道後湯の町冬点描 湯の町暮らし 行くとしは索漠に過ぎて 2015年12月30日 | Weblog いつものことながら索漠たるものである、これが真の姿なのであろう ならば、なんの悩むことがあろうか、衒いもなく索漠を受け入れ楽しむことだ 世阿弥「風姿花伝」の一節に 「人の心に珍しきと知る所、すなはち、おもしろき心なり。 花と、おもしろきと、珍しきと、これ三つは同じ心なり。 いづれの花か散らで残るべき。散る故によりて、咲く頃あれば珍しきなり。」 身一つに索漠にして年暮るる 行くとしや心措きなしひと任せ 大年に一刻の生縮めけり