秘境という名の山村から(東祖谷)

にちにちこれこうにち 秘境奥祖谷(東祖谷山)

道後湯の町初冬点描 湯の町暮らしに初冬の山々を歩いて思うこと

2016年11月13日 | Weblog


歳を重ねるごとに、身体の衰えは覆うべくもない、特に脚力、筋力は年々目に見えて衰えてきた、9月に不注意にも転んで尻を打撲し
大事には至らなかったものの完治に一ヶ月を要したことは筋力に大きく響いてしまった
秋の紅葉時期に祖谷入りもままならず今年は一番いい祖谷の風景を楽しまないままに終わったのを残念に思う

ただ、祖谷入りは出来なかったものの、足腰が良くなるに従いじっとして居れない性分なので、松山近辺の山々を歩いてみたくなった
やはり、真底、自然のなかにちょっとでも長く居たいし、どんな山でも山中を彷徨ってみたい衝動は抑えがたいものがある

季節が移ろっていく狭間に束の間のかがやきを吐き出す自然になんとも云えない郷愁を覚えて、なにがしたいわけもなく
自然のなかに身を置いてそこで語られている、あるいは、現れている木々の様子を伺い、風の質感を想い、匂いの質感を嗅ぎ、空を仰いで
目を閉じて、数時間を過ごし、自然の根っこと幹の沈黙の奥底に震えながらも、その根っこと幹を見据えてすべての質感が圧倒的に身体を
脳を、覆い尽くしていく感動をうれしく感じている

圧倒的な自然の質感にすべてが帰依して空に帰していくような、よろこびと云えようか
見るもののこころを美の質感と感動へと誘うのであろう


幸いにも、愛媛の山々は歩いてみるかぎり、あまり、荒れていないようである、確かなことは云えないが
下草や笹原、木々に於いても、まだ瑞々しく生い茂っている
登山者が急激に増えているものの、いまのところ、本来の自然らしさを辛うじて保っているのであろうか
これからのことは判らないが、出来うる限りにインパクトを与えないように歩きたいものである