺しちまえばいいだろ!!」


信者達の不安を一笑に付すと、スリムッドは新たな策を出しました。


「でも先生…!」
「デモもテロもないよ早くおし!!!」


不機嫌露に一喝され、渋々残った十余名で隊列を組み直します。

ランプを持った5人を先頭に、槍を振上げ勇猛果敢に突進して行く信者達。

――と、その時、再び空気がビリビリと震えました。


「二刀流……鷹波ィィ…!!!!」


言うが早いか、高波の様な凄まじい衝撃波が襲い――

忽ち起った爆風が、向って来た信者全てを吹飛ばし――

響く阿鼻叫喚、バリンと硝子が割れる音、そしてまたもや広間を包む暗闇――


――手探りで床を確かめれば、さっきまで隣で話していた信者が、転がり呻いていました。


恐る恐る触れた手に、べっとりと血の感触が残ります。

1人残されたスリムッドは、初めて言い知れぬ恐怖を感じ、悲鳴を棚引かせました。


「…いい一体…!!…何が…どうして…!?」

「……せ…先生…!…あいつは…あの緑髪の子供は…『妖刀使い』です…!!」

「……『妖刀使い』…?魔物の血を吸うと言われる、妖刀『鬼徹』を持つ剣士…あのジャリがそうだって言うのかい!?」

「……そうです…!!……噂で…『妖刀使い』は少年だと…二刀流だとも伝え聞いてたけど……まさか、あんな年若の少年だったとは…!!」


尋ねられた信者は、ぜえぜえと喘ぎながら答えます。


「……先生…逃げて下さい…!!……私達じゃ、とても相手にならない…!!」


耳を澄ませば倒れた信者の呻く声が、壁に反響してそこかしこから聞えて来ました。


「…安心しろよ!!命奪ったりまではしちゃいねェから!!」


燭台の蝋燭もランプも掻き消され、完全な闇に閉ざされた奥から、少年の声が木霊します。


「向って来なけりゃ、斬る積りはねェ!!……但し、1歩でも近付きゃ、容赦はしねェぜ…!!」


ジャリらしからぬドスの利いた台詞に、老婆はひいと1泣きして身を震わせました。




「…二刀流…右手に黒い柄の刀『雪走り』を握り、左手に赤い柄の妖刀『鬼徹』を握る少年剣士……まさかお前…噂に名高い『妖刀使い』か…!?」

「ああ、そうだ。」


爆音に驚き振向いたウソップは、目前で展開された尋常でない様子に、目を見張りました。

しかし仕出かした本人は、事も無げに飄々としています。


「…『オレンジの森の魔女』に、『破魔の拳を持つ者』、そして『妖刀使い』…なんでこんなオールスターなんだよ!!?お前ら何企んでんだ!!?世界征服でもしようってのかァァ~~~!!?」

「世界征服ゥ??んなのに興味無ェよ。」
「…俺達は…シャンクスを…捜そうとしてるだけだっっ…!!」

『……運悪く巻き込まれたのよ。私も…あんたも!』


鏡の向うでナミが苦笑うのを感じました。




味方を失くしたスリムッドは、床に転がる信者を退けつつ、這うようにして後退りました。

背中が壁に当った所で向きを逆転し、出入口を手探りします。

扉横の細い管を探り当てたスリムッドの顔に、底意地の悪い笑みが戻りました。

暗闇の奥に潜む少年達に、猫撫で声で話し掛けます。


「悪かったねェェお前達!!そうさ、子供だからって甘く見ちゃ失礼だよねェェ!!今更で済まないけど、ちゃんともてなすから受けとくれよ!!」


言うが早いか連絡時に使用する金属管の蓋を開け、「天井オープン!!!」と叫びました。

不審を感じる間も無く、天井鏡がバタバタと開いて、上階から陽光が射し込みます。

鉄格子だけを残してオープンにされた広間の天井。

その格子の隙間から、正しく雨の様な矢が、少年達目掛けて降り注ぎました。


「――しまっっ…!!!」


襲い来る矢に反応したゾロが、咄嗟の判断で、ウソップ達に覆い被さります。

――その背中に、鋭く尖った矢が、次々と突き刺さりました。




一方、その頃――

地中深く落込んだOYABINは、背中を丸めてひたすらハートブレイクに浸っていました。


『フェ~~~ンフェンフェンフェン!!!フェ~~~ンフェンフェンフェン!!!フェ~~~ンフェンフェンフェン…!!!』

『立上れOYABIN28号!!!お前は正義の無敵合体ロボットなんだぞ!!!』
『悪口ごときでたおされるほど、お前は弱いソンザイなのか!!?』
『早く行かなきゃ…博士も、博士の友達(?)も、皆殺されちゃうんだ…!!!』
『そうさ!!!博士も、博士の友達(?)も、お前が助けにもどるのを待っているんだ!!!』

『フェ~~~ンフェンフェン………フェッ!?』


ピーマン・ニンジン・タマネギが必死で宥めるも、さめざめ泣くばかりだったOYABINが、この1言にピタリと涙を止めました。


『…フェッフェッフェ~~~?(訳:俺が助けに戻るのを…?)』

『OYABIN…!!悪党をたおして、皆を救えるのは、お前だけだ…!!』

『…フェ~~~~??(訳:本当に…?)』

『お前は天空きらめく希望の星…ヒーローなんだ!!!悪をこらしめ正義をつらぬくその姿、誰もが愛さずにはいられないだろう…!!』

『フェフェフェ…フェ~~~!?(訳:俺は皆に愛される…ヒーロー!?)』


OYABINがむっくりと顔を上げます。

息詰る土中に在りながら、一筋の光が見えた気がしました。

立つんだ、OYABIN!!
聞えるだろう!?
君を呼ぶ皆の声が!!
未だ勝負は終っちゃいない…!!




急に明るくなったなと感じた直後、ゾロがいきなり被さって来ました。

驚きの声を上げるよりも早く、背中に――ドスドスドス…!!!といった、重い衝撃が伝わります。

「――がはっっ…!!!!」とゾロが呻くと同時に、生温かい液体がビシャリとうなじに当りました。

ポタポタと水滴の落ちる音に反応して下を向くと……光を眩しく反射する鏡の床には、夥しい鮮血が零れていました。


『ゾロ…!!!!』

「「ゾロォォ…!!!!」」


ナミの、ルフィの、ウソップの悲鳴が、広間に反響します。

見上げた天井には、広間に居た倍の人数が、びっしりと待機していたのです。

鏡の板を外して露にされた鉄格子の上に立ち、弓矢構えて隙間から狙う信者達。

広間の向うから、スリムッドが勝ち誇った笑い声を上げました。

床に転がる信者達からも歓声が上がります。




「やった!!!仕留めたぞ!!!」
「し…死んだのか…!?」
「何十本も矢を受けたんだ!!これでピンピンしてたら、真に悪魔さ!!」

「ヒェッヒェッヒェッ…!!!剣士が敵に背中を見せて倒れるなんて、無様な死に方だねェェ!!!――さ、お前達!!ぼやぼやせずに残った奴等も片付けんだよ!!!」


広間に倒れている信者達に向い、スリムッドが意気揚々と命令します。

その言葉を受けて、数人がフラフラと身を起しました。


「念には念を入れて、もう1度天井組に攻撃させよう!それが済んだら一気に取囲んで捕まえるんだよ!残った奴等は丸腰だし、大して強そうでもないから、容易いだろうさ!でも息の根まで止める必要は無いからね!後で……魔女の前でゆっくりと、嬲り殺してやればいい…!」


さながら御伽噺に出て来る魔女そのものの様に、老婆は残忍な笑みを零しました。




「おい!!お前!!…だ…大丈夫か!?死んだりしてねェよな…!?」
『ゾロ!!ゾロ!!…しっかりして!!』
「おいゾロ!!!こんな時に死んでんじゃねーぞ…!!!」


背中を通してゾロの苦しげな息遣いが伝わって来ました。

床に突刺し支えにしてる両の刀が、ガタガタと音を立てています。

1滴の赤い血が、ウソップとルフィの頬をつうと掠めて、鏡に映るナミの頬へ、ピチャリと落ちました。

堪え切れずナミが泣出します。


「……フィ…!!…わずに続けろ…!!」


ギリリと歯を軋ませて、ゾロが勢い良く起上がります。

床から刀を抜いて反転し、向けられた背中には……何十本もの矢が突き刺さっていました。

その姿は例えるなら地獄の針山…目にしたウソップは恐怖のあまり、涙と鼻水をだだ漏れにさせました。


「解った…!!――ウソップ!!!…ハッ…ゾロの事は放っといて引張れ…!!!!」
「ほほほ放っとけってお前!!!そそそんな事したらこいつ本当に死んじま…!!!」
『止めて!!!!もう止めてゾロ!!!!ルフィも止めて…!!!!』


ナミとウソップが泣いて叫べども、ゾロは構えを解こうとしません。
ルフィも、ナミを引張る手を休めません。

そこへ天井からまたも降って来る、禍々しい光の雨。

ゾロは2本の刀を高速で振回すと、落ちて来る矢を旋風に巻き込み、天井まで吹飛ばしました。


「…二刀流……犀回(サイクル)…!!!!」


思いがけず戻って来た矢に、上階に居る信者達が逃げ惑います。

忽ち上がる悲鳴に、槍で攻めようと待ち構えてた広間の信者達も、顔色を蒼白に変えて立ち竦みました。


「怯んでんじゃないよ!!!既に致命傷は与えてあるんだ!!!物量に物を言わせて動かなくなるまで続けな!!!」




『止めて!!!降参するから討たないで…!!!ゾロも諦めて逃げて!!!もう助けなくていいから…!!!』


幾度となくナミに止められても、ゾロは振向きすらしません。

間を置かず飛んで来る矢を、ひたすら2本の刀で跳ね除け、薙ぎ払います。

刀が間に合わない時は、腕で――脚で――矢が当る度にパッと飛び散る血飛沫。

心なしか段々と鈍くなって行くよう見えるゾロの動き。

それでもルフィはゾロに目もくれず、歯をギリギリ噛締め、ナミを引上げ続けました。


『ルフィ、もういいよ…!!!お願いだから、ゾロとウソップ連れて逃げて…!!!…でないとゾロが死んじゃうよォ…!!』
「ナミの言う通りだぜルフィ…!!!此処は一旦退却して、作戦練り直そう!!死んじまったら何もかもお終いじゃねェか…!!!」

「……いぃ…や…だっっ……!!!!」


2人が説得するも、ルフィはくぐもった声で否と返し、手を退こうとしませんでした。

こうなったら無理矢理にでも離させようとして……ウソップは初めて気付きました。

さっきまで割れてた床の鏡が、何時の間にか氷の張った湖面の様に、元通りのツルツルに戻っていた事に。


鏡の中に突っ込んでいたルフィの左腕は、付根から挟まれ既に抜けなくなっていた事に…。




その16へ続】
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魔女の瞳はにゃんこの目・2―その14―

2010年07月23日 20時36分22秒 | 魔女にゃん(ワンピ長編)
その13へ戻】




「――しまった!!…ジャリと思って甘い顔してれば…小癪な真似をしてくれるじゃないか…!!」


角の連絡管を通して見張り役の信者に状況を訊いていたスリムッドは、突然上った声に振返って3人の少年の様子を見て取るや、脳天から蒸気を噴出しそうな程悔しがりました。
止まぬ地響きに恐怖を募らせ、広間から出ようと扉に突進してった信者達に向い、八つ当り気味に怒鳴ります。


「うろたえてんじゃないよ、お前達!!!この騒ぎはそこのジャリ共が脱出を謀って起した罠さ!!!」

「ええ!??罠ァァ!??」
「この恐ろしい地鳴りは、こいつらが起したものですって!?」
「俺はまた遂に世界を滅ぼす大地震が襲って来たのかと…!」


扉の前まで退いた信者達が、一斉に3人の少年の方を振返ります。

見れば何時の間にか少年達は、縛っていた縄を解いていました。

緑髪の少年が、右手に黒い柄の刀を、左手に赤い柄の刀を握り、自分達に向けて構えています。
その後ろには長鼻の少年が、蒼褪めた顔で背後霊の如く取り縋っていました。
更にその後ろでは…麦藁帽を被った少年が、床に屈んで何かをしてるようでした。

…ふと壁や、天井の鏡に目をやります。

映っていたのは魔女と、魔女と手を繋ぐ、1本の腕――


「あいつら…魔女を鏡から解放しようと…!!」


…此処に来て漸く少年達の策略が読めた信者達は、表情を一気に険しいものへと変えました。


「…もう容赦するもんか!!――お前達!!!すぐさまあのジャリ共に矢を放って締上げとくれ…!!」
「し、しかし先生…!!相手は子供ですよ!!」
「流石にそれはあまりに無体…!!」
「早くおし!!!!――あいつらは人間じゃない、子供の姿を借りた悪魔だよ!!!邪悪な魔女を解放しようとしてるのが証拠さ!!!」


片方だけの金目を爛々と光らせて、スリムッドが捲し立てます。
鬼かと見紛う異様な形相に、信者達は躊躇いながらも、弓と槍を構えました。




臨戦態勢整え近付いて来る集団を目にしたウソップは、爪先まで血の気の引き切った体をゾロの背中に押込みガードすると、後方で踏ん張ってるルフィに涙目で訴えました。


「見ろォォ!!!おめェが大声出すから気付かれちまったじゃねェかァ~~!!!まったく何でおめェは何時も何時も何時も何時も何時も!!ちったァその場の状況読んで行動してくれよほォォ~~!!!」

「…ったって…!!…しょうがねェだろ…!!…大声出さなきゃ…気合…入んね…!」


文句を言うウソップに、ルフィが切れ切れ返事をします。

ナミを引上げるルフィは、鏡の中から生じる凄まじい吸引力と戦っていました。
ちょっとでも力を緩めたら、自分まで吸込まれそうです。
繋いだ手を耐えるだけで精一杯でした。

吹き零れる汗で、床に突っ張った右手が滑ります。
左掌にも汗が溜り、ヌルヌル滑ってしまいそうでした。

滑らないよう、離さないよう、ルフィは何度も握り直しました。


『……ルフィ!』


鏡の向うでナミが、心配そうに顔を曇らせます。


――大丈夫だ…安心しろ!!


答える代りにルフィは、普段より余計に歯を剥き出し、にいっと笑って見せました。


「ブルッて文句タレてる場合じゃねェだろ、ウソップ!てめェは自分の役目を果たせ!…護りは俺が全て引受ける!!」
「ひひひ引受けるったって…!!見た所30人以上は居るぜ!!そそそんな多勢相手に1人で応戦するなんて無茶もいいトコ…!!」
「30人居ようが、300人居ようが、全く問題無ェよ…!!」


突飛ばされ、離れてく背中から迸る赤い闘気に、ウソップは息を呑みました。
並んで立てば少しばかり高いだけの筈なのに、自分のよりもずっと広く大きく頼もしく感じる背中。


「ぼーっとしてないで早くルフィを手伝え!!!」
「え!?あ…ああ、す、済まねェ、解った…!!」


振返る事無く怒鳴られ、慌てて後ろで脂汗流してるルフィの背中から腕を回し、両足踏ん張って引上げます。

しかし最早床に苦悶の表情で貼り付いてるルフィの体は、ピクリとも持上げる事が出来ませんでした。


「…な…なんだァァ!?この重量はァァ!?人間2人分の重量として尋常じゃねェだろ、おい!!こ~んなもん…持上げられっかァァ~~~!!!」

「…い…から…とに…かく…持上げ……ろ…!!ちょっ…とでも気…抜け…たら…吸い…こまれそ…だ…!!」

「そりゃ…此処まで来たら覚悟据えてやっけどよ…!!…にしたって…カナヅチより重いもん…!!…ぜへっ…!持った事無ェ…ハヒッ…!…頭脳派なんだから…フヘッ…!なァァ俺はァァァ…!!!」




うんうん唸りながら魔女を引っこ抜かんと蹲ってる2人。
その前で2本の刀を手に構え、修羅の顔して見据える緑髪の少年。


「――いいね!!!あたしが合図すると同時に、矢を一斉に放つんだよ!!!」


スリムッドの号令の下、2手に分れた内前列に立った信者達が、弓を構えてジリジリと近付いて行きました。


『スリムッド先生!!!それでこちらの騒ぎは如何に収めれば宜しいのでしょうか!!?』


連絡管から、先程交信していた信者が、どうにも困り果てた声色で指示を仰いで来ました。


「煩いねェ!!!それどころじゃないんだ、放っときゃいいだろ、そんなの!!どうせ首謀者は纏めてこっちに居るんだから!!!」


面倒臭そうにスリムッドが管に向って吐き捨てます。


『し、しかし…!!ロボットは建物を破壊しながら、先生の居る広間を目指して――』


気付けば地鳴りは、前よりずっと近くに感じられました。
弓の弦を引き絞ってた信者達が、怯えて手を離し、騒ぎ出します。


「こら!!!勝手に陣を崩してんじゃないよ!!!いいかい!!あいつら消せば全てお終いなんだ!!!怖気ずに、あたしの合図で即討てるよう――」


振返って喚いた瞬間――ビシッ!!!!と壁が大きな音を立てました。

恐る恐る向直ると…鏡には目ん玉飛出させて慄く白髪の老婆が、ひび割れて映っています。

「ひっ…!?」と短く甲高い悲鳴を発して、スリムッドは壁から離れました。

ズシィン…!!!ズシィン…!!!と音が響く度、広間が大きく揺れます。
床を這う振動音に、自分達の体が跳ね上りました。


「な…何かが、この壁の向うに居るぞ…!!」
「ほ、本当に全部、こいつらの仕業なのか…!?」
「悪魔の使いか…まさか巨人…!?」
「はたまた魔獣バジリスク…!?」
「何でもいいからお前達!!!さっさと弓引く用意して、あたしを護るんだよ!!!」


最もガタイが立派で力自慢な信者の背後に逃込み、スリムッドががなり立てます。

命令通り弓をキリキリと引絞った信者達の前で、鏡の壁は轟音轟かせて砕け散り、中から悪魔とも怪物ともつかぬ巨体が、唸りを上げ侵入して来ました。


『フェ~~~フェッフェッフェッ!!!』


「な…何だい、これはァ~~~~!!!?」
「ば…化物っっ…!!!」
「巨大な動く人形――ゴーレムか!!?」
「いや、泥じゃなく、鉄で出来てるようだぞ!!!」


蝋燭仄めく薄暗い広間に突如現れた、高い天井スレスレまで聳え立つ鉄製の巨大人形。

…それは正に『怪物(モンスター)』としか形容し様の無い、恐ろしい姿をしていました。

獣の如く2つに割れた、黒光りする頭。
ズル賢い古狐の様な面構え。
右手にはボクサーグローブを嵌め、左手には鋭く尖ったドリルを装着しています。
突出た腹の下に続く、安定悪そうな細く短い足は、餓鬼を想起する気味悪さ。

舞い降りた恐怖の大王を目にして、信者達はすっかりパニックに陥ってしまい、今度こそ一目散に出入口扉まで退きました。


「あたしを置いて何処逃げようってんだい、お前達!!!!――よく見な!!!あれは化物じゃない!!!恐らく、あいつらの造ったロボットさ!!!」


自身も出入口扉まで走って退きながら、スリムッドが憤慨して叫びます。


「ロボットォォ!!?」
「あんな巨大ロボットを子供達の手で!!?」
「…だとしたら先生の言われる通り、尋常な子供とは思えない…!!」
「悪魔だ!!!正しく人間の子供の皮を被った悪魔だったんだ…!!!」


恐怖から憎悪へ、信者達の眼差しが、みるみる変化して行きます。


「…そうさ!!早くあいつらを殺さなきゃ、地上はあの悪魔達に乗っ取られちまう!!…理解したら早く矢を射掛けるんだ!!そして弱った所を捕まえて、槍で串刺しにしてしまうんだよ!!!」


残虐な命令を下されるも、完全に少年達を悪魔と見なした信者達に、躊躇いの心は残されていませんでした。

一斉に弦から放たれ、ヒュンヒュン音立てて降る矢の雨。

しかし矢は的である少年達に一切刺さる事無く、瞬時に反応して立塞がったロボットに、全て薙ぎ払われてしまいました。


『フェ~~~フェッフェッフェッ!!!』


ロボットの勝ち誇った笑い声が、広間に木霊します。


『はーっはっはっは!!!鉄のボディを持ったOYABINに矢がツウヨウするか!!!』
『おそれ入ったか悪党ども!!!』
『博士ェーー!!!おくれてゴメン!!!でもボクらが来たからには、もう安心ですよォーー!!!』


スピーカーを通して、ピーマン・ニンジン・タマネギの声が、明るく響き渡りました。
安心感を醸そうとしてか、ロボにガッツポーズを決めさせます。




「おーーう!!!待ちかねたぞ!!!お前達ィーー!!!!」

「…………これがお前のとっておき合体ロボなのか?ウソップ…」
「そーさ!!!俺のライフワークにして最高最大の発明品、正義の心を宿した無敵合体ロボ『OYABIN28号』だァァ!!!」


何故かハニワ顔で問うて来るゾロに、ウソップは得意満面、ルフィを引張り上げながら答えました。


「…………悪役面だろ、どう見ても。」

「なんだとグリーンジャイアントォォ!!!――ピーマン!!ニンジン!!タマネギ!!いっちょお前ら、OYABINの凄ェパワー見せてやれ!!!」




『ラジャー!!!――やいやい悪党どもォォ!!!よくもオレ達の博士をカンキンしてくれたなァ!!!』
『あまつさえ命をとろうなんて、アクギャクヒドウ許すまじ!!!かんにん袋ももはやこれまで大ゲキド!!!』
『この無敵合体ロボOYABIN28号が、正義のパンチでコーセイしてやるっっ!!!』


――ジャキーン!!!!と左腕を脇で締め、右腕を70度上の角度に振上げます。


スポットライトを当ててやりたい程決ったポーズを前にして、悪者達は暫し絶句してしまいました。


「…………如何なさいますか、スリムッド先生?」

「………相手したくなくとも、先に倒すしかないじゃないか。」

「倒せと言われましても…矢も効かぬ鉄製のロボットを、どうやって倒せば良いのやら…」
「矢が駄目なら槍使って突き通しちまえばいいだろ!!!」
「…しかし素材が鉄では、槍も恐らく効かぬのではないかと……」
「何言ってんだい!!!こんな鉄屑掻き集めて造った様なスクラップ『割れ頭』なんて…槍で1ヶ所集中的に狙えば、案外脆いもんさ!!!」


――グサッ!!!


『まずい!!!OYABINのウィークポイントを突かれた…!!!』


突然、ロボットが――ギッチョン!!!と動作を停止しました。

それには気付かないまま、スリムッドは更に暴言を続けます。


「見れば見る程なんて人を馬鹿にした面だろう!!!…それになんだい、あの下品な『割れ頭』は!!設計した人間の品性が知れるってもんさ!!」


――グサグサッッ!!!


「笑い方も癇に障る事この上ないね!!…まったくあの『割れ頭』ときたら…後ろから見たら、あたしの大嫌いな豚の足にそっくりじゃないか!!見てるだけで胸がムカムカして来るよ!!!」


――グサグサグサッッッ!!!


『…フェ…フェ…フェ~~~ンフェンフェンフェン!!!フェ~~~ンフェンフェンフェン!!!…!!!』


『ああっっ!!!心ない言葉のボウリョクを受け続けたせいで、OYABINのタイキュウゲージがふり切れてしまった…!!!』
『泣かないでOYABIN!!!ボクらは君のそのコセイテキな頭が大好きだよ!!!』
『頭がわれてたって良いじゃないか!!!ロボットだもの!!!』

『フェ~~~ンフェンフェンフェン!!!フェ~~~ンフェンフェンフェン!!!』


ロボットで在りながら、OYABINの目からは、涙が次から次へと溢れ出ました。

「正義のロボット」として欠けてはならぬものとは何だろう?それは「優しさ」だ…「痛みを知る心」だ…!

そう考え、ウソップは人間同様の傷付き易い心を、ロボットの脳回路に植付けたのです。

身体的特徴をあげつらうという、最も残酷な言葉の暴力は、OYABINの純情クリスタルハートを木端微塵子に打砕いてしまいました。

泣きながらOYABINが左腕のドリルをチュイイインと作動させます。


『ヤバイ!!!OYABINがついにドリルをサドウさせてしまった…!!!』
『負けないでOYABIN!!自分のコセイをコンプレックスに感じちゃダメだ!!!』
『立上って戦ってよOYABI~~~N…!!!』


操縦者全員で声援送るも、OYABINは床を削る事を止めませんでした。
バリバリメキメキギュルルルルと派手な音を響かせ掘り進んでくドリル。
あっと言う間も無くOYABINの体は地中深くへと沈んで行きました。


『フェ~~~ンフェンフェンフェン!!フェ~~~ンフェンフェンフェン………!』


床にぽっかり開いた穴から漏れるOYABINの泣き声…それが遠ざかり完全に聞えなくなるまで、広場に居る者は誰1人として、口を利く者は在りませんでした。




「…………で、あいつら此処に何しに来たんだ?」


長い空白の後、ポツリとゾロが呟きました。


「…いやあ…なんつうか……その内立直って戻ってくんじゃねェかと…。」

「……何時戻ってくんだよ?」

「さ~~~あ?」


気まずい空気を散らそうと、おどけて笑って見せた顔をグイッと掴まれ、大入道も裸足で逃出しそうな形相で凄まれました。


「……命懸けてる瀬戸際なんだぞ…!!ちったあ真面目にやれっっ…!!!」

「…ままま!!まひ!まひ!まひめひやっへふっへ…!!ひやほんほー!!」

『……無能!』
「…カッコ悪ィ!!」
「うっせェ!!!てめェらまで何だよ!!!計画通り隙は作ってやったんだから感謝しろ!!!文句言うなら引張ってやんねェぞコラァァ!!!」


仲間から散々コケにされ、ウソップは涙目でブチ切れてしまいました。




「…………で、結局あれは何だったんでしょう、先生…?」

「…………よく解んないけど、有耶無耶の内に撃退しちまったようだねェ…。」


深く掘られた床穴を挟んだ向うでは、スリムッドと信者が放心した様子で会話していました。


「…まったく、時間を無駄にしておくれだよ…!――さァお前達!!!得体の知れない化物は退散した!!!さっさとあいつら始末しちまっとくれ!!!」


再び号令が下され、弓を構えた列が前に出ます。

自分達に向けられる幾本もの矢を目にしたウソップは、一際甲高い悲鳴を発して縮こまりました。




「駄目だ…!!もうお終いだ…!!…殺されちまう…!死にだぐねェ~~~~!!!!」

「情けねェ顔で喚いてんじゃねェよ!護りは俺に任せて、てめェはルフィと一緒にナミ引張り上げろっつったろ!」

「そそそそんな事言ったって…!!こんな…絶体絶命の大ピンチにお前…!!」


「――討てェェ!!!!」


「き、来たァァ~~~~~!!!!」



――矢が放たれた瞬間、ウソップは目を瞑りルフィの背中にしがみ付いていたので、何が起きたのか皆目解りませんでした。


ただ、ゾロが叫ぶと同時に爆風が起り、空気がビリビリと震え――

――次には大勢の人間の悲鳴が聞えて来たのです。


不思議に思い、恐る恐る瞼を開きます。


先刻まで広間を照らしていた蝋燭は全て消え、ゾロが左手に握る刀身だけが、暗闇の中仄赤く光って見えました。


「……ど、どうしたんだ!?矢は…矢は飛んで来なかったのか…!?」

「…ウソップ…!!いーから…!!ゾロなら大丈夫だから…!!」


おどおどと落着き無く様子を探るウソップを、ルフィが下から呼止めます。


「…もう心配無ェ…!!…ハッ…!…だから力抜くな…!!こっち集中しろ…!!」
「心配無ェって…何で…!?」
「…ゴチャゴチャ言って…な…!!!…早く…ナミ助けて…皆、一緒に帰るんだっっ…!!!」


息を荒げてルフィが吠えます。
ブルブルと震えるその背中は、海にでも浸かった様に、汗でビショビショに濡れていました。


「……おめェ…!」


気懸りは色々有れど、ウソップは一先ずナミ引上げに専念する事を決意しました。

回した腕をよりしっかり繋ぎ合せ、腹に思っ切し力入れて引張り上げます。


「…子供の玩具じゃなくて残念だったな、婆ァ…!!没収せずに置いた事、死ぬ程後悔させてやるぜ…!!」


暗闇の中ゾロの低い笑い声が響いて聞えました。




その15へ続】
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